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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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新たな理の制定 前編

 そしてもう一つ、伝えておかなければならない重要なことがある。

「対処法に関しては当てがある。確実にうまくいくとは保証できないけど、かなりの高確率で成功するだろうって方法が。ただ、そのためにはある程度の”実績”を作る必要がある」

 ”実績”さえ作ることができれば、あとは一気呵成に解決できる方法が存在する。しかし、そのためにはリスクを伴う検証に付き合ってもらう人員が必要になるのだ。

 すでにダリルは協力を承諾してくれている。一番最初の検証者になってくれるというのだ。このままでは心おきなくデリウスとの決着をつけることができないからと。

 自分の意思でなかったとしても、かけがえのない人達に刃を向けるようなことをするくらいなら、死んだほうがましだと言って。


 その申し出は正直ありがたかった。いくら成功率が高いといっても、失敗する可能性がないわけではない。誰もが自分自身のこととなれば不安に思うし、簡単に承諾などできない。

 特に最初の一人は一番プレッシャーがかかるだろう。その最初の一人になってくれるのだから。それが成功すれば、それに後押しされて協力してくれる者も出てくるだろう。

「”実績”……まさか、新たな理を?」

 首をかしげる者も多い中、エグモントだけが心当たりがあるのか難しい顔をしている。

「そうだ。人界の理を定めるのは神界に住まう神王様だ。でも、何でもかんでも勝手に定められるわけじゃない」

 元々、他領域の要素を取り入れつつも他領域の支配を極力受けないように配慮されているのが人界だ。

 領域の王といえど、人界にみだりに介入したり干渉することは許されていない。そんなことをすれば世界そのものの理を歪め、世界の崩壊を招くことになる。

 領域の統括と世界の存続のために生み出された領域の王達がそれを犯すはずがないのだ。

 だからこそ、その王達やそれに類する者達に人界で力をふるってもらおうと思えば相応の手順が必要となる。


 その一つが盟約魔法だが、神王が定める理とはそれとはまた別だ。盟約魔法は基本的にその場、その時のみに効力を持つ魔法だ。

 盟約魔法を発動するためには必要な条件があり、行使された時にきちんと役目を果たすように定められているが永続的、普遍的に作用し続けるものではない。

 その点、カイルが発動した三つの盟約魔法はある意味規格外なのだ。カイルの命を楔としてという条件があるものの、カイルという存在が生きている限り作用し続けるのだから。

 神の理とは、カイルが発動した盟約魔法に近い効果を持つ。だが、その効力も範囲もカイルの盟約魔法以上だ。

 永続的、普遍的に作用し続ける人界に定められた掟のようなもの。カイルのような例外を除きそれに抗うことはできない絶対的な強制力を持つ規則のようなものだ。


 最も近年それが行使されたのが五百年ほど前。使い魔契約における禁忌を定めたもの。力を得る目的で、魂の契約による一方的な主従契約と自主的な破棄を禁止したもの。

 一度でもそれを行ってしまえば、二度と使い魔を得ることはできなくなるというものだ。その時の判定も神が行う。判断が難しい時には上に回され、最終的には神王が判断することもある。

 そこで故意に使い魔を死なせたということが判明すれば二度と絆を結べない制約を課されるというわけだ。

 だが、神々もそう暇ではない。主従のある魂の契約を結んだものすべてを見張っているわけではない。ただ、人界に網を張るだけだ。

 条件に当てはまるものが発生した時に神界に知らせが届くような網を。そこから手繰り寄せて状況と経緯を把握し判断するといった具合だ。

 その点、カイルももし故意にクロやクリアを死なせるようなことをすれば該当するだろう。しかし、そんな気は全くない。むしろ、自身の命を少々危険にさらしたとしても助けようとする。それだけの絆を結んできたのだから。


 新たに理が定められるのはえてして歴史の変わり目であることが多い。あるいは大きな変革が訪れようとしている時か。

 五百年ほど前はまだ人界において国同士の戦乱が絶えなかった時期だ。五大国も今ほど大きくはなく、国の数は今よりずっと多かった。その国々で領土や利権をめぐり小競り合いから大規模な戦争までひっきりなしに起きていた。

