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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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探索の旅路 後編

レイチェルサイド

 レイチェルは村長達が落ち着くのを待って話を再開した。村長は一息でお茶を飲み干すと、ゆっくりと語り始める。レイチェル達が求めていた、剣聖の息子の情報を。

「剣聖様は素晴らしいお方でした。わしらにも分け隔てなく接してくださり、それに奥方様もたいそう美しくお優しい方でした」

 村長は遠い目をする。確かに剣聖の妻と目されているのは、かの有名な紫眼の巫女、その中で歴代最高とも言われていたカレナ=レイナードだ。その美貌や、優れた能力、何より多くの人々に癒しをもたらした存在として有名だ。


「お二人が村に居を構え、ご子息がお生まれになった時、わしらも自分のことのように喜びました。ですが、間もなくして奥方様が身罷られ、四歳で父親を亡くしたご子息様は天涯孤独の身となってしまわれました」

 皆一様に沈痛な顔をする。皆家族は息災であるし、唯一同じように両親を亡くしているトーマも二人の弟妹がいる。ダリルも家族とは暮らしていないが、死んでいるわけではない。だが、彼は物心つくかつかないかの頃に一人ぼっちになった。

「その頃から、でしょうかな。少しずつご子息様が変わり始めたのは」

 無理もないだろう。世界のためとはいえ父親を殺されたようなものなのだから。


「それまでは謙虚でお優しかったのですが、少しずつ剣聖様の名を使って……その、粗相や悪戯をするようになりましてな。まあ、それくらいであれば可愛い子供の我儘と、我々も受け止めていたのですが……」

 寂しさを紛らわすため、また物心がついて自身の父親の威光を知ったためだろうか。その行動が鼻につき始めた。

「我々が家族として接すればいつか落ち着くだろうと考えておりましたが……歳を重ねるごとにそれはひどくなっていきましてな。我々も止めようと、正そうとしたのですが……剣聖様の名には逆らえず、面目次第もありません」

 だんだんとその行動は村人達の迷惑など少しも顧みないようになっていった。我が物顔で村を闊歩し、好き勝手なことをする。注意されても剣聖の名を盾に無視する。誰もが困り果てていたが、どうにもできなかった。


「なぜ国に報告しなかった?」

「それは……、多大な恩のある剣聖様のご子息をあのようにしてしまったのは我々の不徳の致すところと、どうにか矯正をしようと努力しておりました。それに、このようなことお聞かせできません。みな戦後の復旧に必死になっておりましたから」

 確かに大戦の爪痕が消えるまで十年近い月日を必要とした。そんな中、希望の象徴であった剣聖の子供の醜聞など害にしかならない。

「そのうちご子息様は、同じように、その……いたずらといいますか、悪事をする仲間達を連れてきて。その者達がなかなかに腕の立つ者達で、我々は口出しすることもできなくなっていったのです」

 誰もその横暴を止めることができる者はいなかった。そして、事件が起こった。


「あれは一年ほど前、ご子息様が十五歳の頃のことです。この村には村一番といわれるほど器量の良い娘がおりました。善良で働き者の恋人もおり、我々は温かく見守っていたのです。ところが……」

 村長の顔が曇る。ここからが本題だと、レイチェルの気合も入る。ここまでの話でもかなり頭に来ていたのに、まだこの先があるというのか。

「その、ご子息様が……その娘に横恋慕を。そして、別れるように告げたのですが、二人はそれを拒否しました。仲睦まじい恋人同士でございましたからな。ご子息様はたいそうご立腹な様子で、ですが引き下がったために安堵しておりました」

 剣聖の家は、村から少し離れたところにある。村の喧騒も届かず、またそこで何かがあっても村にまでは聞こえない距離だ。そこで悲劇が起きた。


「ある夜、その娘が行方知れずになりました。その恋人であった男も。そしてまた、ご子息様のお姿も消えていたのです。付き従っていた二人も共に……」

 嫌な予感が膨れ上がってくる。そろって事件に巻き込まれたのか、あるいは……。

「我々は必死に捜索いたしました。娘や男もそうですが、ご子息様は国からお預かりしている大切な御身。せめて成人するまでは静かに暮らしていただきたいと思っておりましたので。そこで、我々は発見してしまったのです」

