救出と英雄の光
レイチェル→カイルサイド
「村を追い出されたカイル君は赤貧の生活を送っていた。世話係の女性も無理をしたせいで病に倒れ九歳の時に亡くなったらしい。それからカイル君は一人で生きてきた。孤児の流れ者として」
レイチェル達は先ほどカミーユがわめいていた言葉を思い出す。それと同時にそうした境遇の者が鼻つまみ者であることも理解した。別の意味で本当の剣聖の息子も地に落とされていたのだ。
「けれど、カイル君はその境遇でも強く生き抜いた。正しく道を貫き、同じ境遇の子供達を救い続けていた。知っているかい? この町の孤児達からカイル君は英雄と呼ばれているんだよ。孤児達の英雄って。きっと他の町でもそうだろう。カイル君に救われ、更生し、光を取り戻した子供達は皆彼のことを語る時、目を輝かせている。我々が英雄ロイド様を語る時のように」
トマスの話に、レイチェルはカミーユのことを知り消えかけていた希望がよみがえってくるのを感じていた。そう、そうでなくてはならない。英雄の息子はそうあらなくてはならない。
「けれど、それをよく思わない者もいる」
「なぜだ!」
「それは孤児達が、流れ者達がさらされてきた厳しい現実がそうさせるんだよ。今回も、カミーユにでっち上げられた罪で、カイル君は警備隊庁舎に捕らわれている」
「なっ!」
「もちろん、彼の素性を知っているわけじゃないけどね。でも、だからといって許されるのかい? 空腹に耐えかね、盗みを働いてしまった子供を鞭で百回も打つことが。まっとうに生きようと頭を下げて必死になって稼いだ金を取り上げられ、取り返そうとしたら窃盗の罪を押し付けられることが。流れ者の孤児だからと、ゴミといわれて不当に刑罰を受けることが」
トマスの語る内容に、レイチェル達は今まで知ることのなかった彼らの厳しい現実に言葉を失う。そして、同時にすさまじく嫌な予感がした。
「ま、まさか……その、カイル様が、ご子息様が、ふ、不当に傷つけられていると? その可能性があると?」
顔色を失って問いかけるレイチェルに、トマスは沈痛な顔を向ける。
「可能性じゃない。おそらく、確定的に」
「なぜそんな……、それに、なぜそう言い切れる?」
レイチェルは信じたくなかった。騎士団と警備隊は管轄が違う。警備隊は町の中を守り、騎士団は町の外、あるいは国を守るために存在している。いわば志を同じくする同士ではないのか。そんな彼らが、罪なき者を不当に処罰しているなどと。しかも、それが自分達の探してきた剣聖の息子に行われているなどと。
「それが、彼らの現実ということだよ。それに、見た子がいるんだ」
「見た、子?」
「先ほど言ったろう? まっとうに生きようとして稼いだ金を奪われ、取り返そうとして罪を押し付けられた一人の孤児のことだよ」
「あれは、実話でしたのね」
アミルも王城にいた頃には、あるいは王都で暮らしていた頃には知ることも触れることもなかった闇の部分に顔を歪ませる。
「その子は警備隊の懐に手を出したとして捕まり、けれどその罪を認めなかったからと鞭打ちの刑にあって瀕死になっていた」
「何だそれ。何なんだよそれはっ!」
トーマの頭に血が上る。そんな不当な扱いなど、罪状が確定していないのに刑罰を受けるなどあっていいものではない。この国でも他の国でも、罪人として捕まってもいきなり刑罰を受けることなどない。警備隊がその罪状を調べ上げ、裁判官が刑罰を確定し、施政官がそれを承認して初めて執り行われるものだ。それを一機関の判断だけで執り行われるなどと。
「カイル君はその子を助けた。傷を癒して、そして……刑罰を肩代わりしたんだ。そうすればその子を釈放すると言われて」
「それで、刑罰を受けるところを、子供に見せた。見せしめとして……」
普段はあまり感情を表に出すことのないハンナが、珍しく憤っているようだった。年端もいかない子供に、消えない傷を刻み付け、見せしめにしようとした。
