家族と迎える新年
前の年の終わりと新しい年の始まり。毎年迎えているはずなのに、今年はいつもと違っていた。というより、カイルの記憶の中にある新年のお祝いなどはるか遠い昔のことだ。
流れ者になってからはろくに祝ったことがないし、家族ができた時も、年の終わりと始まりを祝うことなく魔界に落ちた。だから、実質的にこれが新しい家族との初めての年越しと新年のお祝いになるのだろうか。
一の月一日、年末から続いていたパーティだが、基本的には夜だけ開かれている。昼中は何をしているかといえばそれぞれ自由に交流している。
カイルが剣聖であり、ロイドとカレナの息子だと知れた後はひっきりなしに訪れていた人々も、さすがに今日だけは遠慮してもらった。
そうして、落ち着いてからようやくグレンやアリーシャとゆっくり話す時間が取れたのだ。パーティには参加していたのだが、カイルを取り巻く人々が多くてろくに話もできなかった。
「また新しい年が始ったねぇ。新年おめでとう」
「おうっ、派手にぶちまけたなぁ」
カイルと家族のために用意された部屋でグレンやアリーシャと向かい合いながら朝食をとる。久方ぶりに食べたアリーシャのご飯はとても懐かしい味がした。
「ああ、新年おめでとう。ま、いつかは話さなきゃならないことだったからな」
本当ならカイルの存在が明らかになってからすぐ行うべきだったのだろう。あるいは、聖剣との契約が成立した時にでも。
だが、デリウスの存在とカイル自身の実力不足ゆえに今まで引き延ばされてきたのだ。そのおかげで、今では両親にも新たな剣聖としても恥ずかしくない実力を身につけることができた。
「ちょっと見ない間に立派になったねぇ。もうすぐ十八だったね」
「ああ、そうだな。十七の時にはクロしかいなかったから」
カイルは、背後に寝そべるクロの首元をなでる。魔界に落とされて、クリアと出会う前に十七になった。だから、カイルの誕生日を祝ってくれたのはクロだけだった。
カイルの誕生日を祝おうと張り切っていた者達には悪いことをしたと思う。カイルの我儘という名のお願いを叶えようとしてくれた人々を悲しませてしまうことになったのだから。
「ははっ、ガキっていうのはあっという間に大きくなっちまうもんだ」
実体験からか、あるいはカイルの様子を見てかグレンがうれしそうに杯に入った酒をあおる。
ドワーフは元々お祝い好きで、お酒は大の好物だ。だから、懐を気にすることなく好きなだけお酒が飲めるこのバーティは大歓迎らしい。カイルとしても招待してよかったと思える。
「まぁ、実時間はともかく、時間拡張空間の中では結構な年月過ごしてるしなぁ」
それができるのも、聖剣やクロと契約したことによる恩恵が大きい。いくらドワーフやエルフといった長命種であるといえども、あまりにも長い間時の流れが違う空間にいることは危険だ。
しかし、カイルにはそういった危険性が存在しない。不老であるがゆえに、肉体的にも精神的にも時間のずれによる負荷がかからないからだ。
「おうっ、お前の作品を見たがまぁまぁ見られるもんを作れるようになったみたいだしな」
「これでも相当時間かけて腕磨いたんだぜ? まぁ、師匠がよかったから基礎が固まってたおかげだけど」
どんな技術であろうと、基礎がしっかりしていないのではその先の壁にぶつかった時に乗り越えることができない。その点でカイルは幸運だった。世界最高の師匠達によって鍛えられていたのだから。
「おっ、おう。まぁな、俺やおやっさんが鍛えたんだ。半端なもの作ったりすりゃ、また一から修行だ」
グレンは照れているのか、頬を赤くする。ドワーフはどれだけ酒を飲んでも早々顔が赤くなったりはしないのですぐに分かる。
「本当にねぇ、あんたの服ドワーフにも人気があるんだよ。あたし達の体格に合わせた服っていうのはあまりないからねぇ」
そう、カイルが作った服は獣人達だけではなく、体格の異なる種族達にも人気になっていた。ドワーフは平均的に人族の子供くらいの身長しかない。それでいて、体格は大人と変わらないというようなちぐはぐな体型をしている。
