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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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家族との再会

 今日も用事が終われば、町中にある孤児院や子供達が一時的に預けられている施設を回ろうと考えていた。

 子供達の中には怪我をしていたり病気を患っていたりする者も多かったので医療施設も大忙しということだ。できれば手を貸したかったのだが、静養中ではそうもいかなかった。

 今では大分落ち着いてきているというので、様子見もかねて行ってみるつもりだった。それに、孤児達を国主体で保護するお触れが出た後に、流れ者に関しても調査はするが新たな身分証を授ける枠組みも作られた。

 そのことに不満を覚える者達も多かったが、次に発表されたあまりと言えばあんまりな真実に、誰も言葉が出なかったという。

 自分達がやってきたことが、宿敵ともいえる相手に仕組まれ、しかも彼らを強化する結果にも繋がっていたのだから。そのために、罪もない多くの者達の命が無為に奪われていたというのだから。


 その事実はカイルが伝えたものだったが、その辺は挿げ替えられ、カイルやクラウス達が会場でとらえることが出来た者達などから聞き出したことになっていた。

 下手に孤児や流れ者を保護する真の理由を悟られてしまえば、向こうも意地になって妨害してくる可能性もある。だからこそ先に彼らを保護することを国単位で決めた後に真実の発表が行われたのだ。

 さらに各国も頭を悩ませたのが、あの会議の場にいた者の内護衛の一人がデリウスの間者であると判明したことだ。

 会議が終わって取り急ぎ城に戻ることになった時、一人姿をくらませた。もちろん精霊達の報告でそれを知っていたカイルによってとらえられたのだが。


 運良くというか、それはデリウスでも幹部級の人物だったようで、カイルが語ったような組織の内情に関してもよく知っている者だった。

 彼が捕えられたことは定期報告が途絶えたことでデリウスにも知れただろう。そこから情報が漏れたのだと考えてくれれば、あの時間差での発表にも信憑性が増す。

 出来るならこちらの準備が整うまで向こうには大人しくしていてもらいたい。カイルに直接ちょっかいをかけてくるならどうにかする方法ならいくらでもある。

 だが、周囲から攻められるとどうしても後手になってしまう部分がある。そういう意味でこちらの持つ手札は出来る限り伏せておきたい。その上でカイルという存在を知らしめなければならないのだ。


「武国や皇国ではこの季節になると雪も降って積もることも多いんだったよな。本格的に寒くなる前に動いてくれてよかったよ。王国でも冬を越すのは結構しんどかったから」

 ただでさえ食べるものや着るものもなく、冷たい土の上で寝泊まりしているのだ。冬になればその風は身を切るほどに冷たく、霜の降りた大地は文字通り芯から体を凍えさせる。そんな中みんなで一かたまりになり寄り添うようにして寒さをしのいでいた覚えがある。

 精霊達には特に冬にはお世話になった。王国でさえ冬になると寒さによって命を落とす者がいるのだ。王国よりも寒さが厳しい武国や皇国ではもっと犠牲者も多かっただろう。

「……俺も訓練で冬の野宿を体験したことがあるなぁ。きちんと装備や準備を整えていても厳しかったぜ。んとに、何やってたんだろうなぁ、俺達ゃ」

 ブルーノは乱暴に自らの頭を掻きむしりながらぼやく。本当に一体何を見てきたというのか。確かに孤児達の存在は治安を悪くし、衛生面においても財政面においても町の者達にとっては厄介者だっただろう。


 それでも、もう少し彼らに情を向けることが出来なかったのかと、もう少し彼らの立場になって考えることが出来なかったのかと思う。

 それが当たり前だから、ずっと続いてきたことだから。それで流して、それが必要悪なのだと思っていた。そんな無責任で冷たい言葉の裏で彼らが受け続けた悪意と仕打ちに眼を向けることもしないままで。知ろうともせずに。

「そう思うなら、これから気にかけてやってくれ。それに、子供達はともかく流れ者への対応は難しいだろうしな」

 そう、孤児と共に流れ者達への対応も行っているのだが、孤児達と違ってこちらは色々と問題も多いのだ。

 なぜなら、大戦によって身寄りや家を失って行き場をなくした者はともかく、何か犯罪に関わったり後ろ暗いことが原因で流れ者に身を落とした者達もいるのだ。一概に待遇改善と言ってもそう簡単にはいかない。


