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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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デリウスの計画

 知られざるロイドの過去を知り、何とも言えない空気が広がる。カイルの因縁はロイドから引き継いだものでもあったのだと理解したこともあるだろう。

 だが、あいにくと話はこれで終わらない。終わらせられないのだ。

「父さんがこれを知ったのは最後の戦いの時らしい。それまで姿形を変えていた宗主の本当の姿を垣間見た。それが、幼いころの記憶と結びついたようだな」

 忘れたくても忘れられない顔だっただろう。搾取する側の油断と傲慢で、ロイド達を捕まえに来た時には素顔を隠してもいなかったというのだから。

 あれから二十年以上の時が経っていたが、ロイドがその顔を忘れることはなかった。すでに行われていた魔人化で、当時と比べても加齢による変化が乏しかったのも幸いしたのだろう。

 すぐに、ロイドの中で宗主とかつての敵の姿が結びついた。


 ロイドとて、自分達をとらえようとした者達がデリウスと呼ばれる組織の者達であることは知っていても、まさか宗主本人が母親を殺した相手だとは思ってもみなかった。

 それを知った時には、もはや伝えるすべはなく奇跡といえる邂逅によって初めて伝えられた事実だ。

 カイルのことと、デリウスの宗主の正体を伝えられなかったこと。それがロイドにとっての一番の心残りだったという。

 コンラートのことは個人的な復讐であると心の中に秘めていたが、せめてトレバースにだけは打ち明けておくべきだったかもしれないと。そうすればもう少しデリウスの全容に迫ることができたのではないかと。

「俺はこの話を聞いた時、因縁めいたものを感じたけど、それ以上に違和感を感じた。そんなに昔から活動していた組織が、なぜ十四年前まで大きな行動を起こさなかったのか。そして、どのようにして人界を、レスティアを支配するつもりなのかっていうことに」


 父がかつて見たような傲慢で独裁的な人物が宗主であるなら、なぜ今までかたくなにその姿を隠してきたのだろうか。

 それが、魔人や他領域の力を取り込むための準備期間だったとしても、果たしてどのようにして人界の支配を確立するつもりなのか。また、他領域をも掌中に収める気なのかと。

 実際に相対したから分かる。領域の王という存在がどれだけ規格外の力を有しているのかということが。その領域においてどれだけ絶対的な存在なのかということが。

 その答えは最も身近にありながら、普通の人ならば考えも及ばないこと。意図的に、人工的に生み出すことはほぼ不可能だろうと思われることだ。

 自然に生まれたのではない。後天的に領域の王に類する、あるいは対応する力を身につける。それこそがデリウスの原点にして最終的な目的。

 デリウスは、宗主は人界の王になろうとしているのだと。


 周りが知らないだけで、彼らはずっと目的のために邁進してきたのだ。そのお披露目が人界大戦、世界に大きな傷を刻み、デリウスの名を知らしめるための戦い。

 これまでに築き上げてきた技術と戦略を実践の場において試すための戦いだった。そして、その後の人界支配のための土台づくりをするための。

「どれだけ優れた指導者がいたとしても、人界の秩序は他領域のように一定に保たれることはない。なぜだか分かるか?」

「それは……人の寿命が短く、心が移ろいやすいため。そして、何よりどれだけ優れた指導者であろうと、いずれは老いて死ぬからでしょう。他領域の王のように不老不死の存在がいるわけではありませんから」


 変化し、進化することを望まれる人界においては他領域の王のように不変の存在はいない。代が変わるごとに、時代は移ろい刻々と色を変えていく。

 その人界を支配しようと思えば、自らの色に染め上げようとすればどうしても問題になるのが寿命だった。

「あまたの実験を重ね、年を経るごとに考えるようになったんだろうな。人界を支配するためには強力な兵士と人外の戦力だけでは足りない。何より重要なのはそれらを率いる指導者だと」

