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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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新たなる剣聖のお披露目

 世界各国、千人を超える人々が集まる大ホールは小さなざわめきに包まれている。パーティに参加する人々のほとんどはホールに集まっており、今は各国の王族が紹介をされているところだ。

 ホールの舞台の上に、次々と姿を現す王族の姿にあちこちで感嘆の声が上がる。自国の王族ならまだしも、他国の王族を目にする機会は少ないし、成人前ならなおさらその姿を見ることなどない。

 しかし、今は成人、未成年関係なく参加している。それだけで、今回のお披露目パーティは何か特別なことがあるのではないかという期待も膨らんでいるのだ。

 まあ、その主役である存在が、パーティの前に色々話題になっているので、そのためだろうと思っている者も少なくはない。


 なにせ、たった一人で三つの盟約魔法を駆使して、武国のデリウス襲撃を最小限の被害で防いだばかりか、圧倒的な実力を見せて剣術大会で優勝したのだ。しかも、流れ者の孤児という背景を持ちながら。話題には事欠かない。

『では、お披露目の主役達を紹介していきたいと思います』

 司会者が剣術大会本選参加者達の名前を挙げていきながら紹介していく。この時の順番は一応実力順ということになっている。

 なので、大会後からパーティまでの間にカイル以外の者達も順位を決めるための試合を行っていた。ブルーノは一回戦敗退者の中でもトップで、五位として紹介された。コレールは三位だ。何気にカイルの対戦相手は優勝候補ばかりだったようだ。


 そして、準優勝としてシモンが紹介される。シモンはあれ以来、驚くほど態度が変わったのだという。相変わらず素直ではないが、感謝の言葉や意思をきちんと示すようになったのだとか。

 まあ、人の好意を信じられずにひねくれていただけなので、少し心を開けば思っていた以上に人々の善意に包まれていたことを自覚できたのだろう。

 相変わらず、カイルとは顔を合わせば戦えと言ってくるが、それもいい練習になるので付き合っている。ついでに、我流であったシモンに龍の力の使い方を教えているくらいだ。そのおかげか、大会の時よりも確実に実力をつけている。

 デリウスとの戦闘においても、心強い味方になってくれるだろうことは確かだった。そして、ついにカイルの番になる。


『それでは、初出場ながら本選に残り、あまたの強者達の頂点に立った、新たなる剣聖筆頭をご紹介しましょう。最年少記録に並び十七歳で大会優勝を果たした、カイル=ランバート様です』


 カイルは司会者の声に合わせて一歩前に出る。カイル自身の容姿が整っていることもあるが、武国の服を見事に着こなしていることにも感嘆の声が上がる。

 カイルを初めて見る者も多く、その者達は半ば呆けたような顔をしている。中には本当にあの体格で優勝できたのかと疑う者もいるようだ。

 通常のお披露目であれば、ここから主催国の王が乾杯の音頭を取ってパーティになるのだが、今回は少々事情が違う。武国の王、ギュンターは前に出ると重々しい声で宣言した。ある意味、歴史に残る宣言を。

『年末年始の忙しい中、各国より集まっていただき感謝する。パーティの開催を告げたいところだが、その前に宣言しておかなければならないことがある。年末に行われる剣術大会は、来年の剣聖筆頭をきめるためのものだが、それに伴って大きな意味を持つことは周知の事実だろう』


 パーティが始まるだろうということで、各々飲み物を持っていた手がギュンターの言葉でわずかに下がる。そして、勘のいいものであればギュンターの言葉が意図するところに気付いていた。

 わざわざこの場で、パーティが始まる前に宣言しなければならないこと。それが剣聖筆頭と剣術大会の真意に結びつくことと言えば一つしかない。ゆえに、その顔を期待に輝かせるものもいた。

『ここまで言えば、分かる者もいるだろう。そうだ。今回、本選に残った者達の中から……聖剣に選ばれた者が現れた!』

 ギュンターの言葉とともに、会場内は一瞬静寂に包まれ、その後爆発したかのような喧騒に包まれる。こういった貴族達が多く集まる場においては珍しいことだった。

 自らの弱みや心の動きなどを悟られないように作った笑みと本心を見せない言葉を交わしあう中で、誰もが等しく驚きの声をあげたのだ。


『先の剣聖が没して間もなく十四年になろうとしている。そして、デリウスの暗躍が危ぶまれる中、待ち望まれていた剣聖がついに現れたのだ』

 轟々としていた喧騒も、新たに発せられたギュンターの言葉で静まっていく。そして、皆が固唾を飲んでその先の言葉を待っていた。

『聖剣に選ばれ、新たなる剣聖となった者を紹介しよう。奇しくも、初参加にして初優勝、剣聖筆頭となったカイル=ランバートだ』

 ギュンターが告げた名前に、先ほど剣聖が誕生したと宣言した時と同じように会場内は静まり返り、けれど歓声は上がらなかった。誰もが愕然とした表情で、信じられないとばかりにカイルを凝視している。

