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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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龍の力の使い方

カイル→アナザーサイド

 こうして向かい合ってみればよく分かる。魔王と同じく龍王もまた格の違う存在であることが。自分という存在があまりにも小さく思えてくるほどの圧迫感。

 殺意ではなく闘気しか向けられていないのに、それでも体が震えてきそうになる。自然体なのに隙が見当たらない。

 いつもと勝手の違う龍の体をどう使えばいいのか。体の動かし方は分かる。魔法はいつもよりむしろ使いやすいくらいかもしれない。手足と同じような感覚で魔力を動かすことが出来る。

 だが、今の最大の目的は龍属性魔法を使えるようにすること。それが使えなければこの姿からも町に戻ることもできない。


 たとえ使うことができなかったとしても、その力は日々感じていた。魔獣達とやり取りをする時に、普通なら耐えられない環境や状態異常への適応力や耐性を実感する時に。

「龍の力ってのは普通の魔法とは違う。呪文があるわけでも定まった魔法のカタチがあるわけでもねぇ。強い意志と強靭な肉体、その二つがあって初めて可能になる。いわば、己がどうありたいか、どのような存在であるのか自分で決めるんだよ。それに体がついてくりゃ、それが力になる」

 分かるような、分からないような。要は普通の魔法と違い理論や呪文ではない。感覚と意志によって魔法を発動させるということだろう。

 普通の魔法でもイメージは重要になる。それによって魔法の強さも大きさも形も変わってくるのだから。龍魔法はそのイメージ、意思による力が何よりも重要になってくるようだ。


 長年の研鑽で生活魔法であれば自在に応用できるようになった。それ以外の魔法もすべて最上級上位、第九階級魔法まで扱えるようになったし、無詠唱も可能になった。

 それでも龍属性魔法が使えなかったのは意思の力が、イメージが足りなかったからのようだ。カイルは龍王に言われたことを自分の中で反芻しながら魔力を練る。

 龍属性に関係する力を使っていた時にかすかに感じていた、どの属性とも違う属性の力。もう一つある創造属性とは違う、荒々しくも雄大な自然を思わせる力だ。

 龍王はカイルが仕掛けるのを待っているように思える。ならじっくりとやらせてもらう。練り上げた魔力に龍属性を乗せる。その上でイメージする。自分自身が考える龍の力を。


 人の姿の時より魔法が使いやすい今の姿の間に龍属性の使い方をある程度覚えこむ。そうすれば元に戻る方法も自然と分かるはずだ。

 カイルが知っている龍。物語にも出てきた、いろんな人から聞いたことのある龍の姿。その鱗はあらゆる攻撃を弾き、その翼は空を自由に翔ける。強力な魔法を息をするように使い、その咆哮は大気を震わせる。

 一度目を閉じ、強く強く思い浮かべる。すると、魔法名を唱えたわけでもないのに魔力が動き魔法として発動されたのを感じた。

 眼を開けてみると銀色の光が全身を覆っている。説明されなくても分かった。これが龍魔法だ。強靭な龍の鱗をさらに強固にして、空を翔ける翼にさらなる速さをもたらす。説明されなくても分かる。今他の魔法を使えば、普通に使うよりもさらに強化されるだろうことが。


「くくっ、やりゃできるじゃねぇか。だが、まぁ、とりあえず及第点ってとこだ。かかってこい、龍魔法の奥深さを教えてやる」

 カイルの準備ができたことを感じ取った龍王が楽しそうに笑う。カイルはぐっと全身に力をためると地面と水平に飛び出す。

 構えを取る龍王の直前で垂直に飛び上がり、反動をたっぷり乗せた尻尾で薙ぎ払う。ズバンと大気を切り裂く音がして、余波で大地にも切れ込みが入る。

 だが、カイルはすぐに視線を下に向ける。手ごたえがない。当たる前に躱されたのだ。魔界で鍛えられた気配察知と勘に従って体の中央、腹部にあたる場所に無属性の物理障壁シールドを重複展開する。


 だが、三重に張った障壁をやすやすと打ち破り、ほとんど勢いを殺すことなく龍王の拳が当たる。

『ぐぅっ……』

 龍の鱗に加え龍魔法で強化をしていても体に響く衝撃に、カイルは小さく呻く。お返しとばかりに同時に龍王を囲うように闇属性をベースにした氷の矢を放つ。

 無数の黒い氷柱が龍王に迫るが、腕の一振りと同時に放たれた炎に溶かされて消える。侵食の効果を持つ氷なのになすすべもない。先ほどの龍王の魔法にもかすかに龍属性を感じた。思いの強さが龍魔法の強さだというなら、意思によっては属性の特性さえも凌駕できるということなのだろうか。


