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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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決着と決戦前夜

 終わってみればあっけないほどに被害はなかった。

 たしかに、戦闘の余波であちこちの地面がえぐれたり、丁寧に整えられていた庭木や草花がなぎ倒されたりしている。建物にも一部損壊が出ている。

 しかし、それらは言ってみれば問題のない範囲と言える。いや、そもそもにおいて実際には何の被害も出ていないのだ。

 レイチェルが四天王の一人、バルドンを下したのと時をほぼ同じくして、バルドンの部下達と戦っていた者達も決着がついた。

 誰一人として生け捕りや捕縛は選んでいない。完全な撃破、つまりは殺したということだ。一人年端もない者もいて残酷なように思えるかもしれないが、魂の救済とこれから彼らが行ったかもしれない被害を思えばやり過ぎということはないだろう。


 多少の手傷を負った者達もいたが、カイルが視線を向けることでそれらの傷は治癒される。こういう時魔眼はとても役に立つと思う。

 剣聖として生きると覚悟を決めた時も、魔界に落ちた直後も、カイルは今後大きな戦いが起きれば常に最前線で戦う気だった。

 誰よりも多くその手を血で染めたとしても、そのことで守りたいと思う者が守られるならと。だが、これまでに得てきた力や今現在自身の果たしている役割を思えば、それが最善ではないのかもしれないと思い始めていた。

 今でも、デリウスの首領やその背後にいる黒幕と直接対決するという決意は失われていない。だが、それ以前の、総力戦になるだろう戦いにおいては今回やったように後方支援という形で貢献する方が適切なのかもしれない。


 そうすることでこちらの被害を抑えるばかりか、周囲の環境に対する影響をなくせるというのが一番大きい成果と言える。

 デリウスが本拠地にしている町やその周辺で大規模な戦闘が行えないのはひとえにそこが王国有数の穀倉地帯だからだ。

 しかし、そのことを考慮することなく、遠慮することもなく戦えるのだとすれば躊躇することも遠慮することもなく戦いに持ち込める。

 その際に懸案事項になりそうな事柄についても、今回の作戦で一石を投じることが出来たのは不幸中の幸いというべきか。

 外堀を埋め、内部を切り崩し、相手の力と未来の展望をそぐ。デリウス包囲網はそう時をおかずに完成するだろう。その時こそが最終決戦となる。


「カイル、おかげで戦いやすかった。あれが四天王の一人ということだが、真実だと思うか?」

 レイチェルは戦闘による高ぶりをあっという間に抑え込んで通常状態に戻った状態で歩いてくる。

 この辺も成長したなと思う部分だ。前までのレイチェルは戦闘時の高揚を戦闘直後に鎮めることが出来ないばかりか、自身の感情をコントロールするということがなかなかできなかった。

 しかし、カイルが魔界に落とされ、自身の無力さと幼さを痛感してから変わった。以前の率直さや直情的な部分は残したまま、それを理性で抑え冷静な思考と行動がとれるようになった。

 大人になったと言えばそれまでなのだが、レイチェルの実力に精神の方が追い付いてきたということなのだろう。

 それまでは感情によって発揮できなかった力というものを恣意的に引き出すことが可能になったのだ。


「たぶんな。いくらデリウスが個人主義だといっても、限度はある。こんな敵の真っただ中に特攻をかけられるのはそうした地位と力がなければ無理だろうな。それに、そのために必要な人材を駆り出すことも難しい」

 そう、今回バルドン達とは別に動いていた解呪専門の魔法使い。相手には気付かれないように細工をして足跡を追っている。

 かの人物が自身と同じような解呪を専門とする部隊に合流したならばそこからも情報を収集し、必要とあらば一網打尽に捉えることが出来るように。

 カイルがその存在を予期しながらもなかなかつかむことが出来なかった機密部隊に鈴をつけられたのが今回一番の成果だ。

「にしても、すごいッスね~。戦ってる間も、今でも信じられないッスよ~。これが、現実空間とは違うって」


 軽く肩を回しながらクラウスが帰ってくる。彼の実力からすれば相手は物足りないくらいだったのだろう。レイチェルと同じでかすり傷一つない。

「自分で作り出した空間内を色々と好きに調整できると分かって思いついたことだからな。練習はしてきたが、実戦で使うのは初めてだ。問題は……なさそうだな。多少魔力の消費が激しいけど魔法具で補助すれば範囲と消費魔力に関してはどうにかできそうだし……」

 精霊界でエルフ達に魔法具作成を伝授してもらったのは助かった。自力でやろうとすればどうしても限界があるし、エルフ達が持つ長年の伝統とノウハウは一朝一夕で得られるようなものではない。

