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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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歪められた魂の判別

 図らずも、カイルはデリウスがしかけた尖兵の一人を屠ることとなった。その時も後悔することはなかったが、これを知ってからはなおさら、あの時殺すことができてよかったと感じた。

 もう取り返しがつかない者も多いだろうが、それでも以降の被害は防ぐことはできたのかも知れないから。

「それで、異質な力を宿している子供達はどれくらいいる?」

 ギュンターの眉間にはしわが寄っている。問題はそこだろう。どれだけ広がっているかで今後の動きも変わってくる。何よりそれによってはデリウスの構成員を特定する手がかりにもなる。

「それもそうですが、問題は特定する方法ですよねぇ。資料によると、件の子供達は自分でもそのことを知らず、魔人達のように異質な魔力や魔石を感知して特定することも難しいんでしょう?」

 ユリアンの言葉に、代表達が唸る。カイルの報告を虚偽だとは思わない。だが、にわかには信じ難く、自分達の眼でそれを確認するまでは動けないというのも事実だ。


 何より、当人達にその自覚がないのが痛い。孤児達ならばまだ当人達の説得だけですむ。だが、もし両親家族のいる家庭の子供がそうだとすれば。

 家族の説得も必要になってくる。さらにはそれが貴族の子女だった場合、問題はさらに大きくなるだろう。どこまで彼らの魔手が食い込んでいるのか。

「判別はこれでできる。領域の王達の助言も得て作った代物だ」

 カイルが取り出して見せたのは、ギルド登録の際に魔力を測定するのと似たような水晶玉と土台が接着したような機材だった。

 ギルドにある機材は魔力量と魔力質、それから属性を判別できる。あれもかなり特殊な工程を経て作られているし、物によっては判別できる許容量の違いがある。

 小さな村や町ではそこまで容量の大きな機材はなく、その分安い。しかし、王都などになると魔力量がSランクだったり、魔力質が十だったりする者もいるため、容量が大きな機材が置かれている。その値段は一つで小さな家なら一軒経つほどだと言えば分かりやすいだろうか。


 カイルが用意した機材もそれに近いだけの価値がある。なぜなら、それによって測るのは魔力ではなく魂だ。

 人の中でもエルフやドワーフ、ドルイドといった種族の者は人とは魂の質が違うのだという。また、ハーフはハーフで両方の性質を示したり、もしくはどちらか強いほうが顕著に表れる。

 これを用いれば本来魂属性を持つ者にしか判別できない魂の構成を識別できる。そこに血筋的に本来あり得ない力が混ざりこんでいるならば、その者はデリウスによる干渉を受けたものとなる。

 そういったカイルの説明に、エグモントはもちろん魔法具を専門としているヘルムートはより強い関心を示した。

 今まで新たな魔法具を生み出すことに腐心してきたが、既存の魔法具の機能を変更して新たな機能を持たせるというやり方に興味を抱いたらしい。


 さらに、真っ先に手を伸ばして魔法具の効果を確認する。ヘルムートの手が水晶に触れると、ふわりと水晶全体が光を放ち、その中心に光点がともる。一cmほどの光はほんのりと青白く揺らめいていた。

「人界に元からいる人の魂は基本的に青の光がともる。光の大きさは魂の容量と比例して大きさが変わってくる。平均的な大きさは五mmほどだな」

 それから鑑みると、ヘルムートは一般の倍に値する魂の容量を持っていることになる。魂の容量によって受け入れられる力の大きさも変わってくるので、魔力測定とは違った魂の観点からの個々人の能力の高さや強さを測ることもできる。

 さらに、サンプルとしてカイルの仲間達が水晶に触れる。

 ハイエルフであるアミルが触れると、三cmほどの明るい緑の光が灯り、丸い葉っぱの形をかたどる。ハーフエルフのレイチェルの場合、人の魂のほうが強いためか大きさはアミルとさほど変わらないが、青い光の中にうすい緑の光を内包していた。

 ドルイドのハンナは普段好んできている服と同じ暗緑色の三cmほどの光がともり、杖のような形に代わる。獣人であるトーマは三cmほどの赤い光が灯ると、狼を象った。

 ドワーフのクオーターであるキリルはというと、大きさは同じでも青い光のうち四分の一ほどが茶色くなっており、鎚のような形をとった。


 実のところ、これは魂の容量だけではない、その魂から種族の判別も可能だ。獣人などの場合宿す獣の姿が現れ、エルフやハイエルフの場合は世界樹の葉の形が、ドルイドは杖、ドワーフは鎚といったようにその種族を表す特徴的な形が現れるようになっている。

 人は基本的に球形なので形が変わった場合は、他種族の力を受け継いでいるということだ。では、複数の力を内包していた場合はどうなるのか。

 それはダリルが触れた時に現れた。大きさは同じく三cmほど。しかし、その光は三重構造になっていた。中心の光は黒、その外側を薄い銀の光が覆い、最後に青い光が覆っている。それから、いびつな龍の形をとる。

