表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
238/275

お披露目に向けて

すみません、昨日サーバーにアクセスできなくなり、更新できませんでした。

 武国の首都は、別名『武の聖地』あるいは『古の都』とも呼ばれている。山や森が多いことから他国のような石造りではなく、木造の建築物が主で中には何百年前から現存している建物も少なくないのだという。

 そういった経緯で古き時代から受け継がれた建造物や遺物などが多いことが名前の由来になっている。もう一つの名の由来は言うまでもない。首都エンティアの住人のほぼ百%が何かしらの武術を身に付けているからだ。

 町のあちこちに道場や様々な流派の本部が存在して、朝早くから気合の入った声があちこちから聞こえてくる。

 前にここに来た時にはお忍びにも近い形だったのであまり楽しめなかったが、こうやって見て回るとまた違った感動がある。


「なんかいいよな。こういう雰囲気って。元が木ってこともあるのかもしれないけど、精霊や俺にとっても木造の建物ってなんか過ごしやすいっていうかあったかい感じがするんだよな」

 見慣れない町並みなのに、どこかほっとする光景にカイルのテンションも上がる。昨日ようやく静養というか自主的な軟禁措置が解けたところだ。

 その間もあちこち出かけてはいたが、人目を忍んで行動しなくていいというのは気分的にも軽くなる。

 剣聖として、剣術大会優勝者としてやらなければならないことも多いのではないのかと思っていたが、パーティまではそこまで予定は詰まっていないようだった。

 そこで、町をじっくり見てみたいと言ったカイルに案内係兼護衛としてついてきたのがこの国の時期王であるブルーノだった。


 レイチェル達はというと、むしろカイルよりも忙しくしている。それはそうだろう、カイルは剣聖筆頭になったとはいえ、ギルドランク的には二つ名未満。

 それに引き換え、彼らは六人ともが若くしてSSSランクになった強者達だ。ここ一年近く音沙汰がなかったことも相まってあちこちから引っ張りだこになっている。

 カイルが表だって動けない間は彼らも暇だろうからと交代であちこち歴訪していたのだが、カイルが動けるようになってもその波は治まらず飛び回ることを余儀なくされている。

 これも年末に多くの人々を招くためにも必要だということで頑張ってくれているようだ。そんな彼らには少々申し訳ないと思いつつ、年末までのわずかな余暇を楽しませてもらうことになっている。


 特に最近は働き過ぎだの動き過ぎだの言われているので、半ば無理矢理取らされた休みでもある。放っておくと時間拡張空間の中で現実時間をはるかに上回る時間を過ごすカイルを心配しているのだろう。

 別にそこで何年過ごそうが不老なので精神的にも肉体的にも老けたりはしないのだが、それとこれとは別問題なのか。

 少し目を離すと無茶をしたり、トラブルに巻き込まれるカイルのことを心配しているのだろう。だからこそ、この国においては最高権力者に近いブルーノがカイルに付いてくれることでようやく納得して出かけたのだから。

「そんなもんかね。俺は昔っから見慣れてるからよその国の方がもの珍しく映るけどなぁ」


 一国の跡継ぎが町中を歩いていても大した騒動にもなっていなければ、驚いた様な様子も見えない。恐らく普段からこうやって城下町を歩いているのだろう。

 時折親し気に話しかけられることから、ブルーノが慕われていることもうかがえる。見かけは威圧感があるが、武術大国である武国の首都であればそういった体格や体つきの者も少なくはないため目立たないのもある。

 むしろブルーノの隣にいるカイルの方に注目が集まっているようだった。あちこちでこそこそと噂話をしている様子が見受けられる。

 異国の友人や重要な客人か、などという話はまだ納得できる。だが、ついに恋人か、とか嫁なのかという言葉には断固抗議したい。


 剣術大会を見に来ていた者達ならカイルの顔や姿も見知っているだろうが、本選は特に倍率が高いので自国で開催と言えど見に行けない人も多い。

「着ている服も変わっているよなぁ。着るのは大変そうだけど、案外着心地はいいのかな……」

 武国の特徴は建物だけにあるわけではない。古来より代々伝わってきた民族衣装とでもいうのだろうか。独特の衣装文化がある。

 他国では女性が着るワンピースのような上下一体型の服なのだが、襟から裾にかけて縦に分かれている。袂と呼ばれるゆったりした袖があり、襟元を前で重ね合わせるようにして服を巻き付け紐と帯で締めて固定する。

