明かされる真実
あとはドラゴンや魔獣達にかけられた支配が解ければいいのだが。そんな意図をもって彼らを見たのだが、どこか戸惑ったような様子を見せた。
『拘束する前に支配の解除を試みてみた。だが……』
光龍の言葉にカイルは眉根を寄せる。前回と同様、龍の血族がドラゴンを従えていたのだとしても、龍からの指令であれば上書きするように命令を取り消すことが出来るはずだ。
仮に何らかの魔法具や呪具によって命令の効果を強めていたとしても、獣達の頂点に位置する龍の声が届かないということは考えにくい。
カイルは龍達の報告に難しい顔をする。思っていたより事態は深刻なのかもしれない。彼らもまた前回の大戦の敗北を無駄にはしていないということだろう。
「このまま連れていくか?」
環境が変わればまた違ってくるかもしれないし、何より獣界に行けば龍王がいる。いかに強力な支配と言えど、龍王の力をも弾くことは難しいだろう。
そう思って言ったのだが、なぜか変なものを見るかのような目で見られる。首を傾げていると闇龍が口を開いた。
『何を考えているかは分かるが、我らに無理でも若様なら可能だろう?』
「は? 龍にもできないのに俺にそんなこと……」
『……若様はもう少し己を省みられよ。いかに人の身とは言え龍王様の血を色濃く引くのだ。龍である云々によらず能力は我らを上回っておる部分もあるのだ』
その言葉にカイルは目を見開く。いかに龍王の血族と言えど生来の龍には及ばないだろうと考えていたのだが、一概にそうとは言い切れないらしい。
「俺なら、支配を解くこともできる、と?」
『可能性は高かろう。龍の姿となり、魂に呼びかけ、目を覚ましてやるといい』
龍達に促され半信半疑ながら実行してみる。龍人化した時と同じように銀の光が体を包み込み、そのまま膨張して形を変えていく。そして、光が収まった時にそこにいたのは六龍に比べればかなり小柄なものの龍の姿をしたカイルだった。
そして、カイルがその姿を露わにした時から、魔獣やドラゴン達の抵抗がなくなっていた。見上げるように、あるいはすがるかのように見つめてくる。
カイルは自然に干渉する時と同じように、緩やかに意識を広げつなげていく。そうして感じるのは吐き気がするような不快感を伴う何者かの意思。
圧倒的な力を持って彼らを従えているというのに、従えている存在そのものに意思はなく、その背後に感じる支配しようとする者の黒い思惑。これが彼らを蝕んでいるもの。
そして、抑えつけられていても消えていない解放を望む彼らの声なき声が伝わってくる。そうだ、彼らはこんなふうに縛られるべきではない。
雄大な自然の中にあってこそ、彼らの真価と本領が発揮されるのだから。それを人の思惑で自由にしていいわけがない。
カイルは龍王から学んだ力の一端を解放する。普段であれば決して使うことはないだろう力。龍属性を使いこなせなかった時に、無意識で発動していた力の源だ。
『闇の意志に囚われた龍の眷属と魔獣達よ、目を覚ませ。誇りを取り戻せ! これ以上意思ならぬ破壊と殺戮を繰り返すな!』
その気になれば彼らの意志と関係なく行動を制限することもできる力だ。だから、普段は使わないようにしていた。しかし、こうして支配されている今、命令の上書をすることで正気を取り戻すことも出来る。
カイルの言葉と同時に放たれた力は、わずかな間彼らを縛っていた黒い意思と拮抗していたがほどなくそれを打ち砕き、彼らの眼に理性と知性の光が戻ってくる。
操られていてもその間の記憶はあるのか、すぐに状況を把握して騒ぐことも暴れることもなく、その場にいたすべてのドラゴンと魔獣達が首を垂れた。
自らを守護する龍と、望まぬ破壊を強要されていた支配から解き放ってくれたことへの感謝を示すかのように。
『……できた、な。じゃあ、後は頼む。こっちはこっちで色々と忙しくなりそうだ』