 目線で問いかけられ、カイルはダリルを見る。自分で宣告するかどうか問うたのだが、帰ってきたのは力強い意思のこもった眼だった。


「見ての通り、魔石を埋め込まれ魂と融合しているものは黒い光が灯る。俺も、実験体だったということだ」

 自嘲するような、けれど割り切ったような口調だった。ダリルがロイドの複製体であることはこの中ではクラウスにしか告げていなかった。

 カイル達がダリルから告白された時に浮かんできた、ある考えに確証が持てなかったから。けれど、可能性は零ではない。

 ロイドと親しかったものを傷つけることになるかもしれない。動揺もするだろう。しかし、あらかじめ告げておかなければ、実際にそれが現実となった時に対応できない。

 だから、ダリルは自身の真実を公開した。自身とデリウスとの関係を。自身の出生の秘密と、ロイドとの関係を。さらには、自分自身も知らなかった、自分の中に眠る別の力の存在を。


 カイルが、デリウスの暗躍の可能性を考えて、真っ先に行ったのは仲間達の調査だった。そんなことはあってほしくないと願いながら、確かめずにいることはできなかった。

 誰もが年若く、幼少期を精霊界で過ごしたアミル以外は可能性がないわけではなかったから。結果として判明したのだ。ダリルもまた、魂の適合化実験の被験者であることが。龍の力だけではなく、魔の者の力をも融合させようとしていたということが。

 それに気付いた時、当人に告げるかどうか悩んだ。しかし、いずれわかることであり隠しておけることでもなかった。

 何より、ダリル自身に判断してもらいたかったから。肝心な場面で、本人の意思と関係なく操られてしまうことは、何より当人にとって苦痛になるだろうと考えて。


「そんなっ! そんな……ロイドが、ロイドの体が?」

 今の段階で考えられる最悪の予想を突き付けられ、トレバースはそれまでになく動揺していた。それもそうだろう。親友が死した後もその肉体を悪用されているかもしれないと聞けば。

「可能性はあると思ってる。だから、もし、これからデリウスとの戦場で出てきたとしても心を乱さないでほしい」

「それはっ、だが、カイル君っ! 君は、君はそれでいいのかいっ!? 戦えると?」

「ああ、できる」

「なんでっ、なぜ、そんな平気そうに……」

「陛下、おやめください」

「テッド!」

「カイル君だって、平気なわけがありません。むしろ、誰よりも許せないでしょう」


 興奮するトレバースだったが、冷静に返すカイルにもどかしいような表情で言葉を紡ごうとしていた。それをテッドが押しとどめる。

 とがめるような声を出したトレバースだったが、テッドの言葉にはっとなってカイルを見る。表情だけを見れば平気そうに見える。しかし、握りしめられた手は白くなり、表に出せない感情を表していた。

「……許せるわけがない。世界を、大切な人を守るために命をかけた父さんの遺体をもてあそぶようなことは。でも、俺は知っているから。父さんは死んだ。体が残っていたとしても、それは父さんじゃない。そこに父さんの魂はない。だから、戦える。それ以上、やつらの好きにさせないためにも、俺が止める」

「カイル君……すまない」

 カイルの言葉に、トレバースはうつむいて沈んだ声で謝罪する。一国の主として情けない姿ばかりを見せてしまう。これでは駄目だ。


 たとえ覚悟を決めていたとしても、実際にその場面になればどうなるか分からない。ならば、せめて大人として、一国の王として戦う者達の心をも守れる存在でいなくてはならない。

 その自分が取り乱していては、辛い時に寄りかかってはもらえないではないか。支えることができないではないかと気を引き締める。

 それに、動揺が去ると言い知れない怒りと熱い感情が湧きあがってくる。よくぞ、よくぞそこまでやってくれたという思いに、久方ぶりに全身が震える。

 同時に思い出す。デリウスと戦っていた時に何度も感じていたものと同じだということに。そうだった、こういう相手だったのだと。

 年若い彼らが知恵と勇気と力を振り絞り戦おうとしているのに、これ以上情けない姿を見せるわけにはいかない。


「皮肉にも、俺の存在がデリウスがやっているだろうことの裏付けと確証になった」

 そう、カイルとハンナが気付き調べていたこと。それが世迷いごとではなく事実である可能性が限りなく高くなったのはダリルのことがあったからだ。

 魔法具を作るためにも、さらに自分自身でも見極めができるようになるためにも魂属性の習熟を徹底して行った。それが、ダリルの秘められた力と忌々しい可能性を明らかにした。

「なるほどいろいろ大問題ですねぇ。どころでカイル君の場合はどうなるのです? 君も確かいろいろな力を持っていますよね?」

 ユリアンの言葉に、カイルは一つため息をつくと水晶に手を添える。

 すると、それまでとは違う輝きが水晶の中を渦巻く。大きさは直径二十cmほどある水晶ぎりぎり、というより入りきらないのだろう。他の人の時にはふわりと水晶を覆っていた光が水晶の中の光と同じ色になっている。