 一見して足元が動きにくそうにも見えるのだが、別の角度から見れば機能的にも思える。特に男女の別なく着用している袴などを合わせればそのデメリットも解消できるだろう。


 何よりゆったりした服ゆえに手足の細かな動作が見えにくい上に色々と武器や暗器を仕込みやすそうだ。今では真正面からのガチンコ勝負にも強くなったカイルだが、それまでは奇襲奇策を駆使したなんでもありの戦闘を得意としていた。

 そのカイルから見て、なかなかに使い勝手がよさそうだと思うのは少々着眼点が違っているだろうか。

「あれ、”着物”っていうんだっけ?」

「おお、武国の伝統衣装だな。なんだ? 着てみたいのか?」

「ん、ちょっとな」

「ふむ、ならお披露目の時は着物を着ていくか? 今から王家御用達の呉服屋に行けばパーティまでには仕上げられるだろ」


 軽い気持ちで答えたのだが、思っていた以上にブルーノが食いついた。しかも料金も王家持ちでやってくれるのだという。

 さすがにそこまではと代金を支払おうとしたカイルだったが、賓客の接待やパーティの衣装などは王家が責任をもって請け負うことが慣例らしく押し切られた。

 呉服問屋は中央通りにある老舗で、店構えも古くて立派で奥行きのある建物だった。年代を感じさせるも黒光りする柱に感心しながら暖簾をくぐって店の中に入る。

「おお、これはこれは。ブルーノ様、今日はどうされました? そちらの方は新しいご友人でしょうか?」

「あ? ああ、まあそんなもんだな。こいつも年末のパーティに出席するんだがな、着物を着てみてぇってんで、作ってもらえねぇかと思ってな」


 中から出てきたのはにこやかな笑顔を浮かべた中年男性。物腰も柔らかく、ブルーの相手にも全く動じずに対応している。

 ブルーノも慣れた様子でカイルを親指で指し示し、用件を伝える。主人はそれを聞いて少々驚いた顔をした後、カイルの頭から足までじっくりと見定めているようだった。

「……なるほど、確かに着物映えしそうなお方ですね。前々から注文のあった年末用の衣装に関してはほとんど納品済みですし、今のところ急ぎの仕事も入っておりません。喜んで承りましょう」

 年末のパーティに参加することが決まっている者達はあらかじめ早めに衣装を注文している。こんなギリギリになって頼まなければならないのは急遽参加が決まったような者達だ。

 そういった意味で主人もカイルがどういう経緯でパーティに参加することになったのかある程度絞ることは出来ただろう。

 いかに次期王の友人と言えど、それだけで出席できるようなものではない。また、貴族のような身分があるなら王家ではなくその家が衣装を用意するのだから。


「採寸をさせていただきたいので、防具を外していただけますか? 服は着たままで結構ですので」

 カイルは主人に言われたように胸当てなどの防具を外し、ローブも脱ぐ。そうすると、身長はブルーノと同じくらいあるだけに両者の体格の違いが露わになる。

「……何度見ても信じられねぇよな。その体と細腕で、なんで人一人軽々持ち上げられるんだか」

 ブルーノは大人になり切れていない少年の体つきをしたカイルを見て、納得いかなそうな声を出す。何度見ても違和感しかない。こんな細くて薄い体で自分と同等以上の力を持っているなど反則だ。

「俺としてはもうちょっと肉がついてほしいんだけどな」


 カイルとて好きでこんな体型であるわけではない。元々孤児で食べるものも満足に食べられたなかったことが原因かと思っていたのだが、それだけではなかったようだ。

 毎日三食食べるようになってもほとんど体型は変わらないし、鍛錬をして力がついても体が大きくなるということもない。

 十六歳で成長が止まったためか、あるいは元々か体毛も薄いこともあってあまり男らしく見えないのが難点だ。

「まだまだこれから成長すれば変わってきますよ」

 呉服屋の主人は採寸を続けながら言うのだが、それにカイルもブルーノも苦笑いをすることしかできない。もう二人は知ってしまっているのだから。これ以上カイルが成長することも老化することもないということを。