 そこに現れたのが、使い魔契約を利用して人が持ちえぬ数多の能力と多彩な属性を持ったある男だった。後に『使い魔の悪夢』と呼ばれた男。

 元は戦乱の絶えない世を憂い、どうにか止めるすべはないかと奔走する心優しき青年であったらしい。それが様変わりしたのは、彼の愛する人々が戦乱に巻き込まれ命を落としてから。


 一人思い悩むことの増えた青年は、ある時ふらりと姿を消した。そして、戻ってきたときには圧倒的な力と不可解な能力を持って争う両陣営を蹂躙した。

 それからも大きな戦いがあるとどこからともなく現れ、戦いをやめるまで暴力的な力をふるうようになった。

 戦争に参加して、実際にその暴れっぷりを見た者はともかく、巻き込まれた民衆からすれば彼の存在は希望の光にも映った。

 その幻想が打ち砕かれたのは各国で停戦協定が結ばれ、五大国同盟の前身である世界同盟規約が結ばれた直後のこと。

 手当たり次第に多くの力を手にした青年は、ついにその力を制御することができなくなり、暴走した。本能とわずかに残る人であった時に願った思いのままに暴れまわった。

 人界にある国々を一つにする。その願いは力に飲み込まれ、彼の足もとに人界をひれ伏させる願いへと変換された。


 皮肉なことに、彼の存在ができたばかりの同盟規約と各国の関係を強化するものとなった。それまでは互いに武器をとり争いあった相手でも、共通の敵が現れたことでかつてのわだかまりを乗り越え協力し合う体制が整ったのだ。

 そして、少なくない犠牲を払ってかの青年の討伐に成功した。そして、彼の暴走と急激に力をつけた原因を探るため調査が行われた。

 その結果判明したのは、彼が使い魔契約の魂の契約と主従契約によって得られる使い魔の能力を、契約を結んだあと使い魔を殺すことで自身に加算し続けて能力の底上げと獲得を行っていたということだ。

 それまでだれも考え付かなかった契約による恩恵の利用法に胸を躍らせると同時に強い危機感を抱いた。当然だろう。その方法を用いれば、魔力を有する者という限定はあるものの、生まれ持った才能を超えて新たな能力や属性が得られる可能性があるのだから。


 しかし、それによってもたらされる恩恵よりも、むしろそれが存在することによって生み出されるだろう悲劇のほうが大きいと誰もが分かった。

 たった一人。たった一人なのだ。あれほど長い間争い続けてきた人界の争いを止め、同盟を強めるきっかけになったのは一人の青年の強い願いと絶望によるものだった。

 ただ一人であっても、この方法を用いて力を得ることができれば人界の歴史を変えることができるほどの力を得られる可能性がある。

 それは大きな夢であると同時に、人が持ってはならない強大な力を誰もが得る可能性があることを示唆していた。

 どれだけ国のトップが、軍が、兵が力を持とうと、ただ一人の思惑によってはそれが覆され権威が地に落とされる可能性がある。


 それを悟った当時の国のトップ達はその技術は決して使用しないことを誓い合った。だが、それだけでは不十分だと分かっていた。

 どれだけ禁じようとも手を出すものはいるだろう。それが個人ならまだいい。だが、もし国家単位でそれを行ったとすれば。本当にただ一国が人界を支配するような未来が訪れるかもしれない。

 どうすればその未来を防ぐことができるのか、考えあぐねた国のトップ達が頼ったのが紫眼の巫女だった。 争いを嫌い、人々の心とが曇り闇に飲み込まれることを嫌う精霊達と親交の深い彼女達ならば何か良い方法を知っているのではないかと期待して。

 それは正しくもあり、間違いでもあった。いくら精霊達と親交が深かろうと、彼女達も人である以上人が持ちうる以上の知識などない。

 だが、紫眼の巫女の中でも宝玉をたまわった者は精霊王との交信が可能になる。そこで判明したのが、神王に新たな理を制定してもらうという方法。


 そこで伝えられたのが、神王が人界における新たな理を制定するための方法。いかな神といえども無条件に無差別に理を定めることはできない。

 まして、元々定められている世界の理に反しないように、人界のよりよい未来を築くために必要なのだと、他ならない人自身がそれを求めなければならなかった。

 精霊達が加護を与えられているカイルに対してでさえ最後の最後まで自らは手助けができなかったように、人事を尽くさなければ人ならぬ存在達は人に力を貸すことを許されていない。

