表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
237/275

剣術大会終了

 カイルの覚悟を聞いたトレバースは、もうその意思を覆すことは不可能だと察したのか何も言わなくなった。

 しかし、ぎりっと歯をかみしめるような音が響いた。そちらに眼をやるとZランク保持者のレオンが怒りもあらわに歯をむき出しにしていた。

「……あいつっ、あの野郎。何が切り札だっ! 軽々しく使えるもんじゃないってのに、出し惜しみすんなって俺の言葉で力を使いやがって。くそがっ!!」

 レオンの言うあいつとはロイドのことだろうか。確かに失うものを思えば切り札として出し惜しみするくらいがちょうどいい。それが、人界を守る戦いでないならば極力使わないでいる方がいいのだ。


「……それって人界大戦の前、か?」

「あ? ああ、そうだ……」

 なるほど、それならば応じたわけも分かろうというものだ。おそらくカイルがロイドの立場であっても同じことをしたに違いない。

「知ってたんだよ」

「ああ!? だから、怒ってるんだろうがっ! みすみす自分の命を縮める真似をっ!」

「そうじゃなくて、たぶん、父さんは自分の命がもう長くないことを知ってた。不穏な気配が広がり、大きな戦いが始まるかもしれない予感の中、戦いの中で命が尽きるかもしれないことを知ってたんだと思う。だから、俺に剣をくれて、真剣勝負に応じた。もう二度と会えない、戦えない可能性を感じていたから」


 ずっと、不思議だった。あれほどカイルに剣を持たせることを嫌がったロイドが、いくらカイルが欲しがっていても剣を与えたことが。それも、当時のカイルに見合った剣ではない。長じてからも使うことが出来る大きさの剣を贈ったのだ。守り刀として。

 それは、もう自分自身がカイルを守るための剣ではいられなくなるかもしれないと感じていたから。戦いの中、敵によって命を奪われなくても、聖剣を使うことで命が尽きることを懸念したから。

 強大な力を得た代償、それは否応なしにロイドを蝕んでいたのだろう。いかに龍王の血を引くと言えど、鞘の力なくして剣の力を受け止め使うことの負担は大きかったのだろう。

 大戦が始まってからは、体の痛みも失われる命も、同胞達の命を奪い続けていることへの罰だとも感じていたかもしれない。


 それが決定的になったのは、最後の戦いの直前、カイル達がいた村が襲われ多くの人々が命を落としたことを知った時。

 おそらく、デリウスの罠であり要であった装置を破壊した時、ロイドの体は限界を迎えていたのだろう。足掻く余地すらほとんどないほどに。だが、最後の脱出の一歩を踏みとどまらせたのはきっと抑えきれない罪悪感と後悔とわずかな安堵。

 家族の存在を隠し通すことのできなかった自分自身への不甲斐なさ、そのせいで巻き込んでしまった村人達や屠ってきた同胞達への申し訳なさ、結局カイルに普通の生活もさせられず、父親らしいこともできなかったことへの悔い。

 しかし、最後の希望であったカイルの存在を知られることなく隠し通せる可能性とようやく終わる戦いによって胸を満たした安らぎ。

 そんな複雑な心境が混ざり合っていたのだろう。そして一瞬の判断が生死を分ける戦場において、それはロイドに死をもたらした。


 生き残れたとしても一年も生きられなかったかもしれない。けれど、冥界に行ってカレナに怒られたのだろう。遺されたのがわずかな時間であろうと、だからこそカイルの側にいてあげるべきだったのだと。

 自分から手を離してはいけなかった。例えそれで余計に苦しい思いをさせることになったのだとしても。

「……そういえば師匠、聖剣の力を使う度にしんどそうにしてたッス。大きな力を使うほど反動が大きいんだって、言ってたッスけど。俺、ただただ憧れてたッス。恐ろしいけれど、美しくもある聖剣の力に。でも、それも当然だったッスね。あれは、人の命の輝きそのものだったンスから」

 クラウスはずっとロイドのその背に、そして振るうその剣の力に魅せられていた。誰よりも前に立ち、戦いの場においては誰もがその背しか見ることの叶わない英雄。


 彼らはきっと誰に見られることもない苦悶を浮かべ、誰に知られることもない苦痛を感じていたのだろうに。なのに、誰一人としてそれに気付こうとする者はいなかったのだ。

 そして、剣聖は剣聖であるがゆえにそれを誰にも告げることなく、知らせることもなく戦って死んでいった。そういう者達だったからこそ聖剣に選ばれたのだから。

 クラウスは改めてロイドを尊敬すると同時に、自分自身では逆立ちしても剣聖にはなれなかっただろうと思う。戦いに一生を捧げ、自分を貫く覚悟はある。けれど、誰かのために自分の生涯を捧げ、不可能に挑む意思を持つことは出来そうにない。

 良くも悪くもクラウスは現実主義だった。幼い頃から戦場に生き、自分に出来ることできないことを知っていたから。限界に挑むことはあっても不可能に挑むことはしない。


 しかし、英雄と呼ばれる者達は違うのだ。現実を知っていても、自分に出来ない可能性を分かっていても理想を追い求め、不可能に挑み続ける。

 それで打ちのめされても、傷ついても諦めることなく前を向いて歩み続けることが出来る存在なのだ。クラウスには、そんなことは出来ない。できないと確信してしまっているがゆえに、剣聖にはなれないのだろうと感じていた。

