デリウス四天王襲来?
新年早々騒ぎが起こり、その後も各国の代表による話し合いなど、現実時間に対してはあまりにも密度の濃い時間を過ごしていたが、今日で年末年始のパーティも終わりを迎える。
カイルの管理する空間内において五カ月にも及んだ話し合いは新たな法として文章にまとめられ、代表達が国に戻り次第一斉に公布、関係機関や全国民に対して周知を徹底したのち施行されることとなった。
それが決定したことにより、それまで留め置いていたダリルや、先行して実績を作るために協力してくれることを約束してくれた子供達に魂の適合化を行った。
失敗は死をも意味するプレッシャーの中、細心の注意を払っての作業。たった一人にそれを施すだけで、一日中休まずに修行をするよりも疲労を感じた。
だが、時間をかけ鍛錬を積んだおかげか、一人として死なせることなく、心身に異常をきたすことなく成功したのは幸いだった。
もちろんそれを狙ってはいたのだが、物事に絶対はない。その場合の対処や責任の取り方を考えてはいたが徒労に終わったようで何よりだ。
人の魂に異質な魂が交わり融合したことで、少なからず外見が変化してしまった子供達も多かった。ダリルは白い髪に三・四束黒髪がメッシュのように入り、闇属性が強化された。翼や尻尾が生えなかっただけよかったのかもしれないが、本人は静かに落ち込んでいた。
どうやら成功したことに安堵しつつも、なぜか痛々しく微妙な気持ちにさせる容姿になったダリルに対してトーマがこらえきれずに笑ってしまったことが原因らしい。
カイルも大真面目な顔をして、真剣に呪文を詠唱している人を見たときと同じような気分になったが、どうにか表情や態度に出すことはこらえたというのに、トーマはいい意味でも悪い意味でも正直だ。
子供達の中には髪や目の色が変化したり、翼や尻尾、角が生えてきたり、肌の色が変わるものもいて、その変化は千差万別だった。
だが、総じて魔力がなかった者も魔力があった者も魔力が強化され、闇属性を手に入れることになった。また、魂と混ざり合った魔物達が持っていた固有能力や固有属性を発現させる者もいて、それはこれからの調査によって検証していくことになった。
変わり果ててしまった自らの姿に落ち込むかと考えていれば、予想以上に彼らの受けたダメージは小さいようだった。
何度も言い聞かせてきたこともあるが、それぞれがきちんとそれを受け止め覚悟を決めていたからだろう。変化した自分の体をしばし確認した後は、互いに見せ合ったり指摘しあったりしながら和気あいあいとしていた。
誰にも嫌悪や恐怖が浮かばなかったことが信じられず、同時に嬉しくもあった。どんな姿形をしようとも、どんな力を持っていようとも、自分は自分なのだとしっかりと自覚していたから。
異質な力や姿を含めて、相手の個として認めることができる心を持っているのだと分かったから。
だが、まだ表に出すことができない彼らは国の保護下にある施設の一つに送り、力の制御や能力の確認を含めて研究と教育を行うことになった。
死神達による魂の調整はとりあえず公布と周知が行われた後になる。もちろん、それ以前に危険と判断された場合はそのタイミングが前後することはあるようだが。
だが、新たな理の制定に関してはすでに昨日儀式を行い終了している。これから先使い魔契約や盟約魔法など定められた契約やハーフなどの血筋を除き、他の生き物同士の魂が混じり合うことはなくなった。
それはつまり、今すでに魔人化などによって混じり合っている者を除き、これから先は儀式魔法によってもそれが不可能になったということ。
魔界からの資源の供給ストップによって以前のやり方に戻ったとしても、決して新たな魔人もどきが生まれることはなくなったということでもある。
洗脳に関しても神が関わっていることから神界が眼を光らせている。実質彼らがこれから先戦力を補給、あるいは強化しようとした場合、扇動して有志を募るか脅迫して無理矢理戦わせるかしかない。