「警備隊は元々カイル君のことをよく思ってなかった。元は流れ者の孤児なのに、人として生きようとしていたから、そのための努力をしていたから。そして、それがこの町で認められつつあったから」
人が人らしく生きようとすること。それは罪なんかではない、当たり前に持つべき権利だ。けれど、流れ者や孤児にはそれが認められない。そんな権利などないと、思われている。
「それでは……それでは、い、今……も?」
今もなお、カイルはその苦境に立たされているというのか。不当な刑罰を受けているというのか。
「言ったろう? もう少し早く来てほしかった、と。カイル君が捕まって四日になる。芯の強い子だから生きていてくれると思ってる。でも……」
でも、どんな傷を負い、どれだけ疲弊しているか分からない。そもそも、ちゃんと食事なども与えてもらっているのかどうか。
「だから急いでいますのね」
「そうだ。少しでも早く、助けたい」
キリルの焦燥を理解できた面々は足早に警備隊庁舎へと向かう。ただ、ダリルだけは何も言わず、じっと考え込んでいた。
「な、なんだ、お前達は!」
「ギルドマスターのトマス=リグルドだよ」
「ギルドマスター? ぎ、ギルドが警備隊の領分に……」
「普段ならこんなことしないんだけど。でも、わたしのギルドに登録しているメンバーが不当な扱いを受けていることを知ったら、黙っていられないだろう?」
警備隊庁舎に、半ば押し入る形で入ったトマス達は止めようとする警備隊達とにらみ合う。
「不当な扱い、だと?」
「そう。先日捕えられたカイル=ランバート。彼は無実の罪で捕縛されたことが分かっている」
「なっ! あ、あの者は主殺害未遂の……、それに剣聖のご子息様への暴行も」
「その主殺害未遂も、君達の言う剣聖のご子息様……の偽物がやったことだよ」
「に、偽者?」
「そう、それはここにいるメンバー全員が確認している。それに、当人達もギルドでとらえているよ」
警備隊は一般とは一線を画しているレイチェル達を見て狼狽する。明らかに格が違うことが分かったようだ。
「だ、だが、あの者は裏とも……」
「それを証明できるものは何一つないだろう? そもそも、君達の独断で勝手に刑罰を行ってもいいのかい? それこそ他の領分を侵す行為じゃないかな?」
トマスの言葉に、警備隊達は皆冷や汗を流しながら視線を逸らす。たいていは黙認されることが多いのだが、警備隊でとらえ取り調べ中である者に刑罰を与える行為は禁止されている。よほどの重罪人でない限りは、自白に拷問を用いることはないのだ。
「分かったら、彼の元に案内してもらおうかな」
「し、しかし……」
煮え切らない様子の警備隊達に、レイチェルの怒りが爆発する。
「貴様らは、それでも町の治安を預かる王の剣か! 私心によって民を傷つけることなど王はお認めにならない! 分かったなら、案内しろっ!」
「は、はいっ!!」
レイチェルの一喝に、その場にいた者達は腰を抜かしそうなくらい体をはねさせ、正面にいた一人が敬礼と共に返事をする。そして、カクカクヨロヨロと先導を始めた。レイチェル達がその場を離れた後、警備隊達は全員床にへたり込んでしまった。
「地下……主に重罪人の取り調べや、刑罰が確定した者達が入れられるところだね」
トマスは地下のよどんだ空気に顔をしかめながらついて行く。ハイエルフであり、穢れや汚れを特に嫌うアミルは秀麗な顔を歪ませ袖を口元に充てている。トーマやキリル、ハンナは初めて入る犯罪者達の終着点に顔をこわばらせていた。ただ、ダリルだけは懐かしいとも思える空気に眉をしかめ、痛みに耐えるような顔をしていた。
そして、足元もおぼつかない先導役は通路の一番奥にある扉の前で立ち止まる。
「こ、こ、こ、ここに……」
どもりまくって鶏のように鳴きながら、トマス達を振り返る。レイチェルは彼を押しのけるように扉に手をかけ、意を決して開いた。
「うっ」
「くっ」
扉を開いた瞬間、鼻腔をくすぐったのは鉄さびにも似た……血の、匂い。それに交じって何人もの汗や体臭といったもの。
