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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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龍王城

 ゲートを抜けると、先ほどまでいた謁見の間に似た、けれど規模は遥かに大きくなった大広間につながっていた。

 龍の姿になったカイルが床から頭を上げたくらいの場所に玉座があり、今は空席になっている。人の姿であれば二、三人余裕で座れそうなくらい広い。魔王城と同じでその気になれば寝そべることもできそうだ。


 しかし、主の不在は予想外だったのか龍姫は首を傾げている。

「お父様はどこに行ったのかしら? 先ほどまでは確かにいたはずですのに」

「ここは……」

 ハンナは高い天井を見上げて部屋の中をキョロキョロと見渡している。トーマもダリルも口が半開きだ。カイルは魔王城で耐性ができていたので周囲の気配を探る余裕があった。

 だが、それにも引っかからない。龍王ほどとなれば魔王と同じで出会ったことがなくてもすぐに分かると思うのだが。


「ごめんなさいね、今ちょっといないみたいだわ。ようこそ、龍王城へ、歓迎するわ」

 龍王の不在に首を傾げながら少し困った表情をしていた龍姫だったが、くるりと振り返るとにっこりと微笑む。

「龍王城。龍の里グリンガルにあるっていう……」

「ええ、幼龍の内はいいんだけれど、長く生きると成長した体が邪魔で一か所で生活しにくくて。だから、成龍になるとみんな人の姿をとって龍の里で生活するようになりますの。役割を持つ龍は交代で外に出て任に当たっていますわ」


 龍の大半はこの龍の里で暮らしているが、獣界の治安維持や監視などの名目で、各地にそれなりの数散らばっているのだという。

 もちろん、その役目を任されるのは成龍になって以後、龍王に指名されてのことだという。龍王祭にはそういった龍達も一堂に会するため龍の里もディンガロンも賑やかになるのだとか。


 一見人の姿をしているように見える者でも龍も多く混ざっているのだという。ただし、龍王や龍姫だけはごまかしがきかないため、お忍びでの参加は無理なのだという。偽装フェイクをつかって髪や眼の色をごまかせばと思うのだが、顔自体が知られてしまっているのだとか。

 下手に参加しようものなら、先ほど獣王城の謁見の間のように周囲の獣人達が平伏してしまうため、いつも見ているだけなのが少々不満なのだとか。


「ああっ、そういえば自己紹介がまだですわね。わたくしは龍王の娘、龍姫と呼ばれておりますが、名をステイシアと言いますの。ちなみに、お父様に名前はありませんわ。龍王、それが名前のようなものですわね」

 龍姫ステイシアはニッコリと笑う。魔王しかり、領域の王達は生まれついての王。故に名はなく、これから先も付くことはないのだという。こうして家族は残せても、不滅の存在であるため名前という縛りはかえって邪魔になるのだとか。

 ステイシアの名前は、初めての子供に舞い上がった龍王が七日間考え抜いた末に付けられたと楽しそうに教えてくれた。


 それから、主不在の謁見の間から出て応接室に通される。龍姫といえど、身の回りのことは全部自分がやるようで、慣れた手つきでお茶を入れてくれる。

 カイルは、龍になった自分が入っても広々とした部屋に驚きつつも、体を伸ばして仲間達の近くに伏せる。

 ソファに座った彼らと視線を合わせるためにもこのくらいがちょうどいい。あいにくとお茶は飲めそうにないが、話はできるだろう。クロとクリアもカイルのそばで同じように寝そべっている。

「どうかしら? 龍の里特産の茶葉よ。人界の紅茶の味が忘れられず、特別に持ち込んでここだけで育てているの」


 人界は、各領域のものが多く流れ込んでいるが、ある程度の規制はあるという。具体的に言えば、魔界樹などその領域にしか存在しない、してはならないものは駄目だという。

 なら、その魔界樹の種をもらったカイルが人界に戻るのはどうなのかといえば、ギリギリ問題ないのだとか。

 表に出さず、用途を限定し、領域の王の許可を得ること。持ち込むのではなく、持ち出し周囲に影響を与えない範囲で個人的に使用するのは可能らしい。

 カイルの場合、それのためだけに作成した空間内で保存し、外に出さず、誰も入れなければギリで理には触れない。


 逆に、人界にあるものを他領域に移動させるのは規制が厳しいという。人しかり物品しかり、厳しい条件が付けられている。

 これは、無分別に領域内が混ざり合わないようにするためだとか。人界は、元々混ざり合うことを前提としてある領域。故に、各領域の王からの干渉によってバランスを保たれている。

 しかし、他の領域はそれのみで独立した役割を持っている。そこに、下手に他の要素が混じってしまえば役割を果たせなくなる可能性がある。

 そのため、各領域から人界へ行くのはそう難しくなくても、人界から他領域へ行くのは困難になっている。


 その困難を乗り越え、領域に訪れたならば歓迎しよう、そういうスタンスらしい。

 ただ、それも領域の掟や理が許す範囲で、らしい。どちらにせよ、自分勝手な行動は慎むべきということだ。

「この時期ではなく、自力でここに辿り着いた客人がいるという話を聞いて、わたくしもお父様も楽しみにしておりましたのよ」

 一息ついたところで、龍姫が興味深そうにハンナやトーマ、ダリルを見る。獣王のところで世話になっているということで、会える日を今か今かと待ち望んでいたらしい。


 この時期でもなければ、そうホイホイと龍の里から出られないためやきもきしていたという。

「それは、光栄だが……」

 どうもこんなふうに見られるのが苦手なのか、ダリルは落ち着かない様子だ。カイルを迎えに行くまではと張りつめていた神経が、合流できて緩んだことで周りを気にする余裕が出てきたらしい。

