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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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続く顔合わせ

 誰もが言葉をなくし、英雄の息子を、孤児達の英雄を見つめていたが、空気をぶち壊す音が聞こえてきた。ギュルルルル、というお腹の音が。

「あ、やべ。安心したら、腹減ってきた。ここんとこまともに食ってねぇし、あれから何日だ?」

 カイルは穴が開きそうなくらいの空腹を訴えてくるお腹を押さえて体を丸め、膝に頭をうずめながら何日食べていなかったのか考える。

「……俺達が捕まってから五日だ。カイルはここに来てから丸一日寝ていた」

「まじかぁ、なら固形物は駄目だな。たぶん、胃が受け付けねぇ。……スープかな」

 絶食後にいきなり固形物の重たいものを入れても胃が処理しきれず戻してしまう。まずは液体から慣らしていくべきだろう。ガッツリ食べたいところではあるが、ここは我慢が必要だ。


 目は大分慣れてきたので、膝に頭をうずめて少し暗くした場所で開けてみる。何度か瞬きを繰り返し、大丈夫そうだと確認できた。

「あっはっは。ちょっと待ってな、すぐ用意してやるよ」

 アリーシャはいつもの調子が戻ってきたカイルに嬉しいやらおかしいやらで、涙を浮かべつつ笑い声をあげ部屋を出ていく。そういえばここはどこなのだろう、と今更ながらカイルは考える。親方達と一緒に住んでいるバーナード武具店のカイルの部屋ではない。目を閉じていても声の響きなどから分かる部屋の広さや、なによりベッドの感触も寝具も違っている。

 それに、さっきカイルは誰と言い合いをしたのか。聞き覚えのない声だったし、口調は男勝りだが声は鈴の音のような女性のものだった。


 ぼんやりしていた頭が覚醒して、回転し始めると色々と気になることも出てきた。だが、まずはこの腹を収めないことにはどうにも格好がつかない。格好つけてあんなことを言った手前、この様はさすがに気恥ずかしい。カイルはさらに強く膝に顔をうずめる。だが、その時視界の端をよぎった髪を見て、思わず顔を上げた。

 急に顔を上げたカイルの顔を見て、というよりその眼を見て誰もが息を飲む。カイルも、顔見知りであるトマスやキリル、親方のグレン以外に五人の少年少女がいるのを見て取ったが、それよりも先に確かめることがあった。いつも左手の中指に付けていた、継続の効果を持つ母の形見を。そしていつも首からかけていたネックレスを。


 カイルが無意識にでもかけ続けていた偽装フェイクの効果が切れているのを、髪の色が元に戻っていることから気づき、もしかすると警備隊達にとられたのではと考えたのだ。そういえば剣はどうなっただろう。

 カイルは指輪とネックレスの所在を確認し、ちゃんと持っていることに安堵しつつ視線を巡らせる。すると枕元にあるチェストに立てかけてある、質素だがずっとカイルと共に在り守ってくれた剣を見つけた。どうやらカイルと共に取り返してくれたらしい。


「なるほど……たしかに、これは、確かめるまでもない、か」

 レイチェルは、トマスがカイルの素性に確信を持っていた理由に得心がいく。確かにこれはごまかしようもなく、そして間違いようもない。何より血の絆を証明するに足る証拠だった。

 カイルは見知らぬ少女達が驚いた様な顔でカイルの顔を、ひいてはその眼を覗き込んでくるのを見て内心でため息をつきながら問いかける。

「あー、えっと……、なんとなく、あんたらも俺を助けるのに一役買ってくれたってのは分かるんだけどさ。誰なのかきいてもいいか? そっちは俺のこと知ってるのかもしれないけど、俺は知らないから」

 まるで宝石のような、それでいて今まで一度だって世に現れたことのない珍しい紫の眼に見入っていたレイチェル達ははっとなって姿勢を正した。お互い今更かもしれないが、きちんと自己紹介位しておきたい。


「俺はカイル=ランバート。遅くなったけど、ありがとな。助かったよ、まじで、今度ばかりは本気でやばいと思ったから」

「あ、ああ。いや、当然ことをしたまでだ。うん、そ、その、……わ、わたしはレイチェル=キルディスだ。センスティ王国近衛騎士団所属の、じゅ、十七歳だ。ハーフエルフで、その……」

