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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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予期せぬ参入者

カイル→アナザーサイド

 眼を閉じて、少々ぐったりしたような様子でボレウスにもたれかかっていたアマンダだったが、視線を感じたのか恐る恐る眼を開けた。

 そして、集まっている面々に驚き、姿勢を正そうとして失敗して再びボレウスにもたれかかる。事情を知らないのであれば気の弱い、儚げな貴婦人として映るのだろう。

 だが、今一つ納得のいっていないカイルから見ればひどく作為的にも思える。あえて気が弱い貴婦人を装っているような、そんな不自然さを感じるのだ。


 それにレイチェルは気付かなかったようだが、アミルはわずかに眉をひそめ、ハンナの眼が鋭くなったのでカイルと同じような感覚を抱いたのかも知れない。

 レイチェルは騒ぎの相手が女性だと知ったところで、ひどく慌てていたので無理もない。今のところレイチェル以外に相手はいないし、仮に付き合うようなことになったとしてもレイチェルに相談した後にするつもりなので安心してほしいのだが、そう簡単ではないのだろう。

 カイルだって、レイチェルが誰かに言い寄られていたら冷静でいられるかは分からない。精霊の力を借りても相手の裏を徹底的に洗うくらいはするだろう。

 レイチェルはカイルの顔をうかがいながらも、アマンダにも視線を向け、それからカイルを心配そうな眼で見てくる。


 その心配がどこか嬉しいと思ってしまうのは不謹慎なのだろう。だが、正直嫉妬し、慌てながらでも心配してくれるその心情が温かい。そこに疑いの心が含まれていないからなおさら。

 レイチェルはカイルが裏切るなどと微塵も思っていない。ただ、カイルが善悪を問わず人を引き付けてしまうところを心配しているのだ。そして、自分にはない女性らしさを持つアマンダを見て少々複雑な気持ちになっているのだろう。

 それを安心させるように、すぐ近くにある手をそっと握り微笑んでみれば、レイチェルは顔を赤くしてうつむいてしまった。


「あー、仲がいいのも結構だし、よく分かるんだけど、それより事情をね?」

 そんな二人の様子に呆れつつもほほえましいものを見るかのような眼でトレバースが咳ばらいをして声をかけてくる。

 それに対して、カイルは困ったような顔をする。事情といわれても、カイルから話せることなどそう多くはない。というより、向こうがどうとらえているかが問題なのではないか。

「と、いってもなぁ。休憩がてら、中庭に出て、彼女と少し話をして……で、倒れそうになったから支えただけなんだが……」

 そう、まとめると一文で終わってしまうようなことしかなかった。本来こんな大ごとになるようなことなど何一つ起きていないのだ。だから、これで時間を取ってしまうことのほうが申し訳ないくらいなのに。


「と、いうことなんだけど」

「……ここに来るまでに集まった目撃情報も、それと大差はないな」

 トレバースが武王ギュンターを見ると、ギュンターもうなずきながら答える。問題は何が起きたかというよりは、彼女に何があったかということだろう。

 改めてアマンダに視線が集まり、彼女はどこかおびえたような顔を見せる。それに反応してかボレウスが彼女をかばうような姿勢になった。

 彼女を迎えに来た時から、今に至るまでの様子を見るに、ボレウスは心底アマンダに惚れているようだ。溺愛といってはばからないほどにアマンダを大切にしている様子が見られる。


 アマンダの言った言葉なら、それが真実でなかったとしても信じてしまうだろと思わせるほどに。だが、伯爵位にあるとはいえ、一貴族の発言とカイルの今現在の発言力でいえば後者のほうがはるかに勝るだろう。

