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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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お披露目前の会談 中編

 真実や事実を知り、それでもなお反発をするのであれば、それは個人的な事情が絡んでくるだろう。例えば孤児や流れ者のせいで不利益を被ったり、大切な人を失ったりしたのだとすれば。

 まあ、それもカイルに言わせてみればその当人を恨むのはともかく、孤児や流れ者全体を恨むのはお門違いもいいところだ。そんなことを言ってしまえば、誰か一人の罪を同じ境遇にある全員がかぶらなければならないということになってしまうのだから。

 また、カイルがレイチェル達と出会った町の警備隊のように選民意識に凝り固まったような者達は、今まで人として見てこなかった者達が自分達と同じ人として扱われることをすぐに認めることはできないだろう。

 そんなことをしてしまえば、自分自身が今まで行ってきたことが重い罪になってもおかしくはないのだから。自分自身を守るためにも受け入れるわけにはいかない。


 そして、孤児達を食い物にし、流れ者達を利用して甘い汁をすすってきた者達は進退窮まることになるだろう。これ以上の横暴は精霊達も許さないだろうし、これまでやってきたことがなかったことになるわけではないのだから。

 よほど悪質である場合はすでに印がつけられているのでこのパーティに参加することは出来ない。だが、今後の動き如何によってはどうなるか分からないと言ったところだ。

「それならいいけど、大精霊様方は?」

「ん、基本的には何もしないと思うけど。よっぽど質悪いのは排除済みだし、元々精霊は荒事を好まないから」

 悪事を止める場合でも極力怪我はさせないようにしているのだ。カイルの立場も考えて静観するのではないかと思われる。カイルが直接的に害されない限りは何もしないだろう。


「そうか……。それにしても、君に出会った頃にはまさか一年半でここまで来れるとは思ってなかったよ」

「あー、俺もだな。もうちょっと時間がかかると思ってた」

 苦笑いをするトレバースにカイルも同意する。もっと時間を掛けなければ変わらないだろうと、伝わらないだろうと考えていた。

 しかし、ある意味デリウスのおかげというのか予想以上に速い展開でことが進んでいる。だからこそ起こる軋轢もあるだろうが、少しでも早く一人でも多く助けられるのなら、それくらい喜んで引き受けよう。

「王国は今では孤児の保護と更生法における第一人者として各国から模範とする動きも出ております。間接的にではありますが、わたしの夢も実現する形になりましたね」


 テッドは感慨深そうに手を組みながら眼を閉じる。見かけとは裏腹な熱い思いを抱いて国の中枢に乗り込んだ。何年かけてでも内側から、トップから国の在り方を、復興の過程で見捨てられた者達を救い上げようと考えていた。

 だが、思っていた以上に国の運営というものは簡単ではなかった。日々の業務に追われ、いつしか救いたいと思っていた者達に眼を向けることが出来なくなっていた。

 諦めるつもりはなかったし、私財をつぎ込んでもできることをやっていこうとしていた。だが、それを国王に進言できなかったのは自身の弱さゆえか、それとも元来生真面目な国王を苦しませたくないという思いだったからか。

 それが、結果的には余計に苦しませる結果となってしまった。本当にカイルと出会わなければ取り返しのつかない間違いに気付くこともできなかったかもしれない。それを思えば、今更ながらあの数奇な出会いに感謝をしたかった。


「ん、でも、俺達だけじゃどうにもならないことは多いからさ。テッドさん達もちゃんと見ててやってくれよな」

「ええ、もちろんです。それに、わたしは戦場に出て戦うことは出来ませんが、戦う方達を支えることはできますから。及ばずながらデリウスとの戦いにおいても協力させていただきたいと思っております」

 そう、デリウスとの本格戦闘はいつ始まるかもわからず、避けられないことでもあるだろう。今はまだ向こうの方が混乱しているだろうが、必ず何か仕掛けてくるはずだ。

 その時に必要となるのは戦場に出る戦力だけではない。後方支援がなければ戦闘を継続することもできなければ補給もできない。そうした時にテッドのような優秀な宰相がいることは心強い。


