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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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お披露目前の会談 前編

「きつくはありませんか?」

「ん、大丈夫」

 カイルは数人の使用人達によって着つけられた後、鏡の前で調整をしてもらいながら答える。仕立てられた着物が届けられたのは昨日の夕方のこと。

 その出来は服飾を得意とするカイルの眼から見てもかなりの出来だと思わざるを得なかった。店で下見をさせてもらった時と同じ肌触りの良い生地に、生きているのかと思わせるほど精巧で力強い龍が描かれている。

 濃い色合いの袴も落ち着いていて、足を動かすたびに刺繍された魔獣や神獣たちが動き出すようにさえ見える。


 襟や袂などを調整した後、カイルは袴の紐に剣の鞘を通して挟み込む。剣帯などがなくてもこうした剣を装備出来るのは武国の服ならではと言えるだろう。それに男性向けの服は女性よりも袂などが短いので腕を動かしてもそう邪魔にはならない。

 着付けをしてくれた使用人達が出て行ったあと、カイルはそっと服の中に作りおいていた忍の武器を仕込んでいく。

 せっかく綺麗に着つけてもらったのに少々悪い気はするが、念のためだ。少ししてノックがあり部屋に入ってきたのはレイチェル達六人だ。

 全員が正装をしており、カイルに合わせてかレイチェル達も一部を除いて武国の衣装をまとっている。ハンナは一張羅だというのだが、普段の格好とそこまで見分けがつかない。

 アミルはハイエルフの王族の衣装をまとっている。公式の場に出るときに着るものだということで、いつもの何割かましの神々しさを出していた。


 キリルやダリルもそれなりに似合っていたのだが、トーマはなんだか馬子にも衣装というかんじで、普段がラフな格好を好むだけにどこか違和感があった。

「おわったかー? ……へぇー、似合ってんな」

 トーマはカイルの方を見て素直に感心した風な声を出す。武国はどちらかと言えば髪や眼の色は濃い目が多く、真逆であるカイルとは合わないのではとも思っていたのだが、そうでもなかったようだ。

 生地の色が豊富なだけに組み合わせや柄次第ではどんな色とも会わせることが出来るのだろう。この辺も歴史の長さと深さを思わせる。


「そうか? トーマは……なんか、残念だな」

「何がだよ!? レイチェル達にも同じこと言われたし、俺の着付けしてくれた人なんて、笑いをこらえてたんだぞ? 俺そんなに似合ってないのかっ?!」

 少々ぼかして答えたのだが、どうやら余計に傷をえぐってしまったらしい。凛々しくも見えなくはないのだが、どこかちぐはぐに見えてしまうのだ。

「にしてもパーティが始まるのは夜なのに気合入ってるよな。まだ昼にもなってねぇけど」

 そう、今の時間帯は昼前、朝から準備をしたり着付けをしたりしてバタバタしているが本番は夜なのだ。今も各国から続々とパーティに参加する者達が集まってきている。


「カイルはパーティの主役でもあるからな。これからも予定があるのだろう?」

「まぁな。っつっても、各国の王達との会談と昼食会とからしいけど……」

 普通なら緊張するのだろうが、もうすでにほとんどの国主と顔を合わせているし、領域の五王達と会うよりは幾分気が楽だ。

「わたくしもハイエルフの王家の名代として出席いたしますが、レイチェル達は……」

「ん、そこまで厳格なものじゃないから付き添いって形で参加は可能みたいだけど……」

 何かちゃんとした理由がないとカイルの側から離れようとしない彼ら。そのため同行できないか聞いてみたのだが、普通に了承してもらえた。

 レイチェル達自身が実力者ということもあって、カイルだけではなく要人達の警護にも役立つと判断されたのかもしれない。


「ならば、わたし達も一緒に行こう。すぐなのか?」

「確か案内が来るはずだけど……」

 カイルの言葉の途中でノックがあり、使用人の一人がお辞儀と共に部屋に入ってくる。

「カイル様、アミル様、並びにお連れの方々も、ご案内いたしますのでついてきてください」

 一応の主賓はカイルとアミルということで二人並んで先頭に立つ。その後ろをレイチェル達がついてきていた。武国の建物は基本的に土足厳禁だが、城の中でも他国の人々を招くことも多い場所は他国と同じように床は石造りで、靴のままで移動できるようになっている。

