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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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アマンダの決意

 カイルの言葉を聞いて、最初は唖然としたテオドールだったが、次第に体を震わせ、最後には声をあげて笑いだした。

「あはははは、そりゃ、また大層なことだな。そうか、そう、か……」

 それまでテオドールは自身が助けた者達の社会復帰までは面倒を見てきたが、それ以降に関しては深く関わりあうことを避けてきた。

 テオドールと再会することで、かつての忌まわしい記憶を呼び覚ましてしまうのではないかと恐れて。定期的に現状報告などは受けていたが、自分の目で確かめることはしてこなかった。

 そして、今までは償いのことで頭がいっぱいで、彼らもまた自分に対して恩義を感じてそれを返したいと思っているかもしれないなどということを考えてこなかった。


 彼らがつつがなく生活できていることだけに安堵し、彼らがどんな道を選択したのかを知ろうとしてこなかった。もしかすると、それはその場を助けただけで放りだすより、ある意味無責任なことだったのかも知れない。

 それが不可能に近い環境にあったカイルとは違って、テオドールにはそれを確認するための方法などいくらでもあったのだから。

 干渉することはなくても、最低限どんな道を選択したのか知っておくべきだった。それこそが、今まで自分が行ってきた行動の成否を、あるいは成果を確認することでもあったのだから。

 それを知っていれば、今よりもずっと自分が行ってきたことに自信を、誇りを持てたのだろう。あるいは反省しなければならない部分を知ることもできたはずだ。


 自分自身のために行った行為であろうと、それが誰かを救ったならば、誰かを変えたならば、それによる変化を自身の影響として、生きた証として受け止めるべきだった。

 自分よりも一回りも若いカイルに言われて初めてそのことに気付くなんてまだまだ自分は修行不足だと感じてしまう。あるいは、それこそが英雄と呼ばれる者達の特異性なのだろうか。

「そこまで笑うことないだろ? あーぁ、それにしても、俺もまだまだだよな」

 カイルは自分自身の両手を見つめて、小さくため息をつく。クロはそんなカイルを見上げて鼻を鳴らした。

 周りに気を使って魔法が使えず失敗することも、乗り越えたと思っていた過去も強がりによる錯覚で、本当には克服できていなかったことも。

 本当に、自分のことが一番良く分からないものだ。


「カイルは一人で抱え込みすぎなのだ。確かに、カイルでなくてはならないことも多いだろう。だが、わたし達はいつだって力になりたいと考えているのだからな」 

 レイチェルはそんなカイルの手をギュッと握って真剣な眼を向けてくる。前よりはいろいろと相談してくれるようになった。心情を打ち明けてくれるようにもなった。

 けれど、過去について語ることは少なかった。聞けば答えてくれるが、自分から話そうとすることはあまりなかったのだ。

 こんなことがあると、つくづく思い知る。自分達とカイルが生きてきた環境の違いが。

「そうだぜ? 俺らはたとえ何を知ったとしても、お前のことを見限るなんてことはない。もっと信用しろ!」

 トーマの力強い言葉に、カイルは笑みを浮かべる。本当に、仲間を見くびっていたようだ。彼らなら、何を知ったとしても驚きはしても、見捨てることなどないと信じられるのに。


「……いい、仲間や友人に巡り合えたようだな」

「ああ、そう思うよ」

「……ところで、生きていたのはよかったのだが、どこにいたんだ?」

「ん、あれからレイチェル達と会うまでは北地区にいたけど?」

 テオドールは眉間に手を当ててギュッとつまむ。にわかには信じがたかった。

 死んだと思っていたが、せめて遺体の回収ができないかと町や南地区周辺に関しては捜索を行ったが発見はできなかった。

 それが、まさか生きたまま国を縦断して北地区に移動していたとは。

「んん? カイルって十二歳くらいの頃は東地区にいるって言わなかったっけ?」

 そこで町の孤児達とひと悶着あったはずだ。トーマが首を傾げる。


「そうだけど、ブリアントに捕まってたどり着いたのは南地区。それからヴィオル大旋風に飲み込まれて……気付いたら北地区にいたな」

 カイルの言葉に、思わず部屋にいた者達が噴き出す。

「ヴィ、ヴィオル大旋風ってあのっ!? よ、よく生きてたね……それも、精霊の加護のおかげかい?」

 トレバースが驚愕の声を上げ、それから無理やり納得したような顔をする。普通ならあり得ないことでも、カイルになら起こりうると考えて。

 かつてエルキン大峡谷から落ちても生存し、地下水路を通じて東地区まで移動したように。

 エルキン大峡谷もヴィオル大旋風も人界十大自然に数えられる。その中で王国が有する二つを両方経験しているというのだ。

 エルキン大峡谷はそこにあるだけなのでそこまで脅威にはならない。しかし、巨大竜巻であるヴィオル大旋風は人の力ではどうしようもない自然災害の一つだ。


 ただし、毎年決まった時期に現れ、またその規模も一定だ。その上、いくつかの決まったコースを通りすぎるので、ある意味付近の町の名物ともなっている。

 近づきさえしなければ安全に、人には起し得ない自然の力を見ることができるのだ。名物の一つといってもよかった。

 しかし、相手は自然だ。時として人の予測を上回ることもある。

 ヴィオル大旋風が通るコースに村や町を作ることはなく、また被害が出ない距離も保たれていた。だが、数百年から千年単位でそのコースが大きくずれることがある。

 その時には毎回大きな被害を出してしまうのだという。しかし、その年どのコースを通るかなど実際に発生してみなければ分からず、分かった時には逃げる以外に生き延びる方法はない。

