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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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国に匹敵する英雄(バケモノ)

 カレナやジェーンの出身については驚きだったが、それをなぜカイルが知っているのかという疑問は残る。それも精霊達によって得た情報なのだろうか。

「それは、大精霊達に聞いたのですか?」

「いや、母さんやジェーンさんに聞いた」

「っ! で、でも彼女達はもう亡くなって……」

「ああ、だから、冥界にいる母さん達に聞いたんだよ。冥王様からの試練でな、幸せな夢と過酷な現実、どちらを選択するかを迫られた。あの時夢の方を選んでたら、俺はそのまま死んでたんだろうな」

 カイルがどんなに望んでも決して叶うことのなかった夢。カレナがいて、ロイドがいて、ジェーンやクロがいて。村の人達と穏やかに平和に暮らす日々。それは決して叶わないけれど、これからそんな世界を作り出すことは出来るのだと希望をもらえたかけがえのない思い出だ。


「俺には創造属性があった。それに伴って神力も持っていた。神力は聖剣の持つ超常の力を見ても分かるように尋常ならざる破壊や奇跡を起こせる。そして、神力の源になるのは、気力・体力・精神力・生命力・霊力・魔力といった人が持つあらゆる力。それらを糧に神力が生み出される。だから、母さんは体が弱く、短命だった。それは一族の神子全員に共通した特徴だったらしい」

 人ならぬ力を持つがゆえに、命その物を削られていた。カレナはろくに扱うこともできない創造属性があったために生きるために必要な力を奪われ続けていたのだ。だから体が弱く、すぐに熱を出し体を壊していた。

「だが、テメェはそんなふうには見えねぇ。……なるほどな、龍の血か?」

「そうだ。天の三界を除き、地の三界において最強の生命体と言われる龍の血が創造属性のもたらす影響を中和して打ち消してた。父さんが剣だけとはいえ、聖剣の力を最大限引き出せたのは、龍の血によって歴代の剣聖をはるかに上回る神力を生み出すことが出来たからだ」


 剣聖としての素質は別として、剣聖が使うことのできる能力や引き出せる力は生み出される神力による。

「より強い者が剣聖に選ばれるってのは俺の例を見ても分かるように、ただの通説に過ぎず実際のところは違う。ただし、剣聖として扱える力の大きさは人として、生物としてより強い者の方が大きくなるのは確かだ。だから、剣聖になった後でも成長すれば扱える力もそれに合わせて成長する。俺の紋章が、契約当時と比べて変化していたのもそういう理由からだ。剣聖が持つ力が変化したり大きくなればそれに合わせて紋章も変わる」

 トレバースは納得したようにうなずいていた。聖剣と鞘、龍に神の翼は元々の力。それ以外はカイルがこの一年の間に身に付けた力なのだろうと。死神の鎌は冥王から授けられた魂属性の力を、世界樹の木は基本属性と特殊属性すべての大精霊と契約したことで得たものか。もしくは宝玉の力をつかいこなせるようになったことを意味しているのだろう。

 では、あの神の翼と対を為していた黒い翼は? あれは、一体何の力を示しているのだろうか。


「カイル君、変化した紋章についても、それがどういう力なのかも大体は想像できる。でも、あの黒い翼は? あれは、一体……」

 トレバースの言葉にカイルは苦笑する。別に知られたくなかったわけではないが、知らないなら知らないでいいとも思っていた。

 あれはカイルが必死に魔界を生き抜いた証でもある。だが、同時に罪の証でもあるのだ。いかにそれが魔の者の宿命であり必要なことだったとは言っても、カイルもまた多くの魂の犠牲の上に生きているのだから。

「……あれは魔の者としての力を表してる」

「魔の者? 魔王様からも何か力を授かったのかい?」

 答えはもう見えているのだろうに、遠回りに違うだろう? と聞いてくるトレバースの気遣いが逆に痛い。レイチェル達に見せた時には驚かれたけれど避けられることはなかった。でも、全ての者がそういうわけではないだろう。


「いや。魔軍召喚デモンズゲートの時に俺が使った魔力を感じなかったか? あれは、地の三界の生物が持ちえる魔力じゃない。魔の者としての、闇の魔力だ」

「……闇の魔力…………それは、デリウスの魔人達と同じ?」

「天然か、人工かの差はあるけどな。俺も魔人化できるし、魔人としての固有能力も使える。そのうちの一つが、瘴気操作。俺が集めて魔軍召喚デモンズゲートに使ったやつだ」

 魔の者は各々によって必要とする糧が異なり、同時にその糧を得るための能力や属性を有するという特徴がある。カイルの糧は異例である瘴気。それゆえに瘴気操作と言った能力を持っていた。

