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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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シャインとの契約

 シェイドは立ち尽くすシャインの前で仁王立ちになる。身長はシェイドの方が低いのだが、腰に手を当て強気な様子でシャインを見るシェイドの方が大きく見える。

『大体ねぇ、あんたは小難しく考えすぎなのよ。好きなら好き、一緒にいたいならいたいでいいじゃない。それともなに、あんたはこのままでいいっていうの? アタシがカイルと契約しているのは知っているわよね?』

 シェイドの言葉にシャインはビクリと肩を震わせる。まるで聞きたくなかったことを聞かされたかのようだった。

『カイルと出会えたのは結果的にはあんたのおかげよ。だから、あんたにはお礼を言いたいわ。でもね、あんたがそんな調子ではちゃんとお礼も言えないじゃない! それに、悔しくないの! カイルを見つけたのはあんたが最初じゃない。見たら分かるでしょ、一緒にいたら感じるはずでしょ』

 シャインは痛みをこらえるかのように唇をかみしめる。シェイドの言葉一つ一つが心に突き刺さるようだった。


『アタシはねぇ、人界に行って初めて人の美しさと醜さ、強さともろさを知ったわ。だからあんたの気持ちも分からないでもないわ。でも、今のあんたを見てるとイライラするのよ! しっかりしなさいよ。仮にもあんたは先代の愛し子の契約精霊だったんだから!』

 シェイドの言葉にシャインが俯かせていた顔を上げる。その顔には今までのような弱々しい悔恨の表情はなかった。どこか挑戦的な、それでいて生気のある顔をしている。

『わたしは、ずっと考え続けていました。これから自分がどうすべきなのかと……答えも出せず動くこともできず……でも、あなたの言葉で目が覚めました。わたしは、やはりどこまで行っても精霊なのです』

『そうよ、それでいいの。あんたは光の大精霊、アタシは闇の大精霊。似て非なる光と闇から生まれた存在。光だけでも、闇だけでも人は生きていけないのよ。分かるでしょ!』

 シェイドの意味深な言葉に、シャインは力強くうなずく。その眼にはどこか決意の色が見えた。二人のやり取りを見守っていたカイルも、そんな三人を遠巻きに見ていたハンナ達も安堵のため息をつく。


 あのまま、壊れてしまいそうな光の大精霊を見続けているのは辛かった。カイルにとっても、母の死がそこまで光の大精霊を苦しめていたなんて、しかもその原因の一端に自分の存在があることに申し訳なさを感じていたのだ。

『……カイル、今代の愛し子よ。今更こんなこと、虫がいいと思うかもしれません。あまりにも自分勝手に思えるかもしれません。ですが、どうかわたしと専属契約を結んではもらえませんか? これから先の時を、あなたと共に過ごしていきたいのです。今までそばで見守り助けることができなかった分、これからはずっとあなたの側にいさせてください』

 シャインの言葉にカイルはしばし言葉を失う。確かに光の大精霊に立ち直ってほしいとは思っていた。けれど、まさか専属契約をしてくれるとまでは思っていなかったのだ。確かにそうしてくれるなら助かることは多い。特に光の大精霊は母カレナの専属精霊ということで人界の要人達にも顔が利く。

 それに、光の魔法は何かと有用性が高い。これからいろいろな面で助けになるだろう。契約を結んでくれるというならぜひお願いしたいところだ。


 ただ、一つ聞きたい部分がある。シェイドとの契約は突然であり成り行き任せでもあったが、契約方法も同じなのだろうかと。

 微精霊や下位精霊達にはされ慣れているが、さすがにここまで人に近い精霊ともなると少々事情も違ってくる。まして、相手は男性型、そのあたりはどうなるのだろうか、と。

「それは願ってもないけど……契約方法は?」

『では、こちらに来てください』

 まあ、厳密に精霊は人とは違うしやましいことがあるわけでもない。もしそうだとしても契約に必要な事柄だと割り切って、カイルはシャインに歩み寄る。

 シャインはカイルと同じくらいの身長がある。見た目もシェイドと他違って二十代半ばくらいの落ち着いた雰囲気の男性だ。


『では、始めます』

 シャインはカイルの頭を両手で包み込むようにして挟むと顔を近づけてくる。カイルも覚悟を決めて眼を閉じた。だが、考えていた感触は思っていたのとは別の場所に落とされた。

