仲間達の軌跡とダリルの過去
お互いに思いを確認し合った後はハンナ達の話になった。王都のその後については聞いていたが、それから先に関してはまだ聞いていない。ここに三人だけというのも気になる。もし他の三人もいるならばここにいないはずがない。ならば、別行動ということだろうか。
「わたし達は、カイルを必ず連れ戻すと誓った。だけど、手がかりは少ない。だから、二つに分けて五大国を回ることにした」
センスティ王国を出るまでにも世界は目まぐるしく動いていた。五大国間の緊急会議に情報共有。デリウスへの対処と都市に仕掛けられていた脅威の排除。
それこそ、トレバース達は寝る間も惜しんで働き続けていた。あるいはそれは息子を失った悲しみを紛らわす為であったかもしれない。そして、人界の至宝を失わせてしまったかもしれない重責のためにも。
「んで、転移陣が使えるランクが一つ下がったこともあって移動自体は楽になったんだよなぁ」
そのための試験は楽なものではなかった。それでも、自分達よりはるかに過酷な環境にいるだろうカイルのことを思えば泣き言など言えなかった。
「俺達は武国と皇国に、残りの三人は商業国と共和国を回ることになった」
そして、その国の首都を拠点に主だった都市を回って情報収集や孤児などへの根回しを行なってきた。
どこまで効果があるか分からないが、少なくとも事実の一端を知らせることは出来ただろうか。そして、集めた情報を元に獣界へとやってきたのだ。
「わたし達は魔界に行こうとした。でも、獣王様はその方法を知らなかった」
「けど、龍王様ならってんで会う機会があるかもしれない祭りの時期を待ってたんだ」
本当なら直訴してすぐにでも会いたかった。しかし、普段龍は里におり出てくることは滅多にない。この時期でもなければ獣王でさえなかなか会えない存在なのだ。
その間、城に置いてもらうことになったが、そのおかげでカイルの情報を知ることができた。よもや、目的を達成した後にステイシアと知り合い龍王城に招かれるとは思ってもみなかった。
やはり、カイルといると驚くようなことが起きてしまうのだとしみじみ思う。
『そっか……その、子供達はどうだった?』
カイルが一番気になったのはそこだ。情勢が不安定になったことで一番煽りを食らうのは底辺にいる人間だ。それに、カイルは他国の孤児達についてはよく知らない。彼らはどんな生活を送っているのだろう。
「……よくはない。やっぱりどこでも厄介者扱い。武国では魔法が使える子が、皇国では使えない子が特に扱いが酷いようだった」
ハンナの答えにカイルは目を細くする。気功が普及した武国では魔法使いの肩身が狭く、魔法が発達した皇国では魔力のないものの肩身が狭い。
しかも、魔力の有無は遺伝する場合を除いてランダム。親子間でも溝が生まれかねないのだ。まして親を亡くした他人の子供に、どれだけの慈悲をかけられるだろうか。
それを知ったら、ますます帰らなければという思いは強くなる。でも、今のままでいいのだろうか、と冷静な部分がささやきかけてくる。
今のままで、人界に戻ってから降りかかるだろう面倒や厄介ごとを振り払えるのか。自分の中の力すら使いこなせていないのに。
「俺らもどうにか出来ないか働きかけてはみたんだけどな……」
孤児達の抱える闇に踏み込むことも、国の上層部に納得させることも満足にできなかった。
孤児達は自分達の姿を見れば逃げて行く。路地裏は入り組んでいて逃げられたら追いつけない。話をするどころではなかった。下手に踏み込めば裏社会のシマに入り込んでしまい孤児どころではなくなる。
カイルほど経験が豊富ではない彼らでは手の出しようがなかった。精々が孤児院を訪問することくらい。知り合いになって、気にかけていることを見せれば少しは抑制になるのではと考えて。
若くしてSSSランクに達したことで三人の知名度は高い。それを利用して少しでも彼らの待遇が良くなればと。
確かにそれ以前より着ているものがマシになった。少し顔色も良くなった。けれど、その眼は変わらず死んだように暗いままだった。自分達のやり方では根本からの解決にはならないのだと思い知らされた。同時に、カイルが自分達がやろうとしていることの困難さも。
『そうか……やっぱすぐには無理だよなぁ。かといって、無理に引っ張り出しても適応できないか……」
カイルが今まで孤児達に行ってきた援助というのはあくまでもきっかけを作るためと、双方の受け入れ準備をすること。そのためにはどちらともある程度の時間をかけて信頼関係を築く必要があった。
孤児達に対しては同じ境遇にある者として接し、町の人達に対しては変わり者の孤児として接することで信頼と居場所を作り出していった。王都の時のような緊急事態でもない限り、表の人間が関わるのは難しいだろう。
抜本的に改革を行わない限り彼らをあの暗闇から連れ出すことを難しい。そのために国やその国の運営に関わる者の協力は必要不可欠だ。かといって、そのせいで自分達の行動が縛られることがあるなら本末転倒になりかねない。
国という大きな組織と対等以上に交渉が可能な発言力と、それを実行しようとした時に邪魔をされることのない力が必要だ。
