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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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人身売買組織との関わり

アナザー→カイルサイド

 今となってはなぜあんな大それたことをしてしまったのかという後悔しかない。事情を聴くために別室に移動し、集まった面々を見て目眩がした。

 それまでの行動もあって、彼やその仲間達には疑いの目で見られたが、アマンダ自身血の気が引く思いがしていた。なんということをしてしまったのだろうかと。

 一時の感情で、素直に示せない感謝と自分でも気付けなかった屈折した思いのせいでとんでもない事態になってしまった。

 そのことをどうにかボレウスに説明しようとしたのだが、緊張のためかうまく言葉が出てこずに、逆にボレウスの態度を硬化させてしまった。

 そうではないのだと、声を大にして言いたかった。


 確かに、ボレウスに説明した時にはあの時の少年について、カイルについてあまりいい感情は抱いていなかった。

 そのせいで、あの少年に関するボレウスの認識はひどく悪いものになっている。それがカイルと結びつき、先ほどの件もあって敵意を抱いているようだった。

 違うのだ。ボレウスにそんなことをさせたくてやったわけではない。ただ、ただ自分達にこれ以上関わってほしくなかったから、失いたくなかったからやったのに。

 そのせいで本当に大切なものが失われてしまうかもしれない。その恐怖に震える体を抑えることができず、ますますボレウスの抱きしめる力が強くなるのを見ていることしかできなかった。


 そこにやってきたテオドールが発した言葉で、アマンダは衝撃を受けると同時に自覚した。自分自身の本当の思いというものに。

 他者の傷を抉り、貶めようとすることは自分自身の傷を晒し、自らも落ちていくことに他ならないのだと。ようやく、悟ったのだ。




「……テオドール君? 君は彼女のことを知っているのですか? 確か彼女はディズーリア家の遠縁の娘ということでしたが……」

「なるほど。貴族の妻におさまっているのはそういうわけか……」

 テオドールがアマンダを見る目はどこか厳しく、アマンダは身をすくめる。その眼は、アマンダの過去を知っているのだと告げていた。

 今まで隠し通してきた、これからも死ぬまで語ることはないと思っていた過去を、何もかも。それに、先ほどの様子を見るにカイルとも知り合いのようだった。

 ならば、これから始まるのはアマンダの行いを、過去を暴きたてる断罪なのだろうか。そんなことになれば自分だけではなくボレウスやディズーリア家にも禍根が及ぶ。それだけは避けなければならない。


「あのっ」

「なんだ?」

「あの……こ、今度のことは、わ、わたくしの、わたくしの独断です。彼、ボレウスもディズーリア家も関係ありません。わたくしが、愚かにも負の感情に囚われ、しでかしたことです」

「アマンダっ!? 何を言っているんだ。君は僕が守ると言っただろう? 心配しなくていいんだ、君は恐怖に囚われていただけなんだから……」

 テオドールもレイチェル達もアマンダの申し出が意外だったのか、目を見開いて夫婦のやり取りを見ている。アミルも首を傾げ、ハンナは眉間にしわを寄せていた。


 今の彼女からは最初に感じたような違和感や悪意が感じられない。終始おびえているのは確かだが、カイルが姿を消す前に見え隠れしていた悪意は消え去っているように思えた。

 アマンダの中であの短い時間の中でどんな感情の変化があったのか分からない。けれど、今の彼女なら話が通じるように思えた。

「なるほど……あなたとカイル君は何か個人的な関わりがあったと?」

 エグモントの言葉にアマンダは声を詰まらせる。あると言えばある、けれどないと言っても過言ではないつながりだ。そんなものでこんなことをしてしまったのだと分かってもらえるだろうか。

 こんな、あまりにも一方的な思いでしでかしてしまったことを許してもらえるのだろうか。そう思うと怖くて仕方ない。でも、逃げるわけにはいかないのだ。


「いえ、関わりといえるほどの交流はありませんでした。ただ、わたくしが……わたくしが一方的に知っていて、カイル様は覚えていないと思っておりました。そして、わたくしはカイル様には何の咎もない逆恨みを……」