 うっすらと眼を開くと、シャインの首元が見える。そして、シャインはカイルの額に口付けていた。どうやら必ずしも唇同士でやる必要はないらしい。安心すると同時に、シェイドの時にも感じた、けれど性質が正反対の力が流れ込んでくるのを感じた。

 体の中を巡り満たしていく光、シャインから流し込まれるそれは不思議とどこか懐かしさを感じさせた。

 あるいはカレナのお腹の中にいた時に感じていたのかもしれない。カレナに注ぎ込まれていたシャインの光と愛を。


 暖かな日差しの中で日向ぼっこをしてまどろんでいる時のような心地よさが広がってくる。そしてそれはふわりと自然と体に溶け込むようにして消えた。

 あとにはかすかなぬくもりが残されるだけだった。けれど、カイルは感じ取ることが出来た。生まれついて自分の中にあった精霊王の宝玉、そしてシェイドとの契約の際に授けられた闇の宝玉に加え、今光の宝玉が授けられたことが。

『……ああ、これは…………。懐かしい、けれど、カレナとは違う強さも感じます』

 シャインは嬉しそうな、けれどどこか悲しそうな微笑みを浮かべる。かつてカレナと契約していた時に感じていた彼女の霊力。それと似ていて、けれど違う強さも感じる。

『フフフ、無事契約できたわね。でも、シャイン、覚えておきなさいよ。最初に契約したのはアタシなんだからね!』

『何を言っているのです? 契約に遅いも早いもありませんよ? 要はどれだけ恩恵を授けられ貢献できるかです』


 胸を張って先輩面をしたシェイドに、どこか呆れたような、けれど挑発的な表情でシャインが言い返す。シェイドはそれにむくれながらもどこか嬉しそうだった。

 あれが本来のシャインなのだろう。そして、それを取り戻してくれたことにシェイドも喜んでいる。ただ、それを素直に示せないのであんな態度になってしまっているのだ。

 本当に、精霊は知れば知るほど奥が深いと思わせる。カイル達の側にハンナ達もやってくる。

「お疲れ。それにしても、精霊との専属契約は一人だけじゃないのね」

 ハンナはカイルをねぎらいながらも、どこか興味深そうに二人の精霊を見やる。大精霊でもない限りこうやって並んでいる姿を見ることは難しいので余計不思議に思える。

 紫眼の巫女はほぼ神殿都市で保護という名目で軟禁されているし、その情報に関しても伏せられていることが多い。そのため、具体的にどんな精霊とどれだけ契約できるかなどということは一般には知られていないのだ。


『そうですね。不可能ではありません。ただし、普通の紫眼の巫女の場合中位から高位精霊であっても一人が限界でしょう』

 魔法の適性と似たようなものだ。その適性の強弱で魔法の威力や扱いやすさが変わってくるように、霊力もまたその大きさによって契約できる精霊の格や人数が決まってくる。

 通常の巫女であれば、大精霊とはとてもではないが契約などできないという。歴代の愛し子の中でも大精霊と契約できた者は片手で数えられるくらいしかいない。それも、精霊神教が正しく機能していた時代のことだ。

 ここ近年で大精霊と契約できたのは癒しの巫女と言われたカレナだけ。その上、契約した精霊の力を十二分に引き出すことが出来たのは歴史上カレナだけだったとされる。それゆえに、カレナは歴代最高の巫女と言われているのだ。


 契約できる精霊の格や数を決めるのはひとえに霊力次第だ。その霊力が澄んでいればいるほど高位の精霊と契約でき、その霊力が大きければ大きいほど複数の精霊との契約が可能になる。

