村の罪と真実
「違うっ! 俺は、俺は、お前の父親とは……剣聖とは違うっ!!」
「おっ、おう。まあな、でもどっか通じるもんがあったから、なんか関わりがあるんじゃないかって思っただけだし。でも、そんなムキになって否定することか? 父さんに似てるとこがあるって言うのがそんなに嫌か? 剣聖だっつっても、人だぞ? んな、バケモンに似てるって言われたみたいな反応……剣聖? なんで俺の父さんが剣聖だって知って……」
カイルは思ってもみないほど過剰に反応したダリルに驚き、肯定しつつも訳を話す。だが、いくらなんでもそんな拒絶反応を起こすほどのことなのかと問おうとしたところで気づいた。カイルは今まで一度も父親について言及していない。それなのに、なぜ似ていると言っただけで剣聖とは違うという言葉が出てくるのか。
カイルはレイチェル達を見て、バーナード夫妻やキリルを見る。それからトマスを見て、レイチェル達に視線を戻した。
「そうか……みんな、知ってるのか。王都から来たって話だけど、目的は……俺か?」
カイルはレイチェル達が王都から来ていることはトマスからも精霊達からも聞いて知っていた。だがその目的まではどちらも何も言ってきていない。だが、こんな場を手配した以上トマスが知らないはずがない。そして同席するバーナード夫妻やキリルも最初から知っていたのだろう。
思ってみれば、助けてもらったレイチェル達とお互いを紹介したり話したりするためだけに、こんな場を貸し切る必要などない。成り行きでレイチェル達が手を貸すことになったのなら、ずっとカイルに付き添っている必要もない。何より年若い実力者達がこぞって王都からこの町にくるような理由は何だ? それもレイチェルのように立場ある存在が。
「我々は……その、」
今こそ王からの密命を伝える時なのだろうが、なぜかレイチェルは言葉が出てこない。この言葉を口にするということは、カイルをこの町から連れ出すということだ。努力の末に勝ち取った居場所を奪うということだ。
「別に責めてるわけでも、あんたらが悪いって言ってるわけでもねぇよ。ただ、理由は何だ? 言い方は悪いかもしれないが、今まで無関心だったろ、俺のことなんて」
「そんなことはっ! 王は、気にかけておられた」
「なら、もうちっと目もかけてもらいたかったもんだな。いくら父さんの願いだったからって、気を利かせて金だけくれてもな。それが正しく届いているのか、ちゃんと願い通り暮らせてるか、確かめることくらいできたんじゃねぇの。父さんの願いをかなえる範囲内で」
「そ、それは……」
「そうした目が行き届いてりゃ、それを知ってりゃ村の連中だってあんな罪を犯さずに済んだんだ。カミーユだって、歪んで、犯罪者になることもなかったかもしれない」
トマスから聞いたカミーユの顛末。今では憑き物が落ちたように、素直に謙虚になって今まで犯してきた罪の告白をしているという。取り巻き達は強情に認めていないが、カミーユの証言やギルドカードの罪状によってしかるべき罰が与えられるだろう。どうやらカミーユは利用しているつもりで取り巻き達にいいように使われていた節もある。カミーユの関与していない数多くの犯罪もカミーユの名を盾にごまかしてきたようだ。
カイルの身代わりとして連れてこられ、偏った認識を与えられ、浅ましい欲望を満たすための道具にされていたカミーユ。彼にも別の人生があったのではないか。たとえそれがみじめに地べたをはいつくばって生きる人生であっても。
「彼はっ、確かにそうかもしれないが、だが、あの村の連中は……」
「確かに対等な関係じゃなかったかもしれない。でも、あの大戦が起きるまでは、それなりにうまくやれてたと思うんだ。お菓子目当てに来た連中と村中走り回って、泥んこになったらみんな揃って水ぶっかけられて、村人達はそれを笑ってみてた」
レイチェル達が四か月前に訪ねた村の様子とはかけ離れた、穏やかで温かい空気。そんな時間もあったのかと、レイチェル達はあの村で出会った人々を思い出す。彼らの笑顔が歪むことなく、心の底から笑うことができた時があるのかと。
「でも、大戦が起きて、村はドラゴンを筆頭にした魔物達の襲撃を受けた」
