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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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カミーユの断罪

レイチェルサイド

 まず入ってきたのは、トマスより頭二つ分くらい低い少年。茶色い髪に瞳をしており、質素な服と鎧を着こんでいるがところどころに装飾品を取り入れている。レイチェル達は一目見て実力者であることを感じ取った。腰には二本の剣をクロスさせて装備しており、レイチェル達に鋭い視線を向けてくる。

 その後に入ってきた者達を見て、レイチェルは思わず眉をひそめた。一人の少年と、二人の男。少年は銀にも見える灰色の髪に青い瞳、装飾過多な服を着こみ、これまた装飾の多い剣を下げている。成金といった風情だ。

 それに付き従う男達も粗野な雰囲気が隠せない。どう考えてもチンピラだ。


「ご紹介しましょう。こちらはSSランカー『双竜』のキリル=ギルバート君。そして、先ほどお話しした”剣聖の息子”のカミーユ=アンデルセン様」

 トマスに紹介を受けたカミーユはふんぞり返ってレイチェル達を見下ろす。だが、ハンナ、レイチェル、アミルと見ていくうちにその顔にいやらしい笑みが浮かぶ。何を考えているのか丸わかりだ。なるほど、このような愚物か、とレイチェルは納得する。道理でギルド登録などするものだ。


「そうか。わたしはレイチェル=キルディス。センスティ王国近衛騎士団所属、ハンターギルドSSランク『白の舞姫』だ」

「わたしはハンナ=テレサ=ルディアーノ。魔法ギルドSSランク『緑魔』」

「わたくしはエルフ王家の末、アミル=トレンティンですわ。魔法ギルドSSランク『聖女』と称されておりますわ」

「俺はトーマ=グレヴィル。バラン流師範代、ハンターギルドSSランク『赤狼』だ!」

「俺はダリル=アドヴァン。ハンターギルドSSランク『氷の刃』」

 キリルもそうそうたる面々に驚きを隠せない。だが、カミーユの興奮はそれ以上だった。SSランクなど滅多に見るものではない。さらには王都の洗練された雰囲気に加え、みな先んじて名乗りを上げてくれた。まるでカミーユに自らを売り込んでくるように。


「そうか。僕はカミーユ=アンデルセン。剣聖の息子だ! ギルドには入ったばかりだ。だが、すぐにランクを上げて見せるさ」

 尊大な態度で自らを紹介するカミーユを誰もが睨み付けるように見ていることに本人は気付いていない。たとえカミーユもあの村の犠牲者の一人だったとはいえ、剣聖の息子の名を使い好き放題してきた罪が消えるわけではない。何より残虐な手口で次々と罪を重ねてきたことは明白だ。

「そうか。我々は王の命により”剣聖の息子”を探しに来た。無事保護し、王都へお迎えするようにと」

「! 王都へ? そ、そうか。王が僕を……僕を必要としているんだな?」

「それに危険が迫ってる」

「危険?!」

「敵が狙ってる」

 ハンナの言葉にカミーユは大仰に身を震わせる。思い当たるところが多すぎる。しかし、そうなる前に王都から、これほどの実力者達がそろって迎えに来た。王都へ迎え入れるために。


「ずっと探してたんだぜ? 辺境の村からぐるっと」

「見聞を広めるために旅に出たんだ」

「あら、ではわたくしと同じですわね」

「う、うむ」

 有頂天になっているカミーユにトーマが肩をすくめて、アミルは共感を示す。そのたびにカミーユの機嫌はうなぎのぼりに上がっていく。唯一参加しなかったダリルはそっぽを向いてため息をついていた。

 実のところ、剣聖の息子の死に一番衝撃を受けていたのはダリルだった。何の不自由もなく身勝手に生きていると思った存在が、わずか五歳でその生涯を閉じていたなどと。その才能を開花させることも、世界を知ることもなく、ひっそりと辺境で謀殺されていたなどと。それも醜い欲望の果てに。


 望まず生を受け、愛ではなく暴力と責務だけを与えられて育った。そして役立たずだと分かり、あっさり捨てられた人生。みじめに終わると思っていたところを拾われ、こうして生き永らえ研鑽を積むことができた。