「へぇ、俺、紫眼の巫女は母さんしか知らないしなぁ」

 実際に見てみれば違いが分かるのかもしれないが、迂闊にあの地に踏み込むこともはばかられる。もしあそこに行くとするなら十分な対策と作戦を立ててからだ。

『あなたは間違いなく歴代でも最高の資質を持っているでしょう。わたしも人界にいた間数多くの巫女を見てきましたが、これほど大きく澄んだ霊力は感じたことがありません』

「ふぅん。まあ、俺自身には分かりにくいからなぁ、そういうの」

 カイルは精霊界に満ちる霊力は視認することが出来るが、自分や他者の霊力が見えるわけではない。


 シェイドに聞いたところ、世界樹から放出される霊力は通常の生物のもつ霊力とは異なり、瘴気のように空気中に、魔力に融合する形で領域中を満たしているのだという。

 生物が持つ霊力はそのように放出されることはなく、その人を包み込むようにして存在しているらしい。魔法使いのオーラのようなものなのだろう。ただし、それを見ることが出来るのは精霊だけなのだとか。

 つまり、精霊界に満ちている霊力は世界樹から放出された霊力が魔力と結びついたことによって精霊を見ることが出来る者には可視化できる形になっているのだとか。

 生物が世界樹と同じように霊力を放出してしまえば、たちまち消耗して命すら危うくなるというのだから、世界樹がどれほど規格外の存在なのかが分かる。

 その世界樹を管理し、守り、ひいては精霊界全体を支えているのが精霊王なのだという。そう言われれば偉大な存在なのだろうが、どこか精霊王について語るシェイドの口が重かったのが気にかかるところだ。


「ま、丸く収まったようで何よりだな。いきなりつかみかかってきた時には何事かと思ったけど」

 あまり心配していないような様子でトーマが歩み寄ってくる。獣界でカイルと龍王による手合せという名の特訓を見ている。今のカイルならよほどのことがない限り心配はいらないと安心していられたのが理由だ。

 最も、訳アリのようだったので無理に間に入るのもためらわれたというのも本音だが。

「契約したことによる恩恵もあるのだろう?」

 ダリルはやはりどこか現実的というかそちらの方が気にかかるようだった。精霊との契約は利点が多い。カイルが魔界で生き残れた理由の一つもシェイドと契約していたことがあげられるのだから。


『ええ、わたしとの契約による恩恵は光属性の魔法の使用が容易になり威力も上がります。また、消費魔力が減り、光属性の魔法耐性も上がります。あと、光の当たる場所では自然回復力が上がります。体力・気力・魔力等ですね』

 光属性の元々の特性が回復に特化しているためか、精霊と契約した上での恩恵もそれに準じたものになるらしい。

 シェイドの闇属性の恩恵や回復の面ではなく耐性の面において恩恵が高い。具体的にいえば、闇属性による精神干渉や幻惑などといった効果がほとんど効かなくなるのだ。

 精霊の使う魔法は人族が使う魔法より上位に当たるため、人が使う魔法も、また大精霊ということもあって他の精霊が使う魔法であっても無効化が有効になる。

 例えデリウスが精霊を捕えて隠蔽工作をしたとしてもカイルには通用しないということだ。これはかなりありがたい恩恵と言えるだろう。


「ここから聖都までは後一日ってとこかな」

『ええ、時折フロイセンからも巫女達の墓の整備に来ますから、簡単な道はついています』

 そう言ってシャインは墓場の奥を指差す。それなりに広い敷地を持つ墓地の端に森の奥へと続く小道が見えた。あの道沿いに行けば聖都フロイセンに付くのだろう。

 カイルと契約し、この場を離れる決意をしたシャインだったが、最後に一度だけカレナの墓を振り返った。静かに歩み寄り、名残惜しそうに墓石を撫でる。

『カレナ、すみません。永い間、あなたにも心配をかけてしまったのでしょうか。けれど、わたしは再びあなたの息子に会うことが出来ました。これからはあなたの願い通り、そしてわたしの望み通りこの子の側にいます。ゆっくり……眠ってください』