 レイチェルはなぜかテンパってしまい、訳の分からないことを口走る。

「そ、そっか。ハーフエルフね、初めて見たかも。十七っていうと俺の一個上か、それで近衛騎士団ねぇ。強いんだな、あんた」

「あ、ああ、わたしは強いぞ。魔力はないが、ハンターギルドでSSランク『白の舞姫』の二つ名を持っている」

「ふーん、SSランクかぁ。まだまだ遠そうだよなぁ」

 カイルはもうすぐBランクに上がれるかといったところ。Sランク以上は強さの桁が違うというし、道は長そうだ。


「……聞かないのか?」

「ん、何を?」

「わ、わたしはハーフエルフだぞ」

「ああ、そう聞いたな」

「魔力がないとも」

「ちゃんと調べたんならそうなんだろ」

 調べていないならともかく、調べたなら確実だろう。後天的に魔力に目覚めることはない。

「ハーフエルフなのになぜ魔力がないのか、聞かないのか?」

「? ハーフエルフなのに魔力がないとまずいことでもあるのか? 命に関わるとか」

「あ、いや、そういうわけではない。ただ、ほとんどいない」

 ただ、失望されるだけだ。


「魔力がなくても生きていけるんだろ? ほとんどいなくても、レイチェルみたいに強くなってSSランクにだってなれる。なら、何を聞くんだ? 数が少ないことが問題なら、俺なんてどうなる? これ、全く前例がないんだぜ?」

 カイルは眼の色がばれていることを前提に指差す。あれだけじっくりと見られたらごまかすこともできないし、この眼が意味するところも知られているだろう。全く前例のない、紫眼の巫女の力を持つ男であることが。


 レイチェルはずっと自分の中にしこりのように残っていた棘が抜けていくのを感じた。また、辛い言葉を投げかけられれば胸は痛むのだろう。どうしようもない無力感を感じることはあるのだろう。だが、自身を否定してしまうような、我を失ってしまうような痛みや怒りは感じなくなっていた。

「そうか……そう、なんだろうな。馬鹿なことを聞いてしまったな」

「そんなことないだろ。他の人から見たらちっぽけでもさ、本人にとっては大問題ってのはよくあることだ」

「わたしの悩みがちっぽけだというのか!」

「違ーえって。自分では案外自分のことは見えてないって意味だよ。それに、案外救いの手ってのは身近にあるもんだってな」

「なにを……」

「心配してるみたいだぞ。友達なんじゃないのか? そっちの、エルフ……いやハイエルフの子。子、でいいんだよな? エルフの年齢っていまいち分からないから」

「子で間違っておりませんわ。わたくしはアミル=トレンティン、エルフ王家に連なる末。お察しの通りハイエルフですわ。十八になり、修行の一環としてセンスティ王家に身を寄せておりましたの。レイチェルとは、ええ、お友達、ですわね」

 アミルは王家特有の余裕のある表情で紹介をしていたが、レイチェルとのくだりになると、少し頬を染めながら肯定する。レイチェルは隣に座っていたアミルに向き直る。アミルが来て以来世話役として共に過ごす時間も多かった。だが、身分が違いすぎるし、できそこないのハーフエルフである自分とは釣り合わないと考えていた。


 だから今回の旅にアミルがごり押しをしてついてきた時も、どうしてそんなことをしたのか深く考えることをしてこなかった。滅多に出られない外の空気を楽しむためなのかと思っていた。だが、ようやく気付いた。アミルがレイチェルのために、レイチェルと共にいるために権威や権力まで使ったことを。ずっと、レイチェルを見守り心配していてくれたことを。友達だと、思っていてくれたことを。

「そ、その、アミル。わたしは……」

「知っておりますわ。レイチェルが自身を卑下してわたくしに遠慮していたことは。ですが、わたくしは気にしておりませんわ。お友達になることに、魔力なんて関係ありませんもの」

「こだわっていたのはわたしの方か……すまない」

「そういう時は謝るんじゃなくて、よろしくって言うもんだぜ?」

「そうか。では、これからもよろしく、アミル」

「はい、こちらこそよろしくお願いしますわ」

 レイチェルとアミルは互いの手を取り合って微笑む。和やかな空気になったところで、耐え切れないというようにトーマが声を上げた。


「次、次は俺な。俺は……」

 トーマが身を乗り出したところで、部屋の扉がばたんと開かれる。

「出来たよ。もう昼になるからねぇ、みんな食事にしないかい? 話はあとだってできるだろ」

 アリーシャが色々と食事を乗せたカートを押しながら入ってきた。カイルが寝ていた部屋はかなり広く、元々会議室だった場所にベッドを運び込んだかのようだった。そのため大きなテーブルやたくさんの椅子も揃っており、カイルとトマスとキリル、親方夫妻とレイチェル達、十人が並んで食べてもまだ余裕があった。


