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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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龍王との出会い

 訳が分からず、苛立ちをぶつけた。今まで一度もしたことがなかった。どんな理不尽もそれが当たり前なのだと受け止めていたから。

 けれど、切り捨てられて初めて自分自身の境遇というものに抵抗した。死なせてくれと、殺してくれと懇願した。

 けれど、その男は決して首を縦に振ることはなかった。ただダリルを優しく抱きしめ、背中を撫でてくれた。不器用で、けれど簡潔な言葉でダリルを受け入れてくれた。

 初めて触れた人の温かさに、涙が止まらなかった。声がかれるまで泣いて、疲れて眠って、起きた時に見たのは小憎らしく思える義父の笑顔。


 彼はダリルの事情について何一つ問いただそうとはしなかった。そして、力を求めるダリルの求めに応じて、様々な技術と知識を与えてくれた。

 そこで、今まで自分が与えられてきた知識がいかに偏ったものだったのか、自分が行ってきた訓練がいかに無茶苦茶だったのかを知った。

 穏やかに過ぎていく日々に癒され、けれど消えることのない過去がダリルを蝕んでいた。捨てられたということは彼らとの縁も切れたということだ。今は検体ナンバー五十八ではない。ダリル=アドヴァンとして生きている。

 そうは思っても不安と恐怖、そしてわずかな期待を捨てることができなかった。いつかまた、同じように必要とされなくなるのではないか。義父の求める強さを得られなければ捨てられてしまうのではないか。


 そう思ったら、がむしゃらに力を求めていた。義父の言葉に耳を傾けることもなく、周囲から寄せられていた気遣いに気付くこともなく、ただ一人で生きていける力を身に付けようとしていた。捨てられてしまうくらいなら、いつか失ってしまうのなら最初からつながりなど持たなければいいと考えるようになっていた。

 そして、そうやって強くなれば、そのことを家族達が知ればまた必要とされるのではないかと。迎えに来てくれるのではないかと、そんな希望にも満たない期待がどこかにあった。

 だが、王都でデリウスの所業を身をもって経験して、そんな甘い期待は打ち砕かれた。あれほど悪辣なことを平然と出来る組織に戻るつもりだったのかと。

 自分に温かさと絆を与えてくれた存在達すべてを裏切って、自分に何一つ与えず自分を捨てた者達の元に行くつもりだったのかと。そう思えば、自己嫌悪で死ねそうだった。


「……俺は、馬鹿だ。大切なことはみんな、捨てられた後に手に入れていたのに……失いかけるまでそれに気づけなかった」

 カイルやトーマ達を見ていて分かった。例え血がつながっていなくても心を通じ合わせればそこに家族の絆は生まれるのだと。ハンナと兄の交流を見て思った。これこそが家族というものなのだと。

 自分と家族との繋がりは何と殺伐としていたのだろうか。愛情もなく、気遣いも思いやりもなく、冷たく歪んだ関係。あれほど暗く、深く熱望していたそれは、今となってはひどくおぞましく思える。


「生命の創造。領域の王といえど許されない行い。まさかそんなことまで……」

 ステイシアは口元を押さえて眉根を寄せる。まさかそこまで理を歪めているとは思わなかったのだ。

 人界大戦で自分達の眷属がどのような扱いを受けたのか、それはよく知っているつもりだった。だが、それだけに飽き足らず、龍王の血族を利用して龍までをも支配下に置こうとしていたとは。そのために許されざる行いにまで手を染めていたとは。

「……いつも言われていた。剣聖ロイドは特別な存在だと。俺はその劣化コピーに過ぎない。龍を支配下に置くどころかドラゴンさえもまともに従わせられない俺には何の価値もない。廃棄されたくなければ組織の役に立て、力を磨け、敵を殺せって」


 呪いのように刻まれていく言葉達、いつしかダリルは己の中に流れる血を……己を作り出す元凶となった存在を憎むようになっていた。あるいはそれもまた組織の狙いだったのか。

