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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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広がる魔の手

 未来に夢も希望も見出せなくなれば、唯々諾々と従うしかない。そうすれば、生きていくことだけはできるのだから。愛する者のためと思えば、誇りを捨てる意味も見出せよう。

 たとえそれが誘導された結果であったとしても。折られてしまった心を、せめても慰める言い訳にすぎないのだとしても。究極の選択を迫られ視野が狭くなった状態ではそれを理解できるものは少ない。

 歴史に名を残すような英雄がいたとしても、個人でできることなどたかが知れている。同じ志を持ち、ともに歩んでくれるものがいるから、戦ってくれる者達がいたから、彼らは偉業を成し遂げた。

 もしその状況を打破しようとするものが現れたとしても、周りに誰も賛同者がいなければ、支えてくれる者がいなければ、反乱の狼煙はくすぶったまま、他ならぬ共に戦うべき人々の手によって消されてしまうだろう。


 反乱の芽どころか、土台から叩きつぶし、自分達に都合のいい労働人形を作り上げる。それがデリウスにとっての人界支配。

 そこに個人の幸福や夢を追求する自由はない。決められた道を進むだけの人生が待っている。

 そのための仕込みが大戦直後から行われていたのだ。

 優れた策士は一つの行動で複数の望む結果を得る。デリウスが襲撃の際に真っ先に襲ったのは施政所と警備隊庁舎。

 結果、町の防衛は総崩れになり被害は拡大。襲撃最中も襲撃後も人々を取りまとめる者達がおらず混迷を極めることになった。

 警備隊庁舎を襲ったことで得た結果は、被害の拡大だけではない。むしろその後のほうが大きな問題だった。それまで町の防衛と治安の維持を務めていた警備隊が壊滅したことで、国はデリウスと戦うための戦力を少なからず割かざるを得なかった。

 そして、混乱の中起きる犯罪や暴動を治める力を失ったことで二次被害が拡大した。犯罪が横行し、治安は悪化の一途をたどったのだ。人々の心を荒ませるには十分だっただろう。


 施政所を失ったことで人々の統治者が失われ、秩序は崩壊した。それは治安の悪化を増長し、新しく派遣された人員とも軋轢を生んだ。

 戸籍謄本が失われたことで身元証明ができず、流れ者となったものや見捨てられた孤児達が増大した。しかし、逆にいえば身元証明さえできれば、それまでそこにいなかったものが入り込む余地ができてしまったということでもあった。

 そう、デリウスの構成員達は戸籍の再発行に際し、人知れず紛れ込んでいったのだ。無理のない形と人数で。 

 その時、その場において最も望まれるだろう存在として。人知れず紛れ込んでいったのだ。その後の仕込みを行うために。新規の戸籍発行の穴を突く形で。


「子供達に魔人化の種が埋め込まれて……魂と融合して……」

 トレバースは資料の中にある一文を小さくつぶやく。それは静まり返った室内においては思ったよりも大きく響いた。

 人に適合するように調整された魔石ではない、ほとんど何の加工もされていないだろう魔石を人体に埋め込むという荒業。

 そんなことを普通の人にすれば拒絶反応と魂との反発によって死ぬかそれに等しいダメージを受ける。それは人として肉体と結びついた魂が異物である魔の者の魂を拒絶するから。

 成り立ちも内包する力も魔力もあまりにも違いすぎる魂の欠片を受け入れることができないからだ。

 しかし、魂と肉体が完全に結びつく前ならどうだろうか。


 五歳になる以前の魂の適応力を利用し、そこに異物である魔の者の魂の欠片を埋め込めば? あるいは、精霊の力の源や媒体、もしくはドラゴンや龍の力の欠片を埋め込むことができたとすれば?

 それが成功すれば人でありながら魔の者や精霊、ドラゴンや龍の力を持つものを人為的に作り出すことができるかもしれない。

 そこに追加で普段は意識できないが、命令があれば従う洗脳術式を仕込んでおけば。手軽でありながら人外の力を持つ手駒を量産できる。それも人々の意表を突き、容易に殺すことのできない人質としての効果も持たせつつ。

 自分達が手塩にかけて育ててきた子供達が、知らぬままにデリウスの手先にされていた。それを知った時人々はどんな反応をするだろうか。


「いくら適応力が高い時期でも、人それぞれで魂の容量は違う。だから成功率は五分五分よりもっと低かっただろうな。でも、大戦中も大戦後も人がバタバタ死んでた。子供は特に、だからそう不審にも思われなかったんだろうな」

「確かに治安も悪く、食料も不足したことで体力や抵抗力のない子供の死傷率は高いものでした……」

 もちろん、そのすべてにデリウスが関わっているわけではないだろう。しかしそのうちの何割かは、確実にその実験のために命を落とした子供達だ。

 実験を重ねるごとにデータも集まり、より効率的により高い確率で力を埋め込むことが可能になっただろう。緩やかに復興していくのに合わせ、彼らの魔の手も確実に浸透していったのだ。