 特に犯罪者であるならその保護を迷惑に思うだろうし、逆にそれを利用して過去をないものとしてしまうかもしれない。そのため、流れ者に対する対応は慎重に行わなければならない。おまけに不正を許さない人選をも必要とするのだ。

 親を失っただけの孤児達とは違い、そうなった経緯が一つではないだろう彼らはすぐにどうこうはできないのだ。

 そのため孤児達と同じように素性を確かめ、面談にて人柄を判断し、ギルドカードで過去に渡って罪を調べる。その上でその罪に情状酌量の余地があるか、更生の可能性があるかを判断して罰則や償いの内容を決めなくてはならない。

 その罪状があまりにも悪質だったり構成の余地なしと判断されれば、他の犯罪者と同じように刑務所や強制労働所に収容しなければならないのだ。


 それは孤児達も同じことで、事情が事情だけに死罪を言い渡されることはないが、進んで裏社会に協力していた者達などは少年院に収容されることになっている。

 闇の大精霊を失ったことで実質的に罪の隠蔽が不可能になった昨今、本当の意味で犯罪の抑止と発見にギルドカードが活用できるようになっている。

 今までは裏社会による浸食を恐れてそういった者達のギルド登録に難色を示していたのだが、その懸念が払拭されたこともあってギルド登録はスムーズに行われているようだ。

 当然、孤児達の多くがその際に罪の宣告を余儀なくされているが、彼らが犯してきた罪の内訳やその理由を聞いた後では、強く諫めることもできないようだった。

 精霊達もできることなら彼らの罪を不問にしてあげたいところなのだろうが、それでは孤児達のためにもならない。そう考えて記しているのだろう。


 罪を罪だと認識して、それを償う意思と行動が伴わない限り精霊達の望む人のあるべき姿とはいえないのだから。

 流れ者の中にも、こんな放浪生活から抜け出したいと思っている者も少なくなかったようで、心を入れ替えやさぐれていてた時に犯してしまった罪を償っていく意思を見せているという。

 下手に心体的に成長していたことで禍根の根は深いかもしれないが、それはこれからの課題として国や周囲の人々が努力していくべきことだろう。

 カイルとしても、これからいろいろと関わっていくつもりではあるが、当面の問題としてはデリウスをどうにかすることだ。彼らがいる限り何をやったとしても徒労に終わる可能性が否めない。


「なぁ、やつら……今度のパーティに仕掛けてくると思うか?」

「……ないとは、言えないだろうな。あれだけ大掛かりな襲撃を盛大に失敗したんだ。組織としても宗主としても面目丸つぶれだろう。国か要人か聖剣、そのどれか一つにでも痛手を負わせなければレスティアの頂点なんて夢のまた夢になるだろうからな」

 想定外や、敵の規模や実力を読み切れなかったなどと言い訳にはならないだろう。ただ、あれだけの準備をして時間をかけておきながら失敗したという事実だけが残る。

 しかも、その邪魔をしたのも今自分達の行動を抑制しているのもたった一人によって行われたなどと、認めるわけにはいかない。

 今頃必死になってカイルの情報を集め対策を練っていることだろう。もし、あの時の大会を宗主が見ていたとすれば、カイルの容姿や龍人化した姿などからその正体や素性にたどり着いているだろう。


 死んだと、かつて知らないうちに殺していたと確信していた者が生きていて、しかもここぞという場面で自分を邪魔したなどと知ればどう思うだろうか。

 まず間違いなく怒髪天を衝くほどに怒り狂い、その存在を抹消しようとするのではないか。年末のパーティには各国の要職にある者達も集まるので、警備は厳重になるが襲撃が成功した時の打撃も大きい。

 ならば狙ってくる可能性は十二分にある。だからこそ、その時に対応できる人材を集めるためにもレイチェル達は各国を飛び回っているのだ。

 デリウスの近年最大規模ともいえる襲撃を最小限の被害で収めた武国で開かれるパーティ。それに最も貢献した者が剣聖筆頭としてお披露目されるということで、例年以上に参加者が多くなる見込みだ。そのため警備にあたる者達の質や量も増やしておく必要がある。