「何を、だ?」

 レイチェルの表情は硬い。

「娘と男の遺体です。変わり果てた姿で、森に打ち捨てられておりました。何があったのかと、失礼ながら剣聖様のお宅も検分させていただきました。そこで判明したのは……」


 その後告げられた言葉に、レイチェルは顔を真っ赤にしていきり立った。そして、感情のままに握った拳でテーブルを叩き付ける。

「何ということだっ! そんな、そのような……非道を」

 恋人のいる娘をかどわかし辱め、その恋人を散々なぶって死に至らしめた。そして娘もまた。追い求めていた剣聖の息子は罪と血にまみれ、悪逆非道を為す悪党になり果てていた。これでは、亡くなった癒しの巫女である母親も英雄である父親も浮かばれない。

「以降、消息は不明です。ですので……こちらには」

 村長の話が終わり、部屋に重苦しい空気が満ちる。


「分かった。確かに戻ってくる可能性もある。それまでは補助金も続けられるだろう。その者達の家族は?」

「深い悲しみに包まれております。働く気力も失ったようでして、補助金を多めに回して、少しでも足しになればと」

「そうか。剣聖様の家は、見られるか?」

「はい、今でも定期的に掃除をして管理はしております」


 レイチェル達は部屋を出ると、村長の案内で剣聖の家へと足を運んだ。家々が連なる村を出て、しばらく歩くとその家が見えてくる。

「こちらですな。今日はお泊りですか? ならばわしの家に……」

「いや、いい。ここで夜を明かすことにする。ご苦労だった」

「は、はぁ。ではお食事は……」

「それもこちらで準備しよう。すまないが、我々だけにしてくれ」

「かしこまりました」

 村長は頭を下げると、体を揺らしながら村へと戻って行った。完全にその姿が見えなくなった時、レイチェルが爆発した。気合の声を上げると、剣聖が日々の鍛錬に使うために立てたのだろう木の棒へと剣を振り下ろす。目にもとまらぬ速さで二度三度と。そして剣を鞘に納めた時、棒はいくつもの木片となって足元に散らばった。


「レイチェル……」

 アミルは気づかわしげな声をかける。彼女がどれほど期待を寄せていたか知っている。どれだけ会うのを楽しみにしていたのかも。それを思うと、言葉が出てこない。アミル自身は元々そこまで興味はなかった。実態を知った今では余計つまらないと感じるだけだ。ただ、立場を理解しない振る舞いに多少の憤りや嫌悪は感じている。権威を得るということはその分責任を負うということでもあるのだから。


「くそがっ! ぶっ飛ばしてやる」

 根が単純で思い込みも激しいが、善良な人柄で義理堅くもあるトーマは何度も掌に拳を打ち付けている。似たような境遇だからいい友人になれるかもしれないなんて考えていた自分が馬鹿みたいだ。そんなクズは願い下げだ。

「…………」

 ダリルは言葉もなく、表面上はいつもと変わりないように見える。だが、内面は荒れ狂っていた。剣聖の息子の行動に憤っているのももちろんだが、生れや立場に胡坐をかいて好き勝手に生きてきたその在り方に嫉妬にも似た妬ましさを感じていた。道など選べなかった自身と比べてしまって。


「……ちょっと、おかしい」

 だが、そんな面々の中にあって、ハンナだけはそこまで激しい怒りを感じてはいないようだった。

「大分おかしいだろ! なんだよ、そいつ。馬鹿じゃねぇのか?」

 偉大なのは父親であり息子ではない。それなのに、父親の権威を借りてやりたい放題。だが、そんなトーマの言葉には答えず、ハンナは家の中に入っていってしまう。止めようとしたが、それよりも早く扉が閉まる。