 カイルはあの素足で床を踏みしめた時の独特の音や感触が気に入っていたりするのだが、戦闘があるかもしれないことを思えば靴は履いたままの方が都合がいい。


 案内に従っていくつもの角を曲がり、一つの豪華な扉の前で立ち止まる。中からは大勢の気配がするのでもうほとんど主賓は集まってきているのかもしれない。

「失礼いたします。カイル様とアミル様、並びにお連れ様を案内してまいりました」

 何度見ても綺麗なお辞儀をして扉を開け、室内にカイル達を招いてくれる使用人。中にも同じような格好をした使用人達が食事や飲み物の世話をしているようだった。

 食べ物などは壁際にあるテーブルに置かれているものから自由に皿に取って食べるようで、飲み物は使用人達が配って回っていた。

 各々好きな場所に座ったり立ったまま歓談したりと、和やかな雰囲気だった。だが、光の一族の名に相応しい輝きと美貌を持つアミルと、意外なほどに武国の伝統衣装が似合っており、どこか気品を感じさせるカイルの姿を目に止めると、波が引くようにざわめきが消えた。


「皆様、お楽しみの所お邪魔いたしますわ。わたくしはハイエルフの末の姫、アミル=トレンティンと申します。本日はハイエルフ王家の名代として参加させていただきますわ」

「ご存知の方も多いと思いますが、新たに剣聖筆頭となったカイル=ランバートです。育ちゆえに無作法なこともあろうかと思いますが、以後お見知りおきを」

 アミルが優雅に王族の礼を取り挨拶をした後、カイルも武国の作法に倣い口上を述べて深く腰を折って礼をする。

 何事も最初が肝心だ。外見で舐められるのはいつものことだが、最低限の礼儀さえできないと思われるのは、カイルの両親や育ててくれた人、指導をしてくれた人達に申し訳が立たない。

 ロイドが普段どれだけ言動を崩そうとも威厳を失わなかったのは、公式の場においてはきちんととるべき態度をとっていたからだ。


 そんなアミルやカイルの挨拶に、あちこちで感嘆の声が漏れる。どうやら第一段階はクリアということらしい。どうにもこういった付き合いは肩が凝りそうだが、これから先多くなることは予想できるので早めに慣れておいた方がいいだろう。

 部屋の扉が閉まり、騒めきも戻り始めたところでカイル達に近付いてくる者達がいた。カイルにとってなじみ深いともいえる者達。センスティ王国王妃のエリザベートと王子クリストフ、王女のビアンカとエルネストだ。

「カイル、久しぶりですね。レイチェル達も、元気そうで何よりだわ」

「カイルお兄様、すごく似合ってます!」

「ああ、エリザ様も久しぶり。クリスもありがとな」


 エリザベートはカイルの姿を見て、少し目を潤ませた後涙をこぼさないようにしつつも慈愛に満ちた笑みを浮かべた。息子が死んだことで、その原因ともなったカイルを恨んでもおかしくないのに。むしろ罪悪感を感じているようだった。

「カイル様、素敵ですわ。それにとてもお強くなられたそうで……」

「ふんっ、子分のくせに生意気よっ! わたしをおいていくなんて」

 ビアンカはどこかうっとりした表情で、頬を赤らめていたが、エルネストは拗ねているようだった。そういえば彼女達にも随分心配させてしまったのだろうと思う。何より、うまくいっていなかったとはいえ兄をなくしたのだ。

 トレバースはともかく、エリザベートならどうしてそうなったのかということをきちんと子供達にも話しただろう。二度と同じ過ちを繰り返してはならないという思いで。


「ビアンカも、ありがとな。それと、エル、悪かった。俺もあんなことになるとは思ってなくてな」

「うっ、そ、それは……アレクお兄様のせいだもの……。本当に、ごめんなさい」

 エルネストは一瞬言葉に詰まった後、俯いて小さな声で謝ってくる。家族なのに、兄なのにその暴挙を止めることが出来なかった。そのせいで危うく死なせるところだったのだ。恐らくカイルでなければ生きて戻ることなどできなかったというのに。