そんな彼らの服は特注で作られるので、普通の人が着られる服よりも種類も数もぐっと少なくなるのだ。そこへ来て、着るものに合わせて大きさも長さも変わる服が出れば人気になるだろう。
それに、カイルが最近作る服には最適化だけではなく、少々の汚れなら寄せ付けない浄化の効果を持たせ摩耗にも強くしている。そのおかげか、汚れを嫌うエルフ達にも需要が増えたのだ。
「もとは孤児達のために作ったものでもあるからな」
子供の成長は早い。しかし、孤児達は自分の成長に合わせて服を買い替えるというような余裕はない。ならば、服のほうが体に合わせて大きさを変える機能を持っていればいい。
その上で少々のことでは汚れることなく、長い間使えるように洗濯しても使い続けても擦り切れにくくする必要があった。それがめぐりめぐって孤児達以外にも人気が出たのはおまけのようなものだ。
カイルはそうやって作った服を世界各地の孤児院に寄付している。長く着られる服があれば、それだけ子供にかかる費用の負担も減る。
食事だけは服のようにはいかないので、できるなら服にかけるお金を食費に回してほしいという願いもあった。食べることに苦労してきた孤児達だからこそ、これから先は飢餓に苦しむことなく過ごしてほしい。
「お前を引き取るって決めたあん時には、まさかこんなに早くこんなに大々的にやっちまえるとは思ってなかったな」
できてせいぜい国内ぐらいだろうと考えていた。それが、今は世界規模でカイルの夢がかないつつある。グレンは感慨深そうにカイルを見やる。
「まだまだ、問題は多そうだけどな」
カイルが保護して空間の中で過ごしていた子供達も徐々に自国へと戻している最中だ。しかし、その子供達は保護されたばかりの孤児達とは違う。
カイルが作りだした影人形によって教育を受け、すぐに社会進出してもおかしくないくらいの教養と自覚は持っている。これから先、保護され更生していく子供達の規範となってくれるだろう。
子供達もカイル自身も別れがたいものがあったが、これから先厳しい戦いの中に身を置くことになるだろうカイルとともにいることは大きな危険を伴う。
それに、彼らになら任せられると思ったから送り出した。彼らも、別れを惜しみつつもその眼にも表情にも決意の色が見られた。きっと強く生きてくれることだろう。
だから、カイルにできるのはそんな彼らがこれから先を生きる未来を守ること。人界を、レスティアをデリウスとその背後にいる黒幕の魔の手から守ることだ。
「それにしても、クロも大きくなったね」
アリーシャはカイルの背後に寝そべるクロに眼をやる。今のクロは立ち上がれば二mを超え、頭からしっぽまでは四mほどある。
魔獣としても成獣くらいの大きさはあるが、これが今のクロのもっとも落ち着く大きさなのだという。
なんでも、本来の大きさを維持するには魔界のように瘴気に満ち溢れた地でなくては難しいらしく、けれどあまり小さいとその身に宿る力を抑え込むのに苦労するのだとか。
カイルと旅をして、修行を重ねることで以前よりも強くなったクロは前と同じ姿では過ごしにくくなったということだ。
『カイルが成長しておるのだ。我もそれにふさわしい存在でなければならぬ』
「相変わらずだねぇ。ところで、クロの頭の上にいるのは?」
アリーシャは変わらないクロの言葉に笑いを上げ、それからクロの頭の上に乗っている見慣れない姿に眼をやった。
「ああ、俺のもう一人の相棒、使い魔だよ。クリアっていうんだ」
カイルはクロの頭の上にいる体長三十センチほどの白い猫の姿をしたクリアを紹介する。彼らの前に姿を現すのは初めてだ。
クリア自身が恥ずかしがっていたのもあるが、それ以上に大切な役目を任せていた。それは今も変わらない。本当なら存在さえ隠しておいたほうがいいのだが、家族にだけは顔見せをしておきたかった。
「クリア? ……種族は猫、かい?」
アリーシャは首をかしげる。見かけは確かに猫にしか見えない。体長も平均的だし、どこにもおかしな部分はない。ただ、普通の猫よりもどこか透明感のある毛並みと、金色に光る眼が特徴的だった。