 同じ情報から生み出されていながら、オリジナルであり奇跡の体現者である剣聖ロイド。片や英雄とたたえられ、多くの人々に求められる存在。

 それなのに自分は人為的に生み出された劣化コピーであり悪意の産物。実験体。仮とはいえ家族にも蔑まれ、組織にとって不要になれば捨てられるただの道具。

 なぜこれほどまでに違うのかと。同じはずなのに、同じ血を引いているはずなのに、同じ存在であるはずなのに、なぜ自分はこれほどまでに不遇なのかと。


「捨てられたことを知って、ほっとすると同時に何をすればいいか分からなかった。俺には自分がなかった。目標も夢も意思も……みんな押し付けられたものだ」

 だから、一つずつ取り戻そうとした。捨てられる恐怖におびえながら、自分のおぞましい出生を知られる不安を抱えながら。強くなれば、それが出来るのではないかと信じて。

「……馬鹿。強くなっても、恐怖や不安がなくなるわけじゃない」

 うつむいて告白するダリルにハンナが冷たくも思える言葉を駆ける。けれど、その表情はどこか呆れたような、温かさをも感じさせるものだ。

「だよなぁ。俺も無茶苦茶してたから分かるぜ。そういう時ってホント周りが見えてないんだよなぁ。自分のことばっかりでさ」


 トーマにも覚えがある。両親を亡くし、妹や弟を守らなければと必死になるあまり、他ならぬ兄弟達をないがしろにした。

 自分一人突っ走って、どれだけ周りや兄弟達に心配をかけていたのか、不安にさせていたのか気付かなかった。失敗して初めてそれが分かった。

 ダリルがあのデリウスの元一員であり、人為的に生み出された存在であるということはもちろん驚いた。直ぐには全てを受け止めることは出来ない。今も胸の奥にざわめく思いがある。

 それでも、ダリルはもうかけがえのない仲間であり友達だ。死ぬまで黙っているつもりでいた秘密を打ち明けるのにどれだけの覚悟と決意が必要だっただろうか。どれだけの不安と恐怖を飲み込んだのだろうか。それを思えば責めることなんてできなかった。


 そんなハンナやトーマの反応にダリルは少し安堵した顔を見せる。元の家族とは訣別すると決めた。捨てられてから得たものがダリルにとっての本当に大切なものだ。そして、ダリルが一番気になったのはカイルの反応だった。

 何といってもこの中で一番衝撃を受けるだろう者はカイルだ。ダリルが自身の父親の複製体であることはもちろん、父親を殺した組織が父親の力を利用するために命を弄んでいたと知ったのだから。何を言われるのか、どんな反応をするのか、ぐっと両手を握りしめて待つ。

 だが、龍になったことを差し引いてもカイルの反応が鈍いように思えた。人の姿であれば固まっているかのように身動き一つしない。

 その体がわずかに震えていることに最初に気付いたのはクロだ。そして、荒れ狂うような動揺がパスを通じて流れ込んでくる。


『カイル? カイル! どうしたのだ、なぜそんなに取り乱しておるっ!』

 クロの焦ったような言葉に、考え事をしていたステイシアも視線を向ける。この中で龍になったカイルの表情や仕草を読み取れるのは彼女だけだ。

「カイル? 何を考えているのです?」

『まさか、そんな……そんなこと……』

「カイル?」

 独り言のような言葉に、ダリルも心配になる。今までの自分の話の中にこれほどまでカイルを動揺させる何かがあっただろうかと。

『ダリル……ダリルが六歳の時、組織が何を手に入れたのか……分かるか? 見たことは?』

「あ、いや。それまで以上に扱いがぞんざいになった割に自由はなくなった。それに……見ようとも思えなかった」


 自分という存在を無意味なものに変えてしまった何か。それを知りたいとは思えなかった。知ってしまえばそれこそ自分自身を見失ってしまう気がしたから。

「それが何? カイル、何に気付いたの?」

『ダリルが六歳の時、俺は四歳だ。その歳の時、人界大戦が終わって……父さんが、死んだ』

「そうだな……お互い大きな節目だったわけだ」

 カイルが気付けたことにまだ誰も気づいていなかった。いや、ステイシアだけは気付いていたのかもしれない。けれど口を出さなかったのは、もう自分では関われないことを知っているからだろうか。