『そのようだな。だが、盟約はなされ楔は打ち込まれた。後はいかようにもなろう』
『楽観はできないけど、な』
現時点で打てる手は打った。だが、相手はあのデリウスだ。その背景も未だすべてが明らかになったわけではない。油断して足元をすくわれ、大切なものを失うような事態だけは避けたい。
『あまり一人で背負い込み過ぎないことだ。若様はまだ幼い。我らもできる範囲で力になろう』
表情が読み取りにくい龍の姿であっても、同じ龍であれば心情を察することは容易なようだ。カイルは苦笑を浮かべながら、地表近くに移動させたゲートをくぐり獣界に戻っていく彼らを見送った。
そして、龍から人の姿に戻ると、拡張していた空間を元に戻す。魔法具の補助なく空間拡張をするとその間ずっと魔力を消費することになる。何気に大変だった。
そして、未だ城塞都市の外と繋がったままだった空間扉からレイチェル達が出てくる。
レイチェル達は東西南北の四か所に分かれて迎撃に当たっていた。二人一組で、クロだけが単体で行動していた。戦力的にも手数的にもそれが最適だと思われたからだ。
レイチェルとアミル、トーマとハンナ、キリルとダリルのペアだ。戦闘による多少の汚れや疲労はあるようだが目立った怪我は見当たらない。
そのことに安堵のため息をつきながら、空間扉を閉じる。味方として雇っていた人々は戦闘後の後処理に当たっているという。主力となって戦ったレイチェル達はカイルとの繋がりも深いということで先に戻ってきたということだった。
「どうだった?」
「うむ、共に戦ってくれた者達も実力者ぞろいでそう苦戦することはなかった。数名魔人の姿も見られたがそれはわたし達が対処することでどうにかなった」
カイルの問いに答えたのはレイチェルだ。最近ますます腕に磨きがかかっており、あれで魔力を持っていないというのが不思議なくらいの動きを見せるようになっていた。それに魔法具をうまく活用することで足りない部分を補ってもいる。
「そうか……被害は?」
「重傷者は数名。怪我は大なり小なりあるけど、死んだ人はいない」
「重傷者はわたくしが責任をもって治療いたしましたので、心配いりませんわ」
ハンナとアミルの報告でようやく一息つくことが出来た。大丈夫だろう、対処できるだろうと思っていても、戦場では何が起こるか分からない。
だが、デリウスの本格的な襲撃を受けて大きな被害を出さずに収束させることが出来たというのは誇れる戦果だろう。剣術大会のことや今後の作戦のこともあってこの場から動くことが出来なかった身としてはずっと気をもんでいたのだから。
「にしても、派手にやったよなぁ。みんな驚いてたぜ?」
「ああ、ちょっとやり過ぎたかとも思ってる」
「だが、まあ問題はないだろう。いずれ明らかになることだ」
トーマは更地になった周囲を見渡してあの時の光景を思い出す。カイルは普段怒りの沸点が高いだけに怒らせると怖い面がある。義父のデニスの件もあって、多少トラウマものだ。
カイルが苦笑いを浮かべて肯定するも、ダリルが軽く流す。今後のデリウスとの戦いにおいてカイルの存在は欠かせない。人外の力を持っているからと拒絶するような者とは最初から関わらない方がいい。
「最も、あの状態でもきちんと力の制御は出来ていたようだしな」
キリルも頷きつつフォローしてくれる。いかに龍の血族であり龍人化していたとはいっても、シモンは黒焦げになっていてもおかしくなかった。あの程度で済んだのはカイルが手加減をしたからだ。
「ともかく、色々会ったり説明したりしないといけない人達がいるな」
五大国同盟と連携するには今後の話し合いが不可欠だ。それに、戻ってきたならバーナード夫妻にも会いたい。どこへ行こうとも、カイルが帰る場所は彼らのいるところなのだから。
「そうですわね。わたくしもハイエルフ家の名代として伝えなければならないこともありますし……」
