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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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集結する縁

レイチェル→キリル→カイル→キリルサイド

 そして近隣の村で、その先で情報を集めながら四か月。ここまでやってきた。前に出てきた町で集めた情報が確かなら、まだこの先にある町にいる可能性は高い。王都から辺境へ、さらに王国を北上するようにして王都近くにある町、ペロードに。

 その間に集めていた情報もひどいものばかりだった。何かというと剣聖の息子ということを持ち出し、やりたい放題。民の失望は深かった。これでは王都に連れ帰っても、人々の希望になどならないだろう。むしろ、それを企む者達をくじくことはできるかもしれないが。


 それ以前に、そんな犯罪者を王の前に連れていくことさえはばかられる。友人の息子との対面を期待して待っている王のことを思うと、レイチェルはいたたまれなくなる。剣聖の願い通り、干渉しなかった結果が犯罪者などと。

 だが、そうであるならなおさらかの組織に渡すわけにもいかない。もしかすると、利用されるのではなく共感してしまうかもしれないのだから。レイチェルは気を取り直して、目視で見えるようになってきた町の方を向く。


「すまない。リーダーであるわたしがこの様では情けないな。では、行こうか」

「ええ」

「うん」

「おうっ!」

「ああ」

 レイチェルの言葉にそれぞれ返事をして、カークにまたがりペロードの町へと歩を進めていった。




「まだなのか! まだ、交渉に手間取っているのかっ!」

 宿屋の一室で、カミーユはキリルに怒りをぶつけていた。カミーユがギルド登録を行って四日目。いい加減じれてきたらしい。だが、それはキリルとて同じことだ。トマスは一日はほしいと言っていた。だから早々にカイルを救出できるつもりでいたのだ。

 それなのに、万全を期すためだとか言って四日。カイルが今なお無事でいるのか気が気でない。警備隊庁舎に行っても、取り調べ中だというだけだ。面会さえ許してもらえなかった。いくら重罪人だろうと、最低限の人権は守られなければならない。まして、身元引受をしている者達にさえ引き合わさないというのは異常だ。やはり、かなりひどい扱いを受けているとしか考えられない。


「ギルドマスターは大詰めだと言っていた。あと少しだろう」

 そう、あと少しなのだ。朝早く、トマスのところへ行ったキリルだが、トマスは忙しく書類をめくりながら大詰めに入ったと言っていた。そして、あと少しで全てが整うと。そうすれば必ずカイルを迎えに行くと。カミーユの化けの皮を剥がして見せると。それを信じて耐えているのだ。カイルの将来のため、そしてカミーユにふさわしい罰を与えるために。


「くそっ、つまらない! つまらない、つまらないっ!」

 ギルド登録をしてからというもの、カミーユはろくに楽しめない。今悪事を働けば間違いなく罪状が刻まれてしまう。かといって、今まで十年以上好き勝手なことをしてきたカミーユに、たとえ四日といえど何もしないでいるのは苦痛でしかなかった。取り巻き達もうんざりしていた。下手に女を抱くこともできないのだから。


「ならば、少し外に出てみないか? なんでも今日、ギルドに王都から来たというパーティがやってくるらしい」

「何だとっ! 王都、王都か……」

 キリルはトマスに指示されていたようにカミーユの行動を操作する。カミーユが王都に並々ならぬ憧れを持っていることは知っていた。王都こそ自分が住むにふさわしい場所であると考えていることも。ならば王都から来たという者達に興味を抱かずにはいられないだろう、と。特に何もできずに退屈している今なら。それがトマスの読みだった。


 そして、その王都からのパーティこそがカミーユに引導を渡してくれるのだという。彼らが何者なのか、何の目的なのかは分からないが、ギルドマスター同士の情報網でトマスは何かつかんでいるのだろう。ひどく凶悪な笑みを浮かべていた。

 カミーユはキリルの言葉を疑いもせず、身支度を整えて宿を飛び出す。これが破滅への第一歩だなどと考えてもいない。だがキリルにとっては希望への一歩だ。

〈待っていろ、カイル。必ず迎えに行く〉




 誰かに呼ばれたような気がして、カイルの意識がふっと戻ってくる。だが次の瞬間聞こえてくる醜悪な笑い声や罵倒、さらに神経を焼き切ってしまいそうな痛みにすべてが流されていく。もう精霊の声を聞く余裕すらない。ひたすらに耐え、耐え、耐え続ける。歯を食いしばり、悲鳴を上げ、それでも我慢できない激痛で意識を飛ばしながらも。