 ダリルが感じていた嫉妬など身勝手な独りよがりだったと思い知らされた。妬ましく思うこと自体意味などなかったのだから。

 一方のキリルも剣聖の息子を探しに来たというにはあまりに不穏当な気配を感じて、彼らを観察する。カミーユは気付いていないが、取り巻き達は殺気にも似た闘気をぶつけられ身動き取れなくなっている。さらに魔法で拘束されている。声も出せないようだ。

 後ろで起きている異常にも気付かないカミーユはいっそ憐れだった。だが、キリルは隣で震えているトマスにジト目を向ける。いつまで遊んでいるつもりか、と。


「ブフッ! いや、失礼。あまりにもおかしくてね」

「何がだ、ギルドマスター」

「君の滑稽さにだよ。偽者君」

「な、なっ、何だとっ!」

 カミーユはいきり立ってトマスに飛びかかろうとする。しかし、一瞬で足元から伸びてきた光の帯に拘束され身動きを封じられてしまった。

「な、何だこれはっ! 何をするっ!」

「何をする、ねぇ。それはこっちのセリフだよ、よくも今まで好き勝手にやってくれたね。剣聖の息子の名を使って」

「なっ、事実だろう。僕は、剣聖の……」

「カミーユ=ドノバン。センスティ王国と隣接する西の大国、ウルティガ商業国辺境の村が君の本当の出身地だ。君はそこの孤児だった。五歳の時まではね」

 トマスの言葉にカミーユは声を失って呆然となる。


「そこに辺境の村ポルヴィンの村長達が来て、君を連れていった。剣聖の息子の後釜に据えるために」

「ぼ、僕は……」

「君はたまたま容姿が似ていたんだろうね。わたしから言わせるとクソくらえ……失礼、全く似ていないと思うのだが。そうして選ばれた、村に財をもたらすだけの人形として」

「あ……」

 カミーユの脳裏に思い浮かぶのは、手を引っ張られて連れていかれて、ごてごてとした部屋に押し込まれた記憶。それまではずっとひもじい思いをしていたのに、三食与えられ暖かい布団で眠った記憶。そして、剣聖の息子なのだと言い聞かされた記憶。


「村にとって誤算だったのは、君の増長だ。多少はそうなった方が、将来的に言い訳が立ちやすくなるからある程度黙認されてきたんだろうけど。でも、君はやりすぎた」

 村人達も財をもたらす人形が与える被害に辟易としていた。もしあれ以上ひどくなるようなら、カミーユもまた人知れず消されていたのかもしれない。あの時村を出ていかなければ、死んでいたのかもしれない。そういう意味では幸運だったのだろう。きっかけになった悪事は最悪だが。


「村を出てからも君はひどいことばかりをしてきたね。暴行・強姦・強盗・殺人。とても見過ごせるものじゃないよ」

「な、なんで……」

「ああ、君は知らなかったんだね。まあ、仕方ないね。これは高ランカーでも一部にしか知らされていないことだから。いいかい、ギルドカードというのはね一度登録すると、たとえギルドメンバーの資格を失っても死ぬまで罪状がつづられるものなんだよ」

「で、でも、僕は……登録してからは……」

「そう、登録してからは君は大人しくしていた。一応はね。けれど、登録すると”過去に遡って”その罪を調べることもできるんだ。精霊様の協力と専用の道具があればね」

 トマスに明かされた真実にカミーユの口は空いたままふさがらない。そして、そのことを知らなかったキリルもまた驚きを隠せないでいた。なるほど、カミーユの罪を暴くことができると豪語するはずだ。


 先ほどトマスが王都組と交わしていた会話もこういうわけだった。トマスはカミーユを巧みに登録へと誘い、過去の犯罪歴を微に入り細を穿って暴き出したのだろう。そうなれば、当然カミーユの罪は明白となり、カイルの無実も晴らせるというわけだ。

「だ、だが……裏とのつながりを持てばそれを隠せると……」

「それができるのは、裏社会を牛耳る幹部以上の連中だよ。頭が痛いことにね」

「で、では、あいつは……カイルはっ! あいつは孤児の流れ者で、だから裏とも繋がりがあってそれで僕を陥れようと……」

「彼に罪があるわけがないだろう? それに、後ろ暗い繋がりもない。そもそも彼を陥れようとしたのは君だろう? 自分の作り話にどこまではまり込んでいるんだい?」

 トマスに指摘され、カミーユは思い出す。主との戦いを邪魔された腹いせにそういうストーリーを作り上げたことを。警備隊やキリルがそれを信じたから、カミーユもそれが真実であったかのように思いこんでいた。