視界に映りこんだのは……人の持つ醜さや残酷さを形にしたような、一つの地獄。
ほぼ全裸に近く、腰の周りにかろうじて残るぼろ布が人としての最低限の尊厳を守っている。きつく枷の食い込んだ手首や足首の肉がそげ血が滴っている。
台の上に乗せられ、頭の上で拘束された手首につながる鎖は滑車によって巻き取られピンと張っている。それによって限界以上に体を引き延ばされ、確かめるまでもなく手足の骨が脱臼していることが分かる。
さらには手足や腹といった場所に付けられた、最初は小さな傷であっただろうものが体が引き延ばされることにより徐々に傷口を広げている。ピンと張った布にわずかな切れ目が入るだけで、そこから裂けてしまうのと同じように。
耳をすませば、骨がきしみ神経が切れるような音、筋肉が千切れる音が聞こえてくる。そのたびに小さな血しぶきが上がり、体を震わせている。
悲鳴は上がらない。全身を血濡れにしながら、その顔に表情はない。焦点の合っていない、今にも閉じられようとしている瞼を押し上げるように、とめどなく涙だけが零れ落ちていた。
一瞬で状況を把握したレイチェルは、頭が真っ白になりそうな怒りと共に飛び出そうとした。今なおカイルを拘束する鎖を断ち切ろうと。しかし、それはキリルによって止められる。
「なにを……」
「下手に手を出せば余計カイルを傷つける」
噛みつくようににらんできたレイチェルに、キリルは唇をかみしめ血を流しながら押し殺した声で答える。レイチェルははっとなってカイルを見る。そうだ。今でさえギリギリの状態なのだ。下手に刺激すれば、一気に傷口を広げる結果になるかもしれない。
レイチェルは、見知らぬ者達が入ってきたことで身動きを止めた警備隊達に視線を移す。みな、歪んだいびつな笑顔のままで固まっていた。ああやって笑いながらこれだけのことをして、それを見て楽しんでいたのは間違いない。狂っているとしか言えない、所業。
「解放しろ」
「へっ、えっ……」
「今すぐ、彼を解放しろと言っている!」
「だ、だが、こいつは……」
「彼の無実は証明された。真犯人もとらえている。これ以上謂れなき罰を受ける必要などないっ! 早く解放しろっ!」
レイチェルの有無を言わせぬ言葉に、慌てて彼らは鎖を緩め枷を外す。慌てているためか雑になった作業はカイルの体を何度かけいれんさせる痛みを与えていたが、それでもカイルは声を上げない。
その様子にレイチェル達だけではなく、トマスもキリルも不安になる。もしかしたら、間に合わなかったのではないかと。もう、壊れてしまったのではないかと。そうなれば国王に、いや、英雄ロイドに顔向けなどできない。
「あ、アミル。治療を」
「分かりましたわ」
アミルはハイエルフの性質として穢れや汚れを嫌う傾向があるが、怪我や病気で苦しむ者を助ける時に血や泥などで汚れることを厭わない。ゆえに聖女という二つ名を与えられているのだ。アミルなら、これだけの怪我を負ったカイルでも治せる。そう考えたレイチェルが声をかけ、アミルも同意して歩みよる、が……。
「ひ、かりの……恩、恵を……もって、傷……を、癒し……活、力を、与……え、生、命の……息吹を、こ、こに……『超回復』」
息をしているかさえ定かではなかったカイルが、かすれた声でとぎれとぎれに詠唱を行い、魔法を発動させた。それも上級上位、第七階級回復魔法『超回復』を。
途端に薄暗い地下に、柔らかく眩くも温かい光が生まれカイルの傷を癒していく。削られた気力を取り戻し、失われそうになった生命力を与えていく。
光がおさまると、あれほどの傷を負っていたとは思えないカイルの姿があった。カイルはそこでようやく大きく息を吸う。深く息を吸い込み、吐き出す。呼吸さえままならず、息をするだけで体が引き裂かれていく痛みはもうない。
「カイルっ!」
「カイル君!」
グラグラと揺れる視界と、水の中にいるかのような音が聞こえていた耳に懐かしい声が聞こえてくる。いつもの幻聴かと思った。ぶれて映る顔を見ても、幻覚かと。