 クラウスと同じような世代で、実力はあるのに聖剣に挑まない者達の多くにはクラウスと共通する思いがあった。

 ロイドという存在を知っていたから。人に出来ないこと、やろうとしないことであっても挑戦してなんだかんだでやり遂げてしまう存在を知っていたから。

 彼を越えられずして剣聖になどなれないと、誰もが思っていたのだ。それは剣の腕云々ではない。人としての器そのものが足りていないのだと。


「……最近のデリウスの襲撃において、奴らの狙いには共通項がいくつかあった。それが国のトップの殺害と聖剣の奪取、もしくは破壊」

 王都の時も今回も彼らは真っ先にトップを狙い、聖剣を手に入れようとしていた。

「……聖剣は前回の大戦でも煮え湯を飲まされた剣聖の誕生を防ぐためとして、国のトップを狙うのは……単純に国の混乱というよりは、おそらく狙われたのは盟約魔法……ということでしょうか」

 エグモントは口元に手を当てて結論を出す。

「そうだ。人界はその不安定さゆえにいくつもの救済措置が設けられている。その一つが聖剣であり、一つは盟約魔法。俺がそれを用いてデリウスの動きを封じることが出来たように。代償を厭わないのであればデリウスにとって最も脅威となり得る存在だ」


「なるほどな。各国の王族に伝わる盟約魔法はいずれも人の手におえぬ存在が現れた際に用いられるもの。奴らが人ならぬ力を身に付けている場合、それが仇となる」

 武王ギュンターも納得する。

「そういうことだ。五大国の国主達に授けられている盟約魔法はそれぞれ異なる五つの領域に干渉できるもの。連携してこられると困るわけだ。ま、術者が王族や代表に限られるだけに数を減らせば連発は出来ないと踏んでたんだろうけどな」

「っ! そ、そんなことまで……知っているのかい?」

 実のところどの国がどの領域に干渉できる盟約魔法を持っているかということは国主や代表だけしか知らないことだ。そしてその秘密は五大国同盟の際に結ぶ誓約書で秘密を守り続けている。


「ま、な。神王様に教えてもらった。いざって時のためにも、な」

 そんなカイルの言葉で、カイルが行使した三つの盟約魔法の元となったのが自分達五大国が授けられた盟約魔法なのだと分かった。

 ことごとくがその効果が反転しているものの、近しい理の元成り立っているのだろうと。だからこそ、この短期間で人界に新たな制約を刻むことが出来たのだと。

 それは同時に残された二つの領域への干渉方法もあるのだと指し示すことでもある。恐らくそれは切り札になり得るのだろう。ただ、その領域における安全と反逆者の存在が確定していないがゆえに行使されていないだけだと。


「……剣術大会は中途半端な形で終わりましたが、例年行われている年末年始のお披露目はするべきでしょう。そして、その場で剣聖の誕生を発表するのがいいかと思います。それまでの間に各国で今後の調整と意識改革も含めた救済措置の準備、および可及的速やかに保護のための人員を回す。……忙しくなりそうですね」

 剣術大会は年末に行われる。と言っても月終わりまでは後半月ほど残されている。そして、年末年始に行われる年越しの行事の時に開催国でパーティを開き、そこで剣聖筆頭と本選出場者達のお披露目が行われるのだ。

 そこには多くの関係者達が集い、盛大に開かれる。年末年始合わせて六日間の行事が予定されていた。


 剣術大会からパーティまである程度の余裕があるのは、もし剣術大会本選参加者の中から剣聖が現れたとしてもお披露目にて発表できるように猶予期間が設けられているのだ。

 聖剣との契約の儀において大きな負担がかかり寝込むのは知られている。主役が出られないのではお披露目も意味がないだろうということだ。

 そして、半月の猶予があるならば、すぐさま国の制度を変えることは出来ずとも、暫定的な救済措置はとれる。特に年末年始は犯罪が横行しやすい。そのため孤児や流れ者に対する粛清が行われやすいのもまたこの時期なのだ。

 今までは黙認してきたそれを実行させるわけにはいかなくなった。たとえ強引であっても国のトップである自分達の責任をもって止め、少しずつでも変えていかなければならないのだから。


「向こうに神がついてても、俺が一年半前にはすでに聖剣と契約したことは知られていないはずだ。一目でそれが分かるのは五王様達だけだからな。だから、この場で契約したことにしておいてくれ。向こうがこっちの力を見誤ってくれるとやりやすい」

 いかに強大な力を持つ聖剣と言えど、契約したてで大きな力は使えない。侮ってかかってくれれば時間も稼げよう。むしろ狙いが一つに絞れることを喜ぶかもしれない。カイル一人さえ殺せれば、盟約魔法も剣聖も失われるのだから。