「都市一つの奪還、ですか……。厳しいですね」

 クリストフも年齢に見合わない難しい顔をして考え込んでいる。都市一つが丸ごと人質に取られている現状、先制攻撃は出来ない。かといってそのままにもしておけないだろう。

 監視はもちろんのことながら、潜入や情報収集も必須となる。しかし、それを見逃す彼らでもないだろう。人選にも気を付けなければならないし、犠牲も覚悟しなければならない。

「手がないでもないけどな……」

「えっ! そ、それはっ?」

 クリストフが意気込んで身を乗り出してくる。その勢いに若干引きながら、カイルは苦笑しながら答える。この後の反応が分かり切っているからだ。

「俺の身柄と引き換えに都市を放棄させる」


「なっ! それはっ!」

「何を言っているのですかっ、カイル様っ!」

「駄目に決まってるでしょ、馬鹿じゃないのっ!」

 クリストフが絶句し、ビアンカが顔を青ざめさせて慌て、エルネストが怒りに顔を染めて即座に却下する。そう、仲間達も同じ反応だったのだ。

 現状、デリウスにとってももっとも厄介で目障りなのがカイルの存在だ。デリウスの動きと戦力をほぼ完封する盟約魔法の楔というだけで十分なのに、今日の発表によって天敵ともいえる剣聖であるとも知れるのだ。

 あれほど躍起になって奪い、始末しようとした聖剣。それに選ばれ、自分達の覇道を阻む存在。そのカイルの身柄と引き換えなら、都市一つなど安いものだろう。


 いかに長く潜伏し、手間暇かけて築いた本拠地とはいえ、最大の障害を排除できる可能性に比べれば取り返しがきくのだから。逆にいかに本拠地を守ろうと、最終的に人界すべてを守るために人質を無視して攻め込まれれば戦力的に不利になることは間違いないのだから。

 いかに人外の力を得て、神の後ろ盾があると言っても限度はある。今人界の全勢力を相手に都市一つで対抗することは難しい。それが分かっていたからこその、戦力増強であったのだから。

「……確かに有効かもしれませんが、向こうが約定を守るとは限りませんし……」

「なにより、危険すぎるよ。君は今や人界にとっても世界にとっても希望でもあるんだ。その君をむざむざ失うようなことは出来ない」

 テッドやトレバースも反対する。カイルの命はすでにカイルだけのものではないのだ。人界や世界そのものの命運もかかっている。人命のためとは言っても簡単に死地に向かわせることはできない。


「……分かってる。でも、そういう選択を迫ってくる可能性は否定できないだろ?」

 そう、デリウスがカイルをより効率的に始末しようと思えば、暗殺者を送り込むことよりもむしろ自らを差し出すように仕向ける方がいい。あるいは世界そのものにカイルを裏切らせるように働きかけるか。

 今、活発に起きている反対運動も半分くらいはデリウスが裏にいるのではないかとも考えている。カイルの境遇から、周囲の人々の反感をあおり、孤立させると同時に敵対心を抱かせる。

 身元が明らかではないことを最大限に利用して、不信感と猜疑心を植え付けようとしているのではないかと。


 国のトップに近い場所にまで構成員を入り込ませているデリウスだ。どこにどれだけ彼らの眼や手が及んでいるか分からない。そういった部分を見極め、今後に役立てるためにも一役買っている。

 この際反対勢力と同時にデリウスの構成員のあぶり出しもしてしまおうという作戦なのだ。密偵も兼ねていたデリウスの構成員だった護衛を出したのは皇国。エグモントも静かにキレていた。よほど自国の中枢に近い位置から裏切り者が出たことが衝撃だったらしい。

「そう、ですね。その際の対応も考えておく必要がありますか……」

 トレバースは苦い顔をしていたが、テッドは考え込む。デリウス相手では常に最悪を考え、それよりも悪くなることも考慮して備えておく必要がある。得体のしれない後ろ盾がある以上、何をしでかしてくるか予測も難しいのだから。


「さて、と。そろそろ、他とも話してくるかな」

 カイルは先ほどからチラチラと向けられる視線を感じながら立ち上がる。あまり長く王国の人々とばかり話しているわけにはいかない。

 下手に王国に肩入れしていると思われるのは双方にとっても利になるとは限らないのだから。そこを揚げ足をとって責め立ててくる者もいるかもしれない。本当に世知辛い世界だと思う。政治というものは。

