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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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光の大精霊の嘆き

 カイルは必要なことを話し終えると、亜空間倉庫アイテムボックスから一つのバッグを取り出してテーブルに置く。

「……これは?」

「ああ、俺が作ったアイテムバッグ……に、近い何か」

「? アイテムバッグではないのですか?」

「あー、色々やってたら偶然できたというか……同じの作れって言っても、すぐには無理だろうな」

 カイルのはっきりしない物言いにギルドマスターも受付嬢も首を傾げるばかりだ。アイテムバッグと言えば魔法具の中でもポピュラーな存在だ。一流のハンターや商人にとって必需品でもあるし、一種のステータスにもなる。


 アイテムバッグの容量は元々のバッグの大きさと付与された空間魔法の精度による。人族で空間属性を持っている者は少ないため、必然的にそれらの品の多くがエルフ達の手によって製作される。そのためか流通量は需要に対して少なく、価格もそれなりに高い。

 それでも、高い金を払ってもその利便性を思えばその価値はある。カイルは本格的に魔法具について学んだわけではないが、ドワーフから鍛冶を学ぶ過程や魔界で技術を学んで研鑽した結果、多少なりともそれらしいものが作れるようになっていた。

 そこで、仲間達のためにアイテムバッグを作ろうとしてできたのがあれだった。とてもではないけれど渡すわけにもいかず、かといって使い道にも困っていた。


「それ、容量がおかしい。というより、普通のアイテムバッグじゃない」

 ハンナにはできた後に相談したため、あのアイテムバッグについて知っている。ハンナもあきれていた。一体なんていうものを作るのかと。

「容量が? それは、どういう……」

「あー、それな、俺の亜空間倉庫アイテムボックスの一つにつながってるんだよ。どうやら空間拡張するんじゃなくて繋いじまったみたいでな。それが分かって、つながった亜空間倉庫アイテムボックスの中身は移したんだけど……廃棄するのももったいなくて」

 そのバッグを作るために使用した素材を思えば捨てるのはもったいない。かといって仲間の私物を亜空間倉庫アイテムボックスに預かるというのもどうかと。プライバシーも何もあったものではない。カイルにはその内容を全て把握できてしまうのだから。


「っ! こ、個人の亜空間倉庫アイテムボックスに通じるアイテムバック!? そんなの前例が……」

「あっても使い道は限られそうだけどな。でも、今回の取引においてはもってこいだろ? わざわざ俺が卸しにこなくても、このバッグと繋がってる亜空間倉庫アイテムボックスに商品を入れておけばいつでも必要な時に取り出せるし、双方で在庫の確認も簡単にできるから」

 本当に何が幸いするか分からない。だが、ギルドマスターは難しい顔をする。

「しかし、危険じゃないかな。このアイテムバックさえあれば君の亜空間倉庫アイテムボックスにあるものを取り出せるんだろう?」


「それに関しては心配いらない。魔力か指紋で登録した……俺が認めた者にしか取り出せないから」

 それはギルドカードと同じような仕組みだ。それに、自分の亜空間倉庫アイテムボックスに外部から干渉されたらさすがに気が付く。悪用される心配はない。

「……そういうことなら。今回はいい取引ができてよかったよ。今後の君の……君達の活躍を期待しているよ」

「ああ。それと、この部屋の時間はいじっといたから、外では五分くらいしか経ってない。こっちこそ今後ともよろしくな」

 カイルは立ち上がるとギルドマスターと握手を交わす。それから部屋にかけた魔法を解除した。受付嬢は心配していた時間の問題が解決されて胸をなでおろしていた。時は金なりというように、商人にとって時間は貴重だ。


 やるべきことを終えて、カイル達は商業ギルドを後にした。まだまだ今日の内に行かなければならないところがいくつもある。カイルは影人形シャドウドールの居場所を確認すると、そちらへと歩を進めていった。




 精霊界には光が満ちていると言われている。だが、それは夜がないという意味ではない。夜には夜のきらめきが、昼には昼の輝きがあり、その美しさから光に満ちた領域と呼ばれるのだ。