「そうなればいいけどな」

 だが、それは言っても仕方ないことだ。なのでカイルはお茶を濁すことで答える。採寸が終わると今度は生地と柄選びになる。

「色白ですので濃い目の生地も似合いますね。ですが、淡い色も合いそうです。嬉しいですねぇ、こういう着せがいのある方の着物作りは心が躍ります」

 主人は何種類もの生地を持ってきては肩から斜めにかけるようにして色合わせを行っていく。肌に触れる感触からその生地がかなり高級なものであることがうかがえる。

「袴もあるのか?」

「ええ、武術をされる方はそちらをお召しの場合が多いですね。何といっても動きやすいですから」


 主人が着ているのは袴ではない普通の着物で、上に羽織を着ている。町中でも商店を営んでいたり、そこまで武術に明るくないような者達と同じ服装だった。

 しかし、腰に刀と呼ばれる武国特有の片刃の剣をさしていたり、体格のよい者達は袴や道着と呼ばれる上下が別れた特殊な稽古着を着ていたりした。

 ブルーノもこの道着を着ており、仕立てもデザインもよく公の場に着て行ってもそこまで不自然ではない服だ。

「あなた様も剣や武術をたしなまれるのでしたらそちらの方がよさそうですね」

「ああ、そうしてくれ」

 ただでさえ着慣れない服なのだ。出来る限り動きやすい恰好である方がいい。ないとは思うが万一に備える必要もあるだろう。


 結局カイルの服は着物は黒色の下地に銀の龍のデザインが背中や袂に描かれたもの。袴は濃い紫で裾の方に金糸や銀糸で武国でも人気の魔獣や神獣などが描かれたものになった。

 もっと地味でもよかったのだが、お披露目に使うならと張り切ったようだ。十日ほどで完成するというので本当にお披露目直前に完成することになる。

 呉服屋を出て次に向かったのは武国の武器屋だ。実のところ武国の中でも王国の影に当たる”忍”と呼ばれる者達が持っていた武器が気になっていたカイルだ。

 体に忍ばせるのにちょうどよく、使い勝手がよさそうだった。元々の戦闘スタイルに合っていそうなのでこの際色々見て回って自分でも作れるようになっておきたい。


「次は武器屋か……。にしても変わってるよな、お前は。普通ハンターや魔法ギルドに入ってるやつが商人や生産者にはならねぇし、物作りを中心にやる奴が自分で外に狩りに行くってこともやらねぇってのに」

 生産者や商人がハンターギルドに入るのは、下積み時代町中での依頼を受けてギルドランクを上げながら仕事に慣れていくためと、あとは素材の売買のためだ。自分で外に出て素材の収集が出来るのであればハンターギルドに素材採取の依頼など出されない。

 それなのに基本カイルは素材集めから製造、販売まで自分一人でやってしまう。そのため儲けは大きいし、商品の値段もある程度は抑えられるということで良品質のものを定価で安定的に供給が出来るのだ。


 普通どれだけ腕のいい生産者や商人であっても時代の情勢や周囲の環境の影響を受けざるを得ない。素材が高騰すれば必然的に商品の値段も上げざるを得ない。そんな心配をすることなく、しかも工房が自分の魔法空間の中にあるのだから時間も場所も気にすることなく商品を作り売ることが出来る。

 行商や流れの生産者のようでありながら、店舗を構える商店や生産者よりも安定した製造や販売が可能なんてどんな冗談だ。

「元々色々やってたからなぁ。自分で出来れば費用も抑えられるし、加工できれば少しでも高く売ることが出来たから」


 だから基本的にカイルは服や練習用の武器、飛び道具、そして薬などは自分で作ることが多かった。そこにドワーフの武器防具が加わり、さらにはエルフの魔法具や魔法薬、魔界の魔法技術が加わって色々とおかしなことになっただけだ。

