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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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魔人化の秘密 後編

 室内は不思議な静寂に包まれている。資料は国主達から側近、そして護衛していた者達にも回されていた。誰もが感じていた、今まで見過ごしてきた犠牲にしてきたものが、悪意を持って自分達に返ってくる現実を。

「……大戦で死んだ人達のどれくらいが魔石適合のために使われたのかは分からない。ただ、冥王様が見過ごすには多く、動くためには足りないとしか。そして、儀式魔法に使われたのは……その多くは行き場を失った流れ者や……孤児達だ」

 そう、大戦によって家や家族を失い、故郷に居場所を失った者達。襲撃の背景から、身元がはっきりしない者を受け入れがたい空気が彼らを孤立させ、非道な扱いを容認させた。それさえも、デリウスの狙いだったのだと気付けないままに、社会的弱者に向けられた鬱憤と憎悪。


 誰にも気にかけられることもなく、いなくなっても誰も気にしない。そんな彼らが失ったのは、家族や家や故郷、人生だけではない。命と魂そのものの未来。

「俺も、一歩間違ってたらそうなってたかもな。……王都落としで、保護された孤児はいずれも五歳未満の子供達ばかりだった。裏社会の粛清で殺された仲間や、連れ去られた奴らももしかしたら、な。俺が、裏の奴らに睨まれてたのは自分達の手足や将来的な仲間を取られたからだけじゃない。たぶん、得意先だったデリウスの思惑をも阻む存在でもあったからだ」

 カイルは自分でも気付かないうちに、知らないうちにデリウスの活動を阻害していた。それはそれは目障りな存在だっただろう。ただ、裏の連中は町ごとに独立していることやカイルがどの町にも長居することなく移動していたことで、その存在が広く知られることなく消されることもなかった。


 せいぜいが目障りで邪魔な存在。けれど、下手にデリウスに知らせれば自分達の無能をさらすことになるので沈黙して排除しようとしていたというところなのだろう。

 カイルは隣で震える拳を握っているトレバースを横目で見る。彼の心情を思えば声をかけることもためらわれた。

 王都落としで王都にあふれた孤児達。だが、実際はその数倍から数十倍はいたはずの子供達。彼らはどこに消えてしまったのか。親に売られ、捨てられ、あるいはせめてもの情けと王都に向かったはずの子供達はその道中でほとんどが姿を消していた。

 調べてもどこへ行ったか分からず、目の前の対応に追われていつしか記憶の片隅に追いやられていた。その彼らがたどったのであろう最期を思うと、自分自身が許せないのだと。


「……誰でも、よかったんだ。ただ、表の人達を攫えば目立つし足がつくかもしれないし思惑を悟られるかもしれない。でも、孤児や流れ者は誰も省みない。そうなる様に仕向けられた。向こうの方が一枚も二枚も上手で、悪辣で残虐だっただけだ。それを見抜けなかったからって気落ちする必要なんてない。むしろ気付けた方が異常だ」

「だがっ! 一体、どれだけの子供達がっ! どれだけの人々が犠牲にっ!! 目に見える人々を救うのに必死で、その過程で犠牲になった者達に気付けなかったなんて……本当にすまないことを……」

 トレバースの声は震えていた。後ろに座っていたクリストフは蒼白な顔のまま、手をぎゅっと握り、静かに涙を流していた。考えたこともなかったひどい現実を突きつけられて。自分達の罪を改めて考えさせられて。


「……ざけるな…………」

「カイル君?」

「ふざけるなっ! 今更、今更そんなふうに謝るなっ! 後悔するのも、自責するのも、みんな、みんな遅すぎるんだっ!! 気付けなかった? 知らなかった? そんなわけがないだろうっ! 誰もが知ってた、見てたはずだっ! 大戦の影響で爆発的に増えた流れ者のこともっ! 路地裏で暮らす孤児達がいたこともっ! 罪を重ねることでしか生きていけなかったこともっ! 孤児院で酷使されていたこともっ!! 気付いていたくせにっ、見ないふりを、聞こえていないふりをしてきたんだろうっ! 自分とは関係ないから、町の風紀と治安を脅かす存在だから、必要な犠牲だからと眼をそらしてっ! 何も知ろうとしなかった! 俺が、俺達がどんなふうに、どんな気持ちで毎日を生きていたのか分かりもしないくせにっ、謝るなっ!!」