 そんな精霊界においても特に光に深いかかわりを持ち、その根源ともなるのが光の精霊達。光ある場所ならばどこにでも存在しており、導き手となる。精霊達の楽園でもある精霊界においても精霊を見聞きできるのはごく一部だが、誰しもがその恩恵を感じ取り感謝を捧げつつも共存している。

 光の精霊達の取りまとめ役でありその頂点に位置する光の大精霊シャイン。かつて人界に渡り、紫眼の巫女であり精霊の愛し子でもあったカレナ=レイナードと契約していた精霊でもあったが、彼女が死んで精霊界に戻って以来、ある場所から離れることはなかった。


『……カレナ…………』

 精霊にとって時の流れなどあってないようなもの。過ぎ行く時の流れは感じても、人ほどその長短に敏感なわけではない。

 それでも、自分が眼をかけた人と共に過ごす時間は特別であり何にも代えがたい。人の一生は短い。分かっていたつもりだった。それでも、あまりにも短かった。カレナが精霊王に認められ宝玉を授かって愛し子となり、それに興味を引かれたシャインと契約してわずか十年。

 体が弱いことは知っていた。その原因となった血統属性のことも、命を縮めてしまうことになった要因も。


『なぜ、あなたは死ぬと分かって……生んだのですか?』

 カレナの生前にも同じことを尋ねたことがあった。その時、カレナは困ったように、そして少し悲しそうに笑って答えてくれた。

 己が生きた証を……愛する人との間に育んだかけがえのない命をこの世に残すためだと。そして、シャインにも言ったのだ。できれば、生まれてくる子供のことを見守ってほしいと。

 その時、シャインはうなずいてあげることができなかった。人の愛は素晴らしい。精霊達にとってもそれは尊く、美しく、歓迎すべきもの。

 それなのに、シャインは子供の存在を、誕生を祝福することができなかった。自分にとっては生まれ来る子供よりもカレナの方が大切だった。


 ただでさえ短い余生を、さらに縮めてしまう子供の存在が、精霊としてあるまじきことに疎ましく思ってしまったのだ。

 だから、カレナが死んで、その遺体を精霊界で引き取った時、共に精霊界に帰還した。あのままでは、カレナの息子を憎んでしまいそうだったから。

 生まれてきた子供に罪はないと分かっている。他ならぬカレナ自身が望んで生まれてきた子供だ。祝福すべきだ、願い通り見守るべきだと分かっていた。それでも、どうしても一緒にいることができなかった。

 あのままでは、悪霊堕ちしてしまっていただろう。病弱だったカレナから生まれてきたとは思えないほど元気で丈夫な子供。カレナの命を削って生まれてきた子供。


 それでも、その子が普通の子供ならまだよかった。それなのに、その子供は男の子でありながら誰よりも高い紫眼の巫女の資質を有していた。

 見るほどに、己の浅ましさと醜さを自覚せざるを得ない曇りない輝きを宿す魂。特例により眼を与えられ、宝玉を授けられた特別な愛し子。

 自分以外の精霊達は皆、その存在を歓迎した。祝福し、そのそばにいることを何よりの幸せと感じていた。でも、シャインは違った。どうしても、どうしても納得できなかった。

 カレナの死後、夫であったロイドの嘆きを見て、その理由を知った。自分は精霊という身でありながらカレナを愛し子という以上に愛してしまっていたのだと。


 精霊にも感情はある。誰かを愛することもあれば、嫌うことも、憎むことだって。通常の精霊であれば人のように人を愛することなどないだろう。けれど、大精霊ほどになれば同じように特定の誰かを愛することはあるのだ。

 シャインはカレナを失って初めて己の恋心に気付かされたのだ。何よりも、誰よりもカレナが特別だった。そして、ロイドとは違ってカレナの息子とは血の繋がりも何もない。だからだろう。ロイドのようにカイルを許し、愛することができなかった。