 カイルは軽く挨拶をして立ち上がる。レイチェル達も一緒に回るようだが、先ほどカイルが言った言葉をそれぞれ考えているのか、その表情はあまり芳しくはなかった。


 カイルの移動に合わせて向けられる視線も移動する。それに加えて、部屋のあちこちで交わされる言葉が耳に入ってくる。

 彼らはこそこそと話しているつもりなのだろうし、実際普通の人には聞こえない声量だろう。だが、人間離れした五感を手に入れた上、精霊という目に見えない協力者がいるカイルにはそうした内緒話もあまり意味がない。

 好意的なものもあるが、こそこそと話されているのはほとんどが陰口や悪口だ。流れ者風情が、とか孤児のくせに、などというのはまだましな方で、あの顔と体で国のトップをたらしこんだのでは、とか、領域の王を騙しているのでは、なんていうものもあった。


 実際に会えば分かると思うのだが、領域の五王という存在はある意味で別次元の存在だ。あれほどの力の塊が、生物という形をとっていることこそがおかしいと思えるほどの存在なのだ。それを騙すとか手玉に取るとかできると思っているのだろうか。

 むしろカイルの方が遊ばれ、翻弄され、振り回されてばかりだった。世界の始まりから存在している者達なのだ。高々十七のガキにどうこうできる存在ではない。

 今も、近くを歩いていた者がわざとバランスを崩してカイルの服に飲み物をぶちまけようとしていた。

 ニヤニヤとした笑いで謝罪をしようとしてきたが、それ以前にカイルの魔法によって宙を舞った飲み物が元通りにグラスの中に納まり、口をパクパクさせただけで通り過ぎてきた。べた過ぎて逆に本気かと疑いたくなる。


 孤児時代には顔に唾を吐きかけられることだって少なくなかったのだ。あの程度で嫌がらせになると考えているなど、まだまだ甘いと言わざるを得ない。

「……低俗」

「やるならもっと自然にやらねぇとな。足取りからして怪しかったぜ」

 呆れたようにつぶやくハンナと、笑いをこらえたまま頭の後ろで腕を組むトーマ。あまりにも鮮やかに、それでいて自然に躱してきたので、よほど近くにいたものでなければ何が起きたか分からなかっただろう。

「いいのか? その、カイルはこのパーティの主役でもあるのだ。それなのに、あんなことを……」


 衣装が汚れてしまえば中座したり、最悪この日のためにそろえた衣装を着替えなくてはならなくなる。それを狙ってやったとすれば、嫌がらせというよりパーティの妨害行為にも当たる。

 王族相手にやってしまえば不敬罪や反逆罪にもなりかねない行為だ。カイル相手だから、そんな大ごとにはならないとでも思っているのだろうか。カイルはこのパーティの主役でもあるというのに。

「別に問題なかったろ? あの程度なら好きにやらせとけばいいさ。魔法で対処できるし、それにかかっても問題なかったしな」

 今、カイルは無属性魔法である物理防御シールドを全身を覆うようにして纏っている。それもピタリと体に密着するような形で。

 普通なら魔法を使っていれば分かるのだが、カイルの特殊な使い方と体質によってよほど魔力感知が優れていなければ分からないだろう。


 カイルは通常状態であれば一切魔力を体外に放出しない。つまりは魔力を有していながらオーラを放たず、気配だけでは魔力持ちと判断されない体質だ。

 そして、シールドは通常壁のような形で体から離して発動させることがほとんどでカイルのように体に直接纏うような使い方はしない。

 その二つを合わせると、カイルは魔法を使っていながら通常の魔力持ちと同じようなオーラの気配しか感じさせないということになるのだ。

 もちろんそれなりの修練は必要とするが、これが出来るようになれば不意の攻撃であっても対処できるし、少々の攻撃であれば服も汚れないし傷つかない仕様になる。

 便利なのでハンナやアミル達も自衛のために練習しているが、未だにカイルのように使いこなすことは出来ていないようだった。


「やはり、便利ですわね。ハイエルフは穢れだけではなく汚れも嫌いますので、皆様躍起になって練習しておりましたわ」

 アミルが一族揃って真剣な顔で魔法の練習にいそしんでいた光景を思い出して嘆息する。アミル自身汚れることを嫌う傾向があるだけに、そういった汚れを寄せ付けない魔法というのには関心があるのだ。