 さらには、発生場所も予測することは難しいのだから。


 そんなイレギュラーが起きたのも五年前、カイルがブリアントから救出され、どうにか動けるようになった時だった。

 人身売買の最大組織であったブリアントの解体を喜び、湧くロレーヌの町に悲鳴が上がった。

 ヴィオル大旋風が十大自然に数えられる理由の一つは、それが生み出される経緯も発生原理も、通常の竜巻とは一線を画すからだ。

 エルキン大峡谷もどうやって生み出されたか分からず、その底に何があるかも知られてない。それと同じように大きな謎を抱える現象なのだ。

 ゆえに、ヴィオル大旋風は前触れも予兆もなく、突然出現するものとして知られていた。最初は空から大地に繋がる細い風の道が現れ、瞬きの間に膨張し、気付けば町一つ丸ごと飲みこめるほどの巨大な竜巻と化す。


 それを最初に見つけたのは誰だったのか。だが、すぐに誰もが知るところとなった。町のすぐ近くで突如として発生したヴィオル大旋風。その進路は町を飲み込むコースをたどっていた。

 逃げるには余りにも時間がなく、近すぎた。町の外に逃れたとしても、余波によって無事に済むとは思えず、残っていても確実に命を落とすだろう。

 緊急事態に転移陣の使用も試みられたが、とてもではないが全員が避難する余裕はなかった。それどころか避難誘導をすべき者達が真っ先に逃げ出すという混乱も起きていた。

 あの時にはさすがにテオドールも死を予感した。ここで終わってしまうのだと考えた。

 ヴィオル大旋風は発生直後にはゆっくりとした速度で進む。しかし、一度勢いがつけば数日で大陸を縦断する速度で駆け巡る。それも、徐々にその規模を大きくしながら。


 誰もが諦め、あるいは神の慈悲と救いを求める中、ただ一人動いたのがカイルだった。

 それ以前の、風の精霊達の異常なまでの興奮に何事かと外壁近くに見に行っていた。そこでヴィオル大旋風の発生を眼にした。

 阿鼻叫喚の騒ぎが起きる中、カイルは一人竜巻に向けて走った。このままでは町が、そこに住む人々が跡形もなく吹き飛ばされると直感したから。

 自分の言葉が風の精霊達に届けば、ヴィオル大旋風を消すことはできなかったとしても、進路を変えることくらいはできるかもしれないと思ったから。


 そのもくろみはある意味成功して、ある意味では失敗だった。暴風による轟音の中、ノリノリで風に乗る精霊達になかなか言葉が届かず、ようやく伝えられた時には近づきすぎていた。

 アッと思った時には地面から足が離れ、勢いよく風の渦の中に飲み込まれてしまっていた。その時の衝撃と風圧で気を失い、気付けば瓦礫の山の中倒れていたのだ。

 その後、ヴィオル大旋風の後片付けをしに来た人々にそこが北地区であることを聞き、それからは北地区で生活していた。

「なるほど……カイル君の足跡を真っすぐ追うことができず、村や町で起こしていた改革がなかなか結び付かなかったのはそういうことですか……」


 通常の手段で移動していたなら、カイルが行く先々で行っていたことを同一人物によるものと結びつけることも、地区間での情報交換においても何かしら足跡をたどれただろう。

 しかし、カイルは地区の移動をする際において、尋常ではない方法で移動してしまっていた。不可抗力なのだが、それでは情報がつぎはぎになるのも無理はない。

 そもそもにおいて、死んだと思われる者と生きているものを同一視することもないだろう。

「みたいだな。それに、うまくいくときもあれば失敗することもあったから」

 極力同じ結果が出せるように努力はしてきたが、ところ変われば人も変わる。いつもいつもうまくいっていたわけではないのだから。

 そして、仮にうまくいったとしても町の領主達はそれを自らの手柄とするだろうし、失敗すれば町を追われる。カイルがやったことは、直接関わりあった人々の中には残っても、中央にあげられる報告書に乗ることはほとんどないのだ。


「あの、カイル様が行ってきたという改革は、本当に……」

 そこで、ずっと考えていたアマンダが顔を上げた。

「俺にできることはそれくらいしかなかったからな」

「そう、ですか……。カイル様、わたくしは、わたくしはディズーリア家に恥じない存在になります。そして、そしてわたくし自身も、一人でも多くの孤児が当たり前の生活を送れるように、微力ながら手助けをしたいと、そう思います。それでいいのでしょうか?」

