四天王との腕試し
パーティも後一時間もすればお開きになるという時だった。
一瞬会場内の空気というか、空間が歪んだような感覚を覚える。それは魔法に長けたものや魔力に敏感な者でなければ気付けないぐらいの異変だっただろう。
しかし、次の瞬間には誰もがその異変を感じ取ることになる。
パリィィィンという、ガラスが割れるような甲高い音と共に城を覆っていた結界が砕ける。ハラハラと魔力の残滓を残しながら消えていく結界に悲鳴と緊迫した空気が巻き起こる。
カイル達もすぐさま席を立つと臨戦態勢を取った。
結界が砕けたことで向こうからもこちらの位置を捕捉できるようになっただろうが、それはこちらも同じことだ。
不意を突かれたのならともかく、待ち構えていたのだから遅れをとることなどあり得ない。
すぐさま護衛の騎士や兵士達が要人達を警護しつつ誘導していく。同時に控えていた騎士達も各々武器をとって身構える。
上空から近づいてくる気配は五つ。保有する魔力はこれまで戦ったことのある魔人もどき達の比ではなかった。
もし魔界に住まう本物の魔人達との訓練がなければ身動きが取れなくなっていたかもしれないと思えるほどの暴力的な威圧。
惜しげもなく魔力をひけらかし、地べたに跪けといわんばかりの威圧だった。
しかし、立ち向かうと決めて構えている者達の中にそれで膝をつくものなど一人もいない。何のために地獄のような特訓を乗り越えてきたというのか。
かなりの速度で近づいてきたその一団は、地面から十mほど上空で止まる。それぞれ背中に有する翼がただの人ではないことを示していた。
しかし、彼らから感じる魔人達とは違う高慢さが彼らが元は人であったことを告げていた。
「へーぇ、もっと驚くかと思ってたのに。意外と平気そうだね」
互いににらみ合っていたが、不意に先頭にいる大男の影から小さな人影が顔をのぞかせる。成長しきっていない体とあどけない顔つきから、彼がまだ成人する年に至っていないことがうかがえる。
その口調も無邪気で、本気で不思議に思っている様子だった。
「大方警戒していたのでしょう。念願だった剣聖が現れて活気づいていたようですし」
反対側から現れ、冷たい目で見降ろしてくるのは二十代半ばと思われる青年。丁寧な口調とは裏腹に、その言葉には隠しようもない毒が含まれていた。
「フハハハハハ、そんな細けぇことはどうでもいいんだよっ! 要はみんなぶっ潰せばいいんだろうがっ! 五大国同盟も剣聖もみーんなまとめてなぁ!!」
そんな二人に挟まれていた先頭の男は城中どころか町にまで届きそうな大声で二人の言葉を打ち切る。
短絡的なようにも思えるが、要は説得や懐柔といった戦闘回避案や穏便な作戦が使えない相手ということだ。ああいうのは下手に敵に回すと厄介だ。
それこそ動けなくなるか死ぬまで戦うことをやめない。
それに、体つきを見ればわかる。彼はこれまでの魔人達のように新たに得た強大な力に胡坐をかき、その力を持て余しているような連中とは違う。
それこそ本物の魔人に迫るほどの実力者だろう。元々自分のものではなかった力を使いこなすための修練を怠っていてできる体ではない。
「そう簡単にやられてやる気はないっスよ。それより、こんな真っ向からやってきたんス。名前と目的くらいは聞かせてほしいっスね!」
相対する者達の中でも先頭近くにいるクラウスが空に浮かぶ者達に言葉を返す。
クラウスの言葉に、大男はにやりとした笑いを返す。まるで、そう聞かれるのを待っていましたと言わんばかりに。
「いいだろうっ、教えてやる。俺はバルドン=フェンデル。デリウス四天王の一人にして、第四部隊部隊長、人呼んで『爆砕』のバルドンだ!!」
胸を張って、効果音がつきそうな勢いで名乗りを上げるバルドン。クラウスもこうまで真っ正直に返されるとは思ってもみなかったのか、多少面喰っていた。
今まで戦ってきたデリウスの中には絶対にいなかったタイプだ。もっと陰湿で陰険だった。しかし、バルドンは古き良き時代の騎士のごとく名乗りを上げて戦いを仕掛けるつもりのようだ。
「今日はちょっとした腕試しに来た! 剣聖を出せ!! 俺が直々に相手をしてやる!!」