レイチェルの脳裏に王都で逃げまどっていた時の光景が思い出される。あの時、被害は最小限に抑えられたと言っても五千人以上の人が犠牲になった。あの惨劇を、あの村も村人達もカイルも経験したのか、と。
「一回目の時は、二百人くらい死んだ。みんなで犠牲者の弔いをして、壊された建物のがれきを片付けて。みんな泣いてた、でも、そんでもみんなで支え合っていこう、頑張っていこうってなったよ」
散った命は戻らない、流された涙は多く、親しい人を失った傷跡は消えない。それでも、生き残った人は死んでしまった人の分まで生きなくてはならない。みんな、そうやって乗り切ってきた。
「それはどこも同じことだ。王都だろうと被害を受けた。だが、だからといって……一回目?」
だからといって罪を犯していいわけではない、そう続けようとしていたレイチェルは不穏な言葉を聞いた気がして聞き返す。
「全部で三回、襲撃を受けたんだ、あの村は」
たった一度の被害であろうと、多くの人々に消えない傷と恐怖を刻み込んだドラゴン達の襲撃。それを、三回も経験したというのか。三回も、あの痛みを味わったというのか。
「三回の襲撃による被害者は計千人以上、村の総人口の……三分の一が、死んだ」
レイチェルはあまりにもの被害の大きさにめまいを覚える。人口六百万の王都に換算して考えれば実に二百万人。二百万人の命が失われたのと同じ痛みを、あの村の人々は受けたのだ。
「他にないだろ、二回も三回も襲撃された場所なんて。しかもあんな辺境にあって、ぶっちゃけ壊滅しても王都には何の痛手にもならない村、何であんな執拗に狙われたと思う?」
「まさか、君を狙って?」
「敵の狙いが俺にあったのか、母さんか、それとも父さんが頻繁に出入りしてたから何か秘密があると考えたのかは分からない。どっちにしても、俺や両親がいなければあの村は襲撃を受けなかったかもしれない。少なくとも、三回も襲撃を受ける羽目にはならなかった」
カイルの言葉をレイチェルは否定することができない。敵の狙いがどちらにあったにせよ、ロイドに……最大の敵でもあった剣聖に関わりがあったからこそ度重なる襲撃を受けた。
「ロイド様はその時どこに? そ、それに騎士団や警備隊は?」
最愛の息子がいる村が襲撃を受けたというのにロイドはどこで何をしていたのか。そしてまた、それだけの被害を受けて、なぜ騎士団の派遣や警備隊の増援がなかったのか。
「父さんはその時、遠く離れた場所で敵の主力と戦ってた。知らせが届いても、戻ってくることはできないさ。物理的にも、情勢的にも、それが……剣聖の責務ってやつだろ? 例え俺がそれで死んでても、父さんは戦場を離れられない」
剣聖に寄せられる期待と、所有する力と、背負う重責。それはたとえたった一人の肉親が、愛すべき存在が死んでしまったことを知ろうとも、逃げ出すことも投げ出すこともできない。
「人から受ける拍手が祝福のようでもあり、時に呪いのようにも感じるって、独り言みたいに言ってたのを覚えてる。これだけ称えてやっているんだから、逃げることは許さないって言われているようだって」
レイチェルは難しい顔をする。人々の期待が時に重い枷となって人を縛ることをレイチェル自身よく知っていた。期待していると言われるたび、裏切ることは許さないと言われているような気がした。そんな思いを、剣聖であるロイドも抱えていたのだろうかと。いや、レイチェルなんかよりもよほど、それは強かっただろう。
「毎回、帰ってくるたびに大仰なくらい喜んで、出ていくたび今生の別れみたいに惜しんでた。でも、あれはきっとみたい、じゃなくて毎回毎回最期の別れをしてたんだろうな。父さんがいない間に俺が死んでも、ちゃんと別れは済ませておいたって思えるように。父さんが死んでも、突然の別れにならないように」
剣聖などしていれば、いつどこで死ぬか分からない。また、あの不安定な情勢の中、カイルが無事でいられる保証もない。そばにいてあげることができないのであれば、せめてきちんとお別れをしておかなければならない。互いに悔いを残すことのないように。