『……父さんは、デリウスの要だった洗脳装置を止めて、でもそれに仕掛けられていた罠で死んだって聞いた。けど、……父さんの遺体はなかった』


 唸る様に言葉を吐くカイル。それを聞いてハンナは目を見開き、ダリルもはっとしたような表情になる。ただ、トーマだけはまだ首を傾げていた。

「まさか……そんなこと……、装置があったデリウスの拠点だけじゃなく、その周囲まで破壊するほどの威力だったはず……」

 ハンナの言葉にカイルは一度目を閉じるとステイシアを見る。

『なあ、もし龍属性魔法が使えたら、普通なら生きていられないような爆発でも生き残れる、あるいは死んだとしても体が残る可能性はあるのか?』

 そこまで聞いて、ようやくトーマもカイルが言いたいことの意味が分かった。同時に顔をしかめる。そんなことがあっていいはずがない、と。


「…………ええ、使い手にもよりますが、強い龍や龍の血族、わたくし達龍王の一族であれば、不可能ではありません。例え生命活動を著しく脅かし、あまつさえ命を落とすことになっても……遺体は残るでしょう。たとえ一部であろうとも」

『そう、か……。じゃあ、もしかしたら、父さんの遺体が……デリウスの手に? そんなの、そんなこと……』

 抑えようとしてもにじみ出る怒りに空気が震える。恐ろしくありながらも、それ以上に悲哀を含むそれに誰もが慰めの言葉さえ口にできない。

 ただ父を殺されただけではない。死後の肉体さえも敵の手に落ちているかもしれない。故郷と王都にある遺体のない空っぽの墓。本来そのどちらかに入るべき父の遺体が、死んでなお安息を得られていないかもしれない。

 そう思うだけで、頭の中が沸騰しそうな怒りを感じる。まともに供養してくれるわけがない。それどころか原型をとどめているかどうかさえ……。


 深い絶望の闇に陥りそうになった時、ふわりと温かい何かが顔に触れ、落ち着く匂いが体を満たす。

「……死してなお辱められる子孫を思えば、わたくしも腸が煮えくり返るようですわ。それに、あなたの悲しみも……。ですが、今はそれを深く沈めておきなさい。確証のないことです、それが明らかになるまでは、それに縛られてはなりません。けれど、忘れてはなりません。覚悟だけは……しておきなさい」

 鼻先を、額を、鬣を優しくなでる。それだけでささくれ立ち、あらぶった心が少しずつ落ち着いていく。ただ撫でられているだけではない、かすかに魔力を感じる。これもまた龍魔法の一環なのだろうか。


『……ダリル、話してくれてありがとう。俺も、俺達ももう二度とダリルをデリウスなんかにやるつもりはない。ダリルが手を離しても、俺は離さない。覚悟しとけよ?』

 懸念は消えない、怒りはなおも燃えている。それでも、今すべきことは過去を打ち明け不安な心のままで仲間の返答を待つダリルへの言葉の方だろう。

「そうか……一度掴んだものは意地でも離さない、だったな」

『ああ。これから先、デリウスとの戦いはダリルにとっても俺にとっても辛いものになるかもしれない。でも、みんないる。俺達は一人じゃない、だから、自分一人で抱えきれないことはみんなで共有しよう』

「……そう、だな」


 かつての家族に刃を向けるダリル、どのような形で利用されているか分からない父親の現状を知らされるだろうカイル。どちらにとっても苦しいものになる。それでも一人じゃない、だからきっと耐えられる。

