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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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光満ちる精霊界に到着

 踏み入れた先に見えたのは、獣界とはまた違った豊かな自然。大地と言わず空と言わず、空気そのものがうっすらとした青い霧に覆われている。

 出てきた場所は青々とした草原。遠くに眼をやれば、魔界とは正反対の青い霧に閉ざされ、空の色も普通の空とはまた違った青さを見せている。

 だが、瘴気とは違ってそういった光景が見えるのはどうやらカイルだけらしい。魔界と違って霊力に満ちている精霊界。

 人界においては精霊達しか見ることのできない霊力。魂を持つ生物達によって生み出されるその霊力は千差万別で色もそれぞれなのだという。

 しかし、精霊界に満ちる霊力は一つの色で統一されている。それはどういうことなのか。それこそが魔界における瘴気と同等にして正反対に位置する霊力を生み出す存在によるものらしい。


「あれが世界樹……」

 ハンナが遠くにそびえる天を衝くほどに巨大な木を見てつぶやく。カイルも青い霧によって視界は霞んでいるものの、何者にも邪魔されることのないその威容は見えていた。

 精霊界の霊力は世界樹によって生み出され領域を満たしている。そして様々な地域特色の魔力の影響を受け新しい精霊達が生み出されていくのだという。そのうちの何割かは人界へと流れていき、長く生きた精霊は成長し明確な意思と姿を持つようになる。

『ようこそ、精霊界へ』

 はしゃいだ様子でシェイドが姿を見せる。今の姿は十七・八と言ったところだろうか。全盛期の力を取り戻したその姿から発せられる気配は、大自然を前にしたかのような感覚を抱き圧倒される。


 突然の大精霊の出現にカイルの霊力にひかれて集まってきていた精霊達が驚いて動揺した声を伝えてくる。

 だが、それもすぐに愛し子の来訪を歓迎する声にかき消されていく。その声と姿を捕えることが出来るのはカイルだけだが、アミルがいれば驚きの声を上げたかもしれない。

 それくらい隙間なく埋もれるほどの精霊達が集まってきていた。人界ではあまり見ることのない小さな人型をした精霊達も多い。やはり精霊界という環境は精霊を育むに最適な環境のようだ。

 それでも精霊達が人界へ行くのは精霊界では決して見ることのできない光を求めているからなのだとか。シェイドも人界へ行ったことで初めてそれを実感できたのだという。


「……綺麗な場所」

「だなー、空気まで違う感じだ」

「周囲に人里は見えない、か」

 仲間達も口々に感想を口にする。森の守護者であり自然の中で生きるのが本来の姿であるハンナはもちろんの事、周囲の環境に敏感なトーマもきょろきょろとあちこちを見回している。唯一ダリルだけが周辺の人の気配を探っていた。

「ここがどこかシェイドは分かるか?」

 カイルは周囲の精霊を牽制するような、それでいて互いに分かり合っているかのような態度で精霊達の中にいるシェイドに問いかける。シェイドは少し目を閉じたかと思えばにっこりと笑う。

 人界でもそうだが、こと精霊界における精霊の眼や耳による情報というものは馬鹿にならない。それに、全盛期の力を取り戻したシェイドはたとえどのような場所でも闇さえあれば見通すことも可能だ。


『ふふっ、運がいいわね。ここは聖地に近い場所よ。聖地っていうのは世界樹がある土地の周辺のことを言うんだけど、その近くに精霊界を治めるハイエルフの王家とエルフやドワーフ達が築いた聖都があるの。歩いて行っても数日で着けると思うわ』

 世界樹は巨大ではあるが精霊界のどこからでも見えるというわけではないらしい。魔界における冥界の門のようなものだろうか。世界樹が見えるということはその手前にある都市、聖都フロイセンも近いということだ。

「聖都、か。そこにレイチェル達もいるんだよな?」

「恐らく。アミルの実家だし、情報も集めやすい」

 カイルの問いにハンナがうなずく。ハンナ達が獣都の獣王の元にとどまっていたのも同じような理由だ。ならレイチェル達もきっといるだろう。もしかしたらカイル達が来るという情報ももたらされているかもしれない。


「……そうか。母さんの墓も……そこにあるんだよな」

 カイルが小さく、独り言のように言った言葉だったがそれが聞こえた者はバッとカイルの方を向く。その眼には疑問と困惑が見て取れた。カイルはそれに苦笑する。

「あー、慣習っていうか代々の決まりみたいなもんらしい。紫眼の巫女の中でも宝玉を継いだ人は、死後精霊界でその遺体を葬られるらしい」

『全員が全員ってわけでもないけど、たいていの愛し子の墓は精霊界にあるわね』

 生涯を精霊達との融和と精霊王との交流に捧げた巫女達に報いるために、そして何より安らかに眠らせてあげるために遺体は精霊界へと運ばれる。

 そうして、人界には遺体のない空の墓が残されるのだ。そのことを知らなかった面々は少しうつむく。カイルの母の墓は故郷に存在しても、そこに実際に眠っているわけではない。英雄であった父と同じように。