 特に、カイルを蔑み馬鹿にしていた者達は飲み物をこぼすばかりか、器を落としてしまう者もいた。顔色を真っ青にして、体を震わせている。


 報復を恐れたのだろうか、それともこれから先の自分の立ち位置を考えてそうなったのだろうか。カイルは一歩前に出たまま、そう思いつつも続くギュンターの言葉を聞く。

『そして、聖剣に選ばれたのちカイルについて調査をして、明らかになった事実がある。カイル=ランバートの公式、あるいは正式名称はカイル=アンデルセン。先の剣聖ロイド=アンデルセンと癒しの巫女カレナ=レイナードの間に生まれ、死んだと思われていた息子であることが判明した』

 ギュンターの言葉に、あちこちでうめくような、あるいは思わずもれたというような声が上がる。そして、ギュンターの近くにいた貴族の一人が、つぶやくように言葉を漏らす。

「そんな……では、生きていたのか? あの容姿は、偽りではなく……」

 それは質問しているというよりは、心の中に浮かんだ疑問が思わずもれてしまったのだろう。しかし、それが聞こえていたギュンターは全員に聞こえるように答える。


『剣聖の偽息子騒動の折、問題となった村がカイルを守るために死を偽装し、ひそかに村を出していた。だが、大戦の混乱により孤児であり流れ者になったカイルが過酷な幼少期を送ったことは事実だ。視察をしていた姫騎士レイチェルにより、その後の村の不正と真実が暴かれ、カイル自身は一年半ほど前に王国にて保護されていた。しかし、デリウスの暗躍もあり身の安全のため事実とは異なる発表がなされたことに関しては王国に代わり詫びを入れよう』

 あたかも五大国の上層部はあらかじめカイルの存在を知っていたかのように告げるギュンター。その上で村のことに関しても、レイチェル達の視察に関しても事実をだいぶ歪めている。

 そうすることが王国の名誉を守るためでもあると言われたら反対はできなかったが、その時のトレバースの顔は見事に歪んでいた。自身の過失を大々的に発表する気だったのだから無理もないだろう。

 しかし、エグモントによって止められた。五大国の一角である王国の威信を守るため、何よりも下手に王国とカイルとの確執にもなりかねない事実を発表するのはお互いに好ましくないと。


 現在、カイルと王国との不仲を疑う者はいない。ギュンターの発表を聞けばなおさら王国はできる限りカイルを守ったととられるだろう。カイルと王族達との関係に関しても良好であると映っている。

 それが、まさか十二年にわたって安否どころか行方さえも定かではなく、見守ることさえしてこなかったのだと知られてしまえば王国の信用は地に落ちるだろう。

『見ての通り、カイルはロイドの銀髪と龍の血を受け継ぎ、カレナと同じ眼と精霊王の宝玉を受け継いでいる。人界以外の領域の王達との交友もあり、デリウスとの戦いにおいても他領域の協力を取り付けているという。個人の戦力においても……我が国が誇るZランク保持者、『天衣無縫』のレオンを下すほどの実力をも有している。ゆえに、五大国はカイルを新たなる剣聖として掲げることに異議はない』


 希有であり、また偽装ではないかとも思われていたカイルの容姿。それがまぎれもない本物なのだと宣言され誰もが言葉が出ない。何より衝撃なのは世界的にも有名だった英雄と巫女の息子が生きていたということ。

 その息子が大戦の影響とはいえ最底辺の生活を送っていたということ。さらには両親の力をそのまま受け継ぎ、新たなる剣聖となったということだ。

 カイルはギュンターからの目配せを受けて、舞台の上で一歩前に出たまま口を開く。

「正直、俺自身両親に関して覚えていることは少ない。けれど、二人が何をしてどれだけの人々を助けたのかということは知っている。だから、俺は父さんのように世界を脅かす脅威を打ち砕き、母さんのように多くの人を救えるようになりたいという気持ちはある。けど、今まで俺が受けてきた仕打ちやさらされてきた境遇に関して許容する気はない」


 カイルの言葉に、おびえたような表情を浮かべる者や睨みつけてくる者達もいる。何をする気なのかと、あるいは何を求める気なのかと戦々恐々しているのだろう。

「これまでの孤児や流れ者達の行く末や現実はもうみんな知っていると思う。俺が新しい家族に引き取られ、ギルドに登録して最初に抱いた夢は、同じ境遇にある者達を人として生きていけるようにしようってことだった。強くなって理不尽な暴力と死から守れるように、偉くなって上の人に言葉を届けて根本から変えられるように。その気持ちは今も変わらない。俺が剣聖になってもやりたい事ややらなければならないことは以前と変わらない」

 変わらない。ただできることややらなければならないことがそれまでよりも増えただけ。目標も夢も変わってなどいない。

「直接的な報復はしない。ドブネズミのように生きてきた俺を蔑むでも見下すでも好きにすればいい。ただし、俺が守るべきと定めた者達への手出しは許さない。俺は父さんほど寛容でも、母さんほど慈悲深くもない。敵となったものは容赦なく、徹底的に叩きつぶす。それだけは知っておいてくれ」