「ってことはテメェ、テメェも体内に魔石を?」

「そっ、それは、それは除去できないのかい?」


 ただ事実を確認しようとするシモンとは違って、トレバースは落ち着きを失い、カイルの頭からつま先まで見て変化がないかどうかを確かめている。

「そうだな。体内に魔石がある、でもって除去は、無理だな。後天的であっても自然に生まれたもんだ、デリウスの魔人達とは事情が違う。正直なとこ、俺も魔石を除去すればどうなるかは分からない。下手すりゃ死ぬな、魔の者と同じように」

 魔石は魔の者にとって力の源であり、魂の結晶であり、魔力の器でもある。ここまで深く馴染み、魂に結びついた魔石を除去すればどうなるか分からない。

「なっ、なんで、そんな……どうして?」

「それこそ不可抗力だよ。考えてもみろよ、俺は七か月も魔界にいたんだぞ? 魔の者以外は生きていけないって言われる環境に、人の身で七か月だ。色んな意味で生きていくためにも、魔の者としての力を受け入れざるを得なかった」


 何が何でも帰ると誓った。人界でやり遂げなければ、やりたいことがあった。だから、そのせいで人々からそしりを受けることになろうとも、魔の者の力を受け入れることを決めたのだ。

「先ほど魔人化できると言ってましたけど、魔人化しても戻れるってことですかね?」

 ユリアンの眼には恐怖や嫌悪はなかった。ただ純粋な興味がある。もしかしたら魔人化と言った事柄に関しても、それが理を侵すものでないならば商魂をくすぐるものなのだろうか。

「そこが俺とあいつらの違いだな。あいつらは一度魔人化すると元の人の姿には戻れない。その理由に関しても資料に乗ってるからあとで確認してくれればいい。あと、魔人化できても本物の魔人のように能力を十全使いこなせるわけでもないようだな。おまけに魔人化するとあいつらは魔力の自然回復力が極端に低くなる。だから魔力さえ失わせれば魔人達の捕縛は容易だ」

 先ほどカイルが魔人もどき達のリーダーを捕えたように、魔力を奪う手段さえあれば彼らの無力化は簡単にできてしまう。おまけに糧を得らせなければ十日たっても魔力はほとんど回復しないというおまけ付きで。


 魔力の自然回復に関しては捕えた魔人達から判明していたことだったが、彼らの魔人としての能力に関しては初めて知ったのかあちこちで息を飲む声が聞こえた。

「でなけりゃ、下位や中位の魔人一体でもっと大騒ぎになってるよ。あいつら、バカみたいな耐久力と戦闘能力を持ってるんだぞ? 魔界でそういったやつらの相手をしてた時、俺には魔力や傷の回復手段があったし、からめ手も使ってたから対抗できたけど、純粋なガチンコ勝負では戦いの余波で町一つ消える」

 そこが瘴気から生み出された純粋な魔人と後天的に魔人の能力を埋め込まれただけの魔人もどきとの違い。ベースとなる肉体の強度やスペックが違いすぎるがゆえに力を使いこなせていないのだ。

 魔界に行く前に戦った魔人もどき達を基準にしていたのではとてもではないが魔界で生き残れない。クロが教えてくれた格も、あくまで魔石の大きさや純度などから判断してのものだった。実際本物の下位や中位の妖魔や魔人を相手にしたことのあるカイルからすれば、もどきは所詮もどきでしかなかったと言える。


「じゃあ、テメェはどうなんだ?」

「……魔界基準でいくと最高位の魔人と判断されたよ。使いこなすための肉体づくりと修行は魔界でも嫌って程やったし、その気になれば俺一人で五大国の一角くらいなら落とせるさ。……その気は全くないから落ち着いてくれ」

 シモンの問いに素直に答えると、五大国の国主達はぎくりとした顔をして、周囲を囲う護衛達に動揺が走り、わずかに警戒心が生まれた。なので、両手を上げて敵意がないことを示す。

