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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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ギルドマスターとの駆け引き

 カイルはそのまましばらく男性を見ていたが、一つ息を吐くと完全に巻き込まれた形の受付嬢に申し訳なさそうな視線を送る。

 おそらくこれは、今目の前で引きつった笑いを浮かべる男性の独断だろう。受付嬢はあくまで将来有望な人材と判断したカイルとをこの男性との渡りをつけたに過ぎない。

「え? えっと、ギルドマスター? これは……、悲運の英雄?」

 受付嬢はギルドマスターと呼んだ男性とカイルの顔を何度も見比べながら混乱した声を出す。なるほど、この男性がこの商業ギルドのギルドマスターにしてウルティアの統括を行っているギルドマスターということか。

 商人の鏡のごとく情報に精通し一筋縄ではいかない人物のようだ。だが、さすがに一瞬で囚われの身になるとは思っていなかったようで、緊張がうかがえる。


「強引な対処をしたことについては謝るよ。でも、わざわざあんなことを口に出した意図を教えてほしい。俺に何をさせたい? あるいは、何を望んでる?」

 カイルの事情をそれなりに深く知るのであればなおの事、なぜ更新できなかったのかの事情に関してもある程度知っているだろう。

 特に問題がないなら、あるいは望むことがないのであればわざわざ口に出す必要などない。事情を聞くにしても、もう少し段階というものを踏むべきでないのか。

 それなのに、主導権を握るためか先制攻撃をしてきた。あれでカイル達の意表をついて交渉なり面談なりを優位に進めるつもりだったのかもしれないが、あいにくと商人のやり口はそれなりに心得ている。


 商人としてもSランクであるカイルのことを舐めていたわけではないだろうが、予想外だったのはギルドマスターも同じなようだ。

「…………いやはや、参ったな。実力者だとは聞いていたが……、ここまでなんて。降参だよ、さすがに君達全員を相手に博打を打つつもりはない。こっちとしては国ぐるみで守られているのか隠蔽されているのか、多少なりとも君達の事情を聞かせてもらえたらと思ってたんだ。秘密は大きな商売のチャンスでもあるから……」

 どうやら先ほどの情報も商人の伝手を駆使してかき集めたものだったらしい。トレバースはある程度の情報は公開したようだったがカイルに関することはほとんど隠蔽していた。

 ハンナ達やシェイドが集めてくれた情報によると、第一王子であるアレクシスの裏切りと騎士団の一部の謀反、それに裏社会やデリウスが関わっていたことは公表されたようだが、アレクシスの死因については秘されているらしい。


 葬儀も行われたが、それが盟約魔法による代償ということを知るのは王国の一部の者。他国では裏切りの責任をとって処刑されたというのが通説のようだ。

 反省した様子のギルドマスターに勧められて、カイル達はソファに腰かける。カイルの隣にハンナ、向かい側にトーマとダリルが座る。受付嬢は訳が分からないままにお茶を入れてくれて、ギルドマスターの後ろに控える。

「あの事件の前後で名を上げた君達のことはもちろん知っているよ。何か探し物をしていて、そのために人界を離れたらしいってことも聞いている。そんな君達が人界に戻ってきた。それも、行方知れずになっていた人物を連れて。これで、興味をそそられない、何も聞かないってわけにはいかないだろう?」


 カイルのことは主に使い魔であるクロの契約者として知られているようだ。確かに、王都内にはびこっていた魔物達を一網打尽にするために巨大化したクロの姿はごまかしようがない。それほどの妖魔を従える存在となれば興味も沸くのだろう。

 しかも、それだけの活躍をしたというのに、騒ぎが収まってみればその行方がしれないとなればなおさら何があったのかと勘繰る。

「にしても、俺がいなくなったことも結構知られてたんだな」

「そりゃそうだろ。あの騒ぎでクロやカイルに助けられた奴は大勢いるんだ。お礼言いたいってやつらも結構いたんだぜ?」

 その頃カイルは魔界にいてそれどころではなかったので考えることもしてこなかったが、思ってみればその通りだ。王都の地上にいた魔物達の大半はクロが始末したし、その時に怪我を負った者達はカイルが回復させた。