発言力に関しては剣聖ということが明らかになればそれなりの地位は得られる。同時に先の剣聖の息子であることが知られれば知名度も上がるだろう。だが、力の方はどうだろうか。
今の段階でも人を凌駕するほどの力を得たという実感はある。実際にそれを試したわけでなないが、魔界でも屈指の実力者達と対等以上に戦えたのだ。それは疑うべくもないだろう。しかし、それだけであらゆる脅威を排除できると断言できるだろうか。
人界における脅威というのは予測のつかない部分から襲い掛かってくることもある。魔界では屈指の強さを誇ったクロでさえも翻弄されていたそれ。それに対して今の力だけで対応しきれるかと言われたら確信を持てない。
「わたし達も力不足を痛感した。だから、ここに来てからもずっと訓練させてもらってる」
獣人は誰もが魔力を持っているが、人族ほど魔法を多用するわけではない。人より勝る身体能力を補助するように、それぞれの種族の特性に合わせた使い方をする。その独自性と多様さは人界では学べないものだ。
自分達の強さは確かに人界ではトップに位置するのかもしれない。けれど、それだけではできないことも多いと気付いた。特に全員が若いということもあって圧倒的に経験が足りない。
さらにはもし魔界に行くことになれば、今の強さではとてもではないが通用しないだろうということも想像できた。人界に存在する魔物はその強さに上限がある。最高位の妖魔や魔人はおろか、高位の魔人でさえも滅多にいないのだ。
人為的に作られた魔人にさえも手こずる今の自分で魔界に行ってカイルを探すことが出来るだろうか。それ以前に魔界で生きていくことが可能なのか、課題は多くあった。
だからこそ、少しでも強くなりたかった。戦闘能力だけではない、知識と経験を積んで、人脈を築いて人として成長しなければ自分達の方が足手まといになりかねないと考えて。
「何年かかったとしても諦めないつもりだったんだけどなぁ、カイルの方が自力で魔界から出てくるなんてな。しかもこんなに早く……」
『クロがいてくれたからな。俺一人ならもっと時間がかかってただろうけど……っていうか生きて出てくることができたかどうか分からなかったけどな』
クロがいなければ今頃他の妖魔や魔人達に殺されるか囚われるかしていただろう。冥界の門も魔都も分からず彷徨い続けていたに違いない。
それに、魔王も四天王もなんだかんだ言いながらもカイルを守り鍛えてくれた。カイル一人の力でここにいられるわけではない。
「そうだな……。だが、本当によかった。精霊界にいるレイチェル達にも知らせてやりたいが……」
『レイチェル達は精霊界に行ったのか?』
「そう。わたし達は龍王様に、レイチェル達は精霊王様に魔界に行く方法を聞くつもりだった」
ここにいない三人が地の三界の最後の領域、精霊界にいると聞いてカイルは目をしばたかせる。無理をしていなければいいと思っていたが、みんな人界を飛び出してしまったようだ。
「ふふふ、いい仲間達ですわねぇ。わたくしの血は絶えて久しいと思っておりましたから、こうしてカイルと会えて嬉しいですわ」
ステイシアはそんなカイル達の様子をほほえまし気に見ていた。自分がはるか昔においてきた人としての繋がりを持つ末裔。自分以上に過酷な運命を背負わされている幼龍を。
『さっき獣王様も言ってたけど、俺はやっぱ龍王の血筋ってことで間違いないんだよな』
「ええ、そうですわ。大きさは違いますがわたくしやお父様が龍化したときの姿と同じですもの」
最終確認を終えて、カイルは小さくため息をつく。気功の扱いやロイドの容姿、自分自身も受け継いだ銀髪からほぼ確定事項だったとはいえ、龍姫であるステイシアに断定されたならもう否定する材料が見つからない。
それが嫌なわけではないが、デリウスが自分を狙っていた理由を思えば気も重くなる。他の龍の血族と同じようにドラゴンや魔獣を従わせて操るだけではない。もしかすると龍さえも支配下に置こうとしていたのではないかと。
「そうですわね。お父様もわたくしもその気になればすべての龍に命令し従わせることができますわ」
そうしたカイルの話を聞いてステイシアも重々しくうなずく。カイルと同じような結論に達していたハンナも眉間にしわを寄せていた。トーマは思い至らなかったのか驚いていたようだったが、ダリルだけが難しい顔をしていた。
「……これは、死ぬまで自分の心の中だけにしまっておこうと思っていた。だが、心のどこかで捨てきれない期待があった。……だから、今まで秘密にしていた。でも、俺はもうそれと決別すると決めた。だから、聞いてほしい」
ダリルは覚悟を決めたような顔をして強い意志を瞳に宿す。それを認めてしまうことは、自分という存在を否定してしまうことのように思えた。それを口に出してしまえば、軽蔑されると思った。それを捨ててしまえば、最後に残ったわずかな期待をも捨てることに思えた。
だから今まで口にすることはできなかった。打ち明けることができなかった、自分自身の過去。自分が生まれてきた理由。