 自分達でやれるところまで、できる限りの力と努力を尽くさない限り手を貸すことはできないのだ。

 それは安易に人ならぬ存在の力を求め頼ることを許さないため。そして、自らの手で歴史を未来を切り開く力を身につけさせるため。

 それでも、どうしても自分達の力だけで成し遂げられないというのなら、そっと後押ししてくれる存在として神々がいるのだ。


 努力をしないものに、神の気まぐれにも似た手助けを得ることはできない。まして、人界に未来永劫作用する理を定めるようなことであるならなおさら。

 ゆえに、その神託を受けた各国は研究に明け暮れることになる。どのようにすれば使い魔という無二の相棒となる存在を力を得るための道具としてみなさないような教育が徹底できるか。

 どのようにすれば契約の最上位である魂の契約を悪用されないようにできるのか。主従契約を正しく履行できるようにするか。

 何度も専門家や国のトップが集まっての会談が行われ、世界中で使い魔に対して共通する法が定められた。同時に使い魔召喚に使用する魔法陣も一新されることになる。


 定められた法は、大まかにいえば使い魔の扱いに関する法とそれに反した時に与えられる罰則。魂の契約で主従関係を結んだ間柄で不審な使い魔の死が確認された際の対処法。

 そして、故意にそれを行うことを禁忌と定め、犯した者は例外なく極刑に処するというもの。それが国単位で見られた場合は、同盟を組むすべての国が共闘体制をとり、その国に攻め入るという内容だった。

 その上で、魔法陣による使い魔召喚は生涯に一度しかできないよう、一度でも召喚陣を使用すればその人の魂に痕跡が残り、二度と使用できないようにした。

 そうすれば、複数の使い魔を得ようとすれば必然的に現地契約となり危険を冒す必要が出てくるので抑制にもなる。それに、生涯一度しか行えないと思えば召喚されてきた使い魔を大切に扱うだろうという期待も込めて。

 ここまでやっても完全に防ぐことはできないと誰もが分かっていた。危険を犯すことを厭わなければ、弱い魔獣や魔物などを力でねじ伏せ無理矢理でも主従契約を結ばせられれば可能になる。


 だから、必要だった。魂の契約自体を不可能にするのではなく、意図的にそれを利用して力を得ようとする者達を抑制する人ならぬ者達の力添えが。

 一度でも過ちを犯せば、二度と同じことができないようにするための新たな理が。人界の未来と、何よりも使い魔達の命を無駄に散らすことがないように、野生の本能に抗ってでも人に寄り添い力を貸してくれる使い魔達との関係性を未来につなぐためにも。

 その実績をひっさげて、神に新たな理の制定を願う儀式を実行した。必要なのは人々の祈りと願いと、それを神々に届け、さらに神々からの力を人界へと届けるための依代。

 かつて神王が人界の未来のためにと残した神の末裔とされる人々の存在だ。その中でも神の依代となれるのは、神と同じ創造属性をその身に宿すもの。

 奇跡の体現者となる存在が必須だった。


 カレナの一族が創造属性を持つ者を神子として扱うのはその奇跡が実際に起きたものだったから。しかし、時の為政者達はその力を悪用されることやかの一族達が世界中に散らばりその血が薄れてしまうことを恐れ、彼らの存在を隠蔽した。

 彼らの住んでいた皇国には彼らの記述がわずかながら残っているようだが、他の国には理が制定された詳細に関してはぼかされている。人々の祈りと願いが神に届いたことで新たな理が制定されたのだと神子の存在がまるっと消されているのだ。

 その真意を測ることができず、また多大な貢献と犠牲を払ったにも関わらず正当な評価と功績を認められなかった一族がより閉鎖的で硬質的になったのは無理もないことかもしれない。

