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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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待ち望んだ再会

レイチェル→カイルサイド

 聖都フロイセン。王族でもあるハイエルフの住まう白亜の城を中心にして広がる精霊界の都だ。住まうのエルフとドワーフ。ただし、区分けがきっちりしており、無駄に争いになることを避けている。

 敵対している関係ではないが、元々の性情がかみ合わないため必要な措置といえた。人界に渡ったエルフやドワーフならもう少し柔軟性もあるのだが、精霊界に住まうドワーフはより頑固で、エルフはより潔癖だ。

 どちらもこうと決めたら決して譲ろうとはしないし、誇りを持つ事柄に関しては少し傷つけられただけでも激高することもあるという。

 どちらも物作りという点での共通項はあるが、ドワーフは武器防具など金属加工を中心とした生産。一方のエルフは金属も用いはするが中心となるのは魔法具や魔法薬の作成。ジャンルが違うので互いに協力し合うということは少ない。


 同じ場所に住んではいるものの、交流は必要最低限というような感じらしい。さらに、混血ということに関してはあまり寛容ではないのだとか。ひどい者になると混ざりものなどという蔑称をもちいて露骨に嫌悪する者もいるとか。

 その辺は人界ほど多種多様な種族が存在せず種族間で固まって生活している以上仕方ないのかもしれないが、問題ともいえるだろう。

 トップに立つハイエルフはどちらに対しても確執はないのだが、どちらの主張も理解できるだけに仲裁も難しいのだとか。無理に仲良くさせようとして取り返しのつかない亀裂が生まれてしまうことも、あまり交流がなさ過ぎて分裂してしまうことも望ましくない。

 結局は同じ都市に区画を分けて住まわせ共同生活をさせるということで落ち着いている。それが受け入れられない者は各々精霊界の各地に散って集落を築き生活しているのだという。

 つまり、この聖都の状況でもまだましなほうということだ。バーナード夫妻やディランといったドワーフ、ヒルダやローザと言ったエルフを知るレイチェルとしてはあまり想像のつかない環境だ。


 だが、人界の獣人と獣界の獣人達の違いを思えば仕方ないことなのかもしれないと考える。人界においては割合的に人族の方が多い。獣人族やエルフ・ドワーフといった少数が受け入れてもらい共同生活するにはああいった協調性が必要とされたのだろう。

 そうした変化をも含めて人界は数多くの種族や他領域の生き物達が流れ込んできているのだろうから。レスティア全体の共存共栄を成し遂げる、理想となり得る領域として。

 そんな聖都にあるハイエルフの王族が住まう城にハーフエルフやドワーフのクオーターであるキリルが滞在することが出来ているのはひとえにアミルのおかげだ。

 ハイエルフの末の姫であり、一族の者からの愛を一身に受けるアミルの友人を王族達が無下に扱うはずがないから。しかし、それをよく思わない者達もいる。現に今もそこかしこで小さなささやき声にも満たない陰口が飛び交っている。


 エルフほどではないが耳の良いレイチェルにはその内容が分かってしまうこともあり、時折眉を顰めてしまうこともある。アミルと一緒に行動していればそういったことはないのだが、やはりハーフがハイエルフの住まう城を闊歩していることは歓迎されざることなのだろう。

 ハーフならまだいいが、クオーターであるキリルはさらに肩身が狭いと思われる。しかもともに来た仲間二人が女性であるのに対して男性一人。色んな意味で邪推もされるだろう。

 カイルの探索と他領域への渡航に際しこの分け方にしたのは均一に戦力を分散させることもさながら、向かう領域になるべく縁の深い者をという配慮もあった。

 獣界に向かうトーマは獣人、ダリルはわずかだが龍の血を引く。そして近接と中距離戦闘の二人を補助する形でハンナが。それだけではなく、ついつい暴走しがちな二人を押さえ、行動を決定する頭脳役でもある。

 精霊界に向かうのは、元々精霊界から来ていたアミル、ハーフエルフのレイチェル、ドワーフのクオーターのキリル。こちらも前衛二人に後衛一人。ハンナのように後衛による戦闘補助が少ない代わり回復要員がいるという形だ。