自分よりも小柄で、けれど力強い腕に抱きしめられても、現実感が持てなかった。ただ、伝わってくる温もりが本物だといいと願っていた。だから聞いた、聞かずにはおれなかった。
「なあ……、俺、まだ……生きてるか?」
小さな、つぶやくような声だったがそれはキリルだけではなくレイチェル達の耳にも届いた。その言葉が意味するところに、そんな言葉が出てくるということにキリルは歯噛みしながらも、一層強く抱きしめる。
「ああ、もちろんだ。カイル、お前は生きてる。生きてて……よかった」
キリルはカイルの温もりと鼓動を感じながら、それが失われなかったことに心底安堵した。鼻の奥がつんと痛み、思わず涙がこぼれる。
カイルは背中で感じた温かい滴の感触に、ようやくこれが現実であるのだと実感できた。地獄は終わったのだと、確信が持てた。とたんに押し寄せる抗いがたい眠気に逆らうことなく、カイルは瞼を閉じた。次に目覚めた時はきっと、光の中にいることを信じて。
「ほんとに大丈夫なのかよ?」
「心配いりませんわ。傷は本人が治しましたし、わたくしが『異常回復』も『快癒』もかけておりますもの」
ふと戻ってきた意識に聞こえてくる声。聞き覚えなどないが、カイルを気遣ってくれていることは分かる。目を閉じていても瞼に感じる光から、あの薄暗い地下牢ではないことが感じられる。薄く目を開けてみるが、久方ぶりの光に痛みにも似たまぶしさを感じて思わず手で押さえる。慣れるまではしばらくかかりそうだ。
カイルが動いたことで目を覚ましたことに気付いた面々がベッドの中のカイルを覗き込んでくるのが気配で分かった。時間の感覚が抜け落ちているが、果たしてあれからどれくらいたったのか。だが、カイルにはそれよりも気になることがあった。聞きたいのだが、のどがカラカラでうまく声を出せない。
そんなカイルの状態に気付いたのか、ずっと枕元に寄り添っていたアリーシャがカイルの体を起こし、水の入ったコップを口元に近づけてくる。カイルは目を閉じたまま少しずつ水を飲んで、喉を潤していく。ただの水なのにひどく甘く感じた。
時間をかけて半分ほど飲み干すと、舌で唇を湿らせてから声を出す。みんな固唾をのんで見守っており、しんと静まり返った部屋に、まだ少しかすれたカイルの声が響く。
「……は、フィリップは……ちゃんと、逃げられたか? キリルも……親方達は?」
フィリップが釈放されたことは知っている。だが、そこから何事もなく元の生活に戻ることができただろうか。また、理不尽にさらされていないだろうか。同じように捕まったキリルは? それに、親方達はどうしているだろうか。ずっと気になっていたのに、自分のことで精一杯で精霊達に聞くこともできなかった。無茶をしていないだろうか、馬鹿なことを考えていないだろうか。
あれだけの目にあって、目が覚めて最初に口にした言葉にアリーシャは喉を詰まらせる。ギルドから連絡をもらい、駆け付けた時カイルを見て気が遠くなるようだった。真っ白な顔色をして、ぐったりと横たわっていた。怪我や異常は魔法で癒したため大丈夫だと言われても、少しも安心できなかった。
自分の命を分け与えてあげられるなら、そう願いながらも手を握り目覚めの時を待った。目覚めたら最初に何を言うのかと思っていた。何を言われるかと思っていた。すぐに助けに行くことができなかった自分達に、あんな地獄を味あわせた警備隊達に。どんなにひどくなじられても、受け止めるつもりでいた。それなのに……。
「馬鹿だねぇ……。あんな目にあったってのに、人のことばっかり気にして……。安心しな、フィリップはうちらが保護してる。キリルも釈放されているよ、うちの馬鹿旦那どももちゃーんと抑えたからね」
アリーシャは涙を浮かべながらカイルの問いに一つ一つ答えていく。優しく背中を撫で、安心させるように。カイルはその答えにほっとした表情を浮かべる。
「そっか……、なら、よかった」
「良くないっ! 何が、何がよかったんだ! こんな、こんなこと……」