「ほらほら、どうした? もっとやれるだろ?」

 煽るような龍王の言葉に、カイルは龍の咆哮をもって答える。人の言葉もしゃべれるが龍としての声も使い分けられるようだ。

 一瞬にして両者の上空に暗雲が広がり、局地的な豪雨が襲う。気功と魔法の合わせ技。天候さえも操ると言われる龍の気と、火と水と風の複合魔法で雲を任意の場所に生み出す。その雲自体も魔法によって生み出されたものなのでカイルの意のままに操ることが出来る。

 降り注ぐ雨は次第にその姿を変えていく。雨粒一つ一つが刃となり槍となり様々な属性を宿しながら龍王に降り注ぐ。


「ははっ、こいつぁ、なかなか面白れぇ」

 龍王もカイルと同じく銀色の光を纏うと、時に躱し、時に打ち払い、時にその身に受けながら距離を詰めてくる。

 龍の姿になって分かったのだが、この姿の時手足は武器として扱うに不向きだ。すれ違いざまに体ごと叩き付けて切り裂くならともかく、このリーチの短さはいかんともしがたい。

 代わりと言えるのが翼爪だろうか。くの字の翼の中央にあり、五本の指と長い爪も自在に動かせる。魔人の時の翼と同じように、龍の翼もそれ自体を動かして飛ぶのではなく、翼自体に飛翔の能力がある。

 羽ばたかなくても大きな損傷を受けない限り翼があるだけで飛べるのだ。カイルは宙で一回転しながら鬣に雷の魔力をため込んで龍王に叩き付ける。腕でガードしたようだがわずかに痺れたようだ。


 そこに片方の翼爪を龍魔法で強化して叩き付けるようにして振るう。大きな岩でも両断できそうな速さと威力で振るわれたそれだったが、龍王の片手で止められる。

 翼爪をつかんでニヤリと笑った龍王にゾクリとした悪寒を感じたカイルは即座にいくつもの魔法を発動するとともに反対側の翼爪を振るって龍王を遠ざけようとする。

 だが、龍王は魔法をよけようともせずその身に受け、グイッと腕を引くと翼に飛びかかってくる。翼爪をつかんでいるのとは反対側の腕を振り上げる。

 濃い銀色の光を纏った腕はそこだけ別物のように銀色の鱗が生え、金色の爪が光っていた。まずいと思った時には翼膜を切り裂かれていた。

 皮膚を斬られたのとも肉を断たれたのとも違う激烈な痛みが走り、片翼を損傷したことでバランスが崩れる。


 龍化とも龍人化とも違う、部分龍化というものだろうか。龍の力を自在に出来るようになればあんなことまで可能になる。思えばカイルも魔人としての力なら同じようなことが出来た。ならば同じように肉体を変化させられる龍属性で同じようなことが出来るのは道理なのだろう。

 下に落ちながらも龍王の攻撃は止まらない。そのままもう片方の翼につかみかかろうとするのを体のひねりと魔法を使って阻止する。

 そして体の近くに来たことで右手に用意していた魔法を叩き込む。重力魔法上級上位、第七階級魔法『重力グラビティ』の応用。

 本来の効果は指定範囲、あるいは指定した人や物にかかる重力を操作するもの。軽くもできれば数十倍、数百倍に重くすることもできる。その重力場を拳大に圧縮することですさまじく重い攻撃力に変換したもの。

 直接叩き込まなければならないが、当たれば四天王であってもそれなりのダメージを受けていた。空中に投げ出され一瞬無防備になった龍王の腹に向けて、先ほどのお返しとばかりに叩き込む。


 地面との距離は十mほどしかなかったのに、まるで隕石にでもなったかのような勢いで地面に叩き付けられる龍王。カイルはそこに魔法を雨あられと振らせるが、土煙が消える前にバッと身を翻す。