 だが、カイルはそんなトレバースの謝罪と懺悔を聞いていることが出来なかった。体の不調など吹き飛ぶほどの怒りで立ち上がると、トレバースを睨み付けるように見下ろす。そして、唖然とした顔でこちらを見る面々にも視線を巡らせた。


「未だ死にあふれていた路地裏の通り一つ向こうで、ようやく訪れた平和と安寧に笑顔を浮かべる人々をどれだけ憎らしく思ったのか。餓死しそうな空腹の中、食べられなかったからと残される料理をどんな思いで見てきたか。目障りだからと斬り殺され、後腐れがないからと犯されてうち捨てられ、都合がいいからと人々に使いつぶされる仲間達がどれだけいたと思ってる。俺は、許さない。同じ人なのに、ゴミ扱いされドブネズミと呼んだ人々から受けた仕打ちを忘れない。謝って許されるくらいなら、死んでいった奴らの命がそんなに軽いというなら、俺は今こんな場所になんて立ってない。力づくでも今の世の中を変える。そのために求めた力で、欲した立場だ。これ以上、死んだ奴らを侮辱するな。謝ってすむような段階何てもうとうに過ぎてる。死んだ奴らの命は戻らない。だから、彼らが託してくれた思いだけは誰にも踏みにじらせない。これ以上、俺らを馬鹿にするなよ? 自己満足の謝罪なんか腹の足しにもならない。必要なのはあの路地裏から抜け出す方法だけだ」


 それさえあれば、後は彼らの意思一つ。誰よりも過酷な環境で生き抜いてきたからこそ、誰よりも強い意志がある。それは、生への執着。孤児達は誰よりも生きる意志が強い。だから、たった一つのきっかけであろうとチャンスがあればそれにしがみついてでも強く生きていける。

 そんな彼らを侮り、見下すことなど許すわけにはいかなかった。皆が思うより孤児達は強く、そしてそのうちに秘める闇は大きいのだから。

 簡単にその闇を払拭できるなどと思わないことだ。そして、社会に守られてきた普通の子供とも違う。簡単に解決できるような問題ではないのだから。

「…………君も、わたし達を恨んでいるのかい?」

「当然だろう? ただ、それを個人や国に向けたところで意味がないと分かっているから、普段は深く沈めてるだけだ。『光が強ければ闇もまた濃い、光と闇の均衡が保たれ、正しくあろうとするその魂の輝きが失われない限り宝玉はお前と共にある』と、そう精霊王様にも言われてる。俺が善意だけで動いているとは思わないことだ。これは俺達の復讐でもある」


 初めて聞いたかもしれないカイルの本音に、トレバースは打ちのめされながらも自分があまりにも孤児や流れ者達の問題を軽く考えすぎていたことを感じた。

 その通りだ。今更謝ったところで許されるものか。自分達がやらなければならないのは謝罪ではない。これ以上、流れ者や子供達が理不尽に虐げられ死んでしまうことがない環境を、世の中を作り上げること。

 それだけが自分達に出来る償いであり、死んでいった者達に報いる方法。謝ったところで、冥界に向かうこともできず来世をも失った者達に届くことなどないのだから。

「……一つ一つの眼に見える形で起きた出来事に感じた怒りや憎しみならどうにか消化できる。でも、目に見えない、終わりの見えないいわれなき悪意にさらされて降り積もる怒りや憎しみは、消えてくれないんだ。根本から変わらない限り、ずっと抱え続けて生きなきゃならない。それは苦しいし、辛い。だから、心の底から笑ってもう償いは十分だって思える日が来たら、その時には許せると思うから」