「一回目から三回目までの襲撃はたった一か月の間に行われたんだ。最初の襲撃を受けた時、王都や近隣の村とか町に救援を要請した。でも、すぐに来られるわけじゃないだろ? 村に在中してた警備隊は率先して立ち向かって……全員。二百人の死者のうち三分の一は彼らだ。どうにか撃退して、埋葬や復興作業に移って十日後、二回目の襲撃があった。近隣から救援に来てた警備隊の人達は……ドラゴンの姿を見て我先に逃げ出したよ。そのせいで村人達に被害が広がって、五百人の死者が出た」
元々平和で問題の少ない辺境近くに務めていた警備隊。彼らは強い魔物はおろか、獣とさえ戦うことは少なかった。そんなところへ、ドラゴンなどという脅威が押し寄せて来たらどうなるか。自分達の村や町であれば、守るべき家族や友人達がいればどうにか踏みとどまって戦ったかもしれない。
けれど、ただ救援作業のために来た人々だ。ドラゴンと戦う心づもりも覚悟もできているわけがない。今まで一度襲撃を受けた場所が続けて襲われることはなかった。だから襲撃はもうないものとして、むしろ安全地帯のように思われていたのだ。
「二回目の増援部隊は……派遣されてこなかった。実質見捨てた形になって顔向けできないってのもあったけど、次があることを……恐れたから」
「孤立無援、疑心暗鬼、歪みが生まれた?」
「たぶんな。みんな悲しむよりも怒るよりも、茫然としてた。殺された人達と壊された建物を見て。武器も荷物も放り出して逃げていった人達の持ち物を見て。いつまでたっても差し伸べられない救いの手を待ってるうちに、歪んでったんだろうな」
ハンナは孤立した、いや見捨てられた村で大きな傷を負った人々の、行き場のない悲しみや怒りがどこに向かうだろうと考えて、そしてすぐに結論が出る。
「みんな思った。ロイド様の、カイルのせい。だから?」
「三回目が駄目押しだったんだろうな。二回目からさらに二十日、一回目から一か月経った時に最後の襲撃があった。戦える人なんていなかった。みんな家の中に隠れて震えてた。身寄りをみんな亡くした人達の中には、自分から殺されに行った人もいるって聞いた。俺は、家の近くの森にある隠れ家で……ジェーンさんに抱きしめられて息を殺してた」
ロイドと関わりがあるせいで、カイルがいるせいで村が何度も襲撃されるのに、肝心の当人は村の外に逃げ隠れていた。これもまた、村人達の感情を逆なでしたのだろう。何かあった時のために、ジェーンが用意していた隠れ家。長年要人の世話をしてきたからこそ身に着いていた知恵と、日ごろから欠かさなかった警戒と準備。それがカイルの命を守った。だが、それは村人達全員を守れるものではなかった。
ジェーンは選択したのだ。カイルと村人達、いざという時どちらを優先するのか。どちらを生かすのかを、そしてそれは最初から決まっていた。恩人であり親友でもあったカレナの、そして彼女亡きあとも世話を任せてくれたロイドの息子の命を取ると。
「三百人くらいが犠牲になって、目的のものを見つけられなかったのか、ないと判断したのか引き上げてった。村に戻った時に向けられた目は忘れられない。それまでは真っ直ぐ俺の顔を見ることがなかった人達が、真正面から怒りと憎しみをぶつけてきた」
「でも、そんなの、カイルのせいじゃねぇだろ! ロイド様のせいでも!」
ロイドは世界のために戦っていた。カイルはただ、ロイドの息子であったというだけだ。敵に目を付けられる可能性がないわけではないが、それはカイルのせいではない。敵の秘密を暴き、弱点をつこうとするのは定石だが、本来それを気にかけて対策をしておくべきだったのは国の方だ。
いくら秘密にしていても、どこから漏れるか分からないし、相手の行動から予測を立てることだってできる。盲点だからといって、絶対ではないのだから。
当時国王は即位したばかりで、世界を揺るがす大戦に対応するのに必死で、いくら剣聖の息子といえど一人にかまけているわけにはいかなかったのだ。今ならば恐らく、最初に手を打ち守りを固めていただろう。直接面識がなく伝聞による情報といえど、カイルの利用価値を……ロイドへの影響力をすぐに戦況と合わせて考慮に入れることができただろうから。
「王都から騎士団が来たのはその後だ。さらに一か月が経って、何もかもが終わった後だった。死者の埋葬も、がれきの片付けもある程度片が付いてた。で、これが最初に連絡があった時に受けた襲撃の後だと判断された」