「そうなると、一定期間静養させておく場所が必要か……」

 武王ギュンターは顎に手を当てて考える。開催国である以上、剣聖の保護とお披露目において主導をするのは彼になる。

「城に連れてきゃいいだろ。どうせ、他の出場者もお披露目までの間は城に滞在させるんだ。あそこなら守りは固いし、手間もねぇ」


「期間は一応一週間くらいにしといてくれ。基本的にはその部屋にいるようにはするけど、ちょいちょい出ることもあると思うから」

「おいおい、見られたら困るんじゃ……」

「見られなきゃいいだろ。心配しなくても実働させるのは影人形シャドウゴーレムだ。俺自身は表だって動けるようになるまでは他領域に行ったりするくらいだよ。まだ細かい調整が必要な部分もあるから」

 特に今回送ったドラゴンや魔獣、送る予定の紫眼の巫女達。そして魔界の面々など顔を合わせておく必要もあるだろう。表だって動けるようになれば、おそらくそうしたことをする暇はなくなる。少なくともお披露目の間は分刻みのスケジュールになりそうだ。


影人形シャドウゴーレム? 聞いたことのない魔法ですが……」

「ああ、土属性魔法の土人形アースゴーレムと影属性魔法の影人形シャドウドールの複合魔法だよ。実体のある人形ゴーレムに影の元になった人物の姿形や能力を反映させて作り出す、精巧な分身みたいなもんだ」

 カイルは言いながらトレバースの隣にトレバースそっくりの影人形シャドウゴーレムを作り上げる。

 影人形シャドウゴーレムは優雅に王族特有の礼を見せると、トレバースそっくりの声でしゃべってみせた。

「こっ、これは……ま、まさかとは思いますが、能力も?」

「込めた魔力量によって再現できる範囲は変わってくるけど、使える」


「すげーな。下手な影武者なんかよりずっとそれらしいぜ」

 ブルーノはまじまじと両者を見比べる。今回は臨時で作ったが、実のところ天使を生み出すのと似たような要領で影人形シャドウドールに仮初の人格を与えることも可能だ。その際に応用で、容姿や能力などを調整することも可能になっている。

 実のところカイルが人界に戻ってくるまでにも、立ち寄った町や村で孤児達の保護をしていた。その彼らは今のところカイルが作り出した空間の一つで生活している。しかし、常にカイルがついているというわけにもいかない。

 そこで、何か方法がないか聞いて神王から自意識を持った影人形シャドウドールの作成を進められた。


 それは理に触れることではないのかと懸念したのだが、天使や魔の者のように命を生み出しているわけではないのでいいらしい。

 言ってみれば、特定の思考能力と判断力を持つゴーレムという扱いらしい。元になった土人形アースゴーレムも最初に与えた簡単な命令は実行できるが応用は効かない。

 それが自分自身の判断で行動でき、経験を積むことで学習して成長できるゴーレムなのだと。それならばギリギリで理に反することにはならないのだと。

 実際に、思っている以上に彼らはいい働きをしてくれている。元々がカイルの魔力と神力によって生み出された存在であるため、裏切りなどは一切心配しなくていい。それでいて説明されなくても自分達が生み出された理由ややるべきことを理解している。


 それに、神力を用いたことでカイルの持つ知識や経験を共有しているのか孤児達に寄り添い、それでいて必要な知識や技術を与えることが出来ている。

 最初は反発も強くて、なかなか心を開いてはくれなかった孤児達だったが、今では独り立ちのために必要な知識や技術を積極的に学んでくれている。これで大々的に孤児達の保護とギルド登録などが出来るようになれば、彼らはしっかりと生きていくことが出来るだろう。

 そして、また自分と同じように誰かを助けることもできるに違いない。そう思わせてくれるくらい、最近は頼もしくなってきている。

 さらに、そうした影人形シャドウドールを各国に派遣することも考えている。カイルが動けない間実働させる人員でもあるし、アドバイザーや連絡係にもなる。離れていても元はカイルの魔力と神力。向こうの状況や情報を伝えることも難しいことではないのだ。


 同時に、各国の監視をも目的としている。今ここにいる人員はほぼ白だろう。しかし、絶対というわけではない。それに、各国にどんな問題があるのか分からない。

 命を懸ける覚悟はあっても命は惜しい。それくらいの安全策をとらせてもらってもいいだろう。鋭い者なら気付くだろうが、だからこそ何もできないということでもある。

 あれだけカイルの敵になることのデメリットや危険性を知ったのだ。敵対行動にもなりかねない真似を軽々しく行いはしないはずだ。


 その後も、いくつかの打ち合わせや話し合いが行われた後、臨時の五大国同盟会議は終了した。カイルはその終了と同時にクロの空間の中に入り、レイチェル達もカイルやクロに付き添う形で武国の城に滞在することになった。

 レイチェルも久しぶりの父親との再会だったのだが、短くいくつかの言葉を交わしただけでお互いに伝えたいことは伝わったようだった。いずれ来る年末のパーティの時にでも家族と再会し積もる話でもするのだろう。

 こうして、波乱の剣術大会は幕を下ろした。人界には大きな希望を、そしてデリウスには先行きの見えない暗雲をもたらして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