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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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新たな理の制定 後編

 彼らは実際にことを起こさなければ死神達は手出しができないと考えている。それは決して間違いではない。間違いではないのだが、正確な情報ではない。

 確かに他領域が人界において活動するには様々な制約が課せられており、みだりに力をふるうことも許されてはいない。

 しかし、だからと言って本当に何も手出しできないわけではないのだ。そして、彼らが動く基準もまた厳密に定められている。

 いくつかある基準のうち、デリウスが守っているのは目に見える形での、あるいはその領域において定められている一定基準を超える行いを実行するという部分。

 理を歪めてしまうほどの行いを実行に移した際、世界の防衛機能の一つとして例外的に他領域への干渉が可能になるという部分だ。


 しかし、領域の王のみが知っている基準というものが存在している。

 その基準とは、その領域に住まう生き物が他領域の理もしくは世界の理に触れることを行ったということを、同領域の生き物が知っているということ。

 その上でそれが許されざる行いであると認知して阻止しようと行動を起こすこと。

 もちろん、それだけですぐに動けるわけではない。しかし、それが将来的に実行に移された場合、確実に干渉せざるを得ない事態になると判断されたならば事前に動くことが可能になる。

 今回もそのケースだ。もしデリウスのたくらみが実行されたならば、今起きている魔人化の比ではないほどの魂が犠牲になり、冥界に帰ることなく消え去ることになる。

 冥界は死んだ魂が戻ってくるだけではない。新たな魂が生まれる場所でもある。あまりにも傷ついたり、悪事を重ねて穢れてしまった魂は一度白紙に戻されて新たな魂が生まれる源となって還元される。


 よほどの場合がない限り、冥界にある魂の総量は一定に保たれている。もし、冥界に帰る魂が極端なまでに減少した場合、それは新たに生み出される魂も、生まれ変わる魂も減るということ。

 新たな命が生み出されない世界は衰退の一途をたどるだけだ。どれだけ新たな命を生み出す営みが行われようと、そこに宿る魂がなければ生きつくことはない。

 緑は枯れ果て、森は縮小し、人も動物も子供が生きて生まれることがなくなる。そんな悲しみと負の連鎖を引き起こさないためにも冥界が果たす役割は大きい。

 冥界において冥王の手足となって働く死神は神でありながら唯一人界においてその力を自在に振るうことを許された存在なのだから。

 その分、厳しい規律と罰則が存在するが、彼らは自らの使命を誇りに思い日々役目を勤めている。


 今回の件においては、冥王もそうだが何より死神達の怒りが強い。魔人化を実行に移した人間が規定数以下だったことや、そのために失われてしまった魂も大々的に干渉するには足らなかったことで手出しができず苦々しい思いで耐えていたのだ。

 そこへ来てさらに生命の冒涜とも思える、定着する以前の魂への干渉。かつてないほどにやる気になっている死神達の様子を見れば、デリウスがいかに手を出してはならない領域に踏み込んだかが分かる。

 彼らは決して敵に回してはならないのだ。一見、人界やそこに住まう人は世界的に見ても優遇されているように見えて、その実管理されているといっても過言ではないのだから。

 誤った道に進み闇に染まらないように精霊達が導き、必要以上に土地をめぐる争いを起こさないために主となる魔獣達が配置されている。理を犯すことがないよう天使による神託が定期的に行われ、試練と恩恵を与えてくれる魔物は絶えることなく供給されている。そして死んだあとは死神達によって導かれ、亡者は間引かれる。