 テーブルにおいしそうな食事が並ぶ中、カイルの前にはスープの皿一皿だけだ。

「あー、俺も食いたいなぁ」

 目の前にある食事によだれが出そうになりながらも、スープを口に運ぶ。視線を感じてそちらを向くとレイチェルがカイルの食事風景を見ていた。

「何だ? これはやらないぞ?」

「人の食事をとったりなどしない! それよりも、ちゃんとできるんだな、その」

「ああ、皿にかじりつくとでも思ってたか?」

 レイチェルは考えを言い当てられて恥じ入る。五歳の頃から路上生活をしていると聞いていたので、まともに食事の作法もできないのではないかと考えていた。だが、カイルはきちんとスプーンを使い、音を立てないようにスープを飲んでいる。背筋もピンとしていて、むしろ育ちがいいように見えた。


「こういうのは、ジェーンさんが厳しかったんだよ。ちゃんとできなきゃ俺が恥をかくことになるからって。ま、余裕がある時くらいはちゃんとしないとな」

「そうか、落ち着いて食事をできる環境ではないのだな」

「ま、な。普段は、ほれ、あんな感じ」

 カイルが視線で示す方を見る。すると、そこにはトーマがいた。パンとハムを両手でわしづかみにして、口いっぱいに食べ物を詰め込み頬袋をぱんぱんにしている。それでありながら、手元の皿の料理は誰にも渡すものかと威嚇している。

 レイチェルは幼馴染の醜態に頭痛を感じていた。あれがトーマらしいところではあるのだが、もう少し時と場所を考えてほしい。気心知れた間柄ならともかく、ギルドマスターであったり、ドワーフ夫妻であったり、なによりカイルだっているというのに。

「ん? ふぁんふぁいっふぁ?(なんか言った?)」

 トーマはカイル達の視線を受けて首を傾げている。プルプルと震えながら、レイチェルの方が羞恥に顔を赤く染めていた。




「じゃあ、改めて。俺はトーマ=グレヴィルだ」

 食事が終わり、カイル達はギルドの談話室に移っていた。先ほどカイルがいた部屋もギルドの一室でカイルの推測通り、会議室にベッドを持ち込んだらしい。

 カイルを庁舎から連れ帰ったはいいものの、衰弱も激しく疲労もたまっていた。バーナード武具店では看病に支障があったためギルドの一室を使うことになったのだ。ギルドなら医療設備や人員も揃っている。それに、ことが落ち着くまで守りやすいということもあった。


 警備隊庁舎はあの後大混乱に陥った。王国近衛騎士団であるレイチェルの訪問と叱責、さらには異例の救出劇に上へ下への騒ぎになった。その混乱に乗じて、騒ぎの原因になったカイルに再び手が伸びることを防ぐため、ギルドで保護する形になったのだ。

 着替えをしながら、そうした事情をトマスから聞いたカイルは、改めて大騒動になっていたことを知った。丸一日寝ていたとはいえ、まだ本調子ではないだろうカイルが起き上がって動き出すことに難色を示した面々だったが、カイルは笑って受け流した。この程度で寝込んでいたら、裏通りじゃ生きていけない、と言って。


 レイチェル達も、ほぼ確定事項だがカイルの素性を確かめたり、事情を説明したりしなければならなかったため談話室を使うことになった。座って話をするならこちらの方が環境がいいとトマスが手配してくれたのだ。そこで、みなが席に着きお茶が回ったところでトーマが立ち上がって自己紹介をしてくる。

 ゆったりとした五人掛けのソファの真ん中にカイルが、カイルの両側にはバーナード夫妻とキリルが座っている。正面にはテーブルをはさみ、レイチェルを真ん中に、向かって右がアミルとハンナ、左にトーマとダリルが座っている。トマスはテーブルの横、両サイドの間にある一人掛けのソファに座っていつもの笑みを浮かべている。


「トーマ……ね。その耳、狼か?」

「ああ! よく分かったな、時々犬なんて言うやつもいるが、俺はれっきとした狼だ」

 トーマは胸を張って宣言する。同じ獣人なら間違うやつはいないのだが、人から見れば狼も犬も変わらなく見えるらしい。その点、カイルは見る目があると認めていた。

「知り合いの主に狼がいるからな」

「主の知り合い? 狼ってこの近くじゃないよな?」

「いや、町の近くの森にいるけど?」

「げっ、じゃあ、俺は森に入れねぇな」

「なんでだ?」

「あー、獣のルールっつーか、獣人と主の決まり事っつーか。同じ種の主がいる場所には立ち入らない決まりなんだ。偶然ならともかく、知っていて入るのはテリトリーの乗っ取りを企んでるって思われるからな」