 カレナの墓を手入れし続けたのは、シャインの最後の抵抗だったのかもしれない。カレナの死が認められず、自然の中に埋もれてしまえば、本当にカレナの死を受け入れたことになる気がして、どうしても他の墓と同じように時の流れに任せることができなかった。

 でも、これからは本当に静かに眠らせることが出来るだろう。あの優しく、人のことばかりを気遣うカレナのことだ。死んでなおふさぎ込むシャインのことを気遣っていたのではないか。

 それを思うと、今まで自分は何をしてきたのかと情けなくなってくる。カレナのことを思ってというが、本当の意味ではカレナの思いや意思に心を傾けることが出来ていなかった。

 自分自身の心の袋小路に迷い込み、出口を求めてさまよい続ける迷子のようなものだったのだろう。その迷子だった自分を迎えに来てくれたのは、昔馴染みの精霊と、自分が理不尽に恨んでしまった彼女の息子。

 手を引かれ、立ち上がらせてもらった。だから、今度は自分が助ける番だ。昔から変わることのない意地っ張りで優しい友人と共に、過酷な運命を背負った愛し子の力になる。それこそが、自分の使命だと思えたから。


 カイルもまた、シャインの隣で墓の前に座り込んだ。本当に長かった。村を追い出されるまでは毎日のように墓に通っていた。

 父と母の面影と温もりを求めて。自分自身が一人ではないことを確認するかのように。決して答えてはくれない墓に語り掛け、祈りをささげてきた。

 村を出てからはその日一日を生き延びることに必死で、いつしかそんな習慣も消えていった。流れゆく月日に翻弄され、ふと気付いた母の誕生日や命日に気付き、後悔と寂しさを感じながら思いを寄せていた。

 あの時は空を見上げることしかなかった。けれど、今は静かに墓石を見下ろしている。人界の共通言語ではない、精霊言語で書かれているのであろうカレナの名前。

 また時間を作って精霊言語も学ぶ必要があるかな、などと埒もないことを考える。話したいことも謝りたいこともたくさんあったはずなのに、いざ墓を目の前にすると湧き上がってくる様々な感情に翻弄されて言葉が出てこない。


 でも、これだけは言っておかなければならない。言っておきたいことがある。

「母さん、俺、ちゃんと生きてる。母さんにもらったこの命、絶対無駄になんかしない。俺、父さんの跡を継いで剣聖になったんだ。そして、母さんの契約精霊だったシャインとも契約できた。頑張るよ……父さんのように大切なものを守る。生きて……守る。そして、母さんのように傷ついた人を助けられるように努力する。味方も、仲間もたくさんできたんだ。だから、もう大丈夫だ。ゆっくり……眠ってくれ」

 人のために我が身を削り続けてきただろう母。強大な属性をその身に宿したがゆえに命を縮めていた。それでも一族のために必死に祈り、そして一族に捨てられてしまった母。それ以降は半ば囚われの身になり、苦労も多かっただろう。

 けれど、不幸なだけの人生ではなかった。父ロイドと出会い、恋をして、愛する家族ができた。自分の命がもう長くないことを知っていて、だからこそ愛する人との子供を望んだ。本当に、命がけでカイルを生み出してくれたのだ。


 死して後も、心休まることはなかっただろう。ふさぎ込んでしまったシャインを気遣い、残された家族を思い。そして、自分のいる冥界にその家族が増えるたびにカイルに対する心配は大きくなっていっただろう。

 本当に、カイルの人生は波乱万丈で、少しも母を安心させることなどできなかった。それは、これから先も同じなのかもしれない。でも、今のカイルは一人ではない。そして、無力だった子供でもなくなった。

 抱いた夢を叶えてみせる。迫りくる脅威を打ち破ってみせる。だから、静かに見守っていてほしい。冥界でも自慢できる存在になってみせるから。カイルが彼らの元に行くより、彼らが生まれ変わる方が早いかもしれない。でも、その日までは見ていてほしい。

 カレナが育んでくれた命は決して無駄にはしない。それが、カイルに出来る精一杯の親孝行。しっかり生きて、誇れることを成し遂げよう。冥界にいる家族が、笑顔になれるように。

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