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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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デリウスとロイドの接点

 閉じられた結界内にいたのは各国の代表と数名の護衛、そして世話をするための侍女や使用人達だったが、気を利かせてくれたのか使用人達がそれぞれにお茶や酒を配ってくれている。

 元々この部屋はパーティで具合が悪くなったり、何か問題が起きた時に使用するために設けられている部屋で、一通りの設備と接待の備えがしてある。

 みんなひとまず飲み物を口にしてから本格的な話をすることになった。

 カイルとしても、平時であっても冷静ではいられなくなるような案件なので平静を取り戻してくれるのは願ってもない。


 全員が落ち着いたころを見計らってギュンターがカイルに視線を向けてくる。一応主催国であるだけにこの場での議長も務めてくれているようだ。

「それで、話しておかなければならない案件というのは?」

 それぞれに疑問を残しながらも緊張した様子がうかがえる。デリウスに関することでいい報告など滅多にない。それも各国の代表を集めて離さなければならないようなことなどろくなことではないのは確かだ。

「デリウスの悪行に関してはほぼ出尽くしたかと思っていたのですが、まだ何かありますかねぇ?」

 商国ギルドマスターのユリアンが軽い口調でたずねてくる。重くなるだろう話題に備えての気遣いなのかもしれない。あるいは商売に関係なさそうな話にはそこまで入れ込めないのか。


「デリウスが誕生したのがいつか知っているか? 宗主に関しては?」

 問われた各国の代表は近年それぞれの国で集め共有してきたデリウスに関する資料を頭の中に思い浮かべる。

「確か、前身となった組織が生まれたのは百年ほど前のことでしたか。それまでも、五大国同盟を結んだことであぶれた傭兵や、続く平和な時代に危機感を抱いた者、危険思想を持つ者達が集まり、各地で反乱を起こしていましたが……」

 元々は個人や小さな団体の集合体であり、その活動に至っても分かりやすいものだった。不満があればその場でぶつけるような。

 しかし、それが変わったのが百年ほど前なのだという。

 専門家の話でも、また一国を治める代表達の間でも、その要因は彼らをまとめ上げる強大な主導者が現れたのでは、というものだった。


 次第に彼らの活動は表向きにはおさまっていった。しかし、反面国の眼の届かない暗部や闇においては驚くほどの速さと範囲で魔の手が拡大していったと思われる。

 それが、デリウスと呼ばれるようになったのが今から五十年ほど前のこと。それを誰もが知るところになったのが十四年前に起きた人界大戦だった。

 それまで前身となった組織も、デリウスという名がついた後も不穏な動きが見られたが、特に問題視はされてこなかった。

 彼らの隠蔽が優れていたのもあるが、人界大戦が起きるまで全くと言っていいほど大きな動きを見せなかったこともある。

 普通、世界を揺るがすような惨事をもたらす組織なり個人なりは、そうなる前に予兆というかそういった前触れとなる活動が見られるものだ。

 それが、ほとんど何の脈絡もなく、突如として世界に牙をむいたのだ。


 ゆえに初動が遅れた。それまで国がブラックリストに入れていたどの組織にも該当せず、どの組織のやり方よりもはるかに悪辣で狡猾なやり方に、常に後手に回り続けることを余儀なくされてしまった。

 ほとんどの国の代表達が、戦時中は相手の組織に関しても、その構成員や宗主と呼ばれる人物に関しても知ることができないまま、戦いに身を投じることになった。

 狂信的とも、盲信的ともいえる構成員達の言動の端々からどのような組織であるかを探るしかなかった。本体に集中すれば逃げに徹し、町や村を襲う。そちらに救援を向かわせれば、ゲリラ戦を仕掛けて損耗させてくる。

 本当に厄介な相手だったのだ。何より、相手が目指すところが見えなかったのが一番きつかった。

 相手の要求が分かったならばもっと打てる手もあっただろうに、構成員の話からでは嘘かまことか判別がしづらく、ただ対処することに追われてしまった。

 今考えても、滅茶苦茶な戦いであっただろう。


 人界の国々における損害や失われた命に関しても、過去最高を記録するだろう戦いだったのだ。

 なにせ、人界の当時の人口の十分の一に当たる人々が亡くなったとされるのだから。それも、推定の数値において。分かっているだけで、敵味方、兵士民間合わせて三億人の喪失。被害は甚大というしかなかった。