「へー、そういうもんか。会ってみても面白そうなのに」

「あー、前不用意に用を足してえらい目にあったからな」

「そりゃトーマの不注意だろ。テリトリーにマーキングされて怒らない主はいないぞ?」

「そうなんだよなぁ。散々追っかけられたよ、それ以来ちゃんと確認するようにしてる」


 初対面なのに盛り上がる二人に、レイチェルが咳払いをする。そういう話もいいのだが、まずは要件を済ませてからだ。トーマと入れ替わりにハンナが立ち上がる。

「わたし、ハンナ=テレサ=ルディアーノ。ドルイド、攻撃魔法専門、魔法ギルドランクはSS『緑魔』……カイルは、虫、好き?」

 ハンナは手短に紹介を済ませると、いきなり質問してくる。これはハンナと知り合った者すべてが聞かれることだ。レイチェル達も最初の顔合わせの時に聞かれた。レイチェルとアミルは否、トーマは同意、ダリルは可もなく不可もなくといった返答だった。果たしてカイルは、と、視線が集まる。


「虫? 虫かぁ、ま、毒がなくて食える奴ならそれなりに。結構腹の足しになるんだよな、味は、まあ、あれだけど」

 カイルの、予想の斜め上を行く回答に誰しもが目を丸くする。

「あれ? そういうことじゃねぇの? 見た目は気色悪いのも多いけど、あいつら結構ためになるんだぜ。薬になるのもいるし」

「た、食べ……食べるのか、その、虫を?」

「他に食うもんが何もなきゃ食うだろ、そりゃ。食わなきゃ生きてけねぇんだから。……死んだ人を食うより、マシだろ?」

「それはっ! まさか、カイルはその……」

「いーや、そっちの一線までは超えてねぇよ。見たことは……あるけどな」

 言いにくそうにするレイチェルに、カイルは苦笑しながら答える。人には超えてはならない一線というものがある。どれだけ追い詰められようと、それを越えてしまえば人ではなくなる。虫を食べることも一般の人の一線からは超えているのかもしれないが、人としての一線は超えていない。


 レイチェルは安堵するとともに、改めて壮絶な食事情に絶句する。そして、カイルが幼い頃から見てきた地獄の一端を知った。

「この答えは予想外。カイルは、すごい。わたしの想像を超えた」

 なぜかハンナはカイルの答えを聞いて喜んでいる。今までこの質問をされた人々は様々な反応を見せてきたし、答えを示してきた。だから、カイルの答えもその中に当てはまるのではないかと考えていた。しかし、返ってきた答えは完全に予想外。まさかそうくるか、というものだった。

「? なんか意味あんの、さっきの質問?」

「わたしの趣味」

「そ、そっか……」

 ハンナの言葉に、カイルは若干引き気味に相槌を打つ。どうやら変わり者らしいということはよく分かった。そして、最後の一人に目を向ける。


「……俺はダリル=アドヴァンだ」

 ダリルはぶっきらぼうというより、極力関わりを持ちたくないと言った様子で名前を告げる。いつになく冷淡な態度にレイチェル達も疑問符を浮かべていた。

「ダリル……か。なぁ、どっかで会ったことないか?」

 カイルはダリルを見た時から感じていたことを口に出す。しかし、ダリルは突き放すように答える。

「初対面だ。俺はお前なんて知らない」

「だよなぁ。でもどっかで……ああ、思い出した。父さんに似てるんだ」

 カイルの言葉にダリルは雷に打たれたように体を震わせた。

「君のお父さんに? しかし、彼とは……」

「ああ、父さんとは髪や目の色も違うし、顔も全然違うんだけど……なんていうか、纏う空気っていうか、気配とか、魔力の感じが、なんとなく」

 トマスの疑問に、カイルは頭をかきながら答える。カイル自身、ロイドの記憶はおぼろげで顔もペンダントがなければはっきりとは思い出せなかっただろう。だが、肌や感覚といった本能的な部分で覚えていた父とどこか重なるところがあったのだ。だからこそ、初めてダリルを見た時から、なぜか懐かしいような気がしていた。

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