 そんなエルネストを見て、カイルは小さく息を吐くとまだ小さな頭をなでる。王女らしく整えられ髪飾りも付けられているので、本当に軽く梳くようにだったが。

 エルネストはその感触にバッと顔を上げる。その眼はウルウルとしており今にも涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。


 カイルはしゃがんでエルネストの視線に合わせると、微笑む。

「俺も、後になってこうすりゃよかったって思うことは色々ある。でも、もう過去には戻れない。だから、これから先兄貴の分までしっかり国やそこに住む人を守っていけばいい。俺も、そのことではもう怒ってはいないから」

 魔界に行ったことで苦労したことも苦悩もあったが、それ以上に得たものがある。後悔するよりもやらなければならないことがある。何より、エルネストにそんな暗い顔は似合わない。いつだって自信満々で笑っている方が彼女らしい。

「カイル……。うん、頑張る。わたしに何ができるかまだ分からないけど、たくさん勉強してクリスお兄様やビアンカお姉様と一緒にやってみる」

「そうだな。それに、友達だっているだろ?」


 カイルは彼らの後ろで心配そうにエルネストを見ている同じ年頃の女の子に視線を向ける。かつてエルネストが友達になりたくて、けれどうまく話しかけられなくて悩んでいた子だろう。小さくともメイド服に身を包み、しっかりと主人を支えていこうという意思がうかがえる。

「そ、そうね。ミミもいるから、わたしは大丈夫よ」

 身分も立場も関係なく、自身を案じてくれる存在というのは何にも代えがたい。カイル自身そういった仲間や友人達に恵まれたからよく分かる。彼らがいたからこそ帰ってくる意思を失わずにいられたのだから。

「……それにしても、お父様やクリスから聞いておりましたが、それがカイル様の本当のお姿なのですね」


 話題を変えるためか、純粋に気になっていたのかビアンカが立ち上がったカイルの姿を見て、つぶやくように言う。

 今のカイルは服に合わせて髪型も武国ふうにまとめられている。顔の横に一束だけ髪を残し、残りの髪は後ろの高い位置で一つにまとめている。標準的な剣士の格好だという。武国では男でも髪を長くするのは珍しいことではなく、町中でも似たような髪型をよく見かけていた。

「ん、ああ、そうだな。俺の両親のこととか素性とか、結果的には多くの人を騙したことになっちまって悪かったなとは思ってる」

「いいえ、必要なことだったのでしょう? 確かに今のお姿の方が似合っておりますが……どちらでもカイル様はカイル様ですから」

「そうか……そうだな」

 照れたように笑うカイルを、ビアンカは眩しそうに見つめる。そう、変わってなどいないのだ。ビアンカが憧れ、理想の兄の姿を見たカイルは今も昔も変わらない。

 父や兄からカイルの素性を聞いた時にはさすがに驚いたが、その理由を聞けば納得できた。むしろ、自分達に話してくれなかったことにちょっと傷ついたくらいだ。


 信用されていないわけではなく、まだ幼い自分達に負担をかけまいとしたのだと分かったから。秘密を守るというのは存外負担が大きい。

 それに、自分達が王族だからと特別扱いされることに不満を抱いていたように、カイルもまた英雄の息子だからと扱いが変わることが嫌だったのではないかと考えたから。

 今度の剣聖筆頭がカイルであることや、カイルが元流れ者の孤児であることは周知の事実として世界に広まっている。

 その時にも世界の反響は大きかった。あちこちで反発や反対運動なども起きたらしい。下賤で過去に何をしてきたのか分からないような者に栄えある剣聖筆頭を預けるべきではないと。

 何か不正や卑怯な真似をしたのではないかと、試合を見ていない者達から根も葉もない噂が広がったりした。そのたびにビアンカは胸が苦しくなった。


 みんな、カイルのことを知りもしないくせに。どれだけ懸命に孤児達を救い出そうとしてきたのか、そのために行動してきたのか知りもしないくせに、と。

 けれど、同時に悟ったのだ。今ビアンカが思っていることこそ、多くの孤児達が抱えてきた思いと似たものであることが。カイルと出会わなければ、ビアンカだってこんなふうに思うことなどできなかっただろうということが。