 それだけのことをやれば目立つのが当然だ。それなのに当人がいないとなればどうしたのかと噂くらいにはなるだろう。色々な憶測が飛び交うことも十分に予想できる。

「死んだとか、連れ去られたとか、大穴で君がデリウスの一員だった、なんてものもあったな」

 なるほど、昨日帰ってきたシェイドに聞いたのは人界の大まかな情勢と孤児達の動向。自分自身のことに関しては後回しにしていたというか念頭になかったが、これは本格的に戻る前にリサーチしておく必要がありそうだ。

「へぇ……なら、なんで”悲運の英雄”なんて言われてるんだ?」

 死んだならともかく、行方知れずだったり、あまつさえデリウスの一員だなんていう噂があったならその呼び方は不適切ではないだろうか。


「それは、あれだよ。君自身の過去と、襲撃の時に誰よりも功績を上げながらそれを評価されることなく姿を消してしまったことによるものかな。特に君を直接知っている人達の嘆きが、まるで偉大な英雄を失ってしまったかのようだったことからそう呼ばれるようになったらしいね」

 カイルの失踪を知った面々はしばらく仕事が手に付かなくなるほどショックを受けていたらしい。カイルに助けられた人達も、生死不明の行方知れずと知って沈鬱な様子だったとか。

「あー、やっぱ一度顔見せといたほうがいいかなぁ……」

 戻るのも帰還を知らせるのもやるべきことを終えて、きちんと人界に戻ってからと思っていたが、その決心が揺らぎそうになる。


 どれだけ心配をかけただろうか、どれだけ気をもませただろうか。敵であるデリウスの裏をかくためにも必要以上接触は避けるべきなのだが、そのために家族を犠牲にするのは違う気がした。

「……カイル、手紙なら…………」

 そんなカイルの葛藤を見てか、ハンナが妥協案を出してくる。そうだ、今は戻りたくても戻れない。その前にやらなければならないことがたくさんある。今は無事を伝えることしかできない。

「そう、だな……」

「……何か訳アリそうだね。戻れないわけでもあるのかい?」


 ギルドマスターが興味半分、真剣さ半分の表情で入ってくる。本当に好奇心が旺盛のようだ。しかし、引き際は弁えているのだろう。だからこそ、商人のひしめくこの国の首都で統括ギルドマスターを務めていられるのだろうから。

「ああ。どうも、例の組織が大きな祭りを企んでいるらしくてな。結果的にとはいえその先駆けの騒動を邪魔した俺らの動向は探られているだろうからな。なるべくこっちの動きを知られたくない」

「それは、どこからの情報で?」

 ギルドマスターの声も鋭くなる。今は世界中がこぞってデリウスの動向と出方を探っている。それでも有力な手掛かりも情報もほとんど得られていないというのが現状。そんな国のトップ達でさえ持っていない情報を、これまで人界を離れていただろうカイルがどのような手段で手に入れたというのか。


「俺のことを知っているなら、俺の持つ情報網に関しても知っているんじゃないのか?」

 ギルドマスターは眉を顰める。実のところ、事情を聞きたいというのは名目で、カイルが持っているとされている謎の情報網を突き止めたかったというのが本音だ。

 その国のトップ達のプライベートでさえ知り得る情報網。それさえあれば商人達にとっては鬼に金棒だ。是が非でも知りたいと思うのは当然のことだ。

「確かに……。その情報網について教えてくれる気は……ないみたいだね。けど、その詳細について伝える気はないのかい?」

「……あいつらは狡猾だ。それでいて大胆で派手な演出を好む。知られていることを知れば計画が変わるし対処も難しくなる。どこに目や耳があるか分からない以上、知らせる相手は厳選したい」

「それにわたしは含まれない、と?」


 確かに個人で言えば信用がおけるのかもしれない。けれど、彼には立場がある。そしていざという時連携を取ることも難しいだろう。

「詳細については教えられない。けれど、近々そういうことがあると知っていればそれなりの備えは出来るだろう? 根拠のない憶測は不安と混乱を呼ぶが、根も葉もある噂ならある程度準備と覚悟を促せる」