 元来相容れない世界とそこに住まう住人達を引き合わせ、共存共栄するためにある人界。代わりない悠久の歳月を刻む他領域に反し、常に変化し続ける歴史と文化。

 世界の停滞と緩やかな衰退を防ぎ、新たな可能性と未来を生み出すために人界は存在している。

 デリウスの判断は間違っていない。けれど、選択を間違った。

 確かに人界に引きこもっていれば、その領域においては無尽蔵にして理不尽なまでの力をふるう領域の王達の直接的な制裁を受けることはないだろう。

 しかし、だからこそ、他領域はよほどのことがない限り他領域の救援を得られない。たった一人、カイルを魔界から出すために一月もかかったように。

 あれも緊急時の非常措置で、本来ならば年単位で時間がかかるのだという。しかし、人界で起きていることやカイル自身が聖剣の契約者であることなどを鑑みて非常措置をとることが可能だった。

 それも、引き受けてくれる側の了承があればの話だ。断られれば一方的に送ったりひっぱりこんだりはできない。


 同等の力を持つ圧倒的な強者が君臨するからこそ、その領域においてはたとえ他領域の王であろうとも本来の力を発揮することができないのだ。

 その領域で対処できないようなことが起きたとしても極力その領域においてのみの解決を図るしかなく、王が行動を封じられるようなことがあれば簡単に崩壊してしまう危険性もある。

 王によって統治され、王の力によって領域を存続させているが故の弱点。ゆえに王はみだりに自身の領域を離れることができず、他領域に戦力を送り込んだり、他領域の存在をひっぱりこんだりすることもできない。

 ただし、そこに人界は含まれない。そう、人界においては許された範囲内においてはその領域の王の判断によって采配が許されている。

 盟約魔法や召喚魔法によって人界から他領域への干渉が許されているように、他領域からも一方的な干渉が可能なのだ。

 それが精霊であり魔獣であり、魔物であり天使や死神といった存在の派遣。


 そして時に自らが抱える種族を送り込んだり、その領域の頂点に位置する者との間に血統を残したりもする。人界とは最も規制が多いように思えて、その実どの領域からも一定の干渉が許されている領域なのだ。

 人界から他領域への物品や人の流入が厳しく規制されているのに反し、他領域から人界への流出はある程度自由が許されているように。

 人界で下手なことをすれば、人界に住まう人々だけではない。レスティアすべてを敵に回すことにもなるのだと、デリウスのどれだけの者達が正しく認識しているだろうか。

 王が出張るのことはなくても、間接的に、あるいは人に請われる形であれば他のどの領域に救援を送るよりたやすく強力で数多の戦力を送り込むこともできるのだと。


 今まで領域の王達が後手に回っていたのは人界に住まう者達と直接的に交渉、あるいは接触する機会がなかったため。

 きちんとした繋がりと大義名分がなければ大手を振って干渉することが不可能だったためだ。そこに現れたカイルという格好の相手を彼らが見逃すはずがない。

 人界に生まれ育った人でありながら、自らが司る領域の最たる力を保有することができる希有な存在を。

 カイルとの繋がりを用いれば、彼らは待ちに待った大義名分を得て、自身の司る理を守らせるために動くことができるのだから。

 そのついでに必要な力を授け、鍛えてやろうというような心づもりだったのだろう。カイルが今まで出会ってきた領域の王達はそろいもそろって個性的であり、自由気ままでありながら自らの存在理由に関しては恐ろしいほどに真摯だったから。


 世界が存続する限り、永遠に近しい時を生きるからこそ、彼らには自らが生きる存在理由が必要なのだろう。それを見失ってしまえば、永遠という名の時の牢獄に閉じ込められることになるから。

 退屈に飽き怠惰をむさぼる魔王であろうとも、自らの領域に手を出した者に静かな怒りを燃やしていたように。冥界に帰ることなく消えていく命に眉をひそめて痛ましい表情を浮かべていた冥王や、守護する眷属達の不当な扱いに烈火のごとく怒り狂っていた龍王の姿に。精霊王が自らの妻達だと豪語する紫眼の巫女達の行く末を案じて口を引き結んでいたように。

