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レスティア物語  作者: マリア
第五章 動き出す歴史
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夢に続く第一試合

 試合は第一試合から異様なほどの盛り上がりを見せていた。それもそうだろう。予選に参加した人数は数千人に及ぶ。それを八ブロックに分けたとしても一ブロック四百人近くいた。その激戦を勝ち抜いてここに立つ八人なのだ。

 誰の試合も接戦になるし盛り上がる。そして、当然このような大会に出て勝ち残るような者達は総じて高名な者達ばかり。自国だけではなく他国にも名をとどろかせている者達ばかりだ。

 実力において彼らに劣るとは思わないが、表向き、一般的にも眼に見える形における実力では場違いにも思えるだろう。

 開会の時には舞台の上に八人が集合したが、それぞれの詳しい紹介は試合前に行われていた。カイルは申し込みが申込期限ぎりぎりだったということもあって第八ブロックに入れられていた。そのため本選における試合も第四試合、第七ブロックの代表と戦うことになっている。


 試合前のモチベーションを高めたり、余計な争いにならないよう控室は個室になっている。かといって他選手の試合を見られないというわけではない。

 各部屋に魔法具を利用した試合を投影できる設備があり、控室にいながら試合の観戦をすることが出来る。映像だけではなく音声などもしっかり届けられている。

 こうした魔法具は皇国で開発されたのだという。これだけで他国とどれだけ技術格差があるか分かろうというものだ。

 精霊界では、魔法具についてもそれこそ拡張空間を使い時間をかけて勉強し習得してきたので、どういった技術や魔法陣が使われているか見て分かるのは進歩と言えるだろうか。

 会場でも舞台から遠い観客のためにそこここに設置されているし、各国の重鎮達が集う特別観覧席にも設けられているという。そうでなければあれほど離れた場所からでは、舞台に立っている者達などちゃんと見ることもできないだろう。


 今は第一、第二試合が終わり、第三試合が行われている。これが終われば次はカイルの試合だ。試合の申し込みはギルドカードを用いて行われ、その際にギルドで用いられるのと同じ装置を用いた確認が行われるので偽証は不可能だ。

 だから、カイルは本名で登録している。龍王祭を利用して人界を回ったことで獣界や精霊界に滞在していた間にも何度も人界にやってきていたが、さすがに人界でギルドの依頼を受けるような余裕はなかった。

 そのため、カイルのギルドランクは未だに一年前と同じSランクのまま。今まで舞台で戦い、紹介されてきた者は低い者でもSSランク、たいていがSSSランクで、中にはXランクの者もいた。

 この後紹介されれば、場違いとしてそしりを受ける可能性だってある。けれど、カイルは実力で勝ち残りこの場に立っているのだ。ギルドランクだけで判断するというなら、試合を見て見直させてやろうという気概も沸いてくる。


 先ほど特別観覧席を見た時、センスティ王国の国王であるトレバースや第二王子であるクリストフの姿を確認できた。その後ろにはテッドも。それだけではない。騎士団団長であるレナードや副団長のバレリー、さらには魔法師団団長のドミニクまでいた。

 やはり、カイルが流してくれと依頼した噂のおかげで、各国の警戒も強まっているようだ。大々的に軍や兵を動かしているということはないが、あの顔ぶれならいざという時があっても彼らを守り切ることが出来るだろう。

 そのことに安堵しつつも、トレバースがわずかに見せた暗い顔に罪悪感が湧く。本当ならもっと早くに生存と帰還を知らせたかった。

 けれど、トレバースの周りに以前のようにデリウスの息がかかった者がいないという保証はない。その懸念があったため、今日この日まで彼らに会うことも連絡を取ることもできなかった。


 カイルが唯一連絡を取ったのは、家族として心配してくれているだろうバーナード夫妻。そしてこれから起こることに備え、また協力を仰ぐ必要があったヒルダくらいのものだ。それも直接会ったわけではない、魔法を使って手紙を届けるという遠回しな方法で。