 レイチェル達は惨劇の現場となった家に入ることを躊躇してしまう。また、今のままの心情で中に入れば建物に被害が及ぶかもしれないと遠慮する。しばらくすると、ハンナは何食わぬ顔で出てきた。


「何をやっているんだ、全く」

 その頃にはレイチェルの怒りも多少収まっていた。空気を読まず、とっぴな行動をするところは相変わらずだ。

「ちょっと、確かめたいことがあった」

「確かめたいことですの?」

「そう、ちょっと分かった。でも確かじゃない」

 ハンナは確信があることでなければ口にはしない。だから何を確かめに行き、何が分かったのか聞いても答えてくれないだろう。レイチェルは一つため息をついて、野営の準備に取り掛かった。この二か月で随分なれた。王城育ちであったアミルも、火をつけたり水を出したりと協力する。

 そうやって夕食を取り、それぞれにくつろいでいたところだった。村の方から人目を忍ぶようにして一人の男性、いや少年がやってきた。レイチェル達を見つけると、素早く近寄ってくる。

「そ、その、あんたらだよな。王都から、その、あいつを迎えに来たっていうのは」

 声を落として聞いてくるその様子に、レイチェルは眉を顰める。まるで誰かに聞かれることを恐れているようだ。


「そうだ。我々が剣聖の息子を迎えに来た」

「そうか……」

「君は? 村の人か?」

「あ、ああ。俺はポルヴィンの村の人間だ。イサクっていう」

「そうか、イサク。何か用なのか?」

「あ、ああ。その、俺、ずっと不思議に思ってたことがあって、それで……」

「それは剣聖の息子に関することか?」

 レイチェル達に接触してきたということはそういうことなのだろう。

「ああ、あいつ……あ、いやあのお方は、急に、変わったんだ」

「それは聞いている」

「違うっ! そうじゃないんだ、ある日寝て起きたら変わってた」

「どういうことだ?」

 イサクは何度も自分の中で確かめるようにうなずくと話し始める。


「大人達から、尊い方だから真っ直ぐ見つめちゃいけないって言われてたんだ」

 それは王族をはじめとして、身分や立場が高い者に対する一般市民の所作といえる。対等な者同士なら真っ直ぐ見つめるが、そうでなければ斜め下を見るように顔を伏せる。

「だから俺達は、あの方の顔をちゃんと見たことがない。母親に似てるとか、綺麗な髪をしてるとか大人達は話してた」

 そう、レイチェル達も村長達から特徴は聞いていた。ロイドに似た銀髪と、母親似の顔だち。瞳の色は青だったという。元は闊達で賢く、優しい少年だったと。落ちれば堕ちるものだ。名をカミーユというらしい。住民票を見せてもらったから確かだ。カミーユ=アンデルセン。それが探す剣聖の息子の名前だ。


「俺、あの方と同い年だったからよくここへ来てた……と思う。もうだいぶおぼろげだけど。そん時、いつも明るく迎えてくれたんだ。それだけは覚えてる。世話してたおばさんも優しくて、いつもお菓子をくれた」

 レイチェル達は少し疑問を抱く。先ほどの村長の話に世話をしていたという女性の話は出てこなかった。もしいたのなら、その女性こそがもっともカミーユに近いのではないか。また、最も心を痛め諫め、被害をこうむった人のはずだ。それなのに、彼女の話は一つも出てこなかった。これはどういうことなのか。


「俺、あの方のこと、カー様って呼んでた。名前をお呼びするのは畏れ多いからって。でも本人は嫌がってた。母親みたいだって。で、あの方は俺をイー君って」

 とりとめもないよう思えるイサクの話にレイチェルがじれてくるが、真剣な表情をしたハンナに目配せされて聞き続ける。

「でも、あの方が五歳になって少しして、変わった。優しいおばさんもいなくなった。みんな愛想つかして出てったんだって言ったけど。でも、俺、あのおばさんがカー様を置いて行くなんてあるわけないって思ってた。だって、おばさんはカー様の母親みたいで、それにいつも一緒にいたから」