撹乱でも陽動でもなく目的は腕試しときた。確かに、いかに非道な行いを繰り返してきた敵対組織の者とはいえ、こうも真っ向から挑まれておいて、多人数で寄ってたかって袋叩きにしたのでは勝利はつかめても風聞はあまり良くないだろう。
デリウス内にも彼らのような者達がいるならばいらぬ怒りや恨みを買って敵の動きが予測しづらくなる可能性もある。
まぁ、そんなのカイルにとっては知ったことではないのだが騎士にとってはやりづらい相手だろう。簡単に応じることはできず、さりとてむやみやたらと攻撃を仕掛ければ卑怯者のそしりを受ける。
下手に数を揃えてこなかっただけ勢いでの反撃が難しい。それに、彼らを見るに各々がそれぞれ実力者のようだ。数を揃えたからといって対抗できるとは限らない。
すぐに返事がなかったことで、バルドンの機嫌も下がる。
「おうっ、さっさとしな! それとも、名乗られても返せないほどの臆病ものか? 出てこねぇつもりなら、手当たり次第に城や町をぶっ壊してもいいんだぜ!!」
思っている以上に短絡的で気が短い様子に、動揺が走るが口を開く者はいない。
カイルの存在はデリウスと敵対する五大国同盟にとっても希望であると同時に、デリウスの動きを封じる抑止力でもある。
そう簡単に売り渡すことも危険にさらすこともできないと考えてのことだろう。
カイルは一つため息をつくと一歩踏み出す。
「カイル……」
もの言いたげなレイチェルの声に小さく笑みを浮かべると、彼らの待つ中庭に歩みを進める。
誰もが身動きせずににらみ合う中、気負う様子もなくやってきたカイルにバルドンが片眉を上げる。どうやら彼らが思っていた人物像とは違っていたらしい。
「……てめぇが、剣聖か?」
自身が持てないのか、先ほどよりも弱い言葉にカイルは薄く笑みを浮かべながら見上げる。
「ああ、俺が剣聖カイル=ランバートだ。あんたらにはアンデルセンって名乗ったほうが分かりやすいか?」
バルドンのように声を張っているわけではない。それなのに対峙する者達すべてに通る声。空に浮かぶ五人の中にはカイルの言葉に眉をしかめる者もいれば喜色を浮かべる者もいる。
かつて敵対しただろうカイルの父、ロイドのことを思い出したのか。また、カイルの見た目で大したことがないと思われているのか。
「そうか、てめぇがな。いい度胸だな、嫌いじゃねぇ。じゃあ、早速やるかっ!?」
バルドンは自分達の視線を受けてもひるむことなく笑って見せたカイルに感心した様子を見せる。だが、次の瞬間には嬉しそうな顔になり勝負を挑んできた。
そこに飛来した影があり、とっさに防御態勢を取ったが思っていた以上に攻撃が重かったのか地面へと吹き飛ばされる。
「隊長っ!!」
その様子に他の四人も思わず声を上げるが間近で膨れ上がる魔力に散開して回避行動をとる。夜の空に赤い花が咲くように炎が炸裂しあたりを染める。
「くっ、不意打ちとは卑怯な!!」
よけきれなかったのか軽いやけどを負った一人が声を上げる。しかし、その程度の罵倒で揺らぐ者など一人もいない。
「結界を破ってまで侵入した時点で戦いはすでに始まっているだろう? それに、これまで散々不意打ちで襲撃して、戦う力を持たない周囲の人々を巻き込んできてどの口が卑怯なんて言うんだ? 敵の渦中に飛び込んだんだ。これくらいの歓迎、想定のうちだろう?」
いまさら不意打ちだの卑怯だの言わせない。そもそもにおいて、不意打ちというならこの状況がまさに不意打ちだろう。
各国の要人達があつまる最中を狙い、無差別攻撃を盾に要求を突き付け、その上で正々堂々一騎打ちなどできると本当に思っていたのだろうか。
カイルとて勝てば何をしてもいいとまでは思わない。しかし、その背に守るべき大切なものを背負っているのだ。負けることは許されない。
人として最低限の礼節くらいは守るが勝つための手段は選ばない。何より、カイルよりもやる気になっている仲間達がいるのだ。彼らの腕試しのための相手になってもらおう。
それに、カイルはカイルでやっていることがある。戦いは彼らに任せてこちらに集中させてもらう。
<クロ、どうだ?>