いよいよ追い詰められ、なにがしかの行動を起こしてくるだろう。
外に、こちらに眼を向けさせつつも冷静さと余裕を奪い、その裏でいろいろと動いているが、一番彼らに隙ができるとすれば何か仕掛けてきた時だ。
かつて、剣術大会の時の襲撃を利用して彼らの眼と鼻の先まで監視の目を送り込むことができたように。
カイルがいまだ味方である五大国同盟の代表者達にまでクリアの存在を隠しているのは、そのクリアこそがデリウスの監視の目となり耳となって働いてくれているからだ。
実験と検証を繰り返した結果、クリアの分身体は領域を隔ててさえもほぼタイムラグなく離れた場所にいる本体に見聞きした情報を伝達することが可能だった。
最大でも百km圏内でしか使用できない通信機とは比べることもできないほどに優秀な能力だ。
分身体が増えるごとに、一体一体の戦闘能力は低下するが、こと監視においてクリアはこれ以上ないほど適している。
同調をつかって周囲の魔力に溶け込んだり、取りついた人と魔力の波長を合わせることで気付かれることなく、魔力の補充も容易だ。
さらに、同化によって壁や天井や床だけではない。衣服や武器防具にまで違和感なく溶け込むことができる。
唯一気をつけなければならないのが移動時だが、そこは領域の王達の協力も得て徹底的に訓練を行った。クリアも何度も失敗を重ねながらも、最終的には王達に気取らせることなく十mまで近づくことが可能になった。
それ以上になれば、彼らの知覚能力のどれかに引っ掛かり露見してしまう。それでも十分すぎるくらいの隠密能力だった。
だから、カイルはデリウスの本拠地に対する監視と情報収集に関してはクリアに一任している。
クリアも、ずっと自身の実力が及ばないことに負い目や引け目を感じていたようだったが、カイルやクロの役に立てると喜んで引き受けていた。
今もずっと潜伏しながらも立派に役目を果たしてくれている。
その甲斐あって、デリウスの背後にいる神に関しても情報が集まってきていた。
それがどういう存在でどれだけの力を持っているかということ。狙いがどこにあるかということなど。
一言でいえば厄介。だが、カイル個人の率直な意見を言うならば恐ろしいほどに一途で、だからこそ己以外が見えていない愚かな存在に映った。
そんな道化と呼ぶにも役者不足な存在にここまで人界や世界がかき乱されるなんて馬鹿馬鹿しいを通り越していっそ見事だと領域の王達は意見を同じくしていた。
本来であれば正体が判明した時点で領域侵犯や世界を危機に陥れようとした罪で裁くことも可能だ。それをしないのはカイルやカイルと繋がる人界に住まう者達を見守り、信じて託してくれたからだ。
これから先、同じような危機が訪れないとも限らない。そのたびに他領域の王達の力をあてにしていたのでは進歩はない。
自分達の領域は自分達の手で守り抜き、それを乱す者には一致団結して立ち向かう。それこそが人界の新たな可能性と歴史を切り開くと信じて。
請われれば協力はしてくれるが、一方的に庇護を求められそれに答えていたのではいずれすべてが立ちいかなくなる。
世界のためにも、これからの人のためにも、たとえ犠牲が出たとしてもできうる限りは人自身の手で決着をつけなければならないと。
自らが司る領域の力を悪用されていたり、最終的な敵が神である以上完全に無干渉を貫くことはできないが、それも最小限だ。
カイルが用いた盟約魔法も相手がことを起こさない限りは意味をなさないものなのだから。
「心配ごとか? きっとあの子達なら強く生きていけるだろう」
考え事をしている間に浮かない顔をしていたのか、レイチェルが声をかけてくれる。当たり障りのない言葉だが、気遣ってくれる心がこもっていた。
「そうだな。ただ、黒幕の正体とこれから起きることを思って少し憂鬱になってただけだ」
今カイルがレイチェル達といるのは、パーティ会場の端、休憩や腰を落ち着けての談話に興じるための場所だ。