 子や孫を指導者として育て上げることは可能だ。だが、それよりももっと効率がよく、それでいて理想なのは一人の指導者が永遠に君臨すること。

 他領域の王のようにただ一人の頂点が永続的に支配をすることだと。その過程で生み出されたのが魔人化の技術であろうし、精霊をとらえその力を利用する技術なのだろう。


 人にはない力を、要素を取り込むことで人を超える寿命と力を手に入れる。使い捨てにできる兵士ではない。人界の頂点に立つにふさわしい力を得るために。

 人界には他領域のあらゆる要素が混ざり合い、新たな可能性を生み出しうる。ならば人界の王になるものは同じくあらゆる要素を内包し、すべての領域の頂点に立つ存在なのだと。

 デリウスの前身の組織が大人しかったのはかつて国を追われることになった実験を延々と続けてきたためだろう。

 そのためにあらゆる領域について調べ上げ、接触する方法を模索し、要素を取り入れるための実験を繰り返した。

 結果として、どの国も見たことのないような技術を生み出した。狂った指導者の見た夢を実現させるかのように、他領域の力を取り込み一人一人が強大で容易に死ぬことのない兵。洗脳と支配によって従える、人ならぬ戦力。

 それがある一定の成果を得た時にデリウスの名を冠し、代を重ねながらも人界支配の手筈が整ったのが十四年前ということだ。


「人界を支配するために必要な存在が変わらぬ指導者というなら、人界を存続するために必要なのは?」

 カイルの問いにすぐに答えられる者はいなかった。それは答えが多岐にわたることもあるし、個々人の価値観によって答えが変わってくるものだからだ。

 あるものは秩序だと答えるだろうし、あるものは経済、そしてまたあるものは技術だと。中には強さと答える者もいるかもしれない。

 そんな質問を投げかけた意味が分からず、答えが出ないままに注目が集まる。

「答えは人それぞれだろうな。レイチェル達に問いかけた時もそれぞれに答えが違ったから」

 その答えは己の理想とするところ、守りたいと思うものがあげられるのだろう。

 レイチェルはデリウスと似ていて、けれど正反対の民のためにある王。アミルはエルフの性でもある正しい秩序。

 ダリルは何者にも打ち倒されることのない強さ、トーマは絆で結ばれた家族。キリルは人の結びつきによって生まれた強い絆。


 唯一カイルの答えに近かったのはハンナだった。彼女は何かを考える時、常に自身の感情とは切り離して考察する。ゆえにたどり着いた。

 先に出たどれも必要なことだろう。だが、もっと根本的なものではないかと。形の見えない漠然としたものではない、眼に見える形で存在する、もっと即物的なものではないかということに。

「俺が思うそれは、未来を担う”子供”だ」

 強さにしろ秩序にしろ経済にしろ、それを受け継ぐ者がいて初めて歴史は紡がれていく。もし、未来を担う存在がいなくなったとしたら、それこそ人の、人界の歴史はそこで終わるだろう。

 親から子へ、子から孫へ受け継がれる命のバトン。長い人界の歴史で、どれだけの動乱が起ころうとその流れが途絶えることはなかった。だからこそ、今がある。


「デリウスは、生贄確保のために流れ者や孤児を迫害するように仕向けた。でも、大戦によって変わったのはそれだけじゃなかった」

 ハンナが引き継ぐ。かつてこの話をした時に、カイルとハンナがたどり着いたある意味荒唐無稽とも思える最悪な結論。

 もし、デリウスが手を出していたのが流れ者や孤児達といった切り捨てられた者達だけではなかったとしたら。

 人界制圧後に問題になるだろう支配と人口管理のための手段をすでに講じていたとすれば。それは、恐ろしくもおぞましい未来を想起させた。

 カイルは指をはじいて各国の代表達の前に一つの資料を落とす。これまでに自分達で集めたもの、エドガー達の協力を得て調査したものをまとめたものだ。


 各自資料をとり、無言で読み進めていく。しかし、先に進むごとに顔色は悪くなり、表情は硬くなっていく。

「これは……そんな、こんな、ことが……っ!」

 中でも一番大きな驚きを示したのはトレバースだった。無理もないだろう。おそらくは大戦の被害だけではない。その後のデリウスの活動によって最も大きな被害を被っているのもまた王国なのだから。