 彼らと再会したらどんな顔をするだろうか。きっと心配させたことを怒られるのだろう。けれど、生きて帰ってきたことを泣いて喜んでもくれる。そんな彼らがいるからこそ、カイルは戦おうと思えるのだから。

 予選の時もそうだったが、今のカイルも灰色のフード付きローブを着て姿を隠している。そんなことをするくらいなら偽装フェイクで変装したほうがよかったのかもしれないが、魔界・獣界・精霊界と渡り歩いたことで人界に戻る時には生来の姿でと決めていた。


 デリウスの眼をかいくぐるためにも予選から堂々と姿をさらすわけにはいかなかったが、今日は本選だ。途中で露見しても構わない。

 人界で情報を探っていた時にも、デリウスが今日この日のためにどれだけの準備をしてきたかがうかがえた。

 その力を先の大戦のように世界各地に向けて同時多発的に振るわれたのでは被害を抑えることは難しい。

 いつ、どこが、どれだけの規模の戦力で襲われるのか。それが分からないというのは精神的にも戦力的にも持ちこたえられるものではない。

 だが、カイルは今日この日のために備えてきた。本来なら未然に、襲撃前に叩いてしまうのが理想だ。けれど、未だデリウスへの対策は十分ではない。情報も戦力も足りなければ、カイルの発言や実力を信用してもらう根拠も薄い。


 ならばこそのこの場だ。例えその前が無名であろうと、この大会で優勝するということは世界的に見ても十二分に実力を証明できるし、地位にふさわしい発言権も得られる。

 そして、狙われる場所と日付、差し向けられる戦力がおおよそであろうと分かっているのであればそれに対する備えができる。不確定要素でもある観客や重鎮達に対する警告もできている。あとはカイル達が上手くやるだけだ。

 この大会は彼らをおびき寄せ、逆に叩いて牽制するだけではない。大会で優勝して聖剣に挑戦する権利を公式に認めさせたうえで剣聖として立つためでもある。

 かつて無名だった父がこの大会で優勝し、聖剣を手に剣聖としての道を駆けあがっていったように。カイルもまたここから始めるのだ。

 静かに、けれど確かに気分が高揚してくる。十分な修練は積んできたつもりだ。けれど、戦いに絶対はない。だからこそ油断せず、全力を尽くす。カイルはそっと父から送られ、祖父とも呼べる人物により強化された剣の柄を握る。


 思えばこの剣は常にカイルの傍らにあり、共に苦境を乗り越えてきた。この剣があったからこそ今のカイルがある。そして、これからの道もこの剣で切り拓いていく。父が望んだ使い道とは違うのかもしれない。けれど、これがカイルの選択した道だから。

 カイルは第三試合の終了と同時に呼びかけられた集合の声に合わせて立ち上がった。迷いはない。持てる力の全てを、己が望むことのために尽くそう。そして必ず、成し遂げて見せる。

 決意を胸に、カイルは控室の扉を開いた。




 控室にいても会場の熱気と歓声は伝わってきた。けれど、いざこうして舞台に立つと水鏡のような画面越しに見た光景とは迫力が違う。

 怒号のような、それでいて大きなうねりのような歓声に包まれ高揚感と同時に緊張感が体を包む。けれど、すくむことはない。ようやく、ようやくここまで来たのだ。

 誰の目にも触れることのない薄暗い路地裏で、誰に見られることもなく気にされることもなかった孤児の身で。これ程の大舞台に立つまでに至った。長いようで短くもあった一年半。ようやく夢の実現のための足掛かりをつかむことが出来たのだ。

 意識的に呼吸を行い、高鳴る鼓動を抑えながら対戦相手に眼を向ける。相手もカイルと同じで、今舞台の上に足を踏み入れたばかりだ。

 舞台の上には二人の姿しかない。なぜなら、ここで行われる戦闘は只人や他者が容易に踏み込むことが出来ないものだからだ。だから、舞台に一番近い場所に審判席が設けられ、そこに審判達が控えている。