 獣界のゲートと違って、精霊界に続くゲートは聖都の近くに出るように設定されている。だから、精霊界に渡って以来ずっと聖都にあるアミルの実家、つまりは城に厄介になっている。

 最初の内はまだよかった。もの珍しさもあったし、起きた事態に対する同情や動揺、彼らの行動を称賛する声も多かった。

 しかし、滞在が長引くにつれてその声は次第に不平不満をあらわにしだしたのだ。それはそうなのだろう。何の貢献もせずに、王族であるアミルの好意にすがるような形で城に滞在し続けているのだから。

 内情を知らない者から見れば気に喰わないのも分かる。だが、レイチェルとて好きで城に滞在し続けているわけではない。出来ることなら単身であっても、手がかりなど少しも見つからなくても精霊界中を駆けずり回りたい。

 どこかにあるかもしれない、カイルがいるだろう魔界に通じるヒントがあるなら何だってしたい。けれど、それを王族もアミルも許してはくれない。


 闇雲に探したとしても、時間と労力ばかりを浪費するだけで成果は上がらないだろうと。今出来るのは少しでも多くの知識を求め、力を付けて、いつ許可されるかも分からない精霊王の面会の日を待つことだけ。

 日に日に焦れてくるのはレイチェル達も同じだ。その苛立ちを紛らわせるためについ鍛錬に熱が入ったりして、そのせいで余計城に住まう者達との距離が離れているのもあるのだろう。

 魔法を得意とするエルフ達は剣を振って戦ったりはあまりしない。体が頑丈で力も強いドワーフだが荒事が得意なものばかりというわけではない。

 どちらも職人気質というか一つの物事にこだわる性質なのだ。そして、精霊界に住まう者達は総じて変化というより変調を嫌う。人界のような激動の歴史を好まない。

 個人であれば自分のペースで、種であれば変化なく、領域であれば緩やかに平穏な時が流れることを望んでいる。


 そんな中、争いの火種ともなりかねないのが混血や他領域からの人や物の流れ。ハイエルフの王族は見聞を広げ自立のためにも修行に出るが、元々人や物の出入りは最小限にとどまっている。

 そんな彼らにとって先の大戦は非常に歓迎されざるべき出来事だった。幸いにして精霊界には大きな被害はなかったとはいえ、精霊界から人界に渡った多くの精霊達も被害にあい、犠牲となった者達も少なくなかったという。

 大戦という大きな負の流れが人々の心にもたらした闇は大きく、それに引きずられるようにして多くの精霊達が悲しみに沈み、その身を悪霊へと落としていったのだとか。

 だからこそ、精霊界に住まう者達は人族をあまりよく思っていない節が見られる。元々生きる時が違うためか価値観や物の考え方が異なり、それゆえに分かり合えないことも多かった。


 そして、これほど穏やかで平和な領域に住まう者達には人界で起きる争いその物が理解できない。なぜ優劣を巡り、土地を巡り、女を巡って争うのか。

 短い時しか生きられないのに、なぜその生を全うせず心を闇に染めてしまうのか。理解できないし、したいとも思っていないのだろう。

 所詮は自分達と違う種だから、違う領域に住まう者達だから。はっきりと口に出されたことはないが、出来るだけ早くここから出ていってほしいという空気がある。

 いらぬ争いの種をこの精霊界に持ち込む気かと、言葉に出さずとも目で責められている。王族も表向きは友好的な態度だし、協力的ではある。だが、本音を言えば関わり合いになりたくないのではないか。

 何か月も待って未だに実現しない精霊王との対面を思えばそんな勘繰りさえしてしまう。


 レイチェルは足を止めて城にある窓から外を見る。王都が襲撃され、少ない被害で撃退するもカイルと離れ離れになって十か月になろうかとしている。本当に、一日一日が短いようで長い。

 今頃はどうしているのだろうか。定期的に送られてくる連絡によれば、聖剣の模造品に異常は見られないという。ならば生きてはいるのだろう。

 そういえば、獣界に渡った彼らは手掛かりを見つけることは出来たのだろうか。人の身で魔界に渡る方法。魔界で生きていく方法を。

 会いたい……そんな思いが浮かんでは降り積もっていく。初めて出会ってから別れるより、別れてからの方が長い月日が経っているというのに思いは少しも色あせない。

 今度こそ守り切れるだろうか。命だけではない、その心をも守ることが出来るだろうか。思いばかりが募り、自分だけが一歩も進めていないような錯覚を覚え、レイチェルは小さなため息をついた。




