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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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剛力と疾風

 カイルの抜刀に気付き、ブルーノも背負っていた大剣を引き抜く。ブルーノの立派な体躯に相応しい長大な武器だ。重さもかなりあるのだろう、だが、普通の人なら両手でも持てないだろうそれをブルーノは片手で軽々と支えている。

 剛力の名は伊達ではないということだ。試合開始を告げる司会者の声と共に発動した気功は力強く、それでいてきっちりと制御されている。

 剣の構えも無駄な力など入っておらず、自然体でありながら隙が無い。気功も剣術もかなりの使い手のようだ。

 じりじりと相手の間合いをはかり、すり足で半円をかくように移動しながら観察する。開始早々仕掛けるという手もあるが、どうせなら試合で自分に足りないだろう経験を積んでおきたい。


 殺気にも似た気迫をぶつけられるが、視線を向けられるだけで死をも覚悟するような王達のお遊び程度の闘気にさえ及ばない。この辺は彼らに感謝すべきか、日常的にその気にさらされていた己の不幸を嘆くべきか。

 互いに様子をうかがっていたが、先に仕掛けたのはブルーノだった。鍛え上げられた肉体は、体格に似合わない速さで迫りくる。踏み出した跡は、石で作られた舞台が足の形にへこみひび割れた破片がはじけ飛んでいる。

「おおおぉぉ!!」

 気合の声と共に振り下ろされる剣を半身になって避ける。暴風のような勢いと余波を持って通り抜ける剣を見ながら、横にステップする。


 ブルーノの大剣はそのまま舞台の石を砕き、轟音を上げる。それに伴い大小さまざまな破片が飛ぶが、すぐに移動したことで避けることが出来た。

 普通あの勢いで舞台を砕けば、多少なりと手や腕が痺れようものだが、ブルーノはものともせずに手首と体を翻し追撃してくる。

 ブオンブオンとうなりを上げながら振り回される大剣を躱し続ける。だが、その速さも力もカイルがブルーノを見て予測していたものには及ばない。手を抜いているのか、様子見か。

 カイルがそう結論付けるのと、開始時と同じようにしてブルーノが舞台に大剣を叩き付けるのとは同時だった。そして、ブルーノはそこで動きを止めてカイルを見る。

「はっ! 変わり者だっつうが、Sランクだというからどんなもんかと思ってたが……お前、相当強いな? これなら本気出しても大丈夫だよなぁ!?」

 ブルーノは嬉しそうに笑うと、こちらが返事をする前に先ほどとは比べ物にならないくらいの踏み込みと速さを持ってとびかかってくる。


 まるで野生の獣のように歯をむき出しにして、盛り上がった筋肉がきしみを上げるように収縮しながら剣が振り下ろされる。

 驚きつつも、それを躱すカイルの口元にも笑みが刻まれていた。本気を出すということは認められたということ。全力を持って戦うに値する相手だと思ってもらえたということだ。

 二つ名通りの剛力を持って、まるで嵐のように振り回される大剣。ああいった懐の深い武器はリーチが長い分懐に入られると不利になるというのが定石だ。

 しかし、それを誰より良く知っているのはブルーノ自身だろう。懐に入られたら不利というのであれば、入らせなければいい。そんな叫びが聞こえてきそうなほどの剣戟の嵐はまるで壁のようにブルーノとの間を隔てる。

 面白い、と正直に思う。どうあっても敵わないような圧倒的強者ではなく、互いに互いの手札を知る仲間同士の手合せとも違う。


 相手がどんな力を持ち、どんな技を繰り出してくるのか分からないという緊張感と恐怖。だというのに、湧き上がってくる気持ちは興奮と歓喜だ。明確な目的と意志をもって磨き上げられた力、それを最大限に生かすために研鑽された技。

 そのどれもが体を熱くさせるような、喜びにも近い感慨を抱かせる。強くなるために修行と鍛錬を積んでいる間には理解することができなかった、戦うことの楽しさと喜び。それを初めて感じられたように思う。

 確かにこの試合においても背負うものは色々ある。負けられない戦いなのは確かだ。だが、勝敗がどうであろうと得るものがあり、取り返しがつかないほどに失うものもない。

 常に命のかかった状況で戦い続け、己を磨き続けてきたからこそ分からなかった戦いの面白さがようやく実感できた。なるほど、これだけの人が集まるわけだ。

 戦う者も、見る者もこんな興奮と歓喜を抱くのであれば伝統として続けられるのも分かる。もっと戦い続け、もっと相手の技を見てみたいという欲求も。


 だが、それは今日この時だけでなくても構わないだろう。だから、今日のところは勝たせてもらう。ブルーノが国の威信を背負ってこの大会に臨んでいるように、カイルもまた譲れない思いを胸に頂点を目指しているのだから。