年末年始の六日間における各国の有力者達との顔合わせや挨拶も一段落ついてようやく息抜きができる。今夜も開始から三時間、絶えず訪れる人々の対応に少々くたびれていた。
人付き合いは嫌いではないのだが、下心が透けて見える者達とのうわべを取り繕ったような会話は主に精神的に疲れる。
口汚くとも率直に言葉や心情をぶつけてくる孤児達との方がよほど付き合いやすい。
「ああ、なるほど。しかし、何を考えているのでしょう、わたくしには理解できませんわ」
アミルが頬に手をあてたまま首をかしげる。
「理解不能はいつものこと」
「でも、独断先行っぽいんだろ? そんなんでここまで来れると思うか?」
ハンナがそれに答え、トーマが疑問を呈する。各々飲み物は持ってきているし適度に腹も満たしているが、前日までのパーティのように酒や食事に関してはかなり抑えている。
これから起きることを思えば酒で反応や判断力を鈍らせたり、満腹で動きが鈍ることを嫌ってのことだ。
というのも、今日この場をデリウスが襲撃するという情報が入ったからだ。一応代表達には伝えて、警備や警戒も最大限引き上げられている。
そもそもにおいて、王城には特殊な結界が幾重にも張り巡らされているし、例の王国王都襲撃があってから、綿密に調査されているため、余計な仕掛けが施されている可能性はほぼない。
カイル自身も一応城にいる間に敷地の隅々まで精査したからそれは確かだろう。
その上、入ってきた情報によると襲撃者達は真正面から力押しで持ってこの場を制しようと考えているらしい。
デリウスはこの状況下でいかにして襲撃を仕掛け、それを成功させる心づもりなのだろう。
普段は考えなしに突っ込むことも多いトーマにさえ指摘される杜撰さと大胆さともいえる。ある意味デリウスらしくないやり方だ。
カイルとしても、手出しがあるならこっそり手のものを忍び込ませたり、あらかじめ配下においていた者達を使って暗殺や混乱を引き起こそうとするのではないかと考えていたのだが。
そのための対策は十分にしてあるし、不審な行動や人物がいればすぐに精霊達からも知らせが来るようになっている。
ある意味では意表を突いた作戦と言えなくもないが、どう考えても無理があり成功する確率が限りなく低い方法と言わざるを得ない。
そんな無駄に戦力を消費するような方法をいまさらデリウスが取るのだろうか。こちらがあちらの手の内や手段をことごとくつぶしているといっても、これはあんまりだ。
逆に罠なのではないかと変な勘繰りをしてしまうほどにおかしな作戦。だから探りを入れたのだが、どうやらこれは宗主の決定というより、一部の者達による暴走らしい。
どれだけ計画と心を乱されようと、軽々しく敵地に飛び込むような真似はしないだろう。だが、完全に配下達を抑えきれる状態でもないということだ。
むしろ荒れ狂っているからこそ、そのとばっちりを受けた配下達が鬱憤を募らせ爆発したという感じだろうか。
内輪もめは結構だし、あえて誘発するように仕向けている部分もあるのだが、八つ当たりは困る。
「不可能、ではないだろうな。自陣の損害と手段にこだわらないのであれば方法はいくつかあるだろう」
「たとえそれが成功したとしても、そもそも、襲撃が駄々もれの時点で失敗は確定しいているとは思うが……」
顎に手を当てて、真剣な表情で思案しているダリルと、やや憐れみを浮かべて首を振るキリル。
そう、彼らの真正面からの突撃が成功しようが失敗しようが万一にも被害が及ばないように対策が講じられている。当然だろう。今ここにいるのは各国の要人達ばかりであり、ある意味世界最高峰の戦力が整えられているといっても過言ではないのだから。
そこへ馬鹿正直に突っ込んできたとしてもろくな結果を得られないのは分かり切ったことだ。
魔人化の事実や魔人達の本当の戦闘能力を知る前ならいざ知らず、このパーティ会場において襲撃があった際に迎撃に向かうだろう者達は正真正銘生来の魔人達に扱かれ、鍛えられた者達ばかりだ。
いかに己の力を使いこなせていようが、魔人もどきに遅れをとるものなどいないだろう。