 綺麗な都だ。最初に聖都を見た感想はその一言に尽きた。センスティ王国の王都は整然としていた。魔都は複雑怪奇、獣都は千差万別、商国の首都は雑多で、皇国の都は幻想的、武国はどこか古めかしく独特で、共和国の首都は融和を旨としていた。

 どの都市にもそれぞれの特徴があり見どころがあった。聖都はその中でも一、二を争うほどに美しいと言える都だろう。

 都市の周りや道の脇には水路がめぐらされ、透き通った水が循環している。白亜の城に合わせたように石畳も建物も壁が白で統一されている。

 そこかしこに緑と花があふれているのに乱雑には見えず綺麗に整えられている。都の門から城まで続く大通りをはさんで右と左で建物の屋根の色が違うのは作為的なものなのだろう。

 聞けば青い屋根にはエルフが、赤い屋根にはドワーフが住んでいるのだとか。きっちり二分された住み分けに若干この都市というより領域における両者の関係が見え隠れして苦笑いが浮かぶ。


 今は聖都の門で中に入る手続きをしているのだが、あまり思わしくはない。先に来ているはずのレイチェル達の仲間であることを伝えているのだが、証明しろとの一点張りで追い返す気満々だ。

 獣界と違って人というよりは余所者を歓迎しない風潮の精霊界。まあ、こうなるだろうということで先に手は打っている。というより先ぶれを出している。

 エルフであるこの門番達には分からないだろうが、アミルであれば必ず伝わるだろう。精霊達も快く協力してくれた。というより今か今かと出番待ちをしていたというべきだろうか。

 シャインと契約できたおかげなのか前よりも自分自身の霊力が感じやすくなったような気がする。というより、シャインやシェイドが動かしているのだろう霊力の流れを追えるようになったというべきだろうか。

 魔力や聖剣の力を扱う時のような明確な力の流れではない。どこか曖昧で、けれど確かに存在する力だ。


 カイル自身が動かすことは難しそうだが、増減は感じられる。二人と契約しても満足してもらえるくらい余裕はあるようだ。それに、減ってもそこまで消費したという感覚もない。

 二人の言によるとカイルの持つ霊力は人一人が持つにしてはあり得ないくらいに大きいのだという。あと一人二人どころか、残る基本属性の大精霊達すべてと契約したとしても平気ではないかというくらい。

 最もシャインとの契約自体幸運だったと考えているので高望みをするつもりはない。それよりも今はここにいるだろうレイチェル達との合流の方を優先したい。彼女達にも今カイルがやろうとしていることの手伝いをしてほしいのだ。

 それに、長い間不安を抱えていただろう彼女達を安心させたいという気持ちも強い。トーマ達と合流したことでその思いはさらに強くなった。どれだけ心配をかけていたのか、その身を案じてくれていたのか分かったから。

 彼らよりも長い間離れていることになる彼女達にはさらにその思いは強いだろう。精霊界にいるエルフやドワーフ達の協力を得ることは難しかったとしても、仲間達と合流し精霊達の協力くらいは取り付けておきたい。


 そんなことを考えていると、大通りの向こうから騒めきが近づいてくる。結構な勢いがあるようで、時々悲鳴も混ざる。

 その原因というか要因に心当たりがあるカイルは先ほどよりも苦笑を深める。どうやら無事に伝言は伝わったようだ。伝わったからこそ、ああやって全速力で近づいてくる人影があるのだろう。

 見慣れた三人の後ろから慌てた様子で追いかけているのは城勤めの者達だろうか。人界や獣界の兵士達にも似た出で立ちをしている。

 理由はどうあれ、城と町中を騒がせてしまったことは後で詫びなければならないだろう。そんなことを考えながら必死の形相で走ってきた人物達を迎えた。


 三人とも息を切らせながら、それでも探るような確かめるような眼でこちらを見てくる。特に肉体派ではないアミルは胸元を押さえながら、上がる息を必死にこらえ、上気した頬に焦りをにじませた表情で見上げてくる。