 結果として、盲目的に神子を求めるようになり、神の声を聞くのではなく精霊と繋がりを持ったカレナを捨てたのだから。

 神子として、依代として何より不可欠な創造属性をもつものを放逐するという暴挙に至ったのだから。その属性さえ持っていれば、たとえ紫眼の巫女となったとしても役目は果たせたというのに。


「……神子による神の降臨、か。可能なのか?」

 ギュンターの声に、カイルは笑って答える。

「まぁ、俺にもその資格があるからな。それに、俺の場合普通の神子と違って、それを行っても死ぬことはないだろうから」

「なっ、まさか……神の力をふるった神子は…………」

「前回、それを行った神子は儀式の後に亡くなったらしい。知っての通り、神の属性は命を削る。ただでさえ弱い体に膨大な神力は毒にしかならない。神っていうのは神力の塊みたいなもんだからな。普通の人の体じゃ耐えきれない」

 いくら人外の肉体と力を持とうとも、消耗はするだろう。だが、死ぬことはない。それは他ならぬ神王からお墨付きをもらっている。カイルならば可能だろうと。


「神子と実績はどうにかなるとして、祈りと願いはどうなるんだい? もしカイル君がしようとしていることがデリウスに知られたら先手を打たれて暴走なんてことに……」

 トレバースが懸念を口にする。それは、カイル達も真っ先に考えたことだ。

「それに関しては問題ない。もし、そんなことをすれば死神の介入が入る。魂の領域においての干渉は死神と冥王様に全権がある。不用意に踏み込めば冥界を敵に回す。だから、向こうもやりすぎないように今まで大人しくしていたんだろうからな」

 子供ばかりとはいえ手駒が増えればやれることは大きくなる。貴族の子女などを手中に収めれば国を操ることだってできるだろう。

 それなのにいまだ仕込みだけにとどまっているのは、大きな動きを見せればそれ以上に大きな力を動かすきっかけになってしまうからだ。


「あいつらの背後に神がいるためか、デリウスは他領域に干渉されないぎりぎりを見計らって動いている。まあ、俺が盟約魔法でその思惑をぶち壊したんだけど。冥王様が俺に魂属性を託してくれたのも、今の段階では冥界が表だって動くことができないから。けど、動いても手遅れって場面まで引っ張れればデリウスの独壇場だ」

 いまだ人界を掌握できていない段階で他領域からの干渉を受けてはさすがにデリウスでも対処しきれない。しかし、一領域を支配した後では違う。

 たとえやりすぎたとして死神が介入したところで、できるのはせいぜい魂を歪められたものの処断と、実行者の処刑程度。

 自分達を止められるわけでも、彼らによって人界の秩序が取り戻されるわけでもない。あくまで彼らが介入できるのは彼らの領域の理にのっとった範囲のみ。

 デリウスが人界にとどまり続ける限り、他領域からの干渉は最小限に抑えられるというわけだ。それこそがデリウスによる他領域への干渉と支配の根幹となる。


 彼らはレスティアを支配すると言いながらも、他領域へ本格的に侵攻するつもりなどないのだ。人界こそが最も安全にして最も自分達の力をふるうことができる領域であると知っているから。

 そこにいる限り他領域の王であろうとも容易に干渉してくることはなく、逆にこちらからあちらの力を取り入れるといったことは可能になる。

 度を超えない限りは好き勝手なことができるのだ。彼らにとってそれは一種の楽園だろう。まともに戦えば相手にならない者達であろうと、世界の成り立ちと理を盾に公然と踏みつけることができるのだから。

 許された範囲内でなら、他領域へ洗脳と支配した兵をおくりこみ暴虐を尽くすということさえするかもしれない。

 それは人界の衰退だけではない、他領域の荒廃と人界が持つ未知への進化の可能性を妨げるだろう。基盤である世界の崩壊はやがては世界そのものの崩壊の引き金にもなる。

 それを防ぐためにも、他領域の協力は必要だった。そして、手が出せなかった冥界も、今度の件でそれが可能になったとデリウスはまだ知らない。自分達の仕掛けがすでに露見していることを知らないのだ。

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