 カイルは暴風のような剣戟の間に、無造作に一歩を踏み出す。それにはさすがにブルーノも眼を見開いていた。

 確かに幅広く長い剣を並外れたり力と速さで振り回すことによって作り出された壁には隙間がないように思える。けれど、どれだけ分厚く見えようと、剣は一本、振るうのは一人。ならばそこに付け入る隙は必ずある。

 そして、カイルはこの試合が始まって以来初めてブルーノの剣を正面から受け止めた。ブルーノの持つ大剣からすれば触れるだけで砕けてしまいそうな剣と腕一本で。


 腕に重さがかかると同時に、全身に伝わる衝撃を地面に受け流す。その際、両足の下がひび割れたがこの程度は想定内だ。

 カイルの体格と細腕で、質素にも見える飾り気のないただの長剣で受け止められたブルーノは口が半開きになるほど驚いていた。それはそうだろう、力自慢の己が両手で振り下ろした重量武器を、片手で細身の剣が微動だにせず受け止めているのだから。

 しかも、カイルはこれで未だ気功でも魔法でも身体強化を行っていない、素の身体能力だ。我ながら化け物じみているというより、正真正銘の化け物に両足どころから全身どっぷりつかっていることを理解して苦笑が浮かぶ。

 だが、この隙を見逃す気はない。カイルは呆けている一瞬の間にさらにブルーノの懐に踏み込み、受け止めた剣を切り上げるようにして押し込むとブルーノは万歳をしたような形でたたらを踏む。


 がら空きになった胴に切り上げた勢いのまま剣を振り下ろす。舞台に張られた結界のおかげで変に遠慮をしたりためらう必要がないというのはありがたい。

 必要ならばこの手を汚し、人の命を奪うことにためらいはしないが、自己責任で試合とはいえ不用意に人の命を奪うことは避けたいところだ。

 剣の軌道に沿って血しぶきが散ったと思う暇なく、ブルーノの姿が舞台の上から消える。魔法具によって発生した魔力の残滓を追って目線を向ければ、医療班達が待機している場所の近くにブルーノの姿が現れるのが見えた。

 なるほど、致命傷を負った場合、魔法具の効果により舞台上から移動し、指定した場所に出現するようになっているようだ。それなら過剰追撃なども起こらない。

 見ればブルーノの胸はちゃんと上下しているし、あれだけの斬撃の痕も見えない。そのことに安堵の息をつきながら剣を鞘に納めた。


 と、同時に止まっていた時が動き出したかのように割れるような歓声が響き渡った。魔法具で拡声された司会者の声をもかき消すほどの歓声と、興奮のためか叫ぶようにしてカイルの勝利を宣言する司会者の興奮した声が聞こえてくる。

『しょ、勝者、第八ブロック代表カイル=ランバートぉぉぉ!! まさかの、ブルーノ選手の剛力を真っ向から跳ね返しての勝利だぁぁ!! あの体のどこにあれほどの力があったのか! カイル選手、第二回戦へ歩を進めたぁ!!』

 勝利の宣言を受けると、カイルは舞台を後にする。第一回戦は四試合。それぞれの試合時間は十五分からニ十分程度。選手交代の時間を合わせても一時間半程度しか経っていない。これから一時間の休憩をはさんで第二試合。それから昼をまたいで決勝戦となっている。

 いまだ鳴りやまない歓声を背に、カイルは控室へと続く通路に歩を進めていった。意識は次に戦うだろう選手と、静かにうごめき始めている闇の動向に向けられていた。




 二回戦の相手は、一回戦とは違い力ではなく技で責めてくる相手だった。コレール=ティアモット。ブルーノの一つ年下で二十一歳、ハンターギルドSSSランク『疾風』の名を頂く実力者だ。

 キリルと同じ双剣使いで、キリルより体格はいいのに同じくらいの速さで動く。ただし、力はキリルの方が上だろうか。

 そんな分析をしながらコレールの攻撃を受け流し、かわし続ける。キリルとの手合せで剣一本で二本の剣を捌くのは慣れている。慣れてはいても剣筋が全く違うので今のところは防戦一方だ。

 速さだけならついて行けないことはないが、両手から繰り出される剣は少しでも気を抜けば怪我では済まないだろう。

 上下時間差で繰り出された剣を手首の返しを使いながら受け流したところで向こうから距離をとってくる。


「なるほどなるほど? ブルーノを下すパワーがあるかと思いきや、スピードも持久力も侮れないっと。しっかも、こっちは魔法に気功に強化しまくってるってのに、そっちなんもしてないだろ? 舐められてんなぁ」

 口調は軽いのだが、多少の苛立ちも込められた言葉にカイルは苦笑するしかない。別に相手を舐めているわけでも、侮っているわけでもない。出し惜しみをしているというわけでもないのだが、相手からすればそうみられても仕方ないのかもしれない。

 何せ本格的に剣を習い始めて以来、見ず知らずの相手と戦うのは数えるほどしかない。経験不足も含め、今の自分がどれだけ戦えるのかということを確認したかっただけなのだが、全力であっても本気でないのは確かだろう。