「そんなことないっ! 彼によって君がどれだけ傷ついたかを思えば、逆恨みなんかじゃない」

「ボレウス、違うのよ。確かに、恨んでいると、憎らしく思っていると思っていたわ。でも、違ったの。わたくしの、わたくしの本当の気持ちは……」

 ディズーリア夫婦による第三者には理解のできない会話。だが、他者よりもアマンダに関する情報を持っていたテオドールはそれでおおよその事情を察した。

 テオドールは被害者達の捜索と救済だけではない、カイルが囚われていた間の出来事も誰よりも詳しく調べたのだから。


 最初は怒りにかられていたテオドールだったが、今のアマンダの様子を見て少し冷静になる。あのままアマンダの過去を暴き立てることはできる。だが、今の彼女を見ていれば、そうやって責め立てることをためらうくらいには改心しているように見えた。

 アマンダとボレウスの間で、しばらくささやき声での押し問答があったが、しぶしぶながらもボレウスが折れたようだった。アマンダは震えながらもテオドールを見上げる。

 それから部屋に集まった人々をぐるりと見まわした。

「……まことに、申し訳ありません。すべてわたくしの責任です。恨みの矛先を間違えてしまった、わたくしが……そのせいで、こんなことに……」

「確かに、君も被害者でもあるだろう。だが、それは彼も同じことだ」


「はい、分かっています。本当なら感謝しなければならなかったのに、わたくしは……」

 アマンダはそういうと、両手に顔をうずめて静かに泣き始めた。その様子を見て、テオドールは小さくため息をついてアマンダから視線を外す。

 自分で自分を咎めている者をこれ以上責めたところで何の意味もない。ならば、事情が分かっていないだろうこの部屋の者達に説明するほうがいい。

 夫と侍女に慰められるアマンダを尻目に、テオドールは断りを入れてから椅子に座る。腰を落ち着けてから話をしようということで、集まった者達もそれぞれに席に着いた。今この場にいないのはカイルだけだ。


「それで、結局どういうことなんだい?」

 何か深い理由があるのだろうと思うが、他者から見れば訳が分からない事態だ。トレバースは困ったような顔でテオドールを見る。

「俺が有名になった事件を覚えていますか?」

 テオドールは姿勢をただすとトレバースに問いかける。トレバースはテオドールが一躍有名になったある摘発作戦を思い浮かべた。同時に、その作戦で活躍したテオドールがカイルやアマンダを知っているという事実に顔色を変えた。

「まさか……、あの、組織に?」

 トレバースの言葉にテオドールは静かにうなずいた。


「瞬影のテオドールが名をはせたと言えば、五大国にまたがる巨大な人身売買組織を解体した事件ですね。その後も組織によって攫われた者達の追跡や救済に今も当たっていると……。あの、まさかとは思いますが、カイル君やディズーリア夫人が被害者というのは……」

 エグモントがトレバースに代わってテオドールが有名になった事件を上げたが、途中で声色が変わる。そして、信じられないという眼でアマンダやテオドールを見ていた。そして、今はいないカイルが座っていた場所を。

 テオドールは一度アマンダに視線を向ける。アマンダはその視線に一瞬尻込みするような様子を見せたが、すぐに何か決意したような眼で見てくる。どうやら腹をくくったらしい。

 そして、時を同じくして先ほど姿を消したカイルが戻ってきた。先ほどの様子と違い、表面上は元通りのように見えた。




 戻ってきたカイルは部屋の様子を一瞥して、それから何かに耳を傾けるような様子を見せ、テオドールに視線を向けた。

 言葉にならずとも、心配していることがうかがえるその視線に小さく笑ってうなずく。もう、大丈夫だと。きちんと心の整理はつけてきたという意味を込めて。

 強くなったつもりだった。実力だけではない、肉体的にも精神的にも、強くなったと思っていた。でも、不意に襲い掛かってきた過去の闇にぐらついてしまった。

 かつてのトラウマと同じだ。記憶をなくしたわけではなかったが、真正面から向き合い本当の意味で乗り越えられていなかったから。きちんと心の整理がつけられていなかったからそうなった。


 眼をそむけるべきではなかったのに、記憶があいまいなのを理由に置き去りにしてきた過去の傷だ。どれだけ鍛えても、隙をなくしたつもりでいても、自分が負った傷は自分では分からない部分がある。