「キリル? キリルっ! 僕を助けろ、お前は、僕に忠誠を誓っただろう!」

 カミーユはキリルの存在を思い出し、わめく。王都組の視線がキリルに向く。同じSSランカー同士が戦えば勝敗の行方は分からないし被害も尋常ではない。それに、カミーユの言葉はキリルと敵対するに値するものだ。まさか、このような人物に忠誠を誓うなどと。

「そうだな。誓った」

「そうだろう!」

 キリルの言葉に、臨戦態勢に入るレイチェル達。だが、トマスは悠々と見守る姿勢を崩さない。まるで面白い見世物であるように。


「剣を捧げ、つるぎとなることを誓った者を救うために、偽りの忠誠を捧げた」

「なっ!」

「本当に大切な存在を守るために、自らを犠牲にする覚悟をした。救えるなら、俺の名がどれだけ傷つこうと構わない。俺は、カイルを助けると誓いを立てた。そのためにお前に偽の忠誠を誓っただけだ。お前のために振るう剣など持っていない」

 味方だと信じ込んでいたキリルの造反に今度こそカミーユは進退窮まった。


「違うっ! 僕は剣聖の息子だ。ロイド=アンデルセンの、息子なんだっ! そ、そうだ、指輪がある。家紋が刻まれた指輪、あれが僕の……」

「あの指輪は鑑定の結果、正真正銘アンデルセン家のものと判明したよ」

「ほ、ほら! あれを持っていたのは僕だ。だから僕が……」

「本物と分かったからこそ、君が偽者だとはっきりしたんだ」

「え……?」

 トマスは宣言通り専門家による鑑定を行っていた。結果は本物というもの。さすがに村人達も使ったり売ったりすれば確実に足がつく印章の刻まれた指輪だけはどうにもできなかったらしい。捨てることもできず、そしてカミーユの手に渡った。


「知っているかい。高位の印章が刻まれた指輪というものは時として身分証としても使われると」

「だ、だから僕が持って……」

「ただ、持っていただけでは証にならないだろう? 盗まれて悪用されたら非常にまずいものだ。君がやったようにね。あれは相当な力を持つ。だから、そのために細工がしてある」

「細工?」

「そう。同じ血を引く者、その血統に連なる者だけに反応する細工がね。英雄でもある剣聖様に与えられた印章。その細工は見事なものだと聞いているよ。さて、それを今一度君の手に戻してみようか?」

 トマスの言葉に答えるように、身動きが取れなかったカミーユの手がひとりでに持ち上がり手を開く。そこへトマスが指輪を乗せた。しかし、何も起こらず何の反応も見せない。


「ほら、そうだろう?」

「な、何が起きるって言うんだ。こんな指輪……」

「なるほど、見事なものですわね。こちら、本来の持ち主の手に渡れば銀の龍が顕現するようですわね」

 こうした代物を見慣れ、また魔に造詣の深いアミルが感嘆の声を上げる。実物を見ればもっと感動するだろう。それほどに見事な細工がなされている。

「わたしもそう聞いているよ。つまり、君はロイド様の血縁者ではない」

 最後通牒を突き付けられ、カミーユは呆然としたまま立ち尽くした。今まで信じてきたすべてが崩れ去っていく。何もかもが手のひらからこぼれ、幻だったのだと思い知らされる。残ったのは血に汚れた手と、魂に刻まれた罪。ただのカミーユ=アンデルセン、いやカミーユ=ドノバンだ。