「…………そうか。本当に色々あったんだね。その姿を見せてもらうことは可能かな?」

 トレバースは諦めたような、全てを受け入れたかのような顔をして深く椅子に腰かける。それからカイルを気遣うようにして見てきた。

 見せたくないなら断っても構わない、そんな言外の言葉を聞き取ることが出来た。まぁ、確かに見てもらっておいて損はないかと思う。いざ魔人としての力を必要とした時、変化した後で敵対行動をとられても困る。


「いいけど、俺、まだクロほど気配を抑えられないから。まぁ、気をしっかり持ってくれよ?」

 カイルと同じ本選出場や護衛の者達はいいだろう。だが、普段そういった脅威にさらされることの少ない国主達には少々きついかもしれない。

 前置きをしてから、カイルは自らの内にある魔石の力を解放し、その魔力を全身に行きわたらせる。龍人化や龍化の時にも似た、肉体が細胞レベルで変化するのを感じながら、闇がカイルの姿を一瞬覆う。

 そして、現れた姿に息を飲むと同時に叩き付けられた生物としての危機感にみんな肌が泡立つ。魔の者を前にした時に本能的に抱く恐怖が知らず知らず体を震わせていた。

 輝く銀の髪はそのままに、耳があった場所にはヒレが覗いている。白い肌は透明度を増し、光の加減によって浮かぶ鱗の模様がキラキラと光を弾いている。背中から生えるのは紋章と同じ漆黒の翼。そして、使い魔であるクロと同じような黒い毛におおわれた尻尾が三本、背後で揺れている。

 前は白かった爪が龍の力を使えるようになったためか金色に変化している。完全に魔人化するのは久しぶりだったので気付かなかった。そして、宝石のような紫の眼には不思議な模様が浮かんでいた。


 人であった時と、見た目的にはそこまで大きな変化はない。だが、感じる気配も力も人のものではなかった。デリウスの魔人達はどれだけ外見が変化しようと、どこか人間臭さが残っていた。

 だが、カイルからそう言った気配は微塵も感じられなかった。身じろぎすれば、それこそ死んでしまうかもしれない、そんな極度の緊張が広がっていた。

「あー、そこまで反応されるとさすがにちょっとショックなんだが……。まぁ、よっぽど必要じゃなけりゃこの姿にはならないから。この姿にならなくてもある程度までなら能力は使えるからな」

 魔人化したほうが違和感なく、より強力な効果を発揮するのだが、こうも怖がられるのでは気が引ける。レイチェル達も今では慣れたが、最初の内は動きが鈍っていた。


 カイルは一つため息をついて魔人化を解除して元の姿に戻る。その瞬間、金縛りが解けたように部屋のあちこちでため息が漏れた。知らず知らずのうちに息を詰めていたらしい。

「……あれが、本来の魔人が持つ威圧……ですか。確かに、ものが違いますね」

『当然だ。どのような力であれそれを受け入れる器がなければ真価など発揮できぬ。我ら魔の者と人とでは元々の体の作りが違いすぎるのでな』

 魔の者にも当然器の大きさの限界というものがある。しかし、魔の者達はそれを進化という形で乗り越え受け入れることが可能だ。だからこそ、格に見合っただけの実力を有しているともいえる。

 魔の者には魔石に見合わぬ器などというものが存在しないのだから。デリウスのように魔石は立派でも肉体がそれに見合わず能力を発揮できないということはない。


「……ぐ、具体的に君の魔人としての能力を教えてもらうことは出来るのかね?」

 共和国大統領ラルフの言葉に、カイルはラルフの方を向く。ラルフは反射的にビクリと体を震わせたが、カイルはそれに小さく肩をすくめて答えた。

「瘴気操作はさっき言ったよな。で、翼があるから当然空は飛べる、尻尾もあるんで武器として使うことも可能だな。身体能力や魔力の底上げは当然として、魔人化の状態でも人としての力、つまりは無属性の魔力や気功、聖剣も扱える。あとは、魔眼だな」

 素直に教えてくれるとは思っていなかったのか、一瞬ラルフは呆けたような顔をしたが、すぐにその顔を引き締める。

 事なかれ主義でも、そうだからこそカイルの言葉に秘められた危険性に気付いたからだ。魔人化した者達を調べる過程で、彼らが魔人としての力を有しながらも、人としての肉体をベースにしているためか人としての能力をも失っていないことが判明していた。