 その上、目撃者の証言とカイルの話した証言が一致している。ボレウスが騒いだとしてもそこまで大きな問題になるとは思えない。

「ごめ、ごめんなさい。わたくしも、あんなふうに叫ぶつもりなどなかったのです。ただ、怖くて……」

 アマンダはボレウスに体を預けたまま、涙目で口元を押さえる。ボレウスはアマンダを安心させるように背中をさすっている。

 だが、その顔はカイルに向けられており、目線は鋭い。まるでお前のせいだと言わんばかりに睨みつけてくる。


 その様子に、皇王エグモントは眉を潜めていたが、側近から耳打ちされて納得したような顔をする。どうやら皇国内でもディズーリア伯夫婦の熱愛と溺愛は有名になっているようだ。

 結婚して一年半だが、それまで朴念仁とも思われていたボレウスが心底ほれ込み、入れ込んでいる女性であると。

 だが、それに反してアマンダの素性ははっきりしない部分も多いようだ。カイルも聞こえてきた側近の話と精霊達に集めてもらった噂話を統合させながらアマンダに視線を向ける。

 元が孤児であるというならば無理もない部分もあるが、それ以上に隠さなければならない事情でもあるのだろうか。

「ボレウスも、ごめんなさい。わたくしの、わたくしのせいであなたやあなたの家に何かあったら、わたくしは……」

「ああ、アマンダ。気にしなくてもいいんだ、君が僕のすべてなんだ。すまない、一人にしてしまった僕が悪いんだ」


 アマンダはボレウスにも謝るが、ボレウスは首を振ってアマンダを抱きしめる。人目をはばからないその態度からもアマンダに夢中であることがうかがえる。

「何か行き違いがあったのですか? ことがことだけに何事もなかったように済ませることはできませんが、何か事情があるのであれば今後の対処においても配慮できますが……」

 自国の貴族のことなので、エグモントが夫婦に近づいて声をかける。今現在、カイルに関係する不祥事などは国の命運にさえ関わる。

 なので、騒ぎを起こしてしまったことをなかったことにすることはできない。だが、その処分に関しては事情を聴いて考慮することができる。

 幸いというか、一番の被害者であろうカイルにはアマンダをとがめるつもりはないということは態度や言葉から示されている。できれば穏便に済ませたい。


「それは……」

 アマンダは言いよどむ。それから、ボレウスを見上げて、小さな、囁くような声で訴えかける。

「ボレウス、あなたはわたくしの、その……昔について話したことがあるでしょう? その時に、その時に出てきた男の子のことを覚えているかしら?」

 それはカイルやトーマのような獣人でなければ聞きとることはできなかっただろう。アマンダもボレウスだけに聞こえるように話している。

 ボレウスはその言葉を聞いて、驚くほどの反応を見せた。びくりと肩を震わせると、信じられないというような眼でカイルを見てくる。

 その眼には驚愕だけではない、隠しきれない嫌悪と憎悪に近い負の感情が浮かんでいた。

「まさか…………、そうなのか? アマンダ、彼が、あの?」


 ボレウスは口の中で小さくつぶやくと、アマンダのほうに向きなおって囁き返す。アマンダは小さくうなずいて、相変わらずおびえたような眼でカイルを見てくる。

「そうか……。皇王陛下、申し訳ありませんがアマンダの行いについて、ディズーリア家としては謝罪はできません」

 ボレウスは何かを決意したような顔をすると、エグモントに向きなおり、臣下の礼をしつつもはっきりと告げた。それは事実上の反目宣言に等しい。

 確たる理由も分からないままに、ともすれば剣聖の地位にあるカイルを貶めるような行いをしたにも関わらず謝罪はしないと明言したのだから。

 その行動にはさすがのエグモントも戸惑いを隠せないようで、側近と眼を合わせると改めてボレウスを見下ろした。それから、その腕の中にいるアマンダを。


「一体どういう……」

 しかし、はいそうですかと納得するわけにはいかない。国としての面子があるし、自国の貴族の暴走ともとれる行いを見過ごすわけにもいかない。

 もう少し事情を問いただそうとした時、ノックの音とともに一人の使用人が入ってくる。

「お取り込み中、失礼いたします。先ほどこのお話合いに参加されたいとおっしゃる方がいらっしゃいました。何人も通すなというお触れでしたが、無関係ではなく、また詳しい事情をお知りのようでしたので……」