「ちっ、無駄に察知能力が高いな。まぁ、魔王の奴が徹底的に遊んだ……いや、鍛えたらしいから納得できるが……」

 今明らかに不適切な言葉が聞こえたが気にしたら負けなのだろう。カイルの決死の修行も魔王にとってはお遊びの範疇。分かっていてもなんだか悲しくなってくる。

「体もほぐれてきたし、お前の力も大体の所把握できたから、ちっとギアを上げるぞ?」

 そういった瞬間、龍王の体から銀の魔力がほとばしり、真上にあった雲を貫いて散らす。鳥肌が立つほどの危機感を覚えたカイルは全力で防御を固めながら魔法を放つ。だが、気が付いた時には龍王はカイルの頭のすぐ横にいて拳を振りかぶっていた。


 ズガンと、ハンマーにでも殴られたような衝撃が走り、目の前がちかちかとする。頭を振って振り払おうとするが、態勢を整える暇もなく今度は下から衝撃が走る。

 頭の周りを縦横無尽に飛び回る龍王を捕えようとするが、魔法でも翼爪でも、それどころか眼でとらえることもできない。

 吸魔の魔眼は相手の姿を捕えなければ使えないし、王相手に使うのは危険だと魔王相手に使って思い知っている。あまりにも相手の魔力が多すぎると吸収しきれず、重度の魔力酔いを引き起こす。つまりは自滅してしまうのだ。

 カイルが使ったような転移テレポートを使っているわけではない。純粋な身体能力とそれを補強する魔法。それのみで魔法と気功で強化したカイルの動体視力と反応速度を上回る速さで移動し攻撃を仕掛けてくる。


 なすすべもなく殴られ続け、意識がもうろうとしてきたところで尻尾をつかまれる感触があった。せめてものあがきと咬みつこうとしたのだが、それよりも早く振り回されて頭を地面に叩き付けられる。

 カイルが最後に見たのは、嬉々とした表情で拳を振りかぶり、すさまじい速さで落下してくる龍王の姿だった。




 離れた場所で、まるで天変地異のようなすさまじい戦いを繰り広げていたが、地響きと共に決着がついたようだった。龍になったカイルの体が力なく地面に落ちたのが見えた。

「あらあら、お父様ったら子供にも遠慮なしですわね」

 ステイシアは困ったように言うが、ハンナ達は感想どころか言葉も出てこなかった。戦闘時間は十分ほどだろうか。息をつく間もなく、瞬きであっても大事な場面を見逃してしまいそうな高速戦闘。

 一瞬の間に展開されたおびただしいまでの魔法を完全に制御していたカイル。その魔法をものともせずに、最後には圧倒した龍王。どちらの戦いも三人の予想をはるかに上回るものだった。


 そのまま呆けていると、龍王が肩にカイルを担いで戻ってくる。いつの間にかカイルの姿は龍から人に戻っていた。気を失ったからなのか、それともある程度龍魔法を使えるようになったからなのか。

「お父様、楽しそうでしたわね」

「ああ、まあな。龍魔法に関しちゃまだまだだが、それ以外ならそこそこだ。魔王に鍛えられただけはあるな。まだ意識の有無で龍属性が不安定みたいだが、使ってるうちに安定するだろ」

 どうやら、姿が元に戻ったのは意識を失ったことで龍魔法の制御ができなくなったからのようだ。意思の力で使う魔法というだけあってそのあたり普通の魔法とは違うのだろう。

 だが、普通の魔法も寝ている間でも発動を維持できるカイルだ。慣れたら本当にいつでも龍属性の制御が可能になるだろう。


 龍王は無造作にカイルを下ろすと肩を回す。久しぶりになかなかいい運動ができたという様子だ。カイルの方を見てみたが、あれだけ激しく殴られていた割にあまり傷は見られない。龍化の影響か、龍属性の強化のおかげか、あるいは龍王が回復したのだろうか。

「それにしても、こいつ、面白いな。時間かけりゃ勝手に傷は治るわ、バカスカ魔法を撃ってもあっという間に魔力は回復するわ。あのままだったら長引きそうだったからよ、殴って気絶させた」

 ステイシア以来現れることのなかった龍化できるほどの子孫の存在。その事実と魔王から聞いていたカイルの実力に興味が湧いて、ついやってしまった。

 龍魔法に関してはまだまだ研鑽が必要だが、それ以外に関してはまあ及第点といったところだ。怪我を負ったわけではないが、ああ何度も攻撃を受けるとは思っていなかった。並の龍では龍王に攻撃を当てることさえできないというのに。