 ただ、こうした場で下手に魔法を使っていることが露見するとあまり好ましくない事態になりかねないということで自重している。緊張感なく、高度な魔法をほいほい使っているカイルの方がおかしい。

「あれはなかなかシュールだったな。みんな無言だったし」

 ハイエルフにとっては死活問題なのか、老若男女関係なく真面目に取り組んでいた。普段やにこやかで賑やかな彼らが無言で真剣な表情で黙々と一つの作業に打ち込むのは妙な迫力があったものだ。


「まぁ、俺がギルド登録したり昇格した時もああいった連中はいたな」

 ダリルにも覚えがあることなのだろう。冷めた目で周囲を見ていた。最近は大分他人に対する態度も柔らかくなってきたダリルだが、未だにああいった者達に対しては視線も態度も冷たい。

 人と違うことや、人より抜きんでるということはいい意味でも悪い意味でも注目を集める。その者が今まで自分達が下に見てきた者ならなおさらいい眼は向けられないだろう。

「全く、無駄なことをするものだな」

 カイルの境遇を思えば少々の屈辱や嫌がらせなど歯牙にもかけないことくらい予測できないのだろうか。謂れのない悪意に立ち向かい耐え続けてきたのだ。理由も矛先も見えているそれに屈するはずなどないだろうに。


「見事なものだな。生活魔法と言えど、ああも見事に制御するとは」

 そう言って声をかけてきたのは皇国の王子ヘルムート・フォン・ノルディアだ。言葉ではほめているのだが、そこに込められているのは感心とはいいがたいものだった。

「形式通りの挨拶をした方がいいか?」

 相手は皇族だし、年上でもある。だが、カイルの言葉にヘルムートはフンと鼻で笑うだけだった。

「今更だろう。好きにすればいい。どうせこの後の発表を聞いた後では誰も文句は言えない」

 少々投げやりな言い方に、カイルは改めてヘルムートには嫌われていることを実感する。ブルーノはともかく、アレクシスといい国の跡継ぎにとってはカイルの存在は面白くないのだろう。


「……エグモント王に聞いたけど、剣術大会の会場にも使われていた映像伝達の魔法具、開発したのはあんたなんだって?」

「……そうだが、それがどうした?」

「ん、いや、純粋にスゲーなと思っただけだけど……」

「嫌味か? わたし程度の発見などいずれ誰かが形にしていただろう。貴殿のような魔法史に残るほどの発見ではない」

 何か話題を提供して会話をしてみようかと試みたのだが、逆効果だったようだ。先ほどよりも態度が硬化してしまった。

「そんなつもりじゃなかったんだけどな。魔法具は専門って程じゃないけど、それなりには知ってるつもりだったから。それなのに、パッと見た限りでは解析しきれないくらい複雑で精巧な作りをしてると思ったから、製作者が気になったんだ」

「と、当然だ。あれはわたしが七年かけて作り上げたんだ」


 素直な賞賛には慣れていないのか、続いたカイルの言葉に少々戸惑いながらヘルムートが答える。どうにもヘルムートはカイルに劣等感を抱いているようなのだが、元々は父親に対する感情から来ているのだろうと思われる。

 皇国の歴史上でも名を残すほどの魔法研究家であり発明家でもある父。そんな彼に相応しい、恥じることのない息子であろうとするばかりにどこか意固地になっている部分が見えていた。

 そこにきて、魔法史に歴史を残すほどの発見が一人の孤児からもたらされたのだ。その時の衝撃はヘルムートの根幹を揺さぶるものだったに違いない。

 ある意味でヘルムートはアレクシスとも似ているのだ。だが、彼ほど周囲が見えていないわけではなく、努力家でもあった。だから道を踏み外さないでいられたのだろう。

 しかし、このまま嫉妬と劣等感に苛まれていたのではアレクシスの二の舞になってしまいかねない。そういうこともあって、ヘルムートのことはそれとなく気にかけていたのだ。

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