「む? 当事者はそろっていると思うが……」

「はい、その当事者とのお知り合いの方で、何やら騒動の原因に関しても思い当たることがあるかもしれないと……」


 ギュンターが使用人に答えたが、使用人も少し困ったように答える。騒動の輪を広げるわけにはいかないが、解決の一助になるかもしれない人物を通さないというのもどうかということで、確認に来たようだった。

 ギュンターは部屋の中にいる面々を見回し、このままでは解決の糸口も見えないということで使用人が告げた人物の入室を許した。

 少なからず、その名が有名だったこともある。レイチェル達と同じSSSランクの実力者だったためだ。

「失礼いたします」

 入ってきたのはクラウスと同年代くらいに見える男性。王国の人間であることを思わせる茶髪に茶色い眼をしていたが、その眼光は鋭く、顔立ちも整っていた。

 まとう雰囲気も歴戦の戦士を思わせ、一目で強いということが理解できた。


 だが、カイルはそれ以上に衝撃を受けていた。声を聞いただけでは分からなかった。だが、頭を上げたその男性の顔を見た瞬間思い浮かぶ場面があった。

 できれば忘れたい、記憶の奥底に仕舞い込んだ一場面。その男性と初めて出会った時のおぼろげな記憶。だが、確かにカイルは彼を知っていた。

「……テオ?」

 カイルが知る彼は、かつてそう名乗った。だが、今日その本名を知った。テオドール=バーデン。『瞬影』の二つ名を持ち、人にしては珍しい影属性を自在に操り敵を瞬殺する。ゆえについた名なのだと、彼の周囲にいた精霊達が教えてくれる。


 カイルの小さな声に、テオドールはちらりと視線を向けたが、すぐにその視線はアマンダに向けられる。

「やはり、君は……」

 テオドールがどこか確信めいた声で呟く。アマンダのほうにはテオドールに見覚えがないのか、首を傾げて見上げていた。

 だが、カイルの中で急速に形になるものがあった。アマンダだけでは埋まらなかったピースが、テオドールが来たことで埋まり、記憶の扉が開かれる。

 鍛え上げることで上がったのは身体能力だけではない。情報の処理能力も格段に進歩していた。だからだろうか、普段は意識することも思い浮かぶこともない記憶が津波のように蘇り瞼の裏を駆け抜けていく。


 その中の一場面にあった。今のアマンダよりも幼く、けれど当時のカイルよりは年上であった彼女の姿が。カイルがそれをすぐに思い出せなかったのは、アマンダと直接言葉を交わしたことがなかったということ。

 それ以上に、その時期の記憶が強烈でありながらも曖昧であったからだ。テオドールというある意味キーマンともなる人物が現れなければ、思い出すのはもっと時間がかかっていただろう。

 あまりにも膨大な、それでいて忌々しいとも思える記憶の奔流にカイルは一瞬目の前が暗くなる。そのまま前のめりに倒れそうになった体を誰かの腕が支えてくれた。

「カイルっ!?」

「どっ、どうしたんだ?」

「何かの攻撃? いや、だが……」


 瞬きの間途切れていた意識が、レイチェルのひどく焦ったような声とトーマの戸惑いの声、そしてキリルの警戒するような声で戻ってくる。

 テオドールが入ってきたとほぼ同時に起きたカイルの変調に各国の代表者達も慌てていた。そんな中でボレウスとアマンダだけは変わらない態度でカイルを見ていた。そしてもう一人、テオドールも少し眉をしかめただけで慌てる様子は見せなかった。

「カイル? どうしたのだ? どこか調子が悪いのか?」

 レイチェルが心配したような声をかけてくるが、カイルは顔を上げることができなかった。意識が戻ってくると同時に襲いかかってきた強烈な吐き気と目眩に、口元を押さえて眼をギュッと閉じる。