 生き延びた人々の生存本能が刺激されたことや、失った働き手を補うために世界規模のベビーブームが到来したのも無理はないことだろう。

 しかし、当時の情勢においては爆発的に増えた子供達を養っていけるすべがなかったのだ。特に志願兵などで働き盛りの者達が数多く亡くなったことも要因だった。

 戦争により治安が悪化し、犯罪も横行した。誰もが自分と数少ない残された家族とで生きるのに精いっぱいで、他者に眼を向け、情けをかける心を忘れてしまったのだ。


 デリウスにとっては動きやすかっただろう。デリウス自身も大きな損害を被っただろうが、おそらく負けた時のことも考慮して動いていた。

 というより、これで人界が取れればそれでよし、できなくても次につなげるための戦いでもあったのだろうから。

 そうでなければ、陽動と士気の低下のためだけに貴重な戦力を分散してまで町や村を襲ったりしないだろう。

 その戦争で、あるいは次のために少しでも自分達が有利になるように、思惑通り動かせるように誘導する。宗主には、構成員達が洗脳されるほどに心酔するだけの才はあるのだろう。

 それをまっとうな方向に使えば一国の重鎮にもなれただろうに。


「最初の指導者から代変わりはしているだろうな。魔力を持つ者は寿命が長くなるとはいっても限度はある」

 ギュンターは顎をさすりながら眉間にしわを寄せる。人の最高齢の記録は百五十二歳。魔力を持たない人の平均寿命が七十~八十なので約一・五倍~二倍近く生きられることになる。

 だが、元々長命な種族のように数百年の時は生きられないのが人だ。デリウスの宗主も一代か二代、代が変わっているだろうと推測されていた。

 そして、人界大戦を起こした者はその宗主の家系か、あるいは初代が築き上げたデリウスという組織の集大成によって生み出された狂った指導者か、と思われていた。

 元々デリウスという組織がこれだけのことをもくろんできたのか、あるいは代変わりして組織の在り方も変わったのか。あまりにも情報が少なすぎて判断がつかないというのが現状だ。


「……デリウスの現宗主は初代の孫だ。名をコンラート=フェンデル。初代は、武国の出身だ」

 カイルの言葉に衝撃を受けたのはどの代表達も同じだったが、ギュンターの驚きはその中でも大きかった。普段はあまり動くことのない表情が驚愕に彩られている。

「……ランザック=フェンデルっ! 曾祖父がかつて重用し、祖父によって国を追われたとされる人物だ。……昔祖父から聞いたことがあった。危険な、男だったと」

 ギュンターの顔が苦虫をかみつぶしたように歪む。話だけは聞いたことがあった。

 政治にも軍事にも長け、人心を掌握するのもお手の物、一時期は将軍職を得て活躍した人物でもあった。しかし、当時の悪しき風習であった強さのみに取りつかれた曾祖父を反面教師に、武を尊びはしてもそれのみに傾倒することのなかった祖父が王位を継いだ後に解雇された人物でもある。


 しかし、何の理由もなく将軍職を解いたわけではなかった。富国強兵を訴え、必要ならば他国への侵略も辞さないというランザックと、武を重んじても民の犠牲と他国との軋轢を望まなかった祖父の間に亀裂ができたのが最初。