 カイルの言葉にギルドマスターが考え込むように押し黙る。それからカイルを見て、その仲間達を見る。

「なるほど、噂……ね。あくまで人の口の端に登る程度に抑えておきたいわけだ。それくらいなら向こうにも警戒されず危険を知らせることが出来る、と?」


 やはり頭の回転は速いようだ。商国以外の他国に行った時にもできるならそれとなく噂を立てようかと思っていたが、彼に任せても大丈夫かもしれない。

「どれだけ情報を規制しても隠匿してもどこかから漏れる可能性は否定できない。それは向こうも分かってる。国や兵士やギルドが動くほど確実性のある情報なら警戒されるだろうな。でも、それが日常生活でふと交わされる程度の噂なら許容範囲ってことで見逃される可能性が高い」

 相手が情報戦略に長けているからこそうまくいくだろう確信がある。

「……確かに、今の不気味な沈黙と重苦しい緊張感を思えば、危機と言えど期日が定まっている噂の方が人々の心の安定には繋がる……か?」

 こればかりは受け手の問題になるので一概には言えない。けれど、このまま徐々に疲弊していくのであれば、来るべき日に備えるという心持ちの方がまだましだという気もする。


「それは……一体、いつ? どこで?」

 そう、問題はそこだ。あの非道な組織が何を仕掛けてくるのか。碌なことではないにしても時と場所が分からないのでは備えようがない。

「これから先、世界的にも注目を集めるだろうイベントは?」

「……各国の豊饒祭は期日もバラバラだしそこまでの注目度は……この状況下で重要視されるイベント……はっ! ま、まさか……年末の?」

「俺もそこまで正確な情報を得られているわけじゃない。向こうの気まぐれ一つでどうなるかも分からない。けど、一番可能性が大きいとすればそこだ。王都の襲撃はたぶん向こうにとっても時期尚早の予定外の暴走。けど、敗北は敗北だ」

 一番の目的であった聖剣の奪取も、目障りな人材の殺害も王族の暗殺も失敗した。投入した魔物達も大きな被害を与えることなく殲滅され、そのせいで他国に仕掛けていた細工も無効化されてしまった。


 もし首都を襲撃するなら五大国すべてで足並みをそろえ、各国の連携も満足な対処もできないうちに一気に攻め込んでしまうのが吉だ。そうできなかったのは彼らにとっても痛手だろう。今沈黙を続けているのも大幅な計画修正を余儀なくされたからと考えれば納得もいく。

 排除された細工や仕掛けに代わる手段と戦略を練らなければならない。そのための準備もすぐにとはいかないだろう。だが、だからこそ、次に動くとすれば前回の失敗を覆せるような大掛かりで派手なものになるはず。

 彼らにとって一番の懸念事項である存在の奪取、あるいは破壊とあわよくば世界各国の有力者とトップの殺害が可能になる。そうでなくても希望のためのイベントで多大な被害を出せば人々に絶望を植え付けられる。

 多くの人々にとって待ち望むことだからこそ、デリウスにとっては格好の見せ場となる。それを逃すほど彼らは善良ではないだろう。


「詳細は知らずとも、有るらしいということは知っておくべきだと?」

「そうなるな。向こうに計画を中止させるほどの危機感は抱かせない。けれど、こちらも相応の心構えは必要だと思ってる。その辺の駆け引きは商人の方が詳しいだろ?」

 カイルの言葉にギルドマスターは再び沈黙する。彼らの計画に合わせて本格的に準備をしてしまったのなら向こうも手出しは控えるだろうし、別の手段を用いてくるだろう。だが、個々人で備えておく分にはそこまで目くじらを立てて警戒はしてこないはず。

「……ここ商国は世界各国の商品と共に情報が集まってくる国。ならば、そうした噂も入ってきておかしくはない。そして、ここから世界中に広まっていくのも、というわけかな?」

「そっちにやる気があればの話だ。なくても、龍王祭の期間中に各国には行ってみるつもりだからな。それとなく仕込むことは出来るさ」


 ギルドマスターが引き受けようと断ろうとそこまで大きな影響はない。そもそも、噂という形で広めるのだ。今現在虚実こもごも飛び交っている憶測に一つ話題が加わる程度だろう。本気にする者もいればただの噂と笑う者もいる。