「一体誰が、どのような者達がこんなことを……」

 共和国大統領ラルフは青ざめた顔のまま、震えている。自分が任期の間に、なぜこうも問題ばかり起きるのかと考えているのかもしれない。


「いるだろ? 生まれてくる子供を取り上げたり、子供が病気にかかったりすれば頼る相手が。町の人々に疑われることなく子供達と接触し、不振がられず仕込みができて、死んだとしてもその原因をごまかすことができる存在が」

 カイルの言葉に誰もが目を見開く。健康な時には頼ることはないが、誰もが一度はお世話になるだろう存在。その性質上人々からの信頼も厚く、感謝と尊敬を集める職でもある。

「まさか……医者が? そんなっ!」

 商業組合総責任者マルコも思わずといった調子で否定の声を上げる。商国にとっては人材もまた一つの商売道具といえる。

 中でも人命にかかわる仕事をする医者に関しては唯一特例措置をするなどして優遇もしている。そんな医者の中に、一部といえどそんな者達がいるとは信じ難かったのだ。


 もし、今まで自分達が他国に派遣してきた医者の中にそういった者達がいたら? もしかしたら、自分達の商売のせいで魂を蝕む病を広めてしまったのではないか。

「俺だって信じたくはなかった。でも、知ってるからな。医者だって人だから、いい人ばかりじゃないってことも。実際に、子供達をただの研究材料としてしか見ていない医者がいたことも」

 孤児だった時、人を癒す立場でありながら自分達を虐げ無視し、治療を頼んでも拒否してきた医者は多い。彼らにも生活がある以上無償で人助けなどできないのは分かる。

 しかし、対価を用意したのに治療してくれないのは、その人の価値観によるものだ。彼らにとって孤児達は治療するに値しないもの。そう考えられていたのだろう。

 そんな、普段は優しげな眼で、真剣に人々の治療に当たる者達が、自分達を見る時ひどく冷たくて汚らわしいものを見るかのような眼をする。

 だから、カイルは昔から医者というだけで信用することなどなかった。元々体が丈夫で風邪をひくことも滅多になく、医者の世話になることがほとんどなかったこともあるだろう。


「それは西地区の一件ですよね? 君が初めて殺した相手が、医者だったと」

「ああ。その時は、そいつがいかれてるだけだと思った。でも、さっきの件に思い当たった時、もしかしてって思った。もしかしたら、あいつはデリウスの構成員だったのかもしれないってな」

 カイルが生まれて初めて殺意を抱いて殺した人。それは町の人々からは慕われている医者だった。貧しいものにも少ない対価で治療を引き受け、その腕も良かったことと相まって『光の使い』という二つ名で呼ばれていた医者。

 その後に発覚した裏の顔を知っても、直接それを見たものでなければ信じられないという者も多かったという。それだけ人々の信頼を得ていた医者でもあった。

 だが、カイルには最初から分かっていた。あの医者が、精霊さえもおびえ近づかない殺人鬼であることが。数多くの子供達を殺した張本人だということが。


 だが、改めて振り返るとおかしな部分もあった。あれほど優秀な医者が、なぜあれほどまでの凶行に手を染めたのか。人体の解明だとしても、なぜあれほどまで数多くの子供達を手に掛けなければならなかったのか。

 何をしたのかは分かっても、なぜしたのかが解明されなかった。だから、狂った快楽殺人者として処理されていた。

 だが、もし彼がデリウスの構成員だとすれば? 組織のために実験と検証とを繰り返すために次々と子供達を殺していたのだとすれば?

 あの異様なまでのこだわりとおぞましい自分本位な理論展開。何度かデリウスの構成員と接触した時に感じたものと同じ空気をまとっていた。

 だからエドガーと当時子供好きが乗じて事件を詳しく調べていたカミラに協力を仰ぎ、今一度事件を見直してみたのだ。


「王国西地区、ネブラの町の医師。『光の使い』の二つ名を持つブラウリオ=カハール。彼が町で医者と認知されたのは大戦後。恋人と二人でいたところ襲撃に会う。それにより家族を失い、互いを保証人として新たな戸籍を得る。その後恋人は生き残った親族の元に向かい、彼一人が町に残る。町唯一の医者として」

 ハンナが、調べて判明した件の医者の経歴を簡単に説明する。医者なら町の誰かは知っていると思われるが、遠くの町に医者としての修行に行っていていざ開業しようとしていたところだったと言えばつじつまはあう。

 互いに町に住む家族を失い、悲しみにくれながらも支えあっていこうとした悲劇のカップル。しかも、多くの死傷者を出した町をかけずり回って人助けに奔走したとなれば疑うことなどしなかったに違いない。