「まったく、信じられないよ。このようなことが行われるなど。許されるなど、まったくもって信じがたい」

 トマスは憤慨しながら、開いたままだったカミーユの手から指輪を取り返す。するとカミーユの腕は自然と戻り、体はまたしてもピクリとも動かなくなった。

「じゃあ、じゃあ、本当の……剣聖の息子は?」

 カミーユが偽者なら本物はどこにいるのか。

「その子は……死んだ。村の人達に殺されて」

 ハンナが非業の死を告げると、カミーユは愕然とした後にうな垂れた。その後、トマスは手早く人を呼び、カミーユ達を拘束してギルドの牢に入れる手続きをする。


 カミーユの断罪がなっても、剣聖の息子の死に沈痛な顔をするレイチェル達に、トマスは片目をつぶって告げる。

「心配しなくても、これは本当の持ち主に返しておくよ。責任を持って、ね」

「本当の、持ち主? だ、だが、彼は五歳の時にっ!」

 レイチェルは顔を歪めて痛みをこらえる。五歳で命を散らせた英雄の息子を悼むように。

「そう、五歳の時に村を追放された」

「え……」

「世話係だったジェーン=アラドナと共に、無実の罪を着せられて着の身着のまま、わずかな遺品だけを手に、ね」

 トマスの言葉に、レイチェル達の中で動揺が走る。てっきり殺されたとばかり思っていた。もう二度と会えないのだと。しかし、希望が見えてきたのだ。そうだ、イサクの話にも出てきた。世話をしていた女性の話。


「いくら外道の衆といえど、罪のない五歳の幼子を殺すことは忍びなかったんだろうね。だからといって、濡れ衣を着せ石を投げつけて村を追い出していいわけじゃない。まして、剣聖様達の遺した財産を奪い、身代わりを立てて補助金を横領するなんて以ての外だ」

 レイチェル達は剣聖の息子がたどった本当の顛末に胸が痛む。同時に、あの村に対しての怒りも募る。

「ギルドマスター、それを知っているということは……」

 ハンナはいち早くそれに気づいた。そして続いて皆それに思い当たる。そうだ、そんなことをギルドマスターが知っているのはなぜなのか。その理由は一つしかない。


「生きているのかっ! 本当の剣聖の息子が! 生きて、この町にっ!」

「ええ、奇跡のようなめぐりあわせで」

「あ、会ったのかっ! 一体、誰が……」

 興奮するレイチェルをアミルが抑える。カミーユ達にかけたのと同じ捕縛魔法だ。絶望的だと思われた王命を果たせるかもしれないことに、カミーユとは違う本当の剣聖の息子に会えるかもしれないことに興奮したレイチェルでは話にならない。


「どこにいるの? 名前は? 本物だという証拠は?」

 ハンナが代わりに訪ねる。

「まだこの町にいるよ。名前はカイル=ランバート」

「ランバート? アンデルセンじゃないのか?」

 トーマは怒涛の展開にようやく頭が追い付いて質問する。

「アンデルセンは剣聖となり国王陛下によって与えられた家名だからね。以前はロイド=ランバートと名乗っていたようだ」

 下手に大っぴらにしていない分、信憑性が高まった。


「証拠はわずかに残された遺品と彼の話から判断したよ。四歳の誕生日のために贈られたという名匠ディラン=ギルバート作の剣、紫眼の巫女であるカレナ=レイナード様が使っていた魔法具の指輪。カレナ様は紫眼の巫女にしか見られない目を隠すために使われていたようだ。そして、カレナ様がロイド様とカイル君に送った映像を記録できる魔法具であるペンダント。そこにはお二人の姿と、抱かれているカイル君の姿が残されていたよ」

 どれも確定とは言えないが、三つ揃えばなるほど本物だと判断するに足るだろう。しかし、確証がない。


「でも、それだけじゃ本物と分からない」

「いや、分かる。分かったよ」

 トマスは頭を振りながら断言する。

「なぜ?」

「それはここではちょっと、ね。本人の許可ももらいたい、勝手に話していいものではないと思うんだ。確定だとは思うけど、不安ならこの指輪を渡せば分かるだろう?」

 そういって示すのは印章の刻まれた指輪。アンデルセン家の、ロイドの血統を示す証の指輪だ。

「分かった。本人はどこ?」

「少し、あの、クズどものせいでまずいことになっていてね」

「まずいことですの?」

 何をやらかしたのかと、レイチェル達の目が据わる。カミーユ達は本物の剣聖の息子にまで何かしたのかと。

「いや、彼らだけの問題じゃないね。これは王国……ひいては世界の問題だ」

 トマスははっきりとした答えを出さないまま、早足でギルドの外へと向かう。レイチェル達も事情が分からないがついて行くしかない。特にキリルの焦燥はかなりのものだった。

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