 きっとアマンダもそうだったのだろうと思う。今の彼女の様子を見てみれば、おそらくあの時の彼女はかつての彼女と同じ。

 自分のものであって自分ではない何かの感情に囚われていた。あるいは本来の自分を見失ってしまっていた。そこを責めることはできない。カイルとて、テオドールと出会ったことで鮮明に蘇ってきた記憶に飲まれそうになったのだから。

 どれだけ強くなったつもりでも、人である以上どうしても脆い部分はある。すぐには治らない傷もある。でも、その傷をなかったことにはできないと分かっていたはずなのに。


 その傷があるからこそ、今の自分もあるのだと。きちんとその傷に向き合って治す努力をしなければならなかった。半端に記憶があったせいで、自分では乗り越えられた、整理がつけられたと思っていただけに衝撃は大きかった。

 自分はまだこんなにも弱いのだと、思い知らされた。人にしては規格外な力を得て、宿敵ともいえるデリウスの襲撃を最小限の被害で防げたことで過信していたのかも知れない。

 もう自分は誰かに守ってもらわなければならないほど弱くはないのだと。自分一人でも立てるのだと。これから先は誰かを守り、誰かの期待を背負って生きていくとができるのだと。

 そんな自分になれるまでに、どれだけの犠牲があったのか、どれだけの支えがあったのかも忘れて。だから、過去の傷と闇、かつて自分のせいで傷ついたのだろう人と再会したことで足元がぐらついてしまった。


 知っていたはずなのに。現実なんて、空に浮かぶ雲のように形も大きさも不確かで、目には見えていても触れることもそこに立つこともできないくらいあやふやなものだと。

 何かのきっかけで千々に乱れ、時に嵐をもたらしてしまう危険性をはらんでいるということに。

 そんな反省も自己嫌悪もしつくして、本当の意味で覚悟を決めて出てきたのだ。もうかつての忌まわしい過去を暴かれようと思いだそうと揺るぎはしない。たとえそれが全世界の人々に知られようと、人として間違ったことをしたつもりはない。

 元々カイルの名など最初から泥にまみれていた。流れ者の孤児ということで邪推もされているだろう。そこに真実という名の泥がついたところで何だと言うのか。あったことを否定することは、その過程で助けることができただろう人々のことも否定することだ。


 カイルはあの囚われの半年の間に起きたことで傷つき、苦しんだ記憶があろうとも、助けることができた人々からの感謝の言葉も忘れたことはない。

 カイルはもとの席に座ると、足元に寝そべるクロの頭を労いの意味も込めてなでる。

「ま、もう分かったと思うけど、俺はかつて裏社会の人身売買組織『ブリアント』に囚われてたことがある。十二の終わりから十三歳にかけて、半年ほど、だったけどな」

「な、んでまた……そんなことに」

 ブリアントは解体された現在でも人身売買組織としての悪名が高いが、ある意味では孤児や流れ者にとっては危険性の少ない組織でもあった。


 なぜなら、ブリアントがターゲットとするのは、主に表に住む女性達だったからだ。それも一般人だけではなく貴族や著名人といった、攫うにも売るにも難易度もリスクも高い者達を好んで狙っていた。

 その分、商品となった女性達の”品質”や”容姿”に対する信頼や保証は高く、通常では決して手に入れることのできない人間を買えるとあって裏での名声は高かった。

 いくらカイルが孤児にしては目立っていたとしても、容姿に優れていたとしても通常であればターゲットにされることはなかっただろう。それに年齢も年齢だ。

 ブリアントは十代後半~三十代前半までといった女性達を売り物にしており、十二歳の少年など眼もくれないはずだ。

「あー、町の外で狩りと採取をしてる時に、魔物に襲われそうになってる女の人を助けたんだ。でも、その人ブリアントに攫われた人で、移送中隙を見て逃げてきたらしいんだ」


 襲っていた魔物は、当時のカイルでもそう苦労なく倒せるくらいの相手だった。初級魔法下位の第ニ階級であっても魔法が使えたなら瞬殺できるだろう相手だ。

 しかし、その女性は手足に枷が付けられており、その枷によって一定以上の魔力の放出を制限されていたらしい。魔封じの腕輪のように全く使えないわけではないのだが、できて生活魔法程度の魔力しか一度に使用できなくするものらしい。