「ったく、面倒なことだぜ。知ってるか? 重鎮の奴らも浮かれてそわそわしてんだぜ? 自国の者でないとはいえ、自国で剣聖の誕生を発表できるとかってな。もう一年後なら王国だったのにな」

「そん時には国が残ってなかったなんてことになったらシャレにならねぇだろ」

「そりゃ、そうだけどよぉ。くそっ、コレールの奴も無理にでも引っ張ってくりゃよかたか?」

 今日カイルに付き添いするのはブルーノだけではなく、大会の時のよしみもあってコレールも入っていた。しかし、別の用事が入ったとかでそちらに行ってしまった。

 だが頭や胃が痛くなるのが自分だけというのが納得いかず、ブルーノは戻ったらコレールに文句を言ってやろうと内心で決意する。


「……ったく、気が休まらねぇ。親父の気持ちも分かるぜ」

 かつて自身の父親もロイドの突飛な行動に振り回されていたことを聞いて、親子二代で苦労するのかとため息をつきたくなる。

 だが、同時に父親がどこか嬉しそうにしていた様子も見て取れた。苦労を掛けられても、大切な友人でもあったのだろう。死んでしまったと聞いて落胆していた息子が生きていたことが嬉しかったに違いない。

 かくいうブルーノもカイルといると大変ではあるが嫌ではない。どこかワクワクするような気持ちに、こういった面でも親子だなと思ってしまう。


 そんなふうに雑談しながらたどり着いたのは、武国一と言われる武器屋。ドワーフが経営しており、工房や店もエンティアの中で一番の規模を誇る。

「邪魔するぜ、おやっさん」

「ん? おぉ、ブルーノの小僧じゃないか。久しぶりだな、相変わらず元気そうだ」

 暖簾をくぐって入った先にはドワーフの中年男性がおり、ブルーノに対しても子供扱いをしてくる。まぁ、長命な彼らにとっては人なんて何歳になろうと子供と変わらないのかもしれない。

「おやっさんもな。今日は客を連れてきたんだ」

 ブルーノはそう言ってカイルの背中を押して彼の前に出す。ドワーフの店主はカイルをジロリと見た後、驚いた様に眼を見開きそれから足早に近づいてくる。


「ほぉ、ほうほう。お前が客を連れてくるなんてと思ってたが、なるほど。歳の割にいい腕してやがるな、小僧」

「カイル、だよ。カイル=ランバート」

「ほう、カイルとな。カイル? ちょっと待て、お前カイルっていうのか。まさか……ちょっと待ってろ!」

 店主はカイルの名前を聞くと一度首を傾げ、それから慌てて店の奥に入っていく。何事かと思っていると奥からバタバタと足音が聞こえてきて懐かしい姿が目に入る。

 それはずっと会いたいと思っていて、けれど会うのはもっと先になるだろうと思っていた人々。カイルにとってなくした家族と同じくらい大切になった人々だ。


「……親方、アリーシャさん、ディランさんも……」

「っ、カイルっ!!」

 アリーシャは目に涙を浮かべて駆け寄ってくるとカイルの腰にしがみつくようにして抱き着いてきた。その力の強さからどれだけ心配していたのか、カイルの顔を見て安心したのかが伝わってきた。

 その後に近付いてきたグレンにしゃがむように言われ従うと、頭がぐわんぐわんしそうな拳骨をもらう。だが、すぐによく帰ってきたと小さな声で言われ胸が熱くなる。

 ディランは年長者らしく手を出したりはしてこなかったが、じっとカイルの眼を見た後嬉しそうに笑ってくれた。それだけで帰ってきたのだと、本当の意味で実感できた。


「……ごめん、心配かけて……それと、ただいま」

「ああ、お帰り、お帰りカイル。良く戻ってきてくれたね、あんまり心配かけないでおくれ」

「ん、努力するよ」

 約束はできない。これから先もきっと無茶はしてしまうと思う。でも、もう二度とこんなふうに悲しませたくはない。その気持ちだけは確かだった。

「ったく、このガキが。ろくに連絡もよこさねぇで。だから、勝手に来ちまったが文句はねぇよな」

 グレンがぐりぐりと頭を撫でてくる。地味に先ほどの拳骨の痕が痛むが甘んじて受け入れる。きっとこんな痛みなど比較にならないほど胸を痛めていたのだろうから。

「その姿の方がお前らしくて似合ってるな。ロイドともよく似てやがる」

 カイルがロイドの息子だと知っていても本当の姿を知らなかったディランは、今のカイルの姿を見て納得したように頷く。どこか違和感があったのだが、今ではそんなものは感じない。