 そういえば、意識を失っていた間に懐かしい夢を見ていたような気がする。まだ、あの村にいて父親もジェーンも生きていて、そして村にいた子供達と遊んでいた時の光景を。


 みんなカイルと真っ直ぐ顔を合わせようとはしなかった。カイルにとって不満だったが、ジェーンにそういうものなのだから、無理強いしてはいけないと言われていた。たいていの子供はお菓子を目当てに来ていたが、中には一人カイルに会いに来てくれる少年がいた。

 少し知恵足らずで、動作がどんくさかったことから村の子供達から仲間はずれにされていた。それがカイルの境遇と少しかぶって、よく声をかけていた。その子はカイルが声をかけるといつも嬉しそうな顔をしていた。そう、思えばその子にはカー様なんて呼ばれていた。

 母親のことみたいだからよせよ、と言ったのだが、カー様はカー様なのだと変えようとしなかった。だからカイルも対抗してイー君と呼んでいた。


「……イー……君」

「あ? なんだ?」

 カイルが思わずつぶやいた声に、警備隊の一人が反応する。しかし、カイルはそれを無視した。まるで体と意識が切り離されたかのようだった。苦痛を与えられ続ける体は悲鳴を上げ、けいれんを繰り返すが、意識だけはぼんやりとどこかに浮かんでいるようにそれを冷静に見つめていた。

 いよいよもっておかしくなってきたのかもしれないと、カイルの背筋を寒気が襲う。合間合間に回復魔法を使い続けているおかげで、どうにか生きている。でも、度重なる苦痛で精神も心もすり減った。終わりの見えない地獄の暗闇に、何度もくじけそうになった。だが、そのたびに支えてくれる顔が浮かんできた。


 今までカイルが関わってきた人、救えずに死なせてしまった仲間達、そしてこの町で絆を結んだ人々。中にはカイルを罵倒し突き放すが、別の誰かがカイルの手を取って支えてくれる。そうやって乗り切ってきた。でも、もう駄目なのかもしれない。

 この冷たい地下牢で、カイルをゴミだと罵る者達によって終わってしまうのかもしれない。まだ、何一つ成し遂げていないのに。少しも、変えることができていないのに。


 台の上に寝かされ足首はしっかりと固定されている。その上で、頭の上で鎖につながれた腕が引き延ばされ、ギチギチと悲鳴を上げている。時間をかけて腕を拘束する鎖を巻き取っていくことで限界以上に体が引き延ばされてあちこちの骨が脱臼してなおも緩められることはない。さらに警備隊達は、あえて小さな切り傷をカイルの腕や足、腹などに付けて行く。

 そうすると、切れ目が入った場所から皮膚が裂け肉が引きちぎられ何もしなくても傷が大きくなっていく。徐々に体が裂けていく恐怖と痛みと苦しみはカイルから声を奪うほどに苛烈なものだった。声を出したり体を動かしたりしたら余計に傷が広がりさらなる苦痛を生み出す。そして何もしなくても時間と共に引き裂かれていくのだ。


 悪魔の所業とも思えるそれを、笑いながら実行できる彼らを、カイルは同じ人間だとは思えなかった。思いたくなかった。人はここまで残酷になれるのかと、深い絶望を味わう。こんな奴らを変えることなんて不可能なのではないかと思ってしまう。

 プチプチと筋肉がちぎれていくたびに、カイルは命がすり減っていくのを感じていた。この音が聞こえなくなれば、それはカイルの魂が体から切り離される時だ。漠然とそんなことを思いながらカイルは目から涙をこぼしていた。悲鳴を上げる気力さえない、ただ冷たい涙が頬を伝っていた。