 つまりは、魔の者にはできない無属性魔法による強化や補助、光属性魔法の使用、人によっては気功さえも使えるということなのだ。

 今はそう言った魔人達との遭遇や戦闘がほとんどないからいい。だが、いざそういった魔人達との戦いが起きればどうなるのか。人としての力の上に魔人としてのスペックを上乗せした一騎当千の相手と戦わなければならなくなるということだ。

 魔人化した者の元の能力が高ければ高いほど脅威度は増すだろう。その懸念があっただけに、カイルに肯定された事実には苦々しいものしか感じない。

 魔人化後の復帰が不可能であることや、魔力の自然回復が少ないことを差し引いても魔人化によるメリットは大きい。死後のデメリットを知らなければ自ら欲する者も多かっただろうと思わせるほどには。


「魔眼、ですか。今のところそういった特殊能力を持つ魔人達の存在は確認されていませんね」

 エグモントはラルフとは別の部分に興味を抱いたのか、記憶を探りながら発現する。そう、魔人や妖魔の中には中位以上になると特殊な能力を持つ個体も多くなってくる。

 人界にはそういった個体が入ってくること自体が少ないため、文献も過去の記録も少ない。しかし、だからといってデリウスの戦力にそういった能力を持つ者がいないという保証はない。

 むしろそんな強力な力を持っていれば秘匿し、温存しておくだろう。起死回生の一手にもなり得るのだから。

「基本的には目を閉じるか相手の眼を潰すかすれば防げる。俺の場合は自力で回復できるから一時しのぎにしかならないけど、そうじゃない相手には有効だと思うぞ? ま、魔眼の能力にもよるけど」


 リリスやかつてカイルが戦った魔人のように相手と眼を合わさなくても発動する転移系やカイルが持つような魔眼に対しては自分の眼を閉じても意味はない。だが、金縛り系や精神攻撃系の魔眼であれば有効だし、相手の眼を潰してしまえば時間稼ぎにはなる。

 再生系の能力を持つ魔人は少ないし、人の中で光属性を持つ者もまた少ないのだから。回復要員は手元に置いておきたいだろうし、前線に出てくることは少ないだろう。

「カイル君の、魔眼は?」

「右目は『吸魔』、視認した魔法でも魔力でも喰らえる。つまり俺に魔法は効かず、見られただけで根こそぎ魔力を奪われるってことだ。で、食らった魔法や魔力は俺自身のものになる。左目は『治癒』、視認した相手の傷を治すことが出来る。消費する魔力は傷による。自分の傷も治せるけど、その場合は直接傷を見る必要がある」


 カイルが持つ治癒の魔眼。それはある意味所有者に厳しく、周囲に優しいものだった。他者の傷であれば、傷がどこにあろうと相手の姿を目に映すだけでよかったが、自分自身の傷に対してはその傷を見る必要があった。

 強者同士の戦いで相手から目を離すことなどあり得ないし、見えない場所に付けられた傷には対応できない。本当に自分のためではなく、他者のために発現したような能力だ。

「それは、何とも……」

「魔人化の際に糧とされるものや能力なんかは、当人の意思や願い、趣味嗜好にも左右されるらしい」

 カイルは魔界の瘴気の中で生きていくことを余儀なくされ、常に瘴気を生きていくための力に変えていた。他者からの魔法に常に苦しめられてきた。そして、自分自身よりも誰かの傷をいやすことを優先してきた。


 そういったことが、カイルの魔人としての能力や糧に影響を与えた。それに気付いた者は、罪悪感とも敬意とも言えぬ感情をこめた目で見てくる。

「デリウスにとっては戦いにくいだろうな。遠距離攻撃は潰され、魔人の魔力は奪われ、それがそのまま敵の傷をいやす力として使われるんだから」

 カイルの言葉にはっとなる面々。そう、カイルを敵に回すということはそういうことなのだとようやく気付いたようだ。盟約魔法による戦力だけではない。カイル一人で、相手の長所の全てを潰し味方の損耗を防げる。うまくやれば死傷者をほとんど出すことなく勝利することだって可能になるのだと。

 同時に国としてもカイルを敵に回すことに利も勝ちも見えないことに。たった一人、たった一人でカイルは一国と対等以上に戦えるということを改めて実感したのだ。

 それこそが英雄、多くの人々の期待を背負い、責任と覚悟を持って戦いに挑む者。ゆえに、只人ではいられない。英雄バケモノの名に相応しく、人外の力を有する者なのだと。

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