 何度も言葉を交わし、互いの認識の溝を埋めようとしたのだが、己が野望ともいえる思いに取りつかれたランザックに言葉は届かなかった。

 やがてランザックは人が踏み入ってはならない領域へと手を出した。

 兵が死ぬのが問題なら死なない兵を生み出せばいい。他国を自国の者が攻めるのが問題なら人でない戦力を確保すればいい、と。

 そこで目を付けたのが龍の血族だった。その身に龍の血を宿し、龍の力を扱うこともできる人にして人ならぬ存在。そして、龍本来が持つ特性に。


 祖父が異常に気付いた時には、もう何人もの龍の血族がランザックによって無残に切り刻まれた後だった。そして、その数倍から数十倍の人々が実験のために命を落としていた。

 看過することはできず、将軍職を解いたのち死刑に処するはずだった。しかし、彼に心酔していた元部下達の手によって脱獄し、姿を消した。

 追手を差し向けるも、元々そういった面において優秀だったランザックの足跡を追うことはできなかった。

 しかし、祖父はいつかランザックが己の野心を満たすために行動を起こすのではと考えていた。だから子供や孫達に語り継いでいたのだ。

 ギュンターも戦時中はともかく、戦後においてデリウスにかの者の存在があるのではと疑っていた。しかし、確証もなく何の手がかりも得られていない現状においては口に出せなかった情報でもあった。


 当時から百年は経っているし、当人が生きているとは思えない。何より、ことを起こすまでに空いた時間が時間だった。

 ひょっとすれば、ランザックも己の所業を省みて静かに余生を送ったのではないかと、希望的観測を抱いてきたこともある。

 それが、自分が王の代になって牙をむいたのだ。カイルほどではないが、因縁を感じてしまう。ともすれば自身の怠惰が、かつて逃してしまった自国の罪人があれだけの被害をもたらしたのだと考えたくなくて。

「だが、なぜ……なぜ、知っている? それも、精霊から?」

 戦った自分達でさえ知りえなかった情報。いくら六大精霊と契約していると言っても、ここまで探れるものなのかと。


「確信を得たのは最近だけど、話だけならもっと前に聞いてた。冥界で、父さんから、な」

 デリウスの宗主に関しては早い段階で情報を得ていた。確信を持ったのは最近自分自身で得た情報と突き合わせてだったが。

 父の話を信じなかったわけではないが、なにぶん十四年前の話だ。何か変化があるかもしれなかったので、確信が持てるまでは明かすことができなかったのだ。

「ロイドから? わたしは、そんな話は聞いたことが……」

 ロイドの親友だと自負していたが、デリウスに関して知っていることがあったとは思わなかった。本当にかの親友は肝心な部分は人に見せない。

「母さん以外、誰にも話したことはないって言ってたからな。父さんが剣聖になろうって考えた要因でもあり、俺を一人残すことになっても戦い続けた理由でもある」


 もし、父に会うことができたなら聞きたいことがあった。それは、なぜ剣聖になろうと思ったのか、そしてなぜ戦い続けたのかということ。

 カイルの場合は漠然と考えてはいたが、剣聖になったのはたまたまの要素が大きい。しかし、ロイドは違う。

 剣聖筆頭を決める剣術大会で優勝し、自らの意思で聖剣を握った。

 そして、ジェーンがいたとはいえ、愛する人の忘れ形見である幼い息子を置いてでも戦い続けた理由。

 同じ剣聖になったからこそ、知っておきたいと思った。

「デリウスはひそかに龍の血族を集めていた。実験のため、検証のため、戦力のため。たとえ拒否したとしても、手段を問わずに」

「ま、さか……。ロイドは、ロイドはデリウスに?」

 トレバースが愕然とした顔をする。思いもしなかった親友の過去に驚いているようだ。


「ああ、同じ龍の血族だった母親と一緒に捕まったらしい」

 その時まだ小さかったロイドは母に守られることしかできなかった。もう龍の血族と言えないほどに血が薄まっていた母と、突然先祖返りして濃い血を発現させたロイド。実験材料としては興味深いものだったのだろう。

 何せ宗主本人が捕まえに来たぐらいなのだから。

 その時ロイドが住んでいたのは森の近くにある寒村、辺境の村だった。父はすでになく、母と二人暮らしだったという。中でもロイドの特異な容姿のため村八分にされていた。

 ただ一人、母だけがロイドを認めてくれていた。人と違う銀の髪も、金の眼も、自らが受け継ぐ龍の血の証明。恥じることなど何一つとしてないと。


 だから、ロイドはいつか大きくなったら母を守れるくらい強くなろうと考えていたし、周囲の目に歪むことなく育っていた。

 そこにやってきたのがコンラート達だった。突然押し入り、拘束してきた。そして母親とロイドを見比べ恐ろしい笑みを浮かべたという。まるで、長年にわたる探し物を見つけたかのような。