 今のカイルは一切姿形を偽ってはいない。獣界でも龍王祭の期間中と、滞在していた人達がいなくなるまではステイシアに言われて髪の色も変えるようにしていたが、それ以降は人界に行く時にしか偽装フェイクを使わないようになっていた。

 そのおかげか、今ではこの姿に違和感を抱くことはなくなった。これこそがカイルの生まれた時からの本来の姿であるし、これから行おうとしていることに関してはこの方が都合がいい。

 彼らが浮かべている疑問にはこの姿も関係しているのだろう。そして、別れる前とは違い一つにくくった髪の毛の先が金色に変わっていることもあるのだろうか。


 だが、そんな疑問や思いを確認し合う前に言わなければならないことがある。カイルはフワッと笑みを浮かべると彼らを真っ直ぐに見つめる。

「ただいま、レイチェル、アミル、キリル。約束通り戻ってきた。心配をかけて悪かった……でも、もう大丈夫だ。だから、また、俺と一緒に歩んでほしい。仲間として、友として、兄として、そして……恋人として」

 カイルの言葉に息が整ってきた三人は目を見開き、それから各々の反応を見せる。キリルは力強くうなずき、アミルは口元に手を当てて涙を浮かべる。そしてレイチェルは、羞恥のためかあるいは心配を突き抜けて生じただろう怒りのためか顔を赤く染め、体を震わせている。

「……カイル?」

「ああ、そうだ」

「カイル……カイル、カイルっ!!」


 他に言いたいことなど山ほどあったのだろう。伝えたい思いも、聞きたいことも、言いたいことも。けれどどれも言葉にならず、ただ名前を呼ぶことしかできないレイチェルに胸の奥から温かい思いが湧き上がってくる。

 これが愛おしさというものだろうか。仲間達との再会の時に感じた嬉しさとはまた一味違う、なんとも言えない気持ちだ。それはレイチェルも同じなのかきゅっと口元を引き結び、カイルをしばし見つめた後耐え切れなくなったように胸の中に飛び込んできた。

「しっ、心配……したのだぞ! いっ、生きていると分かってもっ! 無事だろうか、怪我なく過ごせているだろうかとっ! わっ、わたしは、わたしはお前の騎士なのにっ、大変な時にいつもそばにいてあげられない! それが、それがどれほど悔しかったかっ!」

 そこにいる存在を確かめるように、決して逃さないように強い力で抱きしめられ、最初は驚いていたカイルも、レイチェルの涙交じりの声を聞いて優しく抱き返す。


 真面目で一途なレイチェルのことだ。例え一時でもカイルに剣を向けてしまったことを、疑ってしまったことでどれだけ自分を責めたのだろうか。カイルに悪くないと言われても、きっと自分で自分が許せなかっただろう。

 それを振り払うように鍛錬を繰り返し、あちこちを渡り歩き、たどり着いたここでも気をもんでいたのだろう。本当に苦労ばかりをかけてしまっている。本当ならもっと側にいてあげたいし、守ってあげたいのに。

 これからもきっとこんなことは何度もあるのだろう。カイルが無茶をすることも、予期せぬ事態に巻き込まれてしまうことも。けれど、それでも一緒にいたい、一緒にいてほしいと思う人達がいる。

 だから、この手を放す気はない。例え辛い思いをすることがあったとしても、そんなことなんでもないと思わせるくらい楽しいことや嬉しいことを積み重ねていこう。出会えてよかったと、一緒にいられて満足だと思えるくらい幸せにしようと静かに決意する。


 この腕の中にある温かい存在を失わないためにも、やらなければならないことがある。人界に残してきた人々と再会するために、やっておかなければならないことがある。

「みんな、ようやく揃いましたのね。本当に……本当によかったですわ」

「そうだな。これで、ようやくだ」

 ようやく前に進むことが出来る。キリルの言葉にカイルが視線を合わせる。実際に剣を合わせて見なくても分かる。キリルの技量が別れた時よりも上がっているだろうことが。

 それは腕の中にいるレイチェルもであり、アミルから感じられる力強い魔力も彼女達のたゆまぬ努力を感じさせた。

 本当に心強い仲間だ。カイルはようやく揃った仲間達に囲まれながら、再会を喜びつつこれから身を投じる戦いに思いをはせた。

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