 剣術大会の試合のルールは至極簡単だ。剣を用いてさえいれば、魔法だろうが気功だろうが、暗器だろうがなんでもあり。時間無制限の一本勝負だ。

 勝敗は場外・降参・戦闘不能のいずれか。ただし、この舞台の上で致命傷を負ったとしても舞台に張られた結界により、致命傷にいたる傷が別のものに移し替えられ死ぬことはない。

 それはそうだろう。いくら剣の腕を競う大会とはいえ、ここに出場するような者達はいずれも実力者であり国を代表するような者達。そして、いざという時においては強大な戦力となり得る。

 そんな者達をみすみす死なせるような事があれば大きな損失となる。小さな怪我などでは発動しないため、そちらに関しては控えている治療班が対応するというわけだ。だから、本当に心置きなく戦えるというのがこの大会の見どころでもある。

 こんな場でもなければ、互いに禍根もなく、犯罪者でもない実力者同士が本気で戦うことなどないのだから。それを見ることが出来るというだけで人が集まるというわけだ。


 カイルの前にいるのは二十代前半くらいの男性で、見るからに屈強な体つきをしている。実のところ、ああいった体に対して憧れがあったりする。人はどうしても自分にないものを求めてしまうものだ。

 カイルとて常人をはるかに凌駕するほどの鍛錬を積んでいるのだが、あいにくとそれが見た目に反映されるということがほとんどない。今でさえ、肉体的にも体力的にも筋力的にも魔界に行く前とは比べ物にならない力を有している。

 それでも、見た目的には多少肉付きがよくなったかなという程度。本当に、人とは体の作り自体が変わっているのだと思わざるを得ない。積んだ鍛錬の成果はしっかり自覚できるので徒労感はないのだが、それが自分しかわからないというのも色々と問題があるのだ。

 例えば今目の前にいる対戦者のように。体を覆うローブを着ているので正確な体格などは測れないだろう。けれど、彼に比べ随分貧相に見えることは否定できない。戦えば分かってもらえるのだろうが、実力を疑われてしまうのは常だった。


『それではーっ、一回戦も最後となりました第四試合。さっそく、出場者の紹介をさせていただきますっ!!』

 相手には見えないかもしれないが、カイルは真っ直ぐに相手を見つめ、相手もいぶかし気でありながら気を抜かずに見つめ返している。そんな中、出場選手の紹介が司会者によって行われている。

 カイルはちらりと審判席の近くにある司会者と解説を依頼された来賓の方をうかがう。クラウス=アドヴァン。ダリルの養父にして、カイルにとっても恩人であるその人。

 この大会の出場は早くから予定していたが、備えるため人界を渡っていた時にかの人物と再会できたのは幸運だったというべきか。

 ひどく驚かれたし、喜ばれもした。けれど、彼が開口一番口にしたのは謝罪だった。守れなかったこと、自身の迂闊さのせいでカイルに手を出させてしまい、死地に追い込んでしまったことなどを。


 カイルの方はその後もいろいろあったことで、そこまで気に留めてなどいなかったのだが、彼はずっと気に病んでいたようだった。そして、今度こそ手助けがしたいと。

 だからこそ、カイルはクラウスに解説としてこの大会に参加してもらうことを頼み込んだ。その意図も含めて、自身の計画に触れながら。

 全容を伝えたわけではないが、二つ返事で受け入れてくれたことに感謝しかない。それに伴って、彼の持つ人脈を使って、この会場に多くの実力者達も配置されているのだから。これで、内外どちらに対しても相応の戦力をそろえることが出来たのだ。

『第七ブロック代表はこの人っ!! 武国エンティガの若き力! 地元からの人気も根強く人望も厚い、次期武国武王となるだろうこの人。ブルーノ・フォン=エンティアぁぁぁ!』