「……俺は、俺は昔こう呼ばれていた『検体ナンバー五十八』。革命組織デリウスが世界を掌握するために生み出した龍王の血族の……劣化コピー。つまりは、剣聖ロイドの複製体……だ」
ダリルの告白にカイル達は目を見開き、ステイシアは目を細める。獣王達は気付かなかったようだし、血統調べでも結果がでなかったのだろう。けれど、ステイシアには分かった。ダリルの中にわずかに流れる龍の血が、自分達と同じ龍王に通ずる血であることに。
だからこそ、ダリルもまた自分の子孫の一人なのだと考えていた。順当に行けば、自分が人界で血を残してから現在に至るまでの年月であればダリルほど血が薄くなっていても少しもおかしくなかったのだから。
しかし、それが自然に受け継がれたのではない、人工的に作り出されたものだと知ればいい気はしない。例えそれがダリルの責任ではなかったとしても、不快感はぬぐえない。
『……父さん、の? 複製体……劣化コピーって一体どういう……』
最初にダリルに会った時、どこか懐かしいような感じがした。どこか父親に通じるような……。だが、まさかそれがダリルが父親の複製体であったからなど、にわかには信じがたい。
「……デリウスの技術が人界においても並外れているのは知っているだろう? それは他者を洗脳するだけではない……生命の創造にまで手を出していた。そしてデリウスの最終目標は人界だけではないレスティアすべての支配。そのために強力な戦力を欲していた。それで目を付けたのが龍の血族だ」
人とさほど変わらない姿形をしながら龍の能力を秘めた存在。魔獣やドラゴンを従えることもできる存在だ。
「龍の血族を調べていくうち、龍王の血族の存在に気付いたらしい。そしてたどり着いたのがカイルの父親、ロイドだった。その当時から剣聖をしていたこともあって元々監視対象だったらしいがな」
本当であればロイド自身を洗脳できればよかったが、それは難しかった。剣聖という人界における最高戦力であること、常に多くの仲間達に囲まれていたこと、勘が鋭く容易に隙を見つけることができなかったこともあって本人を捕えることが不可能だった。
そこで、手を尽くして生態サンプルを手に入れた。具体的にいえば髪の毛だ。これならばあまり危険を冒すことなく手に入れることも可能になる。
そのサンプルをもとに作り出された存在、それがダリルをはじめとする複製体達だった。
「……だが、ほとんどは失敗作……生まれてすぐに死んだ。龍王の血筋であり先祖返りでもあったその力を、人為的に生み出された存在では受け止めきれなかったんだ……。数少ない生き残りの内の一人が……俺だ」
ダリルは生まれた時から検体として様々な検査と実験、厳しい戦闘訓練を施された。その苛烈さはダリルから髪や眼の色素を失わせるほどのものだった。
元々のダリルの髪は一応の生みの親である母と同じ黒色、眼は父親と同じ赤に近い茶だったという。
兄弟達もいた。自分と同じように生み出されたコピー達だけではない。自分の生みの母である者のオリジナルが生んだ兄や姉達。自分達とは違い、組織の幹部として君臨し敬われる者達。
自分達コピーの母も複製体と知ったのは物心ついた頃。意思の見えない同じ顔の母達が並ぶのを見たからだ。
ダリルが家族から与えられたのは暴力と洗脳に似た偏った教育のみ。毎日のように自分が生まれた理由を告げられ、そのために必要な力を身に付けることを求められる。
「毎日言われていた。俺達は龍を従え世界を支配するために生まれたと。剣聖の髪の毛一本から生まれた、その程度の価値しかない存在なのだと」
日々募るのは顔も見たことがない剣聖に対する憎しみ、そして必要なくなれば切り捨てられるかもしれない恐怖。認められなければ、強くならなければ誰にも必要とされない自分の存在価値への不安。
必死だった、毎日必死に自分を鍛え続けた。それでも、届かなかった。ダリルが最後の生き残りだった。ダリルが六歳になった頃にはダリル以外の検体は皆死に絶えていた。そして、その頃からダリルに対する興味が薄れてきたのを感じていた。
ダリル以外に父や家族の興味を引くものができたようだった。このままではいつか捨てられる。そう思ったからこそなお一層努力を重ねた。見てほしかったから、愛情を一切与えられたことがなかったとしても、ダリルにとって家族と呼べるのは彼らだけだったから。
「……でも、俺は捨てられた。十二の時、もう俺は必要ないって。俺の代わりが、いやそれ以上の存在が手に入ったから、俺はいらないって……言われて、捨てられた」
訓練でズタボロになったダリルに冷たく告げられた言葉。どんな仕打ちを受けても泣くまいと耐えていたダリルの涙腺が決壊した。
所詮、自分はその程度の存在でしかなかったのだと、いらなくなれば捨てられる程度の価値しかなかったのだと思い知らされた。そして、絶望を抱えたまま捨てられたのだ。
「……そのまま、死ぬつもりだった。必要とされなくなった俺にはもう生きていく理由も意味もないと思ったから。でも、……義父さんに拾われた」
抵抗する力もなく、連れていかれ、次に目を覚ました時にはすべての手続きが終わっていて、いつの間にか彼の息子になっていた。