 それは忠告という名の脅迫。カイル自身に対する侮辱や蔑視に関しては許しても、カイルが守ると定めた者達に対しては傷つけることは許さないという。

 人界において英雄とされる剣聖の不興を買うばかりではなく、敵に回すということがどういうことなのか。わからないものはこの場にはいないだろう。

 何よりギュンターによって告げられている。カイルは個人の強さであっても、それまで世界最強とうたわれていたレオンを上回るのだと。人界の五大国の王達だけではない、レスティアの五領域の王達とも親交があるのだと。

 そんなカイルを敵に回すということは、ある意味世界を敵に回すことに等しい。流れ者で孤児上がりの少々腕が立つ剣聖筆頭ではないのだ。


 かつての英雄と聖女ともうたわれた者達の一粒種であり、現在の剣聖。それに文句をつけられるものがどれだけいるだろうか。

 カイルはそれまで袖の中に入れていた手を出す。普段は手袋で隠されている右手の甲に輝くのは聖剣と契約したことを証明する紋章。

 それまで見たこともないほど華美で勇壮な紋章に眼を奪われ、同時に光とともに出現した聖剣の美しさと威圧感に飲まれ瞬きを忘れる人々。

 カイルはそんな人々を見ながら、おもむろに聖剣を引き抜いた。それは紛れもない新たなる剣聖の誕生をホールに集まった人々すべてに実感させた。

『カイルは歴史上初の聖剣そのものとの契約に成功し、聖剣の持つ力をすべて使うことが可能だということが分かった。これから先の修練次第になるだろうが、間違いなく史上最強の剣聖となるだろう』


 ギュンターの宣言は人々の心に恐れと同時に希望をももたらした。特にカイルに対して反発心のなかった者達は、すでに英雄を見るかのような眼でカイルを見ている。

 いまだ剣聖としての実績があるわけではない。しかし、カイル個人としてはすでに十二分すぎるほどの戦果と変革をもたらしている。

 王国に続き、武国におけるデリウスの鎮圧に活躍し、武国においてはその被害は微少。さらにはデリウスの戦力をそぎ活動を阻害する盟約魔法の行使と真実の公表。それに伴う孤児と流れ者の保護と更生を成し遂げているのだから。

 それに、一度でもカイルと会話したことがあるものなら分かる。カイルが過去の遺恨によってその剣をふるうことはないだろうことが。そして、敵対しない限りは脅威にならないということが。


 そういった人々の歓喜が少しずつ会場に広がっていく。そしてあちこちで喜びの声が上がり、会場はまた喧騒に包まれた。しかし、先ほどとは違い、その反応は二つに分かれている。

 喜びと感動に頬を染めて歓声を上げる者と、恐怖と屈辱に顔色をなくし言葉なくうつむく者達とで。そんな中、カイルはふと昼食会でカイルに飲み物をかけようとした者達が、真っ青になって震え床に崩れ落ちるのが視界の端に見えて苦笑する。

 それから、静かに聖剣を鞘におさめると元のように体の中に戻す。さすがにこの場においては聖剣も無駄に威圧をかけたりおしぇべりを披露することはなかったようだ。というより、むしろ感動に打ち震え言葉が出なかったようなのだ。

 ようやく日の目を見たことが相当うれしいらしい。もともと剣聖が誕生すると上に下にとちやほやされるのだから、一年半以上も存在を隠されてきた身としては感慨深いものがあるのだろう。


「……もう、引き返せねぇぞ」

「分かっているさ。引き返すつもりもやり直すつもりもない。行けるところまで行くだけだ」

 真っ二つに分かれた会場の様子を見ながら、近くにいたブルーノがそっと声をかけてくる。カイルはそれに答えながら、顔を引き締めた。

 そう、もうここまで来たならば最後までやり通すしかないのだ。ようやくここまで来た。けれど、ここからが本番なのだから。カイルの夢をかなえるため、そしてそれを脅かすデリウスとの戦いは始まったばかりなのだから。

「あーあ、大変なことになったよなぁ。カイルと本選で当たったことは幸運だったのやら、不運だったのやら」


 コレールは半ば投げやりな口調で小さなため息をつく。デリウスが動き始めた以上、そして剣聖が誕生した以上、これから先の人界は騒がしくなる。

 そんな中、カイルとの出会いは否応なしにその騒動に巻き込まれるだろうことを意味していた。しかし、そうであってもどこか喜んでいる自分がいることにコレールは内心で苦笑する。

 どうにも英雄と呼ばれる者達は自分勝手に道を突き進み、関わった者達に良いにつけ悪しきにつけ大きな影響を及ぼし、否応なしに巻き込んでいくものらしい。それを憎むこともできず、訳が分からないままについていくしかない。

 しかし、決して退屈はしないだろう。そして、今まで見ることができなかったものを見られるだろう。そんな予感にコレールは高鳴る胸を隠すように笑った。

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