 けれど、人々の意識にそれとなく刻み込んでおければそれでいい。関連した話題が出た時ふと思い浮かんで警戒してくれれば。欲を言えば備えてほしいが、それは難しい。ならば、デリウスが望んでいるような予想外の展開と絶望を軽減させることを目的とする。

 まさか本当だったのかという驚きはあるだろうが、あり得ないなどという驚愕は避けられる。希望を打ち砕こうとする絶望に関し、まさかと考えるよりやはりかと思えた方が対処だって早くなる。

 大きな流れは変えない。けれど一人一人の意識や心構えだけは少しでも変えられるかもしれない。デリウスが軽視している小さくて弱い民衆達。だが、だからこそ彼ら一人一人の力がデリウスの野望を打ち砕く一助になるだろう。


「希望は必要だ。心の支えがなかったら人は立ち上がれない。でも、最悪を想像しその時に取る己の行動を日頃から考えておかないと、不意に絶望にさらされた時に動けない。平和な世の中や平穏な生活の中では必要のないことなんだろうけどな」

 いつか、そんな世の中になればいいと思う。そんな世界を作っていきたいと考えている。でも、現状はそれを許さない。いつ戦いが起こるか分からない。いつ悲劇に見舞われ、災厄に襲われるか分からない。

 デリウスの件がなくても、町の外に出れば魔物が存在する人界だ。真の意味での平和などないのかもしれない。それでも、今のように突如理不尽な絶望にさらされる可能性はぐんと低くなるはずだ。


「戦う力はなくても、悪意に負けない心を持ってほしい。怒りや悲しみを抱いても、助け合う姿勢を忘れないでほしい。そうすれば俺は……俺達はその背に守るものに誇りを持てる。安心して戦える。もう二度とあんな奴らの思い通りになんてさせたくない、させない! だから、そのための味方は多い方がいい。大局に影響はなくても、最善の手を取りたい。力を、貸してほしい」

 カイルはこちらの心を覗き込むように見てくるギルドマスターを真っ直ぐに見つ返す。彼の力がなくても噂は広められる。けれど、ごく自然にそれが出来るかと言えば否だ。

 そして、その噂の拡散速度や範囲も遠く及ばないだろう。最善を考えるなら彼に任せるのが一番。そのためなら、見返りとして彼が望む情報を渡すことも思慮に入れている。


「…………ふむ、それで? こちらのメリット、あるいは見返りは?」

「なっ! せ、世界の危機にんなことっ!」

 トーマがギルドマスターの返事にいきり立つが、カイルが手で制して止める。ここで単純にうなずくようでは商国のギルドマスターは名乗れないだろう。いついかなる時も利益を追求する。たとえそこに世界の命運がかかっていようと、損をするだけの取引はしない。

「そちらにとって有益な情報の提供、それと俺が作った商品を優先的に卸すってのは?」

「情報というのは予想通りですが……商品? そういえば、君は生産者でもあったね」

「ま、な。ドワーフに師事したから鍛冶の腕前はそれなりだぜ? エルフ仕込みの調薬もできるし、服飾に関しても新技術を持ってる。これから精霊界にもいくつもりだから、そこで魔法具に関しても学ぶつもりだ。そんな俺との取引はメリットにならないか?」


 カイルの売り文句に最初は驚きの表情を浮かべていたギルドマスターだったが次第に満面の笑みになる。

「ふふ、ふふふふふ。その気になれば脅迫だって人脈を使った圧力をかけることだってできただろうに、あえて自分自身を売り込んでくるなんてね」

「この国は人材こそを重宝するんだろ? ギルドカードの更新だってしてもらわなきゃならないし、俺自身にそれなりの価値を見出してもらわないと話にならないだろ?」

 カイル自身に信用と有用性を見出してもらえなければ先ほどの話だって信憑性は薄れるし、ギルドカードの更新だってうまくいかない。なら、多少道は外れたが面談もかねて判断してもらう。

 カイルはギルドマスターにとって、商国にとって取引相手として相応しいか否かということを。

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