<ふむ、結界を維持するための魔法具が一部壊されておるな。内部に裏切り者がおろう。それと、結界の破壊に一役かったと思われるものを捕捉した。どちらも影に細工をしておるから、いつでも干渉できよう>
カイルは結界が崩壊したと同時に発動させた魔法を維持しつつ、クロとの念話を行う。結界は中核となる魔法具と周辺に配置したいくつかの魔法具を起点として発動・維持を行っている。
そして、中核の魔法具を破壊されない限り、決められた手順以外で魔法具が止められたり壊されたりしてもすぐに結界が崩壊するということはない。
新たに結界を発動することは難しいが、維持することなら多少不安定になるものの残された魔法具で可能だからだ。
それなのに、結界が不安定になると同時に破壊された。それはつまり結界がほころんだ瞬間を見計らい、何者かが力を加えて結界を破壊したということ。
見た限りあの五人はいずれも戦闘要員のようで、城を覆うような結界を破壊できるほどの魔法使いはいなかった。あれは繊細な魔力操作と魔法制御を必要とする。
ならば別働隊がいると考えるのが普通だろう。そのためクロに控えてもらっていたのだ。
夜に襲撃を行ったのは魔人化した都合上、昼よりも夜のほうが力を発揮できるから。だが、それは妖魔であるクロも同じだ。むしろ夜は魔の者の独壇場といってもいい。
影だけなら昼中のほうが多いが、夜の闇はそれ以上に深くて暗い。夜の闇の中、最高位の妖魔であるクロに眼をつけられて逃げられるものなどいない。
<すぐに捕まえなくてよいのか?>
<ああ、前の大戦以降強化された町や村を覆う結界に対する専門部隊があるんだろう。たった一つのほころびからでも結界を解除できるような専門家の集まりが。切り札の一つとして大事に囲われているはずだ>
カイルの情報網を持ってもその存在の確認や確信には至らなかったデリウスの持つ切り札の一つ。普段はそれが外部に漏れることがないよう、つかまったり逃げられたりしないように厳重に管理されているのだろう。
しかし、年末からたび重なるデリウスへの波状攻撃に、その鉄壁の管理にも穴が開いた。彼、あるいは彼女の独断か、それともバルドンらにそそのかされ、あるいは脅されて手を貸したのか。
何はともあれ、不確定要素に手を打てたのはもうけものだ。後はその人物からさらなる情報を引き出すか、もしくは一網打尽に専門家達をかっさらうか。
どちらに転ぼうともこちらにとって利になることは間違いない。
それに、いるだろうとは思っていても確定できなかった内部にいる裏切り者。そうした人物の確保ができればこっちの情報が漏れる可能性を少しでも排除できる。
カイルはクロとのやり取りを終えていまだ戦いが続く前方に意識を向ける。
バルドンは最初指名していたカイル以外の者、つまりはレイチェルが突っかかってきたことに憤っていたが、撃ち合ううちにそれも払拭されたようだ。
楽しげに笑い声をあげながら常人には眼にもとまらない速さでぶつかり合っている。まだ幼さを残した子の相手はキリルがやっている。
実際にやってみれば分かるのだが、自分と体格の差がありすぎる者との戦いというのは想像以上にやりづらい。それに心理的にも子供の相手は厳しいだろう。
その点、キリルはドワーフの血のため成人男性よりも低い身長なうえ、子供相手であろうと手を抜いたりはしない。
冷たい目をした副隊長と目される人物の相手はアミルとハンナがタッグを組んで相手をしている。どうやら向こうも遠距離主体の戦い方のようで魔法がぶつかり合って派手な音と光を振りまいている。
残る二人はクラウスと護衛に雇われた高ランカー達が相手取っている。クラウスは大胆でありながら隙のな剣技で相手を翻弄している。
高ランカー達も魔人の身体能力と魔力ではさすがに一人の手に余るようだったが、連携しながら優位に戦いを進めていた。
それ以外の者達は見ているだけか、と言えばそうではない。一度に大量かつ無差別に魔物を召喚すれば盟約魔法に引っ掛かるが、使い魔召喚などのように単数を呼ぶ場合にはその限りではない。
カイルによって大量召喚を封じられたデリウスはそうした抜け道を探したのか、時間差で呼び寄せられた魔物達が中庭に出現し、騎士や護衛達と対峙していた。