 でも、少なくとも今はまだ無理だ。謝られても許せる気がしない。仕返しはしない、でも償いはしてもらわなければならない。それが、カイルがここに立った理由なのだから。

 ずっと、ずっと思ってきた。なぜ自分達がこんな目に合わなければならないのか。親を失ったことがそんなにいけないことなのか。孤児には何をしてもいいというのか。答えの出ない疑問を繰り返し、行き場のない怒りと憎しみを抱えて。

 でも、それをぶつけることは自分達の命を縮めることで、それを吐き出すことは誰も許してくれなくて。だから、いつしか自分の中で深く深く心の奥底に沈めて考えないようにした。

 底なしの闇を抱えたまま、どうにか光を目指して歩いて行こうとした。人々の悪意にさらされながら、その中にある善意を探そうとした。それに訴えかけるようにして自分達の居場所を作り出そうとした。


 でも、消えなかった。自分達に向けられる形のない、眼に見えない悪意が澱のように降り積もり、闇は深くなっていく。無視できないほどに、でも、押さえ込まなければならない。そうでなければ生きていけないのだから。

 そうやって、いつしか自分でも忘れてしまっていた心の闇。それを魔界での魔王との修行の中で突き付けられた。動揺し、狼狽し、打ちのめされた。自分がこれほど醜く、おぞましい感情を抱えていたのかと愕然とした。

 でも、それは目をそらしていいものではなかった。見ないふりをしていいものではなかったのだ。それをしてしまえば、自分達の存在を知っていたのに、見えていたのに知らないふりを見ないふりをしてきた者達と同じになってしまう。

 だから、自分の闇に向き合った。吐き気がするほど気分が悪く、自分で自分が嫌いになりそうだったけれど。それでも、捨てていい感情ではないと思ったから。これこそが、自分が強くなるためにも、夢を叶えるためにも必要な自分の一部なのだと感じたから。


 いつの日か、そんな悪意が消え誰もが当たり前の幸せを享受することが出来るようになった時、その闇も自分の中で形を変えていくのだろう。なくなることはなくても、身を焦がすような、心が黒く染まるような思いはしないようになるだろう。

 そうなる日を願い、そうなる日を実現させるために今ここにいるのだから。だから、ちゃんと伝えなくてはならない。自分の思いを、その光も闇も。その上で、認めてもらわなくてはならないのだ。

「自分が生まれてきた理由や、生きている意味を子供が死の間際に自問自答しなきゃならない世の中は正しいと思うか? 死ななきゃいけない理由もなく、何の意味もなく死んでいくことを自覚しながら命を落とす子供達がいる現実は許していいと思うか? 自分の明日さえ想像できない子供達がいる今は受け入れていいと思うか? 俺は、思わない。そんな世の中も現実も今も、壊して作り替える。だから、協力してほしいなんて言わない。償え! それがあんた達の罪だ」


 愛情の反対は何だろうか。憎しみ? 嫌悪? 忌避? どれも違う。どれも、相手のことをきちんと認識して初めて抱く感情だ。愛の派生であって反対ではない。では、反対は? それは、相手のことを自分の意識下にさえ入れないこと、無関心。

 どのような形で在れ、愛の結果生み出された命が、無関心によって失われていく。無関心なのだから、彼らがどうなろうと誰も何も思うところなどない。彼らに向ける感情など、意識など皆無に等しいのだから。

 近くに来れば目障りだし、悪さをすれば怒りを抱く。けれど、それも一時的なもので、自分の眼に触れないならば何も思わない。そこに存在しているのに、同じ場所に同じようにして生きている同じ存在なのに。


 数多の無関心という名の形なき悪意。誰もが意識しないが故の眼に見えることのない悪意。けれど、どれだけ民が無関心を貫こうと、国のトップだけは目を向けなければならなかった。彼らだけは無関心を貫いてはいけなかったのだ。