 カレナの願いをかなえるのなら、カイルと専属契約を結び共にいて見守るのが一番だった。でも、出来なかった。


 シャインの胸の内など知りもせず、傍らに立つシャインを見上げて無邪気に笑う幼子。それを見て傷つけることなどできるはずもなかった。

 憎いはずなのに、精霊としての本能が幼子を受け入れ始めていた。それがカレナに対して裏切りのようにも思えて、死と同時に距離を置いた。あのままでは自分を見失ってしまいそうだったから。

 胸の内にくすぶる相反する感情に翻弄されて、ただカレナの墓の前で悲しみに暮れる毎日。あれから何年経ったのか分からない。

 ただ、時折聞こえてくる噂話。異例の……特別な愛し子の噂。詳細はさすがに聞こえてこなかったが、その生存だけは知っていた。


 ところが十か月ほど前、突如として姿を消してしまった。その時、シャインはカレナが死んだ時と同じくらいの衝撃を受けた。

 思わず踵を返し人界に飛んでいきそうになった。例え顔を合わすことなど生涯なかったとしても、伝え聞く噂で生きていることが確認できていればいいと。そう思っていたはずだった。それだけでいいはずだったのに。

 どうしようもなく心がざわめいた。何が起きたのかと、どこにいるのか、無事でいるのか。そう思う傍ら、自分にはその資格がないのではないかと思った。

 カレナに頼まれていながら自らの心を優先して見捨ててしまった幼子。伝わってくる噂はいいものばかりではなかった。それよりもむしろ苦難と危機の日々。


 苦しかった、悔しかった。自分がそばにいればそんな思いをさせることもそんな傷を負うこともなかったかもしれない。

 だが、今更どんな顔をして会えというのか。自分のことは憶えてなどいないだろう。自分がどんな顔をして見ていたかということも。

 何より、あれから年月が経ったとはいえ精霊にとっては瞬きにも等しい時間。顔を見ても平気でいられるだろうか。憎まずに、疎まずにいられるだろうか。

 様々な思いと考えがめぐり、結局一歩も動くことができなかった。カレナが死んだ日から、シャインは少しも前にも後ろにも進めなくなってしまった。


 精霊がこれほどまで一人の人に固執することは珍しい。大精霊と言えど何かやらなくてはならない役目があるわけではないが、そんなシャインの姿は一部の精霊達からは好奇の目で見られていた。

 唯一理解してくれたのは精霊王だった。古くより紫眼の巫女を通じて人と関わってきた精霊王。愛し子はカレナのような例外を除き生涯独身を貫く。

 それは精霊神教において宝玉の巫女とは精霊王の妻に等しい扱いだからだ。精霊王もそのような習慣を尊重し、何より独り身を貫く巫女達のためにもそのように扱ってきた。

 だからこそ、巫女を愛しいと思う気持ちが理解できた。ともすれば悠久の時を生きる精霊。傷を癒す方法は時の流れか新たな大切な存在との出会いしかない。今はただ心行くまでその死を悼めばいいと。


 シャインはそのことに感謝しつつ、内心では思っていた。この傷は決して癒えることなどないだろうと。カレナ以上に大切な存在との出会いなど訪れるはずもないと。

 それなのに、今代の愛し子失踪の話を聞いた時から、まるで雑音のようにかつて見た小さな赤子の顔がちらつくようになっていた。

 今はどれだけ大きくなっただろうか。精霊にとっては短い時間でも、人にとっては赤子が大人になるには十分なくらいの時間は経っている。

 髪の毛や体の丈夫さは父親譲りだった。だが、肌の色や眼、顔つきは母親似だったように思う。今はどんな顔をしているだろう。どんな姿になっているだろう。

 カレナの死を悼む傍ら、そんなことを思う自分に自分で驚くことが何度もあった。

 そして、三か月前、件の子供が獣界を訪れたという。無事だった、生きていた。そのことにほっとする。その瞬間、カレナのことが自分の頭の中から消えていることに気付いた時は愕然とした。