 そんなカイルの様子を見て、警備隊達はさらに喜ぶ。まるで大きな戦果でも立てたかのように。

 そんな彼らの顔を見たくなくて、カイルが目を閉じようとした時だった。薄暗い地下室に救いの光が差し込んできたのは。




「あなたがこの町のギルドマスターだな」

「はい、トマス=リグルドと申します」

「そうか、トマス。もしかすると他の町のギルドマスターから聞き及んでいるかもしれないが……」

「はいはい、分かっておりますとも」

 調子のいいトマスの様子に、レイチェルは眉根を寄せる。

「普通に話して構わない。我々もギルドメンバーだ。立場なら貴殿の方が上だろう」

「では、失礼して。剣聖のご子息に関してだね、君達はどこまでつかんでいるのかな?」

 途端に胡散臭い愛想笑いから、心の読めない貼り付け笑顔に変わったトマス。だが言葉の内容は核心をつくものだ。


「故郷であった村からここまで足跡をたどってきた。今はこの町に逗留していることは分かっている」

「なるほど、それはカミーユ=アンデルセン”様”の軌跡だね」

 トマスはうなずく。なぜか様をことさら強調している。

「そうだ。この町にいるな」

「そうだね、先だってギルド登録もしてもらったよ」

「何っ! では……」

 トマスの言葉が意味するところを悟ったレイチェルは身を乗り出す。証言をいくら集めても確たる証拠にならないと考えていたレイチェルだったが、ここにきて一気に状況が変わった。これで公に処罰も可能になる。


「ギルドに登録したのか? なんでまた?」

 トーマも疑問を口にする。これでもSSランカーだ。ギルド登録がどういうものなのか、その裏事情も知っている。

「……考えなしのバカ」

 ハンナも断ずる。ハンナが四か月前に持った疑問はほぼ確信になっていた。まだパーティメンバーには話していなかったが、件のカミーユに接触する前には話しておくべきだろう。

「知らなかったのか?」

「そうみたいだねぇ。こっちにとっては好都合だったけど。勉強なんてろくにしてこなかったんじゃないかな」

 トマスの言葉にレイチェルは目を細める。言葉の端々から分かる。トマスはカミーユを快く思っていない。それどころか蛇蝎のごとく嫌っている。


「ここでも何かやらかしたのか?」

「そうだね。少なくとも、わたしにとっては到底許せないことをした。いや、している、かな。そう思っているのはわたしだけじゃないよ。彼に関わり彼を知る者すべてがそう思っている」

「そうか……では、もう調べはついているんだな?」

「ええ、微に入り細を穿って全て。いやはや、これほど精霊様方が協力的だったことはないよ。よほど腹に据えかねていたんだね」

 精霊という言葉を聞いてレイチェルは顔をしかめる。自分にはない力である魔に関することは苦手意識があるのもそうだが、彼の母親はその精霊の友であっただろうにと思うとなおさらだ。


「なら話は早いですわね。手配はしておりますの?」

 アミルの言葉に、トマスは満面の笑みを浮かべる。

「この時のために全てを手配して待っていたんだ。欲を言えば、君達にはもう少し早くここに来てもらいたかったよ」

「? どういうことだ?」

「そうすれば、もっと早くに……。いや、すんだことだね。ともかく、わたしの協力者がここに連れてくる予定になっている。あとは煮るなり焼くなり自由ということだね」

 トマスの言葉に疑問を浮かべる面々だが、一人ハンナだけはトマスに問いかける。


「それより聞きたい。あれは……本物?」

「ええ、それはもう。正真正銘本物……だと信じている偽者だね」

 ハンナは途中までトマスの言葉を不快気に聞いていたが、最後まで聞くと目をぱちくりとさせる。レイチェル達も何のことやらさっぱりわからず戸惑う。

「知ってた? 登録して調べた?」

「知っていたよ。ただ、どちらか判別がつかなかった。知ってて騙っているか、そう思いこまされているか。ただ、彼は手を出してはならない者に手を出した。だから登録してもらったんだ」

「そう。じゃあ、やっぱり」

「カミーユ=アンデルセンは剣聖の息子ではない。本当の剣聖の息子の代わりにするために拾われてきた孤児だよ。容姿や年齢が近い子供を、剣聖の息子に仕立て上げていた。かの村の罪も深いね」

 トマスの言葉に、レイチェルをはじめとしてアミルもトーマもダリルも驚きを隠せない。ただ、ハンナだけが納得した顔をしていた。


「なんだと? では、あの者達は……」

 以前、あの村で聞いた話や出会った者達を思い出す。みなレイチェル達を見ると一様に顔を背け、妙な笑い方をしていた。王都からの使者に恐縮しているだけだろうと感じていたが、あれは後ろめたさを感じて普通ではいられなかっただけなのか。思い返せば、不自然でない会話ができたのは、剣聖の息子をカー様と呼んで慕っていたあのイサクという少年だけだったように思う。

「嘘をついてた。だからおかしかった。あの村も、村人も、剣聖の家もみんなおかしかった」

 ハンナは最初から違和感を感じていた。辺境には似つかわしくない贅沢品がある様子に。誰もかれもが偽りの笑みを見せる様子に。王都からの使者に冷や汗が止まらない様子に。どう考えても、何かがおかしかった。