 けれど、彼らは民と同じように無関心を貫いた。あるいは、あえて関心を向けずに見殺しにした。ならば、それは彼らの罪だ。知っていて何もしなかったのは、知らずに虐げたよりも罪は重いだろう。

 それを自覚したならば、償わなければならないだろう。もう取り返しなどつかないけれど、せめてこれからを生きる、今生きている者だけでも救うことが出来るように。これ以上の悲劇と悪意を積み重ねないために。


「…………わたし達の罪、ですか。取引の時に言っていた、孤児達がデリウスの増強のために利用されているかもしれない。その真相が、これ、ですか……」

 ユリアンが静かな、けれどこみ上げる思いのためかかすれる声でつぶやく。孤児達の保護を進めるうえで、納得させる材料の一つとして挙げた情報。その時には確信がなかったこともあって詳細は告げなかった。

 けれど、獣界・精霊界と渡り五王との面談が叶ったことで確実になった。デリウスのあまりにもおぞましい行いも、それを知らず知らずのうちに人界の人々すべてが加担していたことも。

「その真実と罪を世界に公表する。それでもまだ孤児達や流れ者を排斥しようとするなら、それは俺の敵になるということでもある。んでもって、もれなく呪印の洗礼を受ける。呪印を刻まれた者はそれ以上罪を犯すことを許されない。文字通り精霊からの制裁を受けるからな」


 ただ、精霊神教の者達から紫眼の巫女達を解放するためだけに使った盟約魔法ではない。デリウスとの戦いと、カイル自身の夢のためにも必要な措置なのだ。

「……今、魔界から供給されている魔人化のための魔石は魔王様が手を加えて、適合のための生贄や儀式魔法が必要ないものに変わってる。喜んでいたらしいぜ? 調達が難しくなくても、面倒なのは確かだからな。殺すのも、攫うのも。それなしに戦力が増やせるんだ。嬉々として使っているらしい」

 半年ほど前からデリウスに出回っている魔人化用の魔石はダミーであり、ある意味完成品とも言える。さすがは魔王というべきなのか。リプリーが数十年かかっても完成させられず、生贄や儀式魔法を必要とした魔石をあっという間に理想の形に作り上げてしまった。


「生贄や代償を必要としなくなった今なら、大々的に孤児達の保護を行ったとしてもデリウスからの妨害は起こらないだろうな。きっかけなら俺にしとけばいい。剣聖筆頭になって、おまけに剣聖になった存在が同じ境遇である孤児達の保護を望んだなら、大義名分も立つ。向こうの手口を知っているという情報を伏せながら、疑問を持たれることなくことを起こせる」

 誰もが口を挟まないのをいいことに、カイルは話を進めていく。もともとこの場は今後の対応を決めるための会議をしていたはずだ。カイルのことがあって一時会議が停滞していたが、本来話し合うのはこういった事柄だろう。

「……そこまでこちらの内情を伏せる理由を聞かせてもらえますか?」

 エグモントもどうにか己の内にある葛藤を飲み込んだのか、為政者としてなすべきことに意識を向けることで切り替えようとしたのか、顔を上げる。けれどその眼は揺れていて、内心は激しく動揺していることがうかがえた。


「向こうが情報収集能力と情報操作能力に長けてるのは前回の大戦や今までの活動で分かっているだろう? こちらの内情を知られると、対応されたり裏をかかれる可能性が高い。あくまで向こうが主導で、優勢だと思わせれば行動を読みやすく御しやすい。俺は、これ以上あいつらに好き勝手にさせるつもりはない。前回の大戦と同じようなことは起こさせない。理想は何もさせずに勝つことだ」

 まあ、実際どう出るか分からないから、あくまで理想だけどな、と付け加えたカイルを、みんな奇異なものを見る目で見てくる。

 そんなにおかしなことを言っただろうか。何のために準備して、何のために長い時間をかけて修行をして、何のために三つも盟約魔法を使ったと思っているのか。全部、デリウスの動きを封じて一網打尽に叩きのめすためだ。

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