 人界大戦の時、デリウスが本拠地を共和国においていたのは五大国すべてに手を伸ばしやすかったから。では、その後の本拠地を王国にしたのはなぜか。

 それは王国が最も大きな被害を受けて混乱の中にあり、紛れ込みやすかったのもあるだろう。しかし、それ以上に王国の気質、そして、生贄とある実験に使う材料が調達しやすかったことがあげられるだろう。


 王国は排他的であり内向的な気質だが、一度受け入れてしまえば滅多なことではそれを疑ったり排除したりはしない。

 それを利用してまんまとなじんだのだろう。ある目的を持って表に出てきたデリウスの構成員達も。

 最初からデリウスは戦後の本拠地を王国に定めていた。王国の被害が多かったのは剣聖の出身国だからだと思われていたが、それもまた後付けの理由でしかない。

 ロイドが前面に出てくる前から、他国に比べ王国の襲撃比率は高かったのだ。ロイドという大義名分を得たことで、さらにその比率の格差は拡大し、実に大戦の被害の三分の一は王国からという結果に終わった。

 孤児の酷使と迫害は王国から広まっていったが、どの国もそれを容認せざるを得なかった。

 なぜなら、世界最大の食料輸出国である王国が甚大な被害をこうむったことで、他国においても食糧難にあえぐことになったのだから。


 自国の復興もある中、王国にも支援の手を送らなければ共倒れになってしまう危険性があった。そんな中で後から後から湧いて出て使い捨てにできる労働力という考え方を無視することができなかった。

 戦後のベビーラッシュで、国でも子供を養い切れず、どうせ死ぬ定めなら誰かの役に立つ形で、という風潮が広がったこともある。

 そうして、使い捨てにされる子供達の心情を考慮されないままに今日にわたるまでの体制ができあがってしまったというわけだ。

 そうなるきっかけがデリウスによって誘導されていたことに気づくこともできずに。その風潮こそがデリウスにとって歓迎すべきものであったことも知らずに。


「魔人化の儀式魔法に必要となる生贄は、魂が肉体に定着する五歳以降の子供。それ以前の子供達は選別されて捨てられた。俗に言う王都落としだけど、その子達が本当に何もされなかった保証はあると思うか?」

 王国だけではない。他国でも孤児の救済をうたった人身売買は行われていた。その過程で消えた子供達の運命は推して知るべし。しかし、幼すぎるがゆえに見逃された者達に関しては今まで注目されてこなかった。

 そのことに気付いた時、カイルは蒼白な顔をしたまま、領域の王達に連絡を取った。もし、もしそんなことが可能であるならば、今生きている子供達はどういう存在になるのかということを。

 王達も最初は半信半疑だった。しかし、情報と資料が集まるにつれて忌々しげな顔をしていた。それは、荒唐無稽とも思える考えが、決して不可能ではないことを示唆していた。


 人界に生きる誰もが、もはや無関係ではいられないということを示していた。

「冥王様の話では、人の場合生まれてきた子供の肉体と魂が完全に結びつくのに必要な時間が五年くらいらしい。だから、それまでは魔力があったとしてもうまく扱えず魔法も形にはならない」

 何かに魔力を流すことくらいはできるかもしれないが、魔法を使うのに必要な魔力操作はできないということだった。思えばカイルも五歳になるまでは父のまねをして木の枝に魔力を流したり、魔法具に魔力を込めたりはできたが、生活魔法さえ使うことはできなかった。

 村を出された後、必要だからと使ってみれば、あまりにもあっさり成功して拍子抜けしたことを覚えている。あれは五歳になって魂と肉体が密接に結びついたことで魔法を使うために必要な魔力操作ができるようになったからだろう。