 たとえ元の戸籍にそんな人物が存在していなかったのだとしても。疲弊し消耗した心で、自身も悲劇に見舞われながら人助けにいそしんだ彼を誰が非難するだろうか。


「子供好きで知られていたようですわ。具合の悪い子供がいれば積極的に往診に向かうような……孤児院にもよく顔を出していたと言いますし……」

 そこだけを見れば善良な医者だと言えるだろう。その目的が助けるためのものであったとするならば。

 目を通していた資料も、それに関する項目に差し掛かったのだろう。誰もが凝視するようにして資料に見いっている。

 事件発覚当時も大きく騒がれたが、その数のあまりの多さのためかそちらにばかり目が行って肝心な部分を見落とした。

 六年間で三百人近くの犠牲者を出したとされるが、それは不可能なのだ。少なくとも、その町の出生率や未成年人口を考えるに、年間五十人の犠牲者を出せばさすがに気付かれる。


 いくら被害者のほとんどが孤児だとはいっても、産んでも育てきれずに捨てられたり、親に死なれたりして孤児になったとしても、せいぜい年に十数人出ればいいところ。

 とてもではないが、その町だけでそれだけの実験と検証のための材料を確保することなどできない。それが深く追及されなかったのは被害者が孤児だったからだ。

 センセーショナルな話題に湧くも、真実を追求しようとする動きは弱かった。犯人が死んでいることや、殺した者も行方知れずでは興味も長続きしない。所詮は他人事だからだ。

 いくつもの疑問と謎を残したまま、事件の詳細は解明されないままに幕を閉じた。

 そして、幾分歳月は経っていたが再調査の結果分かったことがあった。それこそがブラウリオとデリウスの関連を決定づけたと言ってもいい。


 ブラウリオは研修や往診の名目で年に数回は町を離れていた。専用の馬車を使って、護衛をつけることもなく一人で出かけていた。

 馬車には薬や医療器具を守るための魔法具がいくつも仕込まれており、一応中を改めはするが目視での確認くらいだった。

 だから、魔法で見えないように隠されて子供達が秘密裏に連れ込まれていることにも気付けなかったのだ。

 王都落としの時に動いていた人身売買組織の回収時期と地方がブラウリオの外出時期と向かった方角と一致していた。それも、毎回計ったかのように。

 偶然と言われればそれまでで、けれど偶然も続けて起きれば必然だ。

 それを裏付けるように、発見された子供達の遺体の死亡時期も外出時期と一致していた。

 遺体の年齢層は四・五歳~十二・三歳まで。それも、当時は幼児愛好家ということになっていた。


 しかし、もしデリウスの活動が大戦中の襲撃の最中から起きていたとすれば。その年齢層というのは異物を埋め込まれただろう最年少から最年長までの間になる。

 残されていた損傷の後もそれぞれで。死後につけられたと思われるものや生きている間につけられたであろうもの。

 一人の遺体に両方の痕跡が見られる者もあれば、小さい子供ほど死後の痕跡のみがあったという調査結果。小さいものほど耐えきれずにすぐに死んだのではというものやわずかな良心で殺してから実験をしたのではないかという推測が上がっていた。

 だが、おそらくどちらも違う。小さい子供は遺体で持ち込まれたのだ。移植に耐えきれず亡くなってしまっただろう子供。

 その要因と肉体に起きた変化を調べるために設備の整った自身の病院に連れて帰ったのだろう。次回からの成功率を上げるために。どのような変化が起きるのかを観察し記録するために。


 それを元に、確立させていったのだろう。複数の根源が異なる力を手に入れるための手掛かりと方法を。自身が属する組織、デリウスに貢献するためのデータを。

 その点においても医者というのはいい隠れ蓑だっただろう。人の生死にかかわったとしても責任を追及されることはまずない。それに、普段貢献していれば裏でそんなことをしていると疑われることもない。

 エブラの町は彼にとっての実験場だった。その町でかつて彼によって異物を植え付けられたものが孤児となった時、自身の実験の成果を確認するために攫っては実験をしていた。

 チンピラ達には無理にでも定期健康診断をするためだと、町の人達に知られたら反発があるかもしれないから口止めを含めて相応の報酬を渡して協力させていた。

 彼らも、自分達が連れて行った子供達が二度と戻ってきていないなどと考えることもしてこなかったのだろう。定期的に大金が転がり込んでくる割のいい仕事。

 多少傷つけたとしても連れて行くのは医者の所、問題にもならないだろうと。自分達の行いが多くの子供達を死へと追いやったとも知らずに。知ったとしても心を痛めなかったのかもしれないが。


 デリウスにおいても重要な役割を果たしていただろう彼にとっても、カイルにとっても不幸だったのはお互いに出会ってしまったことだろうか。

 彼は今まで数多くの異形の力を宿す子供達を見てきたことで養われた直感が働いたのか、はたまた闇に属するものが本能的に正反対に位置する者に抱く執着のためか。

 医者はカイルに人以外の力を感じ取り、カイルは彼がおぞましい殺人鬼であることに気付いた。だから極力接触を避けていたのだ。その町に住む孤児達にも徹底させて。

 しかし、逃れられない定めとでもいうのか。結局カイルはかの医者と接触することになった。それも、カイルを心配した町の人達の温情によって。

 カイルを手に入れたと考えた時の、あの医者の笑い顔は今でも忘れることができない。魔物でさえ浮かべることのないだろうあの醜悪な笑みを。

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