「お、親方、やっぱりこいつは……」

「ああ、グレンの息子で弟子でもある。まぁ、ワシにとっても弟子にあたるがな」

 店主の言葉にディランがうなずく。ブルーノもいきなり現れたディラン達に驚いていたが、どこか納得したように息を吐いた。

 カイルを引き取ったのがドワーフだとは聞いていたし、それがディランの弟子にあたる者だという話も知っていた。だが、まさかここで出会うとは思っていなかった。

 カイルの家族というのであれば年末のパーティにも招待できる。危険はあるかもしれないが、下手に外にいるよりは一緒にいる方が守りやすくもあるだろう。


「そうか、それがお前の今の家族か。……パーティには招待するか?」

「……パーティまでには顔見せに行って連れてこようかとは思ってたから、頼めるか?」

「ああ、問題ねぇ」

「聞いたよ、カイル。剣術大会で優勝したんだって? よくやったねぇ、強くなったんだね」

 カイルがブルーノといることもパーティに出ることも少しも動じていないのは、事情を知っていたからだろう。武器防具の修繕や点検のためにドワーフ達も雇われて会場にいたのだろうから。

「はっ、夢に一歩近づいたな。ようやくお前の声が上に届いたじゃねぇか」

「そうだな。まだ課題も多いけど、ようやく一歩前進ってところだ」

 グレンはカイルが夢を持つきっかけを与えてくれた人物であり、一番最初にそれを聞いた者だ。だからこそ、家族として以上にその感慨も大きいのだろう。


「よかったなぁ、グレン。久しぶりに、お前のそんな顔を見たぜ。ところで、何しに来たんだ?」

 店主ももらい泣きをしそうになり、慌てて袖でぬぐった後にカイル達に眼を向けてくる。普通武器屋にきたなら武器を見に来たと思うのだが、再会の感動もあってか妙なことを聞いてくる。

「あ、ああ。忍が使ってる武器あるだろ? 良ければ現物や作り方を見せてほしいなと思って。買うつもりでもあるけど……」

「……お前さん、剣を主体に戦うんだろ? 忍の武器何て何に使うんだ?」

「? そりゃ、いろいろとあるだろ? 牽制したり妨害したりとか」

 やはり剣を使って戦うのに飛び道具や暗器と言ったものは邪道なのか。店主は不思議そうな顔をしている。だが、グレンやアリーシャなどはやれやれと言った顔をしている。長い付き合いだけあり、カイルの戦い方も熟知しているのだ。


「ああ、こいつはな。今なら正面から戦っても十分強いだろうが、元々は奇襲や妨害を駆使して戦う戦術を主体にしてたんだ。だから、そういう戦い方に特化した武器に興味があるんだろうよ」

 グレンのフォローで店主は納得したような、どこか納得いかないような顔をする。正面から戦っても強いのに、なぜそんな武器を求めるのか分からないのかもしれない。特に武国は脳筋というか、ある意味正々堂々の戦い方を美学としている。

 不意打ちや奇襲は人同士で戦う場合邪道や卑怯とされることも多いのだろう。カイルにとっては知ったことではない。命を狙われていると分かっていて、相手に配慮してやる必要性を感じない。

「俺もそう言ったんだがな……」


「かかかっ、最近ボウズの作品が商国から売り出されとるのは知っとった。Kシリーズだったか? 腕を上げたな、カイル。腕を見てやるついでに、ああいった特殊武器についても教えてやろう、構わんな?」

 ディランは店主に顔を向ける。店主も師匠の言葉に否やはないのか、自身の弟子に店を任せて自分も一緒に奥に入ってくる。どうやら、カイルが今人気を博しているKシリーズの作者と聞いて興味が湧いたようだった。

 もしかすると、これで今日一日はつぶれるかもな、などという予感を胸にカイルは彼らの後について工房へと入っていった。

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