 アマンダはどこか不安そうな顔をしてカイルを見る。カイルはそれに困ったような顔をする。

「それがいいか悪いか決めるのはアマンダでも俺でもない。周りの人達だ。でも、そう思ってくれることは嬉しいし、ありがたいと思う」

 評価は周りの人達がつけるものだ。いいか悪いかなんて、そんな基準なんて自分の中にしかない。自分がいいと思ったことをやるしかないのだから。


「……孤児になった子供達は多かれ少なかれ、闇を抱えてる。その中には、同じような経験をしたものじゃないと晴らせない闇もあると思う。人によって感じ方も傷の大きさや形も違うから、完全に理解することはできない。でも、寄り添ってあげることはできると思うんだ。独りじゃないってこと教えることはできる。アマンダは今までたくさん辛い思いをしてきた。だからこそ、助けられる人もいる。俺は、そう思う」

 カイルの言葉に、再びアマンダの眼に涙がたまる。しかし、それが流れ落ちることはなかった。迷いの晴れた、強い眼差しで涙をこらえる。

「はい。わたくしは、わたくしにできる形で、与えられた愛に報いる方法を、愛する家族を守る道を探します」

 そういって立ち上がると、洗練された貴族の最敬礼をしてみせる。きっと血のにじむような特訓をしたのだろうことがうかがえる、美しい礼だった。


 そのアマンダにつられるようにボレウスも立ち上がり、前言を撤回してカイルや各国の代表達に謝罪を行った。アマンダの様子からも、今日はパーティに出るのは無理だと判断し、明日までの自粛を申し渡される。

 三人が去った室内で、いくつものため息がこぼれた。衝撃的な話をいくつも聞かされ、気苦労と気疲れで自分達もパーティを辞退したい気分だった。

 カイルはそんな面々を見て苦笑したが、すぐに表情を引き締める。多少予定が早まったが、不自然ではない形で各国の代表が集まったのは都合がいい。

 この部屋に集まった際に発動させた結界を一段階引き上げる。いつもの時間拡張と監視盗聴防止結界だったがこれからは出入りも禁じた。

 その魔法の気配を感じ取ったエグモントがカイルに顔を向けて怪訝な顔をする。


「カイル君? 結界の構成を変えましたか?」

「ん、ああ。本当はもう少し後になって話そうかと思ってたけど、こういう場ができたんなら今話しておこうと思ってな」

「カイル、大丈夫?」

 ハンナが心配そうな顔で集まった面々を見回す。ここにいるのは各国の代表達、信用が置ける面々ばかりだろうがこれから話す機密を守れるだろうかと心配しているようだ。あるいは、信じてもらえるだろうかという。

「話? 改まって、しかもこのメンバーで話しておかなければならないことなのかい?」

 ある意味世界会議にも等しいメンバーが勢ぞろいしている。それに見合うだけの重要な話なのかと。


「ああ、明日の朝か、遅くても夜には話しておかなければならないと思ってたことだ。それもできる限り内密に進めたかった」

 パーティに集まっている人数が人数だ。間者がいないということはないだろう。そこで不自然に各国の代表達を集めた会議を開けば何事かと警戒されかねない。どうにかして探ろうとするかも知れない。

 それで探れるほど甘い結界ではないが、何かあるのではと思わせてしまうと先手を取られかねない。向こうだっていつまでもやられてばかりではいないだろうから。

「……聞こうか? デリウスの動きに関してだろう?」

 ギュンターが手を組んで聞く体制に入る。さすがにここまで警戒した様子を見せれば、何に関する情報かということは予測がつくらしい。


「ん、といっても今分かる範囲ではそこまで大きく動いてはいないみたいだけどな」

 カイルによる情報網にもデリウスの大きな動きは入ってきていない。いつも通りのこそこそと、細々とした活動だけだ。

「では、なんですか?」

「今の、というよりかねてから、現在進行形の問題というべきものですわ」

 アミルの言葉にますます混迷を深める面々。テオドールもアマンダと共に部屋を出されなかったことを幸いに耳を傾けていた。

「元はちょっとした違和感と疑問、ただの推測だった」


 感情をそぎ落とし、第三者の視点で論理的に見つめなおす。そうすることで生まれた違和感と疑問、そこから導き出された推測。

 けれど、それは捨て置くには余りにも恐ろしいものだった。だから、人界に戻るまでの間王都のギルドマスターであるエドガーやカミラの助力を得て情報を集めてもらっていた。

 もちろんその二人もパーティに参加している。その際に渡された資料に眼を通した時、怒りで目眩がしそうだった。

 これほど深く、それでいてこれほどまで数多く知らぬままに関わってきたのかと。因縁というにふさわしいほどの繋がりに言葉が出なかった。

 知らぬままに、ずっと戦い続けてきたのかと、実感すると同時に納得した。まさしく、宿敵と呼ぶにふさわしい相手であるのだと。全力を持って相手の計画を阻止し、叩きつぶさなければならない相手であるのだと。

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