「まぁ、傷が治るのは聖剣の力だろうし、魔力回復は気功とかいうやつと元々の回復力、あとはそいつの眼の力、だろうがな」

 龍王はカイルを見ながら分析する。好戦的なところがあり、脳筋の戦闘狂かと言えばそうなのだが、それだけではない。それだけでは龍王の地位を務めることは出来ない。

「っ! 龍王様は知っているの? カイルが……」

「ああ? んなの見りゃわかるだろ。まぁ、パッと見てそれが分かるのは領域の王くらいのもんだろうけどな。にしても、俺の子孫が人界の守護者ねぇ……こんなガキに命運を託すなんざ、人界の奴らは何やってんだ?」

 龍王の率直だが最もな意見に誰も異論を唱えられない。確かにカイルは剣聖として相応しい資質を持っているかもしれない。今ではその実力も相応になってきている。だが、それでもカイルはまだ成人もしていない十七歳。

 そんな少年に人界の、ひいては世界の命運を託さなければならないというのは確かに人の怠慢と言えるのかもしれない。


 本来であれば子供を支えなければならないはずの者達が、こぞって子供を持ち上げ戦いの最前線におこうとしているのだから。

「仕方ありませんわ。自己の利益より人界の未来と安寧を優先する。それを本心から貫ける者などそうはおりませんもの」

「そうだけどよぉ、前の剣聖も俺の子孫だろ? 神王の奴は何をやってんだか……」

 龍王は頭をガシガシとかきながら神界に住まう王の文句を言う。聖剣の選定基準を設けたのは神王だ。龍王の血筋であるとはいえ、確かにロイドもカイルも人界に所属する人族だ。だからこそ聖剣に選ばれる可能性はある。

 それにしても二代続けて、しかも親子で剣聖など人材不足にもほどがある。人界への過度な干渉はしないが、秩序と理を守らせる役割の神王は何をしているのか。


「フフッ、お父様は心配なのですね。前の剣聖も不遇の死を遂げましたから……親子共々、人界の未来のための犠牲になってしまうかもしれないことを」

 ステイシアの言葉に龍王はフンとそっぽを向き、ハンナ達をまだ眼を覚まさないカイルを見る。なるほど、そういう見方もできるのかと。

 考えてみれば、身内にとって剣聖というものは歓迎できるものではないのかもしれない。カイルが幼少期ほとんどロイドと一緒にいられなかったのもそのせいだ。

 いざとなれば、その身をもって人界を守る盾にならなければならない。成人もしていない者に背負わせるにはあまりにも大きすぎる責任と役割だ。龍王は、自分達よりもはるかに長い時を生き、カイルを子供としてしか見ないからこそ、自分達には見えなかったことが見えていたのだろう。


 その上で思う。今の自分達が何をすべきなのかということを。カイルの実力は自分達が思っていた以上に伸びていた。あのまま人界にいたのでは到底たどり着けなかっただろう場所まで。

「……ステイシア様、わたし達も、強くなりたい」

「ああ、そうだな。俺達は仲間だ、カイルだけにそんな重たいもん背負わせられねぇ」

「その通りだ。俺も、今度こそ自分の意志で戦うための力が欲しい」

 カイルが剣聖という使命を放棄することはあり得ない。そして、それがどれほど重いものであろうとも背負おうとするだろう。ならば自分達はそんなカイルを支えられる存在になりたい。その重さに潰されることのないように共に背負って行ける強さが欲しい。

 それは実力だけではない、心も。先ほどのカイルの戦いを見ていて、その実力に驚き感嘆しただけではない、確かに嫉妬と悔しさがあった。それほどの力を付けざるを得なかった状況にあったことも忘れて。


 そんな自分自身の弱さを、浅ましさと醜さを自覚したからこそ思う。もっと人間的に強くなりたい、大きくなりたいと。負けて悔しいと思うのはまだいい。けれど、相手の努力のほどをしらずに妬むような人間にはなりたくない。

 あれほどの成長を才能だけで片付けてしまうようでは自分の成長はそこで止まってしまう。そんなのは嫌だ。まだまだ、もっと強くなれる。その可能性を見せてもらったのだから。

「あらあら。そうね、この子と一緒にいたいならもっと強くなくては、ね……お父様?」

「……勝手にしろ。俺はこいつを徹底的に鍛え上げる。龍王の末裔として恥ずかしくないようにな」

「フフッ、カイルも大変そうですわね。でも、あなたがたも厳しく生きますわよ?」

「望むところ」

「おうっ!」

「分かった」

 力強い返事と共に、龍王祭までに残された時間修行に充てることが決定した。気を失ったカイルの知らぬままに、世界が、歴史が少しずつ動き出そうとしていた。

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