「……本当に、ただ見守るだけで済みそうにはないですわね。そうは思いません、お父様」

 そんなカイル達のやり取りを見ていたステイシアだったが、ふと窓際を向いて笑みを浮かべる。その言葉で、全員一斉にステイシアの視線を追って顔を向ける。

 いつ入ってきたのか、そもそも姿を目の前にしても気配も魔力も感じることが出来ない。それなのに眼を離すことができない存在感。

 髪や眼はステイシアと似通っているが、お姫様然とした彼女とは違い、王というよりはならず者に近い出で立ちをしている。


 ざっくばらんに跳ねた銀色の髪、ステイシアと同じく腰あたりからは金に変わっていっている。整った顔立ちだが、その眼は好戦的な野性味を感じさせる金。

 細身ではあるが筋肉質で、ステイシアの白い肌とは違って小麦色の肌をしている。その姿はどこかカイルの記憶にあるロイドを彷彿とさせる。

 カイルはどちらかといえばステイシア寄りだが、ロイドは龍王寄りだったのだろう。

「けっ。一度や二度ならず、またしてもちょっかい出そうとしているとはな。確かにこりゃー放っておくわけにはいかねぇな」

 低く威圧感を感じさせる声だが、口調はどこか軽い。むしろステイシアとのギャップが激しい。


「ふん、それにしても……魔王には聞いていたが、お前がカイルか…………はっ、面白れぇ。龍化ができるとはなぁ……」

「ええ、ぜひ見ていただきたいと思いまして……可愛いでしょう?」

「はっ、龍属性も満足に扱えないガキじゃねぇか」

 親子のやり取りに、固まっていた面々も我に返る。王らしくはない、けれど確かに王なのだと納得する矛盾する独特の空気。これが龍王だ。

『確かに俺はガキだし、龍属性も満足に使えないけど……でも、ちゃんと使えるようになりたい。だから、教えてほしい!』

 ステイシアが家族になるのだから遠慮はいらないと言っていた。実際に会ってみて龍王の性格を見てみるにこれで正解だという気がする。父親であるロイドにはついぞ教わることのなかったことだ。


「ガキが……いいだろう。相手してやるよ」

『はっ? いや、俺は使い方を……』

「んなもん、実戦の中で使っていくのが一番なんだよ。習うより慣れろってな、おら来い」

 龍王はカイルの首元を片腕で抱えると引きずるようにして別空間の中に入っていく。ニコニコ笑顔のステイシアも続き、慌てて追いかける使い魔達と顔を見合わせて続くハンナ達。後には無人になった部屋が残された。


 空間を抜けた先は草原だった。感覚的に魔法で作られた空間だと分かるのに大地があり草花があり、遠くの方には木々も見える。光は疑似的なものだろうが、魔法に卓越すればここまで外に近く、けれど時間を引き延ばした空間を作り維持できるようになる。一つの目標が見えた気がした。

 今現在、カイルが作る空間は一時的なもので消費魔力が多いこともあって時間拡張空間の常時維持は行っていない。だが、魔界樹の種による瘴気の供給が安定するようになれば魔界にいた時のように魔力がだぶつくことになる。

 ならば、いつでも入ることのできる修行空間、あるいは避難場所としていくつかの空間を作成維持することが可能になるだろう。


 ハンナ達が入った時にはカイルと龍王は数十メートルほど離れた草原で向かい合っていた。龍の姿をしたカイルの方が人の姿の龍王より大きいはずなのにどこか小さく見る。それが両者の間にある実力の差なのだろう。

 ハンナ達も自分達が離れていた間カイルがどれだけ成長したか興味がある。ギルドランクだけで言えば自分達の方が先をいっているが、感じられる強さでいば差がないか先を行かれているように思う。

 さわやかな風を感じる草原の中、静かに緊迫感が高まっていった。

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