 普段は人を振り回してばかりいる王達の自らの役目と宿命に向き合う姿を見てきた。

 だから、自身も託された役目を果たそうと思う。自ら背負ったものも背負わされたものも、それが自らの生きる理由になるから。


「……本当のことを言うとな、この問題の対処のためだけならこの機材は必要ない。俺達には把握できていなくても、死神達にはもう被害者の選別はできているから」

 今までの労力すべてを否定するようなことを言えば、怪訝な顔をされる。確かに、カイルも最初聞いた時にはそれが可能ならこんなもの必要ないだろうと思ってしまった。

 だが、それでは本当の意味での解決にはならない。起きたことはなかったことにはならず、歪められた魂を正常な状態に戻せたとしても元の魂には戻れないのだから。

「では、なぜです? その口ぶりでは秘密裏に対処が可能なのでしょう?」

「対処できても解決はできないからだ。死神がすべての対処を行えばまず失敗することはない。彼らは魂に関してはエキスパートだ。魂を壊すことなく、無理やり適合させられた魂を自然な形で融合させられるだろう。でも、それはその場しのぎにしかならない」


 今犠牲になった者達は救えても、その後出てくるかもしれない被害者達を防ぐことにはならない。新たな理の制定のためには人が最大限の努力を行わなければならないのだから。

「俺が依代になることで、人が尽くすべき人事もずいぶんハードルが下がっている。実現していない状況であっても、必ず実現するであろうことが確認できればいい。けど、少なくても十人。十人は俺がこの手で対処してそれが有効であることを示さなければならない」

 時間がないことや、大々的に動けば先手を取られるかも知れない状況下、最大限譲歩してもらっている。その分実際に対処して成功を収めることが絶対条件。


 それを満たすことができれば後顧の憂いを断つことができる。盟約魔法のようにカイルの生死に左右されることなく、人界が存続する限り作用し続ける理として残り続けるのだから。

 理の制定に必要な条件を満たした後、死神達によって現在犠牲になった者達への対処を行い、続けて新たな理の制定を実行する。

 やることは満載だし、時間もシビアだ。だが、幸いといっていいのか、時間に関してはどうにでもなる。こんな時ほど空間と時属性を持っていてよかったと思うことはない。

 今も室内では数時間が経過しているが、実際のところ部屋の外では数分しか経っていない。あまりに長いと何か大きな問題が起きたのかと思われてしまうが、数分で当事者の一方が部屋を出たことから、すぐに解決できる問題だと思われただろう。

 これから室内にいる者達には多少の無理を強いることになるがそのあたりは了承してもらいたい。ここで動かなかった時に起きる被害のほうが遥かに大きいのだから。


「十人か……候補者は見つけているのか?」

「……ああ。時間と説明の都合上、これまで俺が拾い上げてきた孤児達に協力を要請してる。自分が人でなくなるのは怖いが、それ以上に自分が自分でなくなることのほうが怖いって言って引き受けてくれた」

 カイルの言葉に、何人かが顔をしかめる。自分達の半分も生きていないとはいえ、生まれてからずっと人であると思ってきたのに、余計な横やりのせいで自身が変質してしまったと知った者達の驚きと恐怖はいかほどのものかと想像してしまったから。

 そして、そんな恐怖を抱えていても、それ以上に自分自身を失うことのほうが怖いのだと訴える子供達。

 過酷な環境にあったからこそ、自身に何があっても並大抵のことではへし折れることのない心を頼もしいと思えた。

 普通の子供なら、自分が人でなくなると聞かされれば狂乱してもおかしくはない。それを、恩人からの頼みとはいえ成人してもいない子供達が覚悟を決めて引き受けたのだから。


 ならば、自分達大人が、国を治める者達ができることは何かと考える。

 そして、それぞれに顔を見合わせてうなずいた。前々から五大国同盟の強化と各国の交流を目的として立ち上げるはずだったある一大プロジェクトを思い浮かべて。

 まるでこの時のために用意されていたかのようなタイミングの良さに、内心苦笑しながら。運命に愛される、あるいは運命に翻弄されながらも新たな歴史を切り開く者とはそういう偶然でさえ味方につけてしまえるのかもしれないと考えて。