 いつだって優しく見守り、そばにい続けていたあの女性が五歳の子供を放ってどこかへ行くはずがない。それに、そこからずっと違和感があった。


「それからカー様の家に行っても、追い返されるようになった。それまで一度も言ったことないのに、剣聖の息子だぞって自慢し始めた。俺は別人だと思ったんだ。なんか、声も違っていたように思ったし。でも大人達は、カー様が寂しさのあまり変わってしまったんだって言って、でも、俺……どうしてもあいつがカー様だなんて思えなくて」

「あいつというのはカミーユのことか?」

 一年ほど前に村を出ていったというその人物。イサクはまるでカミーユには敬意を払ってないように思える。


「そう、あいつ。村中から嫌われてた。俺も嫌いだった。でも、俺は……カー様は好きだった。優しくて賢くて、きっとすごい人になるんだろうなって思ってた。それなのに……いなくなってしまったんだ。カー様は五歳の時に……きっと」

 大切な友人だった存在の変心にそう思わなくてはやっていけなかったのだろう。ハンナを除く面々はそう考えた。だが、ハンナだけは胸の中の疑念が形を持っていくような気がしていた。だが、まだ足りない。まだ確実じゃない。


「だから、あんた達がカー様を探しに来たって言うなら、探してほしいんだ。俺の好きだったカー様を、きっとどこかにいるから」

「安心しろ。性根を叩きなおし、罪を償わせて、正しい道に進ませる!」

 レイチェルの宣言を受けてもイサクの顔は晴れない。そうじゃない、イサクが伝えたいのはそういうことではないのだ。もどかしい思いが、言葉にならない思いがあふれるが、それを伝えられるほどイサクは賢くなかった。

「カー様はいるんだ、きっとどこかに。村の奴らはみんなおかしい、あんな奴、カー様なんかじゃない。カー様は……カー様は」

 イサクは少々知恵の足らないところがあったが、それでも感じていた。村の違和感に、大人達のどこか寒気がするような笑顔に。あんな奴をカー様だなんて言って、カー様があんなひどいことをしたなんて言って。


 イサクはいつまでもカー様を探し続けていた。だからこそ、村からは浮いていた。それでも、イサクはいつかカー様がイー君と呼んでくれる声を待ち続けていた。どんくさくて、いつも仲間はずれにされていたイサクを、いつだって優しく迎え入れてくれた友達を。

 イサクは一度空を見上げてから立ち上がる。

「俺が来たこと、言わないでくれ。こんな話したって言ったら、俺……でも、きっとカー様を見つけてくれ。俺、また、カー様に会いたい」

 イサクは頭を下げてから、とぼとぼと帰路についた。それをハンナが送っていく。別れ際に何か話していたようだったが、イサクはうなずいただけでまた村へと戻って行く。


「よほどショックだったのだろうな」

「そうですわね。わたくしも、レイチェルが悪の道に走ったならおかしくなってしまうかもしれませんわ」

 かけがえのない友人を、そんな形で失えばそうなるだろう。生きているのに、生きているからこそ取り返しのつかない喪失感に襲われる。

「こりゃ、是が非でも叩き直さなきゃな」

「……そうだな。俺達の任務は王都に連れ帰ることだ。たとえ、どのような人物だろうと」

 トーマが気合を入れなおし、ダリルの瞳の奥が鋭い光を放つ。

「無論だ。明日からは近隣の村や町を回ってみよう。剣聖の息子を振りかざしているなら、痕跡が見つかるはずだ」

 前科があるなら、普通は忍ぶだろうがそういう性格ではないだろう。なら、あちこちで問題を起こしていても不思議ではない。必ず追いついて……いや、追い詰めてみせる。レイチェルは正義の心に火をともしながら決意を新たにした。

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