 これが何なのかは分かる。かつて経験したことがあるから。トラウマになるような出来事がフラッシュバックした時に起きる変調。だが、すぐに抑えられそうにはなかった。

 だから、カイルは言葉に出さないままクロを呼び出す。

『カイル……構わぬ。落ち着くまで、我に任せておけばいい。話しにくいようであれば我が……』

<それは、俺からきちんと話す。だから、少しだけ待ってもらえるように伝えてほしい>

『……ふむ、相も変わらず頑固だな』

 辛い時くらい相棒にすべてを任せてしまってもいいのに、カイルにはそれができない。自分が負うべきだと考えたものは誰かに負わせたりしない。一緒に背負うことはできても、代わってあげることはできないのだ。

 それが歯がゆくも、どこか誇らしく思えて、クロは鼻を鳴らす。カイルはちらりとクロに視線を投げかけて、それから言葉を発することなく、自ら生み出した空間の中に姿を消した。




「カイル……クロは、何か知っているのか?」

『ふむ、我とカイルは修行の過程で互いの記憶の共有も行っておる。ゆえに、理由は分かっておる』

 レイチェルの言葉に、クロはゆったりと体を横たえながら答える。クロの姿を見たことがあっても、基本的にパーティの間はカイルの影の中にいた。なので初めて間近で見たアマンダやボレウスは少し固まっていた。

 危険性はないと言われていても、使い魔だと説明されていても、妖魔であるというだけで恐怖の対象になる。それが、今現在敵対しているに等しいカイルの使い魔であるならなおさら。

 ボレウスは前以上にギュッとアマンダを抱きしめて、クロから隠すように体の位置をずらす。クロはその様子を見て呆れたようなため息をつく。


 人の色恋になど興味はないが、それがカイルに関わることであるならば別だ。こんなくだらない茶番のような出来事で、少なからずカイルが傷ついただろうことに苛立ちを感じていた。

 だが、それをあの夫婦にぶつけるような真似はしない。何よりカイルが望まないだろうし、相手にするまでもないと判断した。その気になればいつでも狩れるのだから。

 今までのクロであれば、印をつけられる相手も用途もそう多くはなかった。だが、カイルや領域の王達と修行した結果、印の使い分けもできるようになったし、その相手も格段に増えた。

 結果として、クロが不快に思った人物にはいつでも始末できるような印がつけられている。これはカイルにも明かしていないことだが、うすうす感づいているようではあった。

 それを注意しないのは、注意してもクロが簡単に見逃すとは思えなかったことと、いざというときのために保険にもなると考えたから。今後の展開次第では敵になりかねない者達だったからだ。


『……そう心配せずとも、カイルは大丈夫だ。心と記憶の整理がつけば戻ってこよう。その時に聞けばいい。我からは何も言うつもりはないのでな』

 カイルが任せてくれるというのなら、クロから事情を説明してもよかった。本人の口から言うには余りにも酷な経験であろうし、その時に向けられるかも知れない眼や感情を思えばさせたくはなかった。

 だが、他ならないカイルがそうするというなら、クロはそれに従うつもりだった。間違っていることならば全力で止めるが、今回の件はそういうものではない。

 ならば、クロにできるのは隣にいてカイルを支えること。代わりに背負うことはできなくても、ともにそれを背負っていくことだけだ。

 クロの言葉からそれを察したレイチェル達はお互いに顔を見合わせる。


 カイルの過去に何があったのか、すべてを聞いたわけではない。話したくない、思い出したくもないようなことを無理に聞くというのはカイルを傷つけるだけだと思ったし、知らなくてもいいと思っていたから。

 そんなことを知らなくても、カイルはカイルだし、過去がどのようなものであれ、それもまた今のカイルを形作った一部分でしかない。

 だから、すべてを受け入れるつもりでいた。今のカイルを肯定するのと同じようにして、カイルの過去もありのままを受け入れようと。

 さっきの様子からみるに、アマンダもテオドールもカイルの過去の一部分に関わっているのだろう。それがどんなのもであれ、きちんと受け止め受け入れよう。

 レイチェル達は互いにそう確認しあって、改めてテオドールとその前にいるディズーリア夫婦に視線を向けた。

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