 だが、ある意味では正解なのかもしれない。未だ推測でしかないが、もしかしたらデリウスに死してなお利用されているかもしれないロイドの遺体のことを思えば。その死が穢されることのないように、悪用されることのないように精霊界で守られているのだとすれば。

「人界の墓にはまだ行けそうにないけど、こっちの墓にはちゃんと挨拶しないとな」

 もう十年以上墓参りをしていない。忘れることなどなかったが、命日や誕生日には冥福や祈りを捧げてきたが、かつてのように語り掛けることはできなかった。形ばかりの墓と言えども、実際にそれを眼にしなければ実感が湧いてくることはなかったから。

『アタシ、場所は分かるから案内するわね。聖都に行く前にお墓参りしたほうがいいわ。そっちの方が近いから』

 シェイドも請け負ってくれる。シェイドとしてはそれまで愛し子達の墓にこれと言って思い入れはなかった。だが、カイルの母親が眠っているというならば一度挨拶しておくべきだろう。それに、おそらくそこにはまだあいつがいるはずなのだから。


 人界を出ていく前に、そして人界でカイルと契約をして精霊界に戻ってきた時に見かけた後ろ姿。一つの墓の前に立ち尽くす、同じ立場の正反対な属性を司る昔馴染み。

 彼は今も自問自答を続けているのだろうか。決して答えの出ない問いを自分の中で反芻し続けているのだろうか。そして、今でも自分のことを責め続けているのだろうか。

 人の寿命は、生死は精霊にはどうしようもない問題だ。どれだけ守ろうとしても、加護を与えても限界はあるし制約もある。何者からも助けることが出来るわけではないし、その人の選択を遮ることもできない。

 精霊とは人を見守り、加護し、導く存在。それゆえに過度な干渉は許されない。精霊王からの許可がない限り、人界において精霊が好き勝手に力を振るうことは出来ないのだ。


「早く合流したいよな。たぶん向こうもすっげー心配してるぜ?」

「そうだな。殴られるくらいは覚悟しとく」

 トーマからも再会から色々あって先送りになっていたが、一段落したところで思いっきり殴られた。勝手なことばかりを言っていなくなってしまったかららしい。

 唯一無二の友がいなくなって、いつも通り笑えるわけがないだろうと、泣いて怒りながら言われてしまった。思えば当然だった。カイルだって、逆の立場だったらそうだろう。時間がなかったとはいえ、自分の思いばかりを押し付けてしまったことを反省した。

 そして、人界を離れることになっても、無茶だと分かっていても魔界に渡る方法を探してくれていた仲間達に感謝をした。再び出会えた奇跡に苦労も努力も報われたようだった。


「精霊界にも魔物はいないようだが、人里に急ぐに越したことはない。早速出発しよう」

 ダリルは以前にもまして雰囲気や思考が落ち着いてきたように思う。それまでは冷たいという印象が強かったのだが、今では冷静沈着という感じだ。

 言動も誰かの存在を無視するかのようなものではなく、人を思いやる気持ちが言葉の端々に現れるようになった。本当に変わったと思う。ロイドと比べられて、あれほど激高していたのと同一人物とは思えないほどに。

 たしかに、ダリルはカイルの父親であるロイドの情報をもとに作り出された、自然に生まれてきた人とは違う存在なのかもしれない。でも、今のダリルは間違いなく人だと断言できる。

 自分で考え、自分で選択し、自分から行動できる。それが人でなくて何だというのか。人と違う生まれ方をしたというだけで、人とは違う要素を持っているだけで人でないというなら、カイルだって人とは言えないだろう。

 人と龍、魔の姿を持ち、人にはない数多くの属性と能力と力を有するのだから。そういうと、ダリルは少し気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑った。


 ずっと心の中に抱えてきた重荷。それをようやく降ろすことが出来たのだから。すべてを打ち明けた後のダリルは、ひどくすがすがしい顔をしていた。それまで見たことがないほどに、穏やかに笑っていたのだ。

「移動面倒。でも、仕方ない」

 ハンナはおもむろに箒に乗る。どうやら移動は箒に乗って行うらしい。獣界で龍王や龍姫ステイシアによる修行の結果、それぞれの特性を伸ばす方向で成長した。

 ハンナの種族でもあるドルイドは元々肉体的な強度や性能は人よりも若干劣る。鍛えたとしても一定以上の強化が不可能なのだ。そこで伸ばしたのは魔法の特性。

 いまだ成長を続ける魔力の器を強化し、魔力操作と魔法制御を徹底的に鍛え、戦略と戦術の幅を広げて、得意な攻撃魔法における圧倒的な手数と火力を生み出す。その上で持久力と状況に即した戦闘能力を鍛えるのだ。


 元々魔法は自分よりも強大な力と優れた体格や身体能力を持つ相手や数で勝る相手に対抗する手段だ。ハンナは鍛えられた結果、たった一人で数千の軍勢にも対抗できるほどの力を身に付けた。これからの戦いにおいてその力は多くの命を助けることだろう。