 実際そうだったのだろう。龍の血族に関して調べていたのなら、髪の色によって受け継いだ属性を推測できる。それを鑑みれば、銀という色が持つ特異性も容易に想像できただろうから。

 コンラートは自らの名を名乗ると同時に語ったらしい。今の人界がいかにくだらない存在か、自分ならば人界だけではなくレスティアを統治できるのだとかいったことを。


 ロイドは言葉は理解できてもコンラートの言いたいことも考えも、少しも理解することができなかった。ただただ恐ろしかったのだという。

 自分を見ているようでいて、どこか遠くを見るその眼が。一片の光すら存在せず、汚泥のように闇をたたえたその眼が恐ろしかった。

 震えることしかできない自分が情けなくて、母親一人救えないことが悔しくて、涙を浮かべていたロイドを救ったのは、たった一人の家族だった。

 子を守ろうとする母親の強い信念が、薄れていたといえど龍王の血を呼び起こしたのか。森に住まう魔獣達が一斉にコンラート達に襲い掛かり、ロイドを抱えてその場を離脱した。

 しかし、母親はそのことですべての力を使い果たしたのか崩れ落ち、突然の襲撃が母の仕業と気付いたコンラートによって殺されたのだという。


 遠くなる母親から、それでも眼を放さなかったロイドはその瞬間を見た。

 頭が真っ白になり、それから身を焦がすほどの怒りにかられ、胸が張り裂けそうな痛みに気を失ったという。

 気付いた時には遠く離れた場所にあった主の寝床だった。

 眼が覚めてすぐは暗い復讐の道に走ろうとしたロイドだったが、それを止め諭したのはそこら一帯を治める主であるドラゴンだった。

 年経たそのドラゴンは人語を解するほどの存在で、そして、ロイドの育ての親となった。

 気性が穏やかで博識でもあったそのドラゴンによって、読み書きも魔法も教わったのだという。ロイドの豪快な性格や言動、人とはずれた部分はここに由来するらしい。

 いかに人にも詳しいドラゴンといえど、ドラゴンはドラゴン。人と同じように人を育てることはできなかったようだ。


 そして、十分に成長したと思われる時、独り立ちすることになった。これ以降は人の中にあって、人から学ぶようにと言われたそうだ。それが、十三歳の時だったという。

 それからドラゴンの知り合いがギルドマスターをしているという町に行き、ギルド登録をして依頼をこなし経験を積んでいった。そして、十八の時剣術大会に参加して初出場初優勝を勝ち取り、そのまま剣聖へと駆け上ったということだ。

 剣聖になったのは、もう己の力不足で大切な人を失うことがないように。そして、幼くして剣を握った自分のように子供が剣を持って戦わなくてもいい世の中を作りたかったから。

 人界大戦で戦ったのは、もちろん剣聖としての義務もあった。だが、その中には母の敵討もあったのだ。だが、運よく難を逃れた自分とは異なり、傀儡と化した同胞達を討つ内にその気も薄れていったという。

 自らもまた、復讐される立場なのだと実感したから。そんな恨みの気持ちで誰かを殺したくはなかったから。


 成長を見守ることができない愛する息子のためにも、未来に憂いを残したくなかった。残された自分の短い時間の最も有効的な使い方、それがデリウスを打倒することだと考え、がむしゃらに戦ったのだろう。

 これから先に生まれてくる子供達が二度とこんな戦いに巻き込まれることがないように。自分の命を使ってでも、愛する家族との時間を削ってでも自らが成し遂げるべきことだと感じて。

 結果、世界を救うことになったとしても、たった一人の家族を自分と同じような境遇に追いやってしまったと、死んでから後悔したらしい。

 本当に、頼りになるのにどこかずれている父親だと思う。

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