 そう、五歳という年齢は魔力回路が完成する年頃なのだ。それまでただ肉体を満たしていただけの魔力が形成された魔力回路を通じて規則正しく全身に流れるようになる時期。それが五歳だ。

 では、それ以前に魔力の器や肉体に著しい損傷を受けたらどうなるか。その場合、変則的な魔力回路が形成され、魔力が失われた肉体や器を補完するような働きを見せるという。

 それはひとえに未完成だったが故の適応力。完成してしまった後に同じような損傷を受けると、魔法が使えなくなるか、肉体の機能を失うかしかない。

 もし、そこにデリウスが眼をつけたとしたら? 後天的に魔人の力を得るためには多大な労力と膨大な生贄が必要となる。

 しかし、魂が完成する前にその力を植え付けた場合はどうなるだろうか。


 ともすれば、紫眼の巫女に着想を得たのかもしれない悪魔の実験。紫眼の巫女は後天的にその眼を獲得する者のほうが多いが、まれに先天的に紫の眼を持って生まれてくる子供もいる。

 両者の能力の間に隔絶した違いは生じない。しかし、ある一点においてのみその差をまざまざと見せつけることになる。それが、専属精霊との契約だ。

 後天的に精霊を見るようになった者に比べ、生まれた時からそれを見てきたもの、その能力を得ていた者は必然的に精霊に対する親和性が高くなる。受け入れやすい土台と精霊に導かれて成長することで、契約できる精霊も数が多くなったり格が高くなりやすい。

 さらに、その力の使い方や精霊達との関わり方も誰に教えてもらわなくても自然にできてしまう。

 カレナが有名なのは宝玉の巫女だからというだけではない、後天的に目覚めながら誰よりも強い素養と高位の精霊との契約を果たしたからだ。それまでの常識を覆すかのように。


 だが、カレナのような例は非常にまれだ。それこそ、聖剣に選ばれる確率と同じくらいに。

 普通は先天的、魂の定着前の方が未知の力であっても受け入れやすい。

 そこで、デリウスは種をまいた。世界中に、子供達に、未来に暗雲をもたらす魔の種を。

「人界大戦で戦線に立った方達は自らの命が尽きようと意思を受け継ぐ者がいる、未来ある子供達を守るために命をかけるのだと考えていらしたと思いますわ。ですが、それさえも踏みにじっていたのですわ」

 アミルが沈痛な声で告げ、手で口元を覆い隠す。カイルとハンナが何か独自に調べていたことは知っていた。

 だが、打ち明けられるまでは詮索はしなかった。二人ともある程度形が見えるまでは口に出さないことを知っていたから。

 しかし、いざそれを聞いた時の衝撃は筆舌に尽くしがたい。天地がひっくり返るかのような、世界から音が消えたかと思うような感覚を味わった。

 そこまでやるのかと、あるいはそれほどまでに恐ろしい存在なのだと見せつけられた気がしたから。


 少ない人数で多数を支配するためにはいくつか条件がある。国はそれを権威や武力や財力によってなしえている。しかし、デリウスが実行支配した時、一番の問題になるのが反乱だろう。

 実力はともかく、数の上では圧倒的に少ない彼らが人を活かさず殺さず管理するためには必然的に人数を絞らなくてはならない。その上でより少ない労力で、より効率的に従わせる必要がある。

 人が戦うのは、自分のためや誰かのためはともかくも、未来に希望を見出すからだ。戦うことで今よりも良い未来が訪れると、そこに希望があることを信じて戦う。

 しかし、もしその未来が、希望がデリウスによって握られていたらどうなるだろうか。意思を、未来を受け継ぎ担う者達が人質兼奴隷と化していたのだとすれば。

 逆らえば愛する子供達を失い、たとえ反乱が成功したとしても希望を見出すことができないのだとすれば。逆らう意思を持ち続けることができる者がどれだけいるだろうか。

すみません。

ネットワークの不調で投稿遅れました。

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