「どうしてですの? 被害は甚大、心身共に疲弊し生きる気力さえ失ってしまうほどの出来事ですのに……」
「信じてもらえなかったんだよ」
「? なぜですの?」
「ドラゴンを含む魔物の群れに三回も襲われて……あんな小さな村が残っているわけがないってよ。そもそも何回も襲う理由がないって」
「カイルがいることは言いませんでしたの?」
「秘密を守る代わりに補助金をもらってたから。それに、そんなこと言ったら俺のせいで村が襲われたって公言したようなもんだろ?」
表立って批判し責任を追及することはできず、さりとてそれを抜きにすれば辺境の何もない村が何度も襲われる道理がない。袋小路に入り込んだ村人達は、そろって大法螺吹きの汚名を着せられた。
「それに、もしそんなことがあったら周辺の村の警備隊達が知らないはずがない。必ず、救援部隊が来ているはずなんだから」
「分かりましたわ。みんな、わが身可愛さに口をつぐみましたのね。村を見捨てて逃げかえったことを。襲撃を恐れて増援を派遣しなかったことを」
「そ。で、犠牲者の数とか名前とか一通りの処理を済ませて、復興資金と補充要員を置いて帰ってった。資金はとても被害には見合わないけど、村の規模には見合ったくらいの額だった。そんなおざなりの対応と侮蔑の視線を向けられて、どっかおかしくなってったんだろうな」
ロイドの死と共に大戦の終結が告げられても、村のよどんだ空気は元には戻らなかった。身内を大戦で亡くしたという同じ境遇になったカイルに対する態度も、日に日にとげとげしくなるばかり。片や皆に称えられる英雄としての死、片や歴史に名を刻まれることも真実を認めてもらえることもない無為の死。比べられるわけがなかった。同じ痛みを抱えているなど、考えることもできなかった。
「村を追い出される時に投げつけられた言葉ってさ……もとは、村の人達が周りの人達から言われたことなんだよな。最初はなんてことのない意地悪みたいな悪意でもさ、それって受け継がれていくんだなって思った。人から人に、でもってそのたびに大きくなったり黒くなったり、で自分より弱い相手にぶつけちまう。ぶつけられた相手は自分の中で成長した悪意をさらに弱い相手にぶつける」
誰だって人に嫌われたり、辛い言葉を言われたりしたら苦しいし悲しい。特に悪意が込められた言葉ならなおさら。言われた人の心に残り、姿を変え大きさを変え、そしてそれをぶつけてもいい相手を見つけてしまうと、自制できる者がどれほどいるだろうか。
村人達にとって絶対の庇護者であるロイドを失った幼いカイルは、たまりにたまった鬱憤を、悪意を、憎悪をぶつけてもいい相手だった。ぶつけても仕方ない理由がある相手だった。
「それで君を追い出し、身代わりを据えて、補助金や財産を?」
「本当に欲しかったのは金じゃないんだろうけどな」
「というと?」
「俺を殺さずにほぼ無一文で追い出したのは、自分達と同じような苦しい生活を理解させるためと最後の義理立てってやつかな。身代わりを立てたのは、罪を隠すためもあったんだろうけど、自分達しか真実を知る者がいないってことを思い知らせたかったんだろ。同時に、毎年補助金を持ってくる騎士団をあざ笑うため。毎年顔を合わせてたはずなのに、今まで気付かれていないってことは入れ替えに気付いてないってことだろ? 村人達を大法螺吹きと呼んだ騎士団が、村人達の大法螺にまんまと騙される。これ以上ない意趣返しってな」
騎士団は毎年律儀に家まで届けに来たが、カイルをしっかりと確認するという作業は行っていなかった。対応に出たジェーンに手渡すことがほとんどで、カイルのことも小さな子供がいるというだけの認識だった。王が張り切って、徹底した情報統制をした結果、真実を知るのが村人達だけになってしまったのだ。
「補助金は、足りなかった復興援助とか、金で済まされてしまったことへのあてつけ。手を差し伸べてくれりゃ、信じてくれりゃそれでよかったのに、金だけ渡されて嘘つき呼ばわりされりゃな。嘘ついて金もらって何が悪いってなったんだろ。財産は……現金はともかく案外残ってんじゃないかと思うけど……」
カイルの考えていることが確かなら、まだ残されている可能性は十分ある。そして、それこそが村人達の罪を軽減する一助にもなるのではないか。