「実際の対処のほうはカイル君達に任せるとして、わたし達はわたし達で早急に詰めなければならないね」

「はぁ、そのようですな。全く、なんでこんなことに……」

 トレバースの呼びかけに、ラルフは頭を抱えて深いため息をつく。しかし、その眼は先の展望と国の将来を考える為政者の眼になっていた。


「時間と場は君が用意してくれるのでしょうか?」

「ああ。俺が管理している空間の中に入ってもらえれば、会議に数カ月かかったとしても外では数分だ。ただ、時差による心身の変調を避けるために、空間内において一年以上は滞在させられない。だから、なるべく早くまとめてくれるとありがたい。その間の衣食住は保障する」

 竜王と精霊王によってカイルの管理する空間は今や一つの世界と言っていいほどに進化している。外と同じように昼夜もあれば動植物も生息しており、家や畑も完備されている。レイチェル達の特訓をするためやこういうこともあろうかと建てた家はかなり大きくて部屋数も多い。

 彼らの普段の生活からすれば質素で飾り気のない部屋かもしれないが、生活するには十分なだけの広さと身の回りの家具は取り揃えている。

 それに衣服はその気になればいくらでも作れるだけの素材と設備はあるし、食料も蓄えはもちろん自給自足もできるようになっている。


 指を鳴らしたカイルによってその空間に入り込んだ人々はそろって口をあけたまま固まっていた。思えばレイチェル達も最初にこの空間に招いた時には同じような反応をしていたと思って笑みが浮かぶ。

 呆けたままの彼らをこれから結論が出てまとまるまでの間暮らす家に案内する。家というよりは屋敷、小さな城のようにも見える建物に再び驚き、中に入っては感嘆の声を漏らす。

 見た目は質素だが、使用されている魔法具は豊富で不自由はしないだけの設備は整えている。

 各々を客室に案内すると一度解散になった。少し落ち着く時間も必要だろうし、これからの長い話し合いを思えば無理もさせられない。

「カイル……悔しいな。どれだけ力になりたいと思っていても、できないことがある。カイルにしかやれないことがあるというのは」

 レイチェルは唇をかみしめながら悔しそうな顔をする。


 カイルの騎士と銘打ちながら、アマンダの暴走を許し、今なお大きな負担をかけていることに心を痛めているのだろう。

「悔いることはありませんわ。人には分というものがありますもの。わたくし達はわたくし達にできることをすればいいのですわ」

「そう、カイルから出番を奪うくらいでちょうどいい」

 嘆くレイチェルにアミルとハンナが声をかける。その言葉は頼もしいがそこはかとなくけなされているようにも聞こえる。

「全く、あれほど一人になるなと言ったのに」

「ああ、本当に悪かった」

「ずいぶんベタな手に引っ掛かったよな」

「トーマなら本気で引っ掛かったんじゃ……」


 ダリルの苦言に素直に謝れば、トーマがからかいの声をあげてくる。男女の機微に関しては先を行かれていると思っていたが、案外年相応に隙があることに喜んでいるらしい。

 だが、ぼそりとつぶやかれたダリルの言葉に尻尾と耳を逆立てて反論している。その過剰反応ぶりが図星に思えて自然と笑みが浮かんだ。

 思っていた以上に緊張と重責で心が重くなっていたらしい。常と変りない仲間達とのやり取りにひどく癒される。

 こういう時に胸の奥から湧きあがってくる感情を何と呼べばいいのか。決して手放したくない、これから先どれだけ生きようとも消えることがないだろうこの思いを。

 守ってみせる。これから先も変わらず彼らと過ごす未来のためにも。カイルを拾い上げ認めてくれた家族達のためにも。何より自分自身のためにも。

 静かな決意を固めながら、カイルはつかの間の穏やかな時に浸った。

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