 それを思えば、カイルと出会うことが出来た己の幸運と、無知というものがもたらす悪意と罪深さに国を治めていくことの難しさを痛感させられた。

 上がしっかりしていなければ、弱い少数の者達が犠牲になってしまう。どれだけ気を配ろうとも、それを下の者達に守らせるだけの力がなければ、理想を語るだけで終わってしまう。


 カイルはそれが分かっていた。だからこそ、あんなに必死になって強さを求め、知識を望み、たくさんの人々と触れ合ってきたのだと。

 自分を、自分達を知ってもらうために。変えていくために必要な知恵を得て、いざという時守りたいと思う者を守り、理想を守らせるための力を身に付けるために。

 だから、カイルがこうして夢を叶えるための一歩を踏み出したことが、実現に向けて確実に進んでいるということが何よりも嬉しかった。

 そう思えば、今世界中に広がっている反発の声だって気にならなくなった。きっと、彼らは今日の夜発表されることを聞けば声を上げることもできなくなるだろうと分かったから。


 今集まってきているパーティの参加者の中にも、カイルの存在をよく思わない者達は大勢いるだろう。その彼らはカイルの素性を知って、今のカイルが持つ力と立場を知っても同じことを言えるだろうか。

 そのことで、王国や自分達が少なからぬそしりを受ける覚悟はしている。よりにもよって英雄の息子を流れ者の孤児に貶め、虐げてきてしまった事実は覆せないのだから。

 そんな中でも生き延び、なおかつ輝きを失わなかったカイルをなおも罵る言葉があるだろうか。カイル達が来る前に嫌味を言ってきた者達の顔が唖然と固まるだろう様を思い出して、ビアンカはそっと笑みを浮かべた。




 エリザベート達に連れられ、王国の者達が多く集まる席に招かれる。後ほど他の国の人々とも話すことになるだろうが、まずは王国からということらしい。

 そこにはトレバースやテッドの姿もあった。そして、席に着くなり、エリザベートは少し声を落として自分達だけに聞こえるように言ってくる。

「カイル、分かっているとは思いますが、この中にもあなたのことをよく思わない者は多いでしょう。直接的に手は出さずとも、嫌みを言ってきたり恥をかかそうとしてきたりはするかもしれません。その際、あまり、その手荒なことは避けてもらえますか? 特に、その、使い魔のクロに言っておいてもらえると……」


 最初は意気込んでいたが、最後の方はしりすぼみになるエリザベート。王妃であっても、妖魔であるクロは恐ろしいらしい。特に王都にあふれた魔物達を一挙に始末した実力を知った後だから。

 普段見ている分にはそこまで危険と思えないのだが、カイルを守るためなら国の重鎮といえど関係なく引き裂くだろう。

「あー、まぁ、そういう人は見れば分かるし、クロにも言ってる。よっぽどでなけりゃ放っておいていいって。どうせすぐ黙ることになるだろうからってな」

 カイルはどこか悪戯めいた笑みを浮かべる。まぁ、いってみれば最大級のどんでん返しになるだろう。先に流れ者で孤児であったことを伝えておいて、実は死んだと思われていた先の剣聖と癒しの巫女の息子で今代の剣聖です、などと発表するのは。


「でも、いいふるい分けにはなったろ? 今反発してるやつは、孤児や流れ者に対して浅からぬ因縁があるか、偏見を捨てきれないか、もしくはそういった存在のおかげで甘い汁をすすってきた奴らかってことなんだから」

 カイルなら見れば大体分かるし、必要なら精霊達に情報を集めてもらえば済む。だが、世界中に存在するだろう反対勢力を自分達だけでどうにかするのは無理だし、個人でやるべきことでもないだろう。

 それをやるべき者達に分かる形で判別できればいい。孤児や流れ者の現状を知り、彼らがたどってきたむごい結末に少しでも思うところがあるなら、罪の意識を抱くならカイルやカイルがやろうとしていることに表立って反発などしないだろうから。 

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