「これは……見事にマーブルですねぇ」

「ん、後天的に得た力であってもそれが魂に自然に調和した場合こんな風になるみたいだな。ハーフでも両方の特性を持つ場合は半々とか混ざり合ってるように見える」

 キリルは四分の一だが、ドワーフと人両方の特性を有しているために混ざり合っていた。一方のレイチェルはハーフだが人の特性のほうが強かったために、エルフの力は内包するにとどまっているということだ。

 何らかのきっかけでその力が表に出てくる可能性もなきにしもあらずだが、難しいだろう。デリウスのように強制的に能力を発現させ隷属させる術式でも仕込んでいない限りは。

 それと似たようなことが人為的に引き起こされているということだ。

 普段は表に出てくることもないため、その力を使うことも意識することも難しいが、ひとたび目覚めれば外殻の魂と混ざり合いその力を発現させる。そして、一度混ざり合った魂は元には戻らない。


 魔人化したデリウスの構成員達が二度と人の姿に戻れないのもそういった理由だ。魂が混ざり合ってもそれが自然に行われ、調和していた場合にはカイルやシモンのように使い分けができる。どちらの姿も能力も元々その魂に備わっていたものだから。

 しかし、本来あるべき魂と姿を強引に歪めてしまった場合二度と取り返しは付かない。生来の姿に戻ることはできず、混ざり合った魂は変化した姿をこそ、そのもののあるべき姿として記憶してしまうから。

 前者が精巧なパズルのピースを組み合わせるようにして形作り力を使い分けることができるのだとすれば、後者は色違いの紙粘土を混ぜ合わせて形作り力を得るという感じだろうか。

 状況と必要性によっていくらでも組み替えて元に戻すこともできる前者と違って、後者は一度混ぜてしまえば分離することができない。そして、一度形を作ってしまえば変更もできないのだ。


 水晶玉はしばらくマーブルの色を示していたが、次々と形を変えていく。龍、世界樹の枝、黒い翼、金の翼、死神の鎌。

 カイルの右手に浮かんでいる聖剣の紋章と同じような模様が移り変わるようにして現れる。そして最後には鞘に入った剣が出て光が消えた。

「俺の場合、もう種族があやふやになるくらいいろんな力が混ざってるからこうなる。で、すでに手遅れっていうか、もう変質してしまった魂の場合、最初に出てくる光がすでに球体じゃない」

 その多くが青い光をまとった黒い翼が現れるだろう。人としての特性をわずかに残しながら、しかしてもう決して人の魂には戻れない証として。

 この機材を使えば、潜在的な魔人も、もう変質してしまった者達も見分けられる。町の出入り口においてギルドカード提出時に触れてもらえれば魔人の町への流入をストップできるだろう。少なくとも、表向きには。


 ある程度量産はしているが、世界中の村や町に配るほどの数があるわけではない。だが、いずれはすべての村や町に行き届くようにしようと考えている。

 デリウスの騒動が片付いたとしても、ギルドでその人の潜在能力や可能性を測るための指標にもなるから無駄にはならない。

「これは、無償で貸し出しを? あるいは買い取りになるのでしょうか?」

 エグモントが有用性を認めながらも、恐る恐るといった様子でたずねてくる。五大国一の魔法大国だからこそ分かる、この機材の価値。

 すべての町や村にそろえようとすればそれこそ目が回るような金額が必要になるだろう。さすがに一度に用意することはできない。


「もちろん、条件を飲んでくれるなら無償で貸し出す。買取にも分割払いで応じる。幸い俺の寿命は長いからな。十年単位での契約だったとしても気長に返済を待てる」

 それにカイルは笑顔で答える。逆に代表達は顔をひきつらせるが当然だろう。昔からタダより高いものはないという。無償で何かを提供してもらうなら、それに見合うかそれ以上の何かで返さなくてはならない。

「孤児や流れ者の時と同じで、これは個人でどうにかなる問題じゃない。国が主導で動かなければならない。その上、厄介さでいえばこれまで以上だ」

 孤児や流れ者はまだいい。大戦後苦汁をなめたが、待遇改善によって生活は楽になってきている。その上でこの事実を告げられたとしても、前以上に悪くはならないのだから。


 しかし、新たに対象になるだろう子供達は違う。大戦時五歳未満だった者達から大戦後に生まれた者達。対象年齢層は広く、その人数も把握しきれていない。それが権威ある立場の子供達だった場合、その親も家も黙らせなくてはならないのだから。

 そのために、確実な対処法と対策を講じて徹底させる必要がある。そうでなければ無用な混乱と新たな差別を生んでしまうだろう。

 ようやく忌むべき風潮と差別を撤廃しようと動き始めているのだ。そこに新たな波紋を投げかけ世の中を乱せばデリウスの思うつぼだ。

 だから、各国が協力体制をとり統一した新たな制度や枠組みを作ってもらう必要がある。被害者であり、何も知らない子供達がいらぬ迫害を受けないように。その力を悪用されないように。

 歪められてしまった魂の判別と救済を行わなければならないのだ。

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