 いつの間にか自分の中で大きくなっていく思い。それはもう無視できないほどに頭も心も占めるようになっていった。

 だから、今まで閉ざしていた耳を少しだけ外に向けるようになった。そこで入ってきた噂はひどく自分を苛立たせた。

 自分と対極を為す闇の大精霊、シェイドが専属契約を結んだという話。しかも、その相手は今代の愛し子。あの子が、今まで一度として専属契約を結んだことのなかったシェイドと契約した。あの子を産まれた時から知っていた自分ではなく、気まぐれに人界へと渡ったシェイドと。


 ひどく気に喰わなかった。どうなってもいいとまでは思っていなかった。けれど、あの子が生まれなければ、カレナが産もうと思わなければカレナはもう少し生きられた。それを憎々しく思っていたはずなのに。

 なぜ、自分の居場所を奪われてしまったかのような喪失感を感じるのだろうか。大精霊と契約などできるはずもないと思っていたのか。

 自分から距離を置いたくせに、一方的に嫌って、疎んで、見捨てたくせに。そんな自分がひどく醜く思えて、やはり動くことが出来ない。

 そして今日もまた、決して返事が返ってくることのない墓を前に、意味のない問いを口に出す。


『わたしは、間違っていたのでしょうか……』

 何を、いつ、間違えてしまったのだろうか。どこで歯車を狂わせてしまったのか。見守り加護を与える愛し子を心の底から愛してしまった時か。

 病弱な彼女が、それでも強い意志で伴侶を選び、あまつさえ子供を宿し生んだ時だろうか。その子供の誕生を素直に祝福できなかった時か。最期まで眼で子供の加護を訴えかけてきた彼女の期待に応えられなかった時か。

 もう、全ては遅すぎた。耳を閉ざし、心を閉ざし、時折思い出したように浮かぶ生まれたばかりの子供の笑顔が浮かんだ時にのみ入ってくる噂話。


 愛し子が人界から消えたことで精霊界に走った激震。普段はあまり干渉してこない配下の精霊達も、さすがに混乱して訴えかけてきた。愛し子が消えたと。

 死んだのではない、消えたという事実。カレナのように予期できたわけではないあまりにも突然の別離と消失に衝撃を受けなかった精霊はいない。それは、シャインも同じだった。

 手は届かなくても、眼にはいれなくても、時折耳に入る情報だけで満足していた。満足なのだと思っていた。でも、違った。

 本当はそばにいるべきだった、いつだって見守って、たくさん話をして……。きっと、それが自分が本当にとるべき道だったのだ。それを、誤った。


 そして、ついに愛し子は精霊界に来るのだという。でも、会えない。会うわけにはいかない。こんな自分が、あの子の側にいる資格などないのだから。

『カレナ……あなたと一緒にわたしも死ねたらよかったのでしょうか……』

 精霊にとっての死は霊力が尽きることによる自然消滅以外にない。悪霊堕ちは一種の死ともいえるかもしれないが、自分自身の意志で死を選ぶことは出来ないのだ。

 それなら、人界に残っていればいずれ叶ったのかもしれないが、カレナを一人で送ることはできなかった。そして、あの子の側に戻ることも。

 こんな時、大精霊である我が身が疎ましい。シャインはしゃがみ込むとカレナの墓石を指先で触れるようにして撫でる。


 美しい花が咲き誇り、穏やかな空気と優しい光に包まれた墓所。歴代の愛し子が眠るその地においてひときわ新しい墓石。

 他の墓石が年月の流れと共に緩やかに自然に包まれているのに対し、その墓は建てられた当時のままの姿を保っていた。

 毎日シャインによって手入れをされ、時と自然の中に埋もれていくことを許されないその墓は墓所の中で浮いていた。生涯を精霊と共に過ごし、精霊王の寵姫として生涯を終えた彼女達は皆ここに眠っている。

 皮肉なことに、人界にあるあの子の両親の墓にはどちらも遺体がない。自分と違って形だけの墓に、あの子はどんな祈りを捧げていたのだろうか。

 シャインはそれを思い、静かに目を閉じた。

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