 トーマは元々獣人ということで身体能力に優れていた。その上で気功と補助魔法による強化、それを利用した超接近戦による戦闘を得意としていた。

 龍種というのは魔法にも圧倒的な適性があるが、基本的には脳筋の物理特攻を旨としている。それは強靭な肉体と鍛えるほどに上がる身体能力に裏打ちされている。要は魔法を使う前に物理で沈めてしまえるのだ。それでも駄目なら魔法で仕留めるというように。


 長く生きる龍達は様々な面において楽しみを見出そうとする。戦闘はその最たるもので、魔法ではすぐに決着がついてしまうからと、余計に物理攻撃に力を入れるようになる。もちろん魔法においても手を抜くことはないが、割合で言うなら六対四から七対三くらいの割合で物理重視だ。

 それはトーマの戦闘スタイルにも似通っていて、だからこそトーマはボコられながらもその技術を吸収し、身体能力を高め、戦い方を洗練させていった。今では攻撃魔法を使わない戦闘においては龍達とも渡り合えるほどの力を身に付けた。

 自分でも満足の行く結果だったのか、尻尾は残像が見えるほど激しく振られていた。やはり尻尾を出していたのでは感情はダダ漏れのようだ。


 ダリルは剣と魔法を使った中距離万能型、魔法剣士だ。ともすればどっちつかずの中途半端で終わりかねないが、極めればこれ程隙の無い戦い方もないだろう。

 離れれば魔法で、近づけば剣で、遠くから攻撃しようにも魔法で防がれ、接近して戦おうにも剣で対応される。戦う相手を選ばず、それでいてどんな相手であっても戦いづらいと思わせることのできるスタイルだ。

 ただ剣だけを、そして魔法だけを分けて修行するのでは意味がない。剣と魔法同時に使えて初めて一人前だ。だから、ダリルの修行はカイルと同じで常に実戦を想定した模擬戦を主に行っていた。

 一人の時にはその復習と確認、反復練習を繰り返していた。鬼気迫るその様子は近寄りがたいものがあった。倒れるまで続けては、同じようにして戦っているカイルの様子をうかがって震える体にムチ打って立ち上がっていた。


 似た戦闘スタイルだからわかるのだろう。カイルと自分との差に。離れていたわずか半年余りの間に、追いつかれるどころか追い抜かれ、置いて行かれてしまったことに。

 圧倒的なまでに経験が足らない。実戦経験で言うなら同等か、ギルドランクの高いダリルの方が多いかもしれない。けれど、ダリルに足りなかったのは圧倒的な実力差のある格上との戦闘経験。

 カイルは常に格上の、実力の勝る相手に対して挑む側だった。自分達が教えていた間も、自分達から離れていた間も。カイルを鍛えてくれたのは常にカイルより実力において勝る者達。

 それだけに、カイルの戦い方はただ魔法を使うだけではない、剣を振るうだけではない。一手一手すべてが次の行動への布石になり、わずかな隙を作り出す。

 相手に隙が出来るのを待つのではない、自分から無理矢理でも作り出し、そこを逃さずに攻める。強者になればなるほど攻撃における駆け引きが勝敗を決める。その経験と駆け引きにおいて、ダリルはカイルよりもはるかに劣っていた。

 それが分かったからこそ、友として仲間としてライバルとして追いすがるために努力を重ねてきた。


 今では養父であるクラウス相手であってもいい戦いができると自負している。そうでなくてはならない。これから自分達が戦うのは、その養父や養父の師匠である剣聖が戦い、それでも倒しきることのできなかった組織なのだから。

 そして、その組織との決着をつけ因縁を断ち切った時、ダリルに本当の自由が訪れる。胸を張って自分が生まれてきたことを誇れる日が来るのだろう。

 もちろん、カイルも成長した。完全とはいかないが龍属性は自在に操れるようになったし龍魔法もほぼ習得した。後は研鑽を積むだけだ。

 デリウスとの戦いにおける手札も切り札も用意した。そのために必要な交渉も約束も取り付けることが出来た。

 それはきっとデリウスをして辛酸をなめさせることが出来るだろうもの。魔界での準備と合わせれば彼らの用いる常套手段を完封できる可能性もある。手は抜かない、遠慮もしない。もう二度とかつてのような悲劇を繰り返さないためにも。


 そのために、毎日何年間にもわたる修行を続けているのだから。それでも不安はぬぐいきれない。だからこそ力を集める。戦うためだけの戦力ではない。その戦いを勝利に導くための、戦いを支えてくれるだろう力を、味方を。

 三つの領域の王に会い、力を授かり盟約を取り付けた。人界においても色々と仕込みはしている。表だって動く日はまだ先だが、それまでにできる準備は出来る限りやっておかなくてはならない。

 かかっているのは自分の人生と孤児達の未来だけではない。この世界全体の命運なのだから。そう言われても実感できるわけではない。でも、自分の大切な人達のことを思い浮かべれば、その重さはより身近に感じることが出来る。

 彼らの生きる世界と未来を守りたい。そして、自分から家族を奪った彼らを許しはしない。もうこれ以上、彼らに好き勝手に奪わせるわけにはいかないのだ。それが不可能だとしても、犠牲をなくすための努力ならいくらでもできる。

 そう決意を固め、カイルは遠くそびえる世界樹を見上げた。

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