 だが、力と速さと技。一・二回戦で今の自分の大体の力は測ることが出来た。この後にあるだろうことを思えば気も魔力も温存しておきたいところではあるが、それは相手に対してあまりにも失礼に当たるだろう。


「……悪いな。何せ経験不足で自分の実力も測りかねてたんだ。でも、大体分かったから、これからは遠慮なく使わせてもらう」

 返事が返ってくるとは思ってなかったのか、それとも内容が予想外だったのかコレールは眉を上げて驚きを示した後、口の端を釣り上げる。

「そういえば、十七歳とか言ってたなぁ。ギルドに入って日が浅いってのも……なら、見せてもらおうかい」

 コレールが構えると同時に、気功による強化が行われるのを感じた。それだけではない、身体強化ブーストによって魔力による強化も行われる。

 簡単な無属性魔法とはいえ、無詠唱で発動できるのはさすがというべきだろうか。口を開けば軽い印象のぬぐえないコレールだが、ランクに相応しい実力を確かに持っている。


 カイルもそれに答えるように気功を練る。人の身には到底収まりきらないだろう濃密な龍の気がうねるように解放され体を内側から強化していく高揚感の中、全身の身体強化ブーストに重ねるようにして両手両足の部分強化を行う。

 カイルが行ったことがわかったのか、コレールが驚いた表情で凝視してくるのが見えた。この状態で自分が思うように体を動かせるようになるのはそれなりに時間がかかった。まるで暴れ馬のようなパワーとスピードを自在にするために。

 それが出来て初めて力を使いこなせたと言えるだろう。自分の内で解放の時を待ちながらうねる力のままに剣にも薄く魔力を通す。これだけで剣の強度と切れ味が増す。ここに属性を乗せれば特性をも付加できるが、今はこれだけでいいだろう。

「はっ、ははは。やっばいなぁ、これ。何が経験不足だ、正真正銘バケモンじゃないか」


 冷や汗を流しながらつぶやくように言うコレールだが、剣を引く気はないようだ。強大な相手だからといって逃げることが出来ない戦いもある。

 カイルはヒュッと短く息を吸うと同時に地面を蹴った。びゅうびゅうではなく、ごうごうと耳元でなる風の音を感じながらコレールが間合いに入った瞬間剣を振る。

 コレールも最高速で剣を振りカイルの剣を受け止めようとするが、今のカイルにとってその速度も手数も脅威ではない。

 瞬きよりも短い時間で二刀を打ち払うと、一息に切り伏せる。コレールは悔しそうな、だがどこか満足そうな顔をして消えていった。


 それは全力を出してもかすり傷さえ負わせることができなかったことに由来しているのだろうし、カイルにその実力の一端と言えど引き出させたことに依るのだろう。

 そして、最後の攻防で手傷を負わすことはできずともローブのフードと留め具を切り裂き、正体不明だったカイルの姿を露わにすることが出来たためか。

 カイルが姿勢を正すのと、切り裂かれたローブが舞台の上に落ちるのは同時だった。栄えある大会本選に相応しい快晴、その上昼に差し掛かろうという今、太陽は頂点に輝いている。

 その太陽の光を受け、煌く銀髪が舞台の上を流れる風にあおられてふわりとたなびく。邪魔にならないように一つにくくっているが、前よりも伸びた髪は腰の位置を超え、そのあたりから金に染まっている。


 奇しくもブルーノの試合が終わった直後のように、水を打ったかのように静まり返る闘技場の中、カイルは自分を見つめる刺すような視線をたどり、特別観覧席に顔を向ける。

 もはや隠されることもなくなった宝石のような紫の眼を、彼らはどう受け止めるだろうか。そんなことを思いながら、こちらからはうかがうことができず、けれどどんな顔をしているか想像ができる知人達を思う。

 これはカイルの決意表明であると同時に、証明でもある。もはや己を偽って生きることはやめ、己が背負うべきものから逃げないということを。たとえそのことによりどのような事態になろうとも、どうにかできるだけの力を身に付けたのだということを。


 万感の思いと、帰還の挨拶を込めて微笑めば、爆発するかのような歓声が会場を包んだ。司会者も抑えきれない興奮のままに勝利の宣言をする。

『勝者っ! カイル=ランバートぉぉぉ!! 一回戦に続き、二回戦においても圧倒的な力を見せつけましたぁ! そして、露わになった姿は見せつけた力に見合わぬ美しさと、年齢を思わせる幼さを残したものっ! 我々は夢を見ているのかぁ!!』

 司会者の言葉に視線をそちらに向ければ、解説を行っていたクラウスと目が合う。よくやったとでも言わんばかりに笑ってうなずかれたことに、充足感と気恥ずかしさを感じながらカイルは落ちたローブを拾い上げると、興奮冷めやらぬ会場を後にした。

 残す試合はあと一つ。そして、それが終わった後こそが、ある意味でカイルにとっての本番ともいえる。勝利の喜びをかみしめつつ、来るべき戦いに顔を引き締めた。

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