カイルの答えに、レイチェルが反発して声を上げる。あの凄惨な光景を見てからずっとレイチェルの胸の中にわだかまっている重い塊。知らなかった、知ろうともしなかった闇に触れたことで生まれた淀んだ滓のような感情。行き場のない怒りや悲しみが、自身の状況を全く理解していないように綺麗ごとを並べるカイルに向けられる。
あの闇に少し触れただけのレイチェルでさえ、これほどまでの闇を、負を抱え込むのに。その闇にずっとさらされていたカイルが、なぜこうまで綺麗でいられるのだろう。なぜ、他人の無事を確認して笑みを浮かべることができるのか。
魔力を持たないハーフエルフとして生まれたことで、ずっと人の負の部分を見てきた。失望の目に何度も打ちのめされ、そのたびに歯を食いしばって立ち上がり歩み続けてきた。こんなことには負けないと、負けてたまるかと。闇を打ち払ってきた。
だが、あれは違う。あれは、今までレイチェルが見てきた闇なんかとはまるで違った。いや、レイチェルが闇だなんて思っていたものは、影でさえなかった。謂れのない悪意と、偏見と差別と、そこから生まれる醜悪なまでの人の残酷さ。おぞましいほどの、底の見えない闇があった。
足元さえおぼつかなくなるほどの暗くて、深い闇。その闇にどっぷりつかり、押しつぶされそうになっているのに、なぜ光を見失わないのか。なぜ、自分を見失わないでいられるのか。自分でも理解できない、嫉妬にも似た感情がレイチェルを支配していた。
「良かっただろ。俺も生きてる、フィリップもキリルも、親方達も無事だ。それのどこがいけないって言うんだ?」
逆に聞き返され、レイチェルは言葉に詰まる。
「し、しかし、あのようなこと……許されるようなことではないっ!」
結果的にみんな無事だったからと、全てが許されるわけではない。そんな簡単なことではない。そんな単純な問題ではないのだ。どうしてそれが分からないのだろう。もどかしい思いがレイチェルを襲う。
「許したつもりなんてねぇよ」
「え……?」
「当たり前だろ? あんなことされて、誰が許せるかよ。できるんならぶっ飛ばしてやりてぇし、おんなじ目にあわせてやりたいとも思う」
カイルの言葉にレイチェルの中で高ぶっていた感情がすうっと引いていくのを感じた。目を閉じ少しうつむいたまま話すカイルの顔を見つめる。
「あんな理不尽許せねぇし、俺らの扱いだって納得できない。ゴミと呼ばれようが、扱われようが俺達だって人間だ。人らしい生き方をしたいと思って、人らしいまっとうな生活を願って何が悪い! そのための努力を、無駄だと笑う権利が誰にある! 生きていること自体が罪だと? あんなやつらの押し付けてくる罪なんて絶対に認めないし、受け入れない!」
吠えるカイルに、部屋にいて話を聞いていた者はみな圧倒される。どんな理不尽にさらされようと決して折れない不屈の心が、名だたる実力者達であろうと年長者であろうと呑み込んでいく。
「……でも、俺にはその理不尽を辞めさせることができる立場も、扱いを変えさせることができる力もない。せめて、関わり合ったやつだけでも無事でいてほしいと願うことしかできない。そのためのちっぽけな努力しかできない。最期まで、意地張り通して生きることしかできねぇんだよ。たとえできたとしても、やり返したりしねぇ。あんな奴らと同じ土俵に上るなんざ、死んでもごめんだ」
一転して自嘲するように落ち込む声。無力感に打ちのめされ、小さな願いを抱き、それでも最後まで意思を貫き通す覚悟。そして、絶対に闇に呑み込まれないでいようとする決意。レイチェルの胸を騒がせていた闇が、ストンと収まるべきところに落ちた気がした。
ああ、そうか、と。これが、これこそが孤児達が、子供達が見た英雄の放つ光なのか、と。決して遠すぎるものではない、手を伸ばせば届く位置にある、もう一つの太陽。体ではなく心を照らしてくれる、光と温もり。これが、これが探し求めた英雄の息子か、と。