「あー、今は猫の姿がお気に入りらしい。割と自由に姿を変えられるんだ」
カイルの言葉にグレンとアリーシャはますます頭をひねる。自由に姿を変えられるような存在など早々いない。それも見かけだけではなく、肉体そのものを変質させられるものなど。
『あのねー、ぼく、クリアっていうの。カイルの家族なら、ぼくの家族でもあるんだよねー?』
そして、ただの猫ではないと確信させるクリアの言葉に、二人は飛び上るほど驚いて、それからカイルを見る。言いたいことも聞きたいことも何となく分かったカイルは先回りして答える。
「クリアとは魔界で出会ったんだ。元は魔物だったんだけど、俺達と一緒にいることで進化して、今では中位の妖魔くらいの力をつけたんだ」
『すごいでしょー、ぼく、魔物の中でも一番弱かったんだよー。でも、主様とクロ様と一緒にいたいから、頑張ったんだー』
そう、成長具合で言うならクリアが一番成長している。もとは最弱のスライムだったのに、今ではエンペラースライムというスライムの最上位種にまで進化している。その先があるかどうかは、今まで進化した存在がいないのでわからないが、もしかするとクリアがその最初の例になるかもしれない。
「クリアは妖魔だけど、まだ幼いんだ。生まれて一年くらいかな。だから、子供にするように接してほしい」
いくら魔物の成長が人とは異なるといっても、その精神まではそう変わらない。もともとは自我があるかどうかさえ定かではないスライムなのだ。
子供と同等の自我と意思と知能が芽生えただけでも異例といえるのだから。
そんなカイルの言葉に、グレンとアリーシャは顔を見合わせ、それから笑顔を浮かべてクリアに向き合う。
「そうかい、これからよろしくね、クリア」
「おうっ、よろしくな」
『うんっ、ぼくも、ぼくもよろしくー』
クリアの楽しそうな様子が言葉だけではなく、パスを通じて伝わってくる。
<カイル、今のところデリウスの動きはない。だが、このパーティで仕掛けてくる可能性は捨てきれぬ。我はそのつもりで動いていたので構わぬのだな?>
<ああ、頼む。俺は人の相手をするので手も予定もふさがるだろうからな。いざというときはクロとレイチェル達が頼りだ>
クリアとグレン達との交流を見ながら、クロがそっと念話してくる。カイルもそれに答えながら、無事に終わった三日間と、これからの三日間を思う。
今のところ平穏を保っている。だが、カイルが剣聖として立ったことやロイドとカレナの息子であることはデリウスにも知れただろう。
ただでさえ、カイルの用いた盟約魔法と襲撃が失敗したことで激怒しているだろうに。よもやそれが剣聖となり、そのうえ憎き宿敵の子供だと知れれば。何もしてこないほうが不自然だ。
<ただ、どんな手段を用いてくるか分からない。その点だけは注意が必要だろうな>
自分自身では手を下さず、周囲の者達を使って、あるいはもとは善性であった者達を闇に染めて悪意と絶望をばらまくような相手だ。油断はできない。
<そうだな。我ら魔の者になく、人にある強さの一つ、か>
例えそれが悪であろうと、強さには変わりない。デリウスは間違いなく強敵なのだ。だから、リラックスしながらも警戒は緩めない。意識のどこかを何が起きても対応できるように備えておく必要がある。
<できれば、新年くらいゆっくり祝いたいところなんだがな。向こうにその気があるかどうか>
年末はあわただしいものだが、新年は落ち着いて迎えたいと思う。特に、今年は初めて新しい家族と祝うことができたのだから。
<ふむ、それを守るのもまた剣聖としての役目であろう>
<だな。この光景を守り、来年以降もまた同じように過ごせるように、気合い入れないとな>
猫の姿で子供の精神であるクリアと長く生き子供も持つグレン達の交流は見ているだけでも心が温かくなる。ならば、カイルがやるべきことはこれを守ることだろう。
まだ成人していなくても、カイルは剣聖として立ったのだから。ささやかでも何にも代えがたい笑顔と時間を守ることこそが役目なのだろう。
そう決意を新たにして、新年の朝は穏やかに流れて行った。