「家がおかしい?」

「中に入ったらみんなも分かった。だって、中にはほとんど何もなかった」

「それは、住んでいる人がいないから……」

「そうじゃない。カミーユが使っていた部屋をのぞいて、ほとんど何もなかった。箪笥も机も椅子も、服も食器も調度品も何も。まるで全部持ち去られたみたいに。剣聖様や巫女様がいた形跡なんて少しも分からなかった」

 唯一家の中に入ったハンナの言葉に、みんな声を失う。家主がいなくなったとはいえ、英雄の家だ。癒しの巫女が暮らしていた家だ。彼らの服や調度品、装飾品。息子のために残しているだろう財産があるはずなのだ。

「カミーユの部屋だけ無駄に豪華。まるでとってつけたみたいに。あんな中にいたらおかしくなる」

 がらんどうの家の中で、ただ一つ、異彩を放つ子供部屋。まるで舞台のセットのように整えられたその空間は異彩を放っていた。


「じゃあ、あのイサクってやつの話は……」

「本当。ある日突然剣聖の息子はいなくなり、別の誰かがそこに据えられた。あの村が、残された財産を奪い、補助金を得続けるために」

 レイチェルの顔色が真っ青になる。それが本当なら、いなくなった剣聖の本当の息子は……すでに。

「ハンナはそれを、あの時から?」

「確信が持てなかった。最後のピースをここでもらった。だから……」

 ハンナが言い出せなかったのは確信が持てなかったからだけではない。もし村ぐるみで罪を犯し隠蔽されているならば、剣聖の息子の生存が絶望的になるからだ。だが、それならなおのこと剣聖の息子の名を汚す存在を追い詰める必要があった。あの村でただ一人、友達を待ち続けていたイサクという少年のためにも。


「だから、イサクは言うなって言ったのか。村がおかしいって」

「そ、そうだ。そのイサクはどうなる? もしわたし達に告げ口をしたことを知られたら?」

「大丈夫。お守りをあげたし、首都に逃げられるように手配もした。実はわたし達のすぐ後を追ってた」

 何とハンナはそこまで見越していたのだ。あの時イサクに話していたのはこのことだ。別れ際、夜にもう一度会う約束を取り付け話をした。村にいるのは危ないから、レイチェル達と一緒に剣聖の息子を探しに行かないかと誘ったのだ。イサクは喜んで飛びついてきた。ずっと村でも浮いていたし、慕う存在を自分が探しに行けると知って。だからハンナは剣聖の息子がたどっただろう最期を伝えることができなかった。


「時々夜にこそこそと出ていっていたのはそういうわけだったのですわね」

「そう、次の行き先を教えて、必要経費を渡してた」

 イサクがいなくなったことを知ればあの村では大騒ぎになるかもしれないが、どのみちカミーユを捕まえれば同じことだ。

「では、あの村は?」

「近くの町のギルドで見張ってもらってる。逃がさない。それに、イサクの書置きを信じたみたいで大した動きはない」

「書置き?」

「自分もカー様を探しに行きます、っていうもの。ずっと探してたみたいだから、わたし達に刺激されて村を出ても不思議に思われない」

 レイチェルはハンナの活躍に頭が上がらない。ただ憤っていただけの自分達とは違い、ハンナは真実を追っていた。そして、そのためにやらなければならないことを手配していた。本来ならばレイチェルがやるべきことを。気付かなければならなかったことを。


「こういうのはレイチェルに向かない。真っ直ぐすぎるから、すぐ騙される。適材適所」

 辛らつな言葉の後に慰めが入る。さすがは年長者といったところか。ハンナは黙って見守っていたトマスに向き直る。

「わたしが、わたし達がつかんでるのはここまで」

「素晴らしい。君の適切な対応のおかげで、あの村の罪人達クソッタレどもを一網打尽に出来そうだよ。確かにあの村がしたことは許されないことだからね」

 トマスの口から笑顔で飛び出る罵倒に、レイチェル達も若干引く。

「でも、あなたはわたし達の知らないことも知ってる。何?」

「それは……」

 トマスが口を開こうとした時、ノックの音がする。トマスはいったん話を切り上げると、対応に立ち上がり自ら扉を開けて待ちかねた招かれざる客を迎え入れた。ここからが本番だ。

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