 ブルーノと呼ばれた男性は、片腕を上げて会場を揺るがすほどの歓声に応えている。そんな状態であってもさしたる隙が見えないことから、彼の実力も分かろうというものだ。

 さすがは、世界唯一の戦闘分野におけるZランク保持者もいる国のトップに位置する者というべきか。


 感じられる気の強さはかなりのもの。あの体格から予想される筋力に気功の力がプラスされるならそのパワーは相当だろう。それに、王族に名を連ねる者に相応しく、魔力も持っており一般よりもずっと多い。

『所属ギルドは三つ! 魔法ギルドこそBランクですが、傭兵ギルドはSランク。そしてハンターギルドはSSSランクの実力者。『剛力』の二つ名にふさわしく、その力は数多の出場者達を文字通り粉砕してきたとのことっ!』

 やはり見た通りの力自慢のようだ。そう思えば警戒すると同時に、どこかワクワクもしてくる。今まで戦うといえば格上とばかり。仲間達と合流してからは彼らと模擬戦を行うことも多くなったが、カイルは他の出場者と比べても圧倒的に対人戦の経験が少ないと言える。

 逆に人外との戦闘経験なら負けない自信があるのだが、自慢にはならないだろう。領域の王達に向けるような力や魔法は、間違っても人一人に向けるようなものでないことくらいは理解できているつもりだ。


 最初に手合せをした時、仲間の誰からも止められたのだから間違いないだろう。今でもあの時の彼らの唖然とした顔と慄き震える眼は忘れられない。強くなれたことは素直に喜ぶべきだが、やっぱりちょっと傷ついたのも確かだ。

 だが、この力があれば、この力がなければ守れないというなら喜んで畏怖の視線も感情も受け止めようという心構えはできた。

『対するは、第八ブロック代表! センスティ王国に新星現る?! 初出場にして無名ながらも数多の強者ひしめく予選を勝ち上がってきた!! 彼は一体何者なのかっ! カイルぅ=ランバートぉぉ!』

 司会者の魔法具で拡声された声が会場に広がると同時にそこここで息を飲むような気配が、カイルが広げていた感覚に飛び込んでくる。特別観覧席でも驚いた様な人達の動きが感じ取れた。

 そのことに内心謝りつつも、口元には笑みが浮かんできた。彼らにも存分に見てもらおう。ただ帰ってきただけではない。戦うための力をきちんと身に付けたことも。かつて父が背負っていた重責を背負って立つ覚悟も。


『所属ギルドは四つ! 二つ名は持っておりませんが、傭兵ギルドを除く、生産者・商人・魔法・ハンターギルドにおいてすべてがSランクという異色の人物! 本当に何者だぁ?! しかも、驚くべきことにギルド登録して一年未満でここまで上り詰めた驚異の十七歳!! ここ一年の活動記録はないものの本選に残る実力は本物か! この試合で見せてくれるでしょう!!』

 ブルーノの時とは違う、歓声ではなくどよめきが会場に広がっていく。まぁ、カイルも自分のことでなければ同じような反応をしたかもしれない。

 名だたる実力者達による詰め込み教育のたまものとはいえ、八か月でSランクはやり過ぎだと思う。しかも、一つのギルドだけではなく四つのギルド全てにおいてそうなのだ。

 ブルーノの視線は訝しむようなものから探るようなものに変わっている。ローブで姿形を隠していることで余計に正体が気になるかもしれない。そう警戒しなくてもすぐに明らかになるだろうしするつもりだ。


 だが、まずはこの試合に集中すべきだ。これは、ここから始まるだろうデリウスとの戦いの第一陣であるとともに、カイルの夢へ続く第一歩でもある。

 見たいというならば魅せてやろう。空白の一年の間にカイルが蓄え磨いてきた力を。誰もが納得し、聖剣の契約者として、剣聖として認めることが出来るように。

 これは宣戦布告にして前哨戦。カイルの夢の実現にかけた第一試合なのだから。カイルは無言の威圧と、不思議なほど静まり返った会場の中、静かに剣を抜いた。

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