アミルは修行で人界に来ていたが、この情勢下では引き上げるという話も上がった。けれど、他ならないアミル自身がそれを拒否した。かけがえのない仲間達が命を懸けて戦っている中、自分だけが安全地帯で守られているわけにはいかないと。
それに、デリウスの思惑通りに事が進めば精霊界もただではすまない。精霊界を守るためにも人界で戦う必要があるのだと。あの時のアミルは王族に相応しい威厳があった。さしもの家族もその意思の強さに折れざるを得なかった。
そして、ハイエルフ王家の名代として遣わすことで公式な立場を与えたということだ。
「この会場には要人達が集まって話ができる会議場もあったはずだ。ここは非常時には避難場所にもなる。ひとまずはそこに向かってみよう」
レイチェルが剣聖筆頭になったのは十七歳の時だったが、それ以前にも大会に出場はしている。そして、初めて本選出場が叶ったのもここ武国だった。そのためこの会場には思い入れも強く、設備なども把握していた。
「そうだな。説明もなかなか骨が折れそうだ」
決勝に向かう前に見たブルーノやコレール達の顔が思い浮かぶ。彼らもまた観客の避難誘導に一役買っていたようだったが、聞きたいことも多いだろう。
これからの話し合いを思うと気が重くなるが、剣聖として立つために必要なことでもある。カイルはすぐそばを歩くクロを軽くなでてから会議場へと向かった。
会議場は会場の奥まった場所にあり、通常立ち入ることがない位置にあった。観客達が避難した地下の出入り口とは正反対にある。
何か非常事態が起きて混乱が生じたとしても、それを治める立場にある者達がその騒乱に巻き込まれないようにするための配慮だろう。近くまで来れば中に入らなくても大勢の人が集まっているような気配を感じる。
会議場の外にも見張りと警護のための武国の兵がいたが、カイル達の姿を見ると姿勢を正してうち一人が中に報告に向かう。そして、ほどなくして入室を促される。
中に入ると、今まさに会議を行っているところだったのか円卓に五大国と周辺国の国主達が並んでいた。護衛の兵は壁に沿うようにして並び、側近達は各々の代表の後ろに控えるようにして座っている。
そして、例外的というか飛び入り的に参加していると思われるのが本選出場者達と会場内で戦った者達の代表でもあるクラウスだ。ことがことだけに相互の安全のため一緒に連れてこられたらしい。
元々王族であるブルーノや場慣れしているらしきクラウスはともかく、コレールなどは緊張している様子が見えたし、傷が癒えたらしいシモンはふてくされた様子を見せていた。だが、カイルの姿を認めると目つきを鋭くして姿勢を正す。
親の仇のような眼で見てくるが、ある意味親の仇に近いともいえるので何とも言えない気分になってくる。
カイルが入ってきたことでざわめきが起きるが、何より顕著な反応を示した一団があった。だが、カイルはそちらに眼をやることなくトレバース達に近付く。
五大国のどこかに肩入れするというわけではないが、一応出身は王国であり、この中で親交が深いのも王国だからだ。
「カイル君……片付いたのかい?」
「ああ、とりあえず今のところは問題なさそうだ」
国王であるトレバース相手にも常と変わらない態度で接するカイルに、それを知らなかった者達が眼を見張るが口を出す者はいない。五大国同盟と言えど国益全てを共有するわけではない。探り合いの最中に動揺した様子を見せて付け入る隙を与えないためだろう。
「えっと……とりあえず、参加させてもらっていいのか? 俺の話は別に今やってる会議が終わってからでもいいんだけど……」
伝えなければならないことや、明かさなければならないことは多い。けれど、緊急と言ったような要件はない。何か急ぎの議題があるというならそちらを優先してもらって構わない。
そういうつもりで言ったのだが、会議場は妙な沈黙に包まれる。首を傾げていると、トレバースの後ろに控えていたテッドが説明してくれた。