「龍王様も、暇なの?」

「そうですわねぇ。暇なのはいいことなのだけれど、退屈でもありますの」


 カイルの脳裏に、玉座でだれながら退屈だとぼやいていた魔王の姿がよぎる。やはり長い時を生きるということはこういった問題に直面することでもあるのだろう。

 不老不死だという彼らには比ぶべきもないが、いずれカイルも覚える感情かもしれない。

 だが、きっとその時はカイルの夢が実現した後でもあるのだろう。それまではそんな感情とは無縁だろうから。

 これまでも、今も時間が足りないと、それこそ休む間も惜しんで動いているのだから。


 ステイシアも暇なのは平和な証拠であると分かっている。だから、文句はないが刺激に飢えてもいた。

 そこへ、人界から正規ルートでの客人に加え、自身の血を引き、先祖返りを起こした末裔の存在。

 もう胸が高鳴ってしょうがない。知りたくて、話をしたくていきなり城の内部まで通してしまった。

 普通は、いくら龍であっても龍王城内部に外から直接入ることはできない。それが出来るのは龍王とステイシアのみ。


 いずれ、娯楽に飢えた龍達の注目の的になるだろうが、この城にいる限りは自分と父の独壇場。この機会に根掘り葉掘り聞き出すつもりでいた。

 そのために必要な時間についてはちゃんと考慮してある。元々、この応接室は龍王に謁見する者達が落ち着けるようにと様々な細工がしてある。

 鎮静効果であったり、時間の拡張であったりと。今はその時間拡張を最大にしてある。この部屋で何日過ごそうと、外に出れば数分程度しか経っていない。

 これでゆっくりと話ができる。


 カイルも、その細工に気付いたために腰を落ち着けている。時間があればひょっとすると元に戻るかもしれないし、話したいことも、話さなければならないこともたくさんある。

『えっと、ステイシア様』

「そんな、様、なんて他人行儀はやめていただけないかしら。遠い子孫でも家族でしょう? ステア、でいいですわ。お父様もそう呼びますし」

 ニコニコ笑いながら、そこには逆らうことを許さないような空気があった。家族どころか他人並みに遠い気はするのだが……。


「ふふ。わたくしの子供でもカイルほど血は濃くありませんでしたわよ? わたくしで半分、あの子達は四分の一。カイルはわたくし並に血が濃いですもの。そうでなければ龍化は出来ませんわ」

 龍の血族と言えども、完全に龍の姿になれるのは一代か二代後まで。それ以上になると血が薄くなりすぎて龍人化はできても龍化は不可能らしい。

 ステイシアもまさか今の代まで続いていた血族で龍化が出来るとは思っておらず、それもあって龍王にも見せたいのだとか。

 別に自分で龍化できるようになったり戻れるようになったらいつでも見せられると思うのだが、このままでいさせるのは何かこだわりがあるのだろうか。

 と、いうより心を読まれたような気がするのだが、その辺はどうなのだろう。それもあるいは龍魔法の内なのか。


「そんなことありませんわ? 慣れれば龍の姿であっても表情から内心が想像できるというだけですわ。その姿に慣れれば隠せるようにもなりますわ?」

 違ったようだ。どうやら表情を読んでいたらしい。確かにカイルも人の表情から内心を探るのは得意だが、まさかそれが龍にも当てはまるとは。

『じゃあ、ステア。俺達久しぶりに会って、色々と話さなきゃならないことやすり合わせないといけない知識があるんだけど、この場を借りてもいいのか?』

「? どういうことだ、カイル?」

『ああ、この部屋。中と外の時間の流れが違うんだ。俺も自分の作成した空間内では似たような事が出来るからさ、こういう話はそっちでしようかと思ってたんだけど』


 カイルの話を聞いて、ハンナは興味深そうに部屋を見回す。アミルが持つ時属性を使えば似たような事が出来ると聞いたことがあるが、実際に体験するのは初めてだった。

 だが、確かにそれができるのであれば時間がかかるだろう話し合いや修行であっても時間を有効に使える。修行も充実するだろう。

「カイル、魔界に行く前は使えなかった。魔界で練習した?」

『まあな。そうしないと休むこともできなかったし、それに、ハードになる修行に追い付けなかったからな』

 周囲全てが敵と言っても過言ではない魔界においては、睡眠を必要とするカイルはどうしても安心して眠れる空間というものが必要だった。

 さらには、日々難度が上がっていく四天王や魔王との模擬戦。クロやクリアとの鍛錬のためにも、普通にしていたのでは時間も練度もとてもではないが足りなかったのだ。


「へー、便利なもんだな。でも、そうすると早く歳とっちまうのか?」

「いいえ。肉体に作用する時間はあくまで現実の時間と同じですわ。でも、あまり長い時間過ごしてしまうと、どうしても現実との乖離で肉体に異常が起きてしまいますの。ですから、わたくし達のような長命種にしかおすすめはできませんわね」

 トーマの問いにステイシアが答える。カイルは、それをなるほどなどと表面上は冷静に聞きながら内心冷や汗をかいていた。

 クロと契約したことで寿命が延びたからこそ、時間拡張空間を使った無茶な修行にも耐えられたらしい。知らないということは本当に恐ろしいと思ってしまう