数を絞った分、一体一体の質は上がっているようで、平均してAランクの魔物達が猛威をふるっている。
ハンターとしてそういった魔物達との交戦経験がある高ランカー達はともかく、騎士などは苦戦を強いられている。
魔人達との訓練を積んだとはいえ、人型とそれ以外では戦い方も動きも大きく異なる。動きが見えなかったりついていけないということはないのだが、予想外の攻撃や反応に戸惑っているようだった。
これからの訓練に魔物達との戦闘も入れるべきだろうか。少なくともこうした手段を使えばある程度の戦力を向こうが揃えることは可能なのだから。
不意打ちは封じられてもじりじりとした戦力増強は完全には防げない。やりすぎれば介入可能だがその辺の見極めを誤るような連中ではないだろう。本当に厄介だ。一手を封じてもすぐにまた別の一手を打ってくる。
周囲の者達は極力カイルの近くに魔物達が行くことがないよう立ち回ってくれているが、時々取りこぼしてやってくる魔物を切りはらいつつ戦況を眺める。
確かに、仕方ないこととはいえ見ているだけというのは歯がゆいものだ。無理を押してでも飛び込みたくなってくる。
カイルが指名されながらも応じず、今もこうして後ろで控えているのには理由がある。それは、神力の使い過ぎによる消耗のためだ。
子供達の魂の調整を行った魂属性も、新たな理の制定をするために神を下す依代になるにも膨大な神力を必要とする。
一刻も早く理の制定をと気が急いていたこともあり、立て続けにことを行った結果、今カイルの体はガタガタになっている。
神力の源になる体力・気力・精神力はもちろん、魔力や生命力も極端に落ちている。体力や魔力は時間拡張空間の中で過ごしても回復するが、それ以外特に魂の力などは実時間による回復を待つ以外にはない。
歴代の剣聖の命を縮めたのも神力が回復しないままに聖剣をふるい続けたことが原因だ。いかにカイルが完全に聖剣と適合し不老になったとはいっても、神力を使いすぎれば衰弱死するだろう。
そのため、デリウスの襲撃が濃厚になった時に仲間達や各国のトップ達に先頭に立って戦うことを止められた。
剣聖だけに頼った戦い方しかできないのではこれからデリウスと戦うことも勝つこともできないと。何のために仲間がいるのだと言われたら反論もできなかった。
だから、カイルは別の役割を果たし、仲間を信じて戦いを見守ることにしたのだ。カイルの役割はクロの協力のもとデリウスの切り札と内部の裏切り者の確保。そして、今も維持し続けているある魔法の検証。
そこここで戦いは苛烈さを増し、美しい風情のあった中庭も配置を考えて植えられた木々も、建物の一部でさえ戦闘の余波で破壊されている。
「ハハハハハハハハ、楽しい、楽しいぜっ! もっとやり合おうぜっ!! どうだ、俺の女にならねぇか。強い奴は男だろうが女だろうが歓迎するぜ?」
「あいにくとわたしの心はすでに預けている」
哄笑と共にバルドンがレイチェルを口説くような言葉を口にするが、レイチェルは冷たく切り返す。かつて鉄壁の乙女とうたわれたようなつれなさにバルドンは口をへの字に曲げる。
どうやら気に入ったら敵味方関係なく己のうちに入れようとする性格らしい。敵でなければなかなか好ましいといえるのだが、彼の根底にあるのは底なしの破壊衝動。
どれだけ気に入った人物であろうと場所であろうと、いつかは自らの手で破壊せずにはいれらない。おそらく彼はそういった類の人間だ。共存することさえ難しい者の手をとることはできない。
「そうかよ、なら、ここで叩きつぶしてやらぁ!!」
バルドンの大きく振りかぶった拳が地面に突き刺さる。その瞬間地面が爆発したように抉れて大量の土を巻き上げる。『爆砕』の二つ名の通り、手足に触れたものを爆破させることができるようだ。
しかし、仲間内において最速を誇るレイチェルにはかすりもしない。普通なら爆破を大きくかわしての反撃は難しいが、レイチェルの速さをもってすれば可能だ。
互いの姿が土埃で見えなくなった瞬間、レイチェルの姿が残像を残して消えた。