「城塞都市エベットの周囲で起きた襲撃についての処理はこの都市の執行機関が処理しています。避難した観客達も町中の安全が確認され次第順次解散していっています。ですので、ここで話し合われていたのは主に今回の襲撃に対する各国の対応と……」
「あとはお前のことだな」
テッドの話の途中で、トレバースと同年代と思しき男性が割り込んでくる。近くにブルーノが座っているところを見るに武国の関係者だろうか。
「えっと……?」
「俺はレオン=クルス。武国でZランク『天衣無縫』の二つ名を名乗らせてもらってる。まあ、お前の親父とは古い仲だった。色んな意味でライバルでもあったがな」
なんと、今世界にいるもう一人のZランク。デニスからは武国にいる龍の血族をも上回る気を操る化け物だという話を聞いていた。
剣聖だった父は世界中あちこち回っていたので知り合いも多いだろうが。まさかとは思うが、ここにいる面々皆父親と少なからず面識があるのだろうか。
「へぇ……一度手合せしてみたいな。あんたのことは気功を習った時に聞いたことがあったから」
「そりゃ光栄なこったな。にしても、死んだと聞いていたがピンピンしてるじゃないか。墓参りまでしたってのに、損した気分だぜ」
どうやらカイルの身の安全のために世界を騙した嘘で、ロイドやカレナだけではなく一度も会ったことがないだろうカイルの死も悼んでくれたらしい。
それは悪いことをしたと思いながら、父の知り合いと出会えたことに嬉しさを感じる。こうして生前の父を知る者と出会うことで、知らなかった父の一面や思い出などを知ると、誇らしいようなくすぐったいような気持ちになる。
同時になんとも言えない寂しさも感じるのだが、それ以上に父を知ることができた喜びの方が強い。
「おい、おっさんもテメェも何の話してやがる? 親父? 死んだ? おっさんはこいつを知ってんのか?」
そこにシモンが割って入る。シモンの言葉に違和感を感じたカイルはトレバースに顔をを向けた。
「あれ? 話したんじゃないのか? 俺の話をしてたっていうからてっきり全部知ってるもんかと……」
レオンには話が通じているようだったし、疑問を投げかける者もいなかったのでそう思っていたのだが、違うのだろうか。
「ここにきて会議を始めたのはつい先程のことでね。今まさに君がどこの誰かを話そうとしてたんだよ。まあ、分かる人は分かってたみたいだけど」
なるほど、生前ロイドと付き合いがあったものは名前や容姿からすぐに結びついたのだろう。だが、そうではないシモンは訳が分からないということか。
少し考えれば分かると思うのだが、死人だと思っていたものが実は生きていたというのは考えにくいのだろうか。
「んじゃ、改めて自己紹介するか。俺は、カイル=ランバート。先の剣聖ロイド=ランバートと癒しの巫女カレナ=レイナードの息子だ。んでまぁ、今代の剣聖でもある。よろしくな」
カイルの自己紹介と暴露に一瞬場の空気が凍る。カイルの素性に勘付いていた者も、最後に付け加えられた情報に開いた口が塞がらないようだ。
そして、一拍おいて悲鳴にも似た驚きの声が爆発する。彼らの挙動から予測していたカイルやハンナは耳を塞いでいたが、そうでなかった面々は耳を抑えて呻いていた。
特に耳のいいトーマにはキツかったようで涙目になっている。耳の中で悲鳴が反響しているのだろう。クロも苛立たしげな唸りを上げる。
「…………カイル君、ぶっちゃけ過ぎです。順序が……」
「どっちにしたって驚くなら早いほうがいいだろ。その方がこの後の話し合いもスムーズだろうし」
未だ収まらぬ混乱の中、頭を抱えたテッドがこそっと声をかけてくるが、カイルは平然として答える。どうせ言わなくてはならないのだ。なら、最初に打ち明けておけばいい。
それによるデメリットよりメリットの方が大きいと判断したからこその発言だ。それに、自分の言動の責任くらい持つつもりだ。