そう、五か月もの間繰り広げられる代表達による会議。だが、それがカイルの管理する空間内である以上護衛など必要ない。
というわけで、その期間を有効活用するために鍛えてもらった。もちろん魔人達の中でも良識があり、きちんと手加減ができる者達にだ。
四天王の戦馬鹿や血統書つきの戦闘に美学を求める者の手など借りられない。まぁ、交換条件として彼らの心行くまでカイルが相手をしなければならなかったのは苦い記憶だ。
ともかく、そういう経緯があって護衛や同行していたクラウスをはじめとする対デリウス戦の主力になるだろう者達の実力は軒並み急上昇した。
デリウスからの暗殺者が送り込まれたとしても軽々と撃退できるだろうと思えるほどには。あまりの内容の濃さに、振り返った者たち皆が遠い眼をするくらいには徹底して鍛えられていた。
互いに、定期的にこういった機会を設けてもいいと思えるくらいに友好を深めていたのもいい傾向だろうか。
絶対的に敵対する存在というばかりではない、相容れずとも共存し互いに学び合うことのできる相手として。
「まぁ、来るなら来ればいい。わたし達にできるのは、一人の犠牲も出さずに返り討ちにするだけだ」
シンプルで迷いのない言葉。最近のレイチェルは自分にないものを無理に追い求めるということをしなくなった。魔力然り、先を見据えて最善の手を打つ知略然り。
以前ならそれを自身のふがいなさと嘆き、怒り、どうにか補おうと悪戦苦闘していた。だが、心から信じあえる仲間ができたことで、支えていきたいと思える相手ができたことで変わっていった。
何も自分がすべて完璧にできなくてもいいのだと。盲目的に相手を信じ、一方的に寄りかかるのは避けるべきだが、信じた相手に託し、自分に足りない部分を補ってもらうのは恥ずべきことでもなんでもないのだと自覚できた。
ようやく、人は一人では生きられない。互いが支え合って生きているのだと理解した。
それが故の覚悟と信頼。
自分にできることは戦うことであり、守りたいと思う者を傷つけ道を阻む者達を切り開く存在となればいいと。
そして、どんな時でも相手の心の支えになれるよう尽くすと決めた。自分の大切なものを最後まで守り通せる騎士となる。それが、幼いレイチェルが己に定めた誓いであり夢でもあったから。
「こういう時は、レイチェルがとても頼もしく思えますわ。わたくしは守りに特化している分、余計なこともいろいろと考えてしまいますもの」
なまじ頭が働くから、裏や罠を考えてしまう。適性を鑑みたうえでの役割分担とはいえ、時に羨ましくもあるものだ。同時に頼もしい。きっと彼女は何があろうとも揺るがずそれに対処できるのだろうから。
「考えても分からないことは、考えるだけ無駄。時間がもったいない」
バッサリと断ち切るのはハンナ。家族や一族との和解が済んで以降、前よりも自分の意見を口にするようになってきた。
デリウスに関しては、彼らの悪事が明らかになるにつれて怒りが増し反応が冷厳さを増している。意に添わず大切な家族を傷つけてしまった過去があるからこそ、無遠慮に無作為に無造作に人を傷つけ苦しませるデリウスの存在が許しがたいのだろう。
「だなぁ。まぁ、予行演習と腕試しにはなるし。結界を突破する方法によっては今後の参考にもなる」
カイルもいろいろと考えてはみたものの、ハンナの意見に賛成だった。だから、少しばかり利用させてもらうことにした。
今後デリウスと戦端を開くにあたって懸案事項となる部分を解消するための方策として。これが成功したならば心おきなくデリウスの本拠地に攻め入ることも可能になる。
きっちりと下準備を行っておけば、うまくいけばこちら側からは誰の犠牲も出すことなく勝利を収められる可能性もあるのだ。
そして、幾重にも張り巡らせた結界を破る方法によっては今後の強化や改良の参考になる。どちらにせよこちらが不利益を被ることはまずないといえる布陣を整えたのだ。これで来なかったほうが肩透かしになるだろう。