 犯罪者の移送にも使われているものらしく、魔法使い用の牢屋と同じように最低限の魔法しか使えないようにするものだ。だから、その女性も魔力はあっても攻撃魔法が使えず、枷のせいで動きが制限されあわやというところだった。

 長く走り続けてきたことで体力や気力もそがれていたのも原因だろう。


 とっさに助けに入ったカイルだったが、女性のその様子を見て、ひどく厄介なことに巻き込まれたことを悟った。そして、それを裏付けるように追いついてきたのがブリアントの手の者だった。

 抵抗や逃走は試みたのだが、商品の移送に携わる者の実力は高く、逃げた女性ともどもつかまってしまったのだ。

「目撃者は消せって方針だったみたいだけど、まぁ、俺にも商品価値があるってみなされたんだろうな」

 はじめはその容姿から女に間違われたのだと思う。連れ去られて後男だと分かっても、その場で殺されることなく、逃げた女性と一緒に馬車に乗せられ、十数名の女性達と共に移送されることになった。

 馬車の中で鎖につながれていた女性達がみんな死んだような眼をしていたのが印象的だった。みんな逃れられない運命に絶望し、迫りくる暗澹とした未来に打ちのめされていた。


 言い方は悪いのだが、馬鹿馬鹿しいと思った。ブリアントの組織の巨大さや、囚われた者達の救出率の低さを知らなかったこともあるが、この程度のことですべてを諦めてしまっているように見える彼女達が許せなかった。

 死んだわけでもない、完全に自由を奪われたわけでもない。それなのに、なぜ逃げることを最後まで抗うことを諦めるのかと。

 決死の思いで逃げた彼女がカイルを巻き添えにして再びつかまってしまったことも、彼女達の絶望を増長したのだろう。ぬぐい去れない罪悪感ももたらしたのかもしれない。

 でも、生きているなら、生きている限り人生を投げ出すことなど許されない。孤児として日々命がけで生きてきたからこそ、まだどうにかできる余地があるのに投げ出してしまっているような彼女達の目を覚まさせなければと思った。


「俺だけなら、いつでも逃げられたんだけどな……」

 枷や鎖を外す方法もあったし、闇夜に紛れ、姿を消して逃げることは可能だった。でも、巻き込まれたとはいってもこれから先悲惨な目にあうだろう彼女達を見捨てることはできなかった。

 また、たとえ彼女達を自由にできたとしても、慣れない町の外での逃避行に耐えられるとは思えない。だから、一計を案じた。

 自分達が連れて行かれるのだろう、組織のアジトがある町にたどりついた時、その時に逃げ出そうと。

 裏社会にある組織だが、町の外にあるアジトは少ない。それは防衛において町中以上に安全な場所はないということや、取引相手との連絡や取引自体がやりやすいため。必ずどこかの町に入るはずだと思ったから。


 その予想は当たり、南地区にある町の一つにたどり着いた。事前に打ち合わせと予行演習をひそかに行い、町中においてタイミングと場所を見図る。

 そして、馬車の故障という故意に起こした事故の混乱に乗じて逃げ出した。計画は驚くほどにうまくいった。その町にあるギルドのすぐ近くで車輪が壊れてバランスを崩し横転した馬車の中から、枷と鎖から解き放たれた女性達が飛び出す。

 大勢の人の眼がある中でギルドに駆け込み、安全を確保できた。ただ、いつだって不測の事態というのは起きるものだ。

 彼女達の逃走を確実なものにするため、見張りの意味を兼ねて荷台に乗っていた組織の一人を殺したカイルだったが、即死しなかった相手に足止めされ、逃げることができなかった。


 そして、逃走する残りの組織のメンバー達は緊急時におけるとっさの対応だったのだろう。仲間を殺し商品を逃がしたカイルを殺すのではなく連れ去った。

 人身売買組織のメンバーの意地というか染みついた癖だったのかもしれない。逃げる時であっても、できる限り商品の確保をするという行動は。

 そうしてカイルは、十三歳になる直前、巨大人身売買組織ブリアントの虜囚となったのだ。

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