 親方達だって、最初はカイルのために少しでも役立つ技術を教えようとしていたのだろう。ただ、カイルが思っていた以上に器用だったのと根性があったのとで、ドワーフの職人魂が発揮されこうなったのだ。

 商売の方だって最初は自分が作ったものを売って少しでも子供達の生活の助けになればと始めたものだ。それが、今では一大事業になっている。今もKシリーズの人気はとどまることを知らない。


「それに、あのレオンを真正面から下せる力があるってのに、忍の武器に興味を持つとか……」

 そう、カイルは部屋にこもっている期間中、一度レオンと真剣勝負を行っていた。もちろん周囲の被害を考えて、カイルがいつも修行を行う時に使用している魔法空間の中で、だが。

 意外と見物人が多くて彼らを守るための結界や空間隔離の方に気を遣った覚えがある。何といっても外ではほとんど時間が経過しないということで、武国の重鎮達がそろって見に来たのだ。

 結果としてはカイルが勝った。だが、何度も戦慄を覚える場面があったし、龍の気をもってしても押される場面も多かった。さすがは世界唯一の戦闘技能でZランクを認められたものだと感じた。

 領域の王達の中でも好戦的な魔王や龍王とそれなりに渡り合えるカイルをして苦戦させたのだ。レオンも十分人外の域に足を踏み入れている。


 そんなカイルだったが、ある時忍の訓練風景を見て彼らの持つ武器や戦い方に感銘を受けた。それはまさにカイルがかつて行っていた戦い方によくにていたものだから。それでいて、より洗練され芸術と呼べるまでに昇華された技術だったからだ。

 元々カイルが安静のためにあてがわれた部屋が城の中でも奥まった場所にあり、その上人気が少ない場所だった。忍は普段は人の眼に触れないようにしているため、訓練もそう言った場所で行うことが多く、そうした偶然が重なって起きた出会いだった。

 その忍やブルーノに頼み込んで彼らの持つ武器や技術について聞かせてもらったのは一昨日のこと。それから町に出ることになったら必ず探そうと考えていたのだ。


「なんでだ? すごい技と武器だろ? 俺の元々の戦い方とも似てるし、身に付けたら役に立ちそうだろ?」

「そりゃそうだろうが……、お前、仮にも剣聖だろ? 飛苦無や手裏剣を投げて戦うって、どうなんだ?」

「勝てばいいだろ。元々俺の戦い方っていうのは、倒すことより殺すことに特化してんだ。いかに効率よく、相手の本領を発揮させないままに息の根を止めるかってのにな。奇襲不意打ちは当たり前、卑怯だの言われたところで死んだら終わりなんだ。相手にもよるけど、勝つための手段は選ばないさ」

 剣聖が背負うものは大きくて重い。正々堂々戦うことで名誉や名声は守れるだろう。だが、そのせいで死んでしまえば本当に守りたいものを守ることが出来ない。ならば、多少の泥をかぶるくらいが何だというのか。それよりもたくさんの血を浴びて道を切り拓かなくてはならないのだから。


「……そういうところ、逞しいっつうか、本当に孤児だったんだと実感するな」

「プライドはあるけど、手段を選んで生き残れる場所でもなかったからな」

 だが、ようやくそんな地獄から多くの孤児達が解放されるのだ。この一週間で各国とも改革が進み、王国と商国を参考にしつつ孤児達の保護と更生のための特別予算と法案が組まれ実行されつつある。

 別の意味での年末の孤児一掃となりそうだ。粛清されるのではなく保護され、未だ戸惑いと反発の方が大きいというが、徐々に変わっていくだろうことを予感しつつも期待している。

 しかも、嬉しいことに各国の孤児達の説得や仲立ち、橋渡しをかつてカイルが助けた子供達がやってくれることになったのだという。そして、必然的に足りなくなる人手に関しても各国協力し合うことが決定している。

 驚いたことに、かつてカイルが関わり合った人々の多くもその補助要員に名乗りを上げているという。自分がやったことが無駄ではなかったのだとしみじみ実感したものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