 それに、排他的な傾向がある精霊界のエルフと言えど職人は職人なのだろう。カイルが見せた自作の魔法具に喰いついてきたし、教えだすと徹底的に仕込まれた。

 かつてドワーフの親方達にしごかれた時を思い出し、懐かしいやら大変やらでろくに町中も見て回ることが出来なかったことを覚えている。


 だが、その分着実な成果はあった。そうでなければ特殊な属性を付与した武器など作り出せなかっただろう。

 ドワーフとエルフは考え方においては相反することも多いが技術的な部分で言えば相乗効果をもたらしてくれる。その両者から教えを受けることが出来たが故の技術力だ。

 カイルはぱちんと指を鳴らすと隔離空間を解除する。すると、先ほどまで見えていた荒れ果てた様子の周囲は幻のように消えうせ、全く被害のない景色へと切り替わる。

 その様子には、戦闘に参加した者達すべてが感嘆の声を上げていた。荒れ果てた庭も、傷ついた建物も夢幻だったかのように何事もなく元に戻っている。

 同時に避難していた者達の喧騒も戻ってきた。隔離空間の利点は何も戦闘の余波を現実に残さないだけではない。

 例えその場に非戦闘員がいたとしても、空間を隔離することで安全を確保できるということだ。現実空間にいる彼らの元に隔離空間における攻撃が当たったとしても一切被害を出さずに済むからだ。


 隔離空間の外にいた者達からすれば、襲撃が起きたと同時に襲撃者と戦闘員たちが突如として消え、しばらくして唐突に現れるといったように見えるだろう。

 魔力消費は多くなるが中での時間調整もできるようなので大規模戦闘であっても実際には短期決戦に持ち込める。

 問題は中に引き込んだ者達が現実空間からは消えるために離れた場所から見られれば仕掛けに気付かれるということだが、その辺に関してはどうにでもなる。

 さらに、これを応用すれば敵の意表をついた奇襲も可能になるかもしれない。一番の懸念事項と不確定要素になり得る幹部や黒幕に関してもう少し探ることが出来たら作戦を決行することが出来るだろう。


 襲撃があった際に優先して避難させられていた各国の代表達が戻ってくると、簡単な事情説明だけを済ませ、パーティはお開きになった。

 いくら隔離空間によって被害は一切なかったとはいっても、突然の襲撃にショックを受けた者は少なくなかった。

 とりあえず脅威が去った今、混乱している賓客たちを落ち着かせることを優先することにしたのだ。

 各々引き上げていく者達を尻目に、残った重鎮達がカイルに眼を向けてくる。カイルは一つため息をつくと、以前話し合いを行ったのと同じ空間につながる扉を開いた。




 年末年始のパーティから二週間余り過ぎた現在、カイルはある意味で究極の選択を迫られていた。

 目の前に突き出された二つの選択肢、そのどちらを取るかで結果が違ってくる。などと、御大層なことを言われて煽られているが、実のところカイルにとっては至極どうでもいい問題だったりする。

 もう少し緊張感というか緊迫した雰囲気を持った方がいいのではないかと思うのだが、これが彼らなりの気合の入れ方なのかもしれない。

 もしくは、これから始まる戦いのことについてある種の覚悟を持っているからこその対応か。出来得る限りの最悪に備え、考えられるだけの準備と対策は行ってきた。

 それでも不安をぬぐうことは出来ないし、絶対に生き残れる保証があるわけではない。もしかすると今日という日が全員で顔を合わせられる最後の日になるかもしれない。


 誰もが口には出さなくても、そういった不安を抱えているのだろう。だからこそ、誰もがそれを表に出そうとはしない。

 あくまで今という時を楽しむのだという空気を作り出し、明日への不安と恐怖を打ち消そうとしているのだろう。

 かくいうカイルだって不安や恐怖がないわけではない。だが、それはカイルが見せてはいけないものだ。

 カイルはこの戦いにおける旗印であると同時に希望でもある。そのカイルが弱気になっていたのでは全体の士気に関わる。

 ただでさえ先行きの見えない、不安ばかりが残る戦いを控えているのだ。せめて自分達だけでも明るく振る舞えなければならない。


 それにしても、決戦前夜とカイルの誕生日が重なるのは皮肉というかある意味運命なのだろうか。

 今日晴れて十八を迎えたカイル。そして、明日はいよいよデリウスとの本格的な戦闘を行う日でもある。

 すでに町の包囲は完了し、明日宣戦布告と同時に攻め入る。並行してデリウス拠点内部における奇襲を決行し、内と外から責め立てる予定だ。

 パーティ襲撃後から今まで各国の連携を含め準備をしてきた。

 通常戦争規模の戦闘を行うとなればその準備にも膨大な時間がかかる。さらにはその移動にも時間を取られる。

 しかし、それに関してはカイルの魔法でどうにでもなる。それに、戦争を長引かせる気はなかった。

 欲を言えば一日で終わらせたいところだが、長くても一週間以内にけりをつける。


 そのために選び抜いた明日だ。

 実のところ、神でもある黒幕がデリウスの拠点にいたのでは奇襲は成功しないだろう。それに、包囲も簡単に見破られる可能性がある。

 しかし、三日前から黒幕はデリウスの拠点を去っている。そして、もう戻っては来ないだろうことが確定していた。

 それは、黒幕とデリウスの宗主との会話でも明らかだったし、黒幕本来の目的を達成するために必要なことでもあるようだった。

 内部分裂したというよりは、黒幕にとってもはやデリウスの利用価値がなくなったということだろう。

 その証拠に、かのものはこちらの動きをある程度把握しておきながら、その情報に関して宗主に伝えることはなかった。


 いっそのことこのまま組織が壊滅してしまえばいいと思っていたのか、あるいは時間稼ぎの駒として使う気なのか。

 それが分かっていてもその思惑に乗るしかないというのが悔しいところだ。デリウスを放置しておくことは百害あって一利なし。

 黒幕との最終決戦を思うならばそれ以前に潰しておくのは絶対だ。余計な横やりや邪魔は入れさせるわけにはいかない。

 そして、デリウスと戦う以上こちらも消耗は避けられず、時間を取られることに違いはない。黒幕である神にとってその時間こそが重要なのだろう。

 いまだに彼の者の狙いがはっきりしないのが痛いところだ。しかし、個の特定はできたと伝えられた。この戦いが終われば詳しい話を聞ける予定だ。

 まずはデリウスの決戦に集中するため神王からの配慮らしい。その目的と思惑もある程度把握できたらしい。


 カイルは魚と肉の二択からメインを魚と決めて料理を受け取る。

 何気にこの料理はレイチェルの手作りだったりする。レイチェルも剣の修行と並行して料理や裁縫といった女のたしなみに関しても磨いていた。

 そのおかげか簡単な繕い物なら出来るようになったし、料理も食べられるものを出せるようになった。

 いまだにそうした女子力に関してはカイルに遠く及ばないことを気にしているようだったが、少しずつ自信をつけてきているようだ。

「それにしても、いよいよ、か」

 レイチェルは緊張をにじませながらも強い覚悟を宿した顔をする。


 本来であればここに至るまでにはもっと時間がかかるはずだった。しかし、時間が経てば経つほどにカイルが作り出した優位性が薄れることになる。

 デリウスとていつまでもやられたまま、封じられたままではいないだろう。それに、後ろ盾となりある意味黒幕となっていた者の動きも気になるところだ。

 出来得る限り迅速に対応する必要があった。特に人知を越えた神などという相手が敵に回るのであればなおさら。

 こちらは各領域の王達の協力と支援を得ているとはいっても、直接的に彼らが手を出せるわけではない。

 ことが人界で起きている以上、自分達でどうにかするしかないのだ。


 レイチェルはちらりとカイルに眼をやる。十八の誕生日ということで主役として人々の中心にいる誰よりも愛しい存在。

 出来ることなら危険から遠ざかっていてほしいと思う。カイルが果たしている役割もそうだし、何よりカイルという存在は明日共に戦う者達にとっての旗印であり、これまで不遇な扱いを受けてきた者達にとっての希望だ。

 決して失わせてはならない光なのだ。

 けれど、カイルが戦場に立つことを止めることは出来ない。カイルが持つ聖剣の圧倒的な制圧力に加えて被害を極限まで抑え得るだろう支援能力。どれをとっても欠かすことが出来ないものだ。

 カイルという存在があったからこそ明日の戦いが現実のものとなる。そうでなければ、敵の本拠地が分かっているのに手をこまねいているしかなかっただろう。


 作戦の最終段階になってようやく知らされたカイルの暗躍にはあきれるやら心配するやら。どうにも一人で背負い込んでしまう質はなかなか治らないようだ。

 だが、そのおかげでうまくいけばほとんど被害や犠牲者を出すことなく戦いを終わらせることが出来るかもしれない。

 いや、終わらせるのだ。カイルに背負わせてしまう命を一人でも少なくするために。そのために磨いてきた力でもあるのだから。

「レイチェル、料理ありがとう。おいしかった」

「あ、ああ……いや、まだまだだがな。やってみれば、料理も楽しいし奥が深いな」

 レイチェルが明日の戦いに思いをはせていると、一通り挨拶を終わらせたカイルが隣に座る。少々疲れた様子を見せるも、その顔に浮かぶのは笑みだった。


 世話役であったジェーンが死んで以来初めて誰かに祝ってもらう誕生日が嬉しくないわけがない。たとえ明日過酷になるだろう戦いが待ち受けていたのだとしても。

 料理を褒められることには未だ慣れていないのか、レイチェルの頬がほんのりと赤くなる。こうした様子を見るたびに温かさというか何とも言えない愛しさがこみ上げてくる。

 レイチェル達に出会ったばかりの頃はこんな幸せが手に入るなんて思ってもみなかった。そしてまた、これほどまでに大きな舞台で数多くの人々を率いて戦うことになるとも。

 少年から青年、子供から大人に変わっていく時期に出会えたことこそ運命だったのだろうか。

 だが、これから先も許される限り共にいたいと思う。だからこそ、明日の戦い必ず勝って生き残る。その決意が揺らくことはない。どのような敵が現れたのだとしても。

「……明日は別行動になる。死ぬなよ、レイチェル」

「それはこちらのセリフだ。わたしは死なない。だから、カイルも生き残ってくれ」

 互いに目で決意を確かめ合うと、二人は小さく拳を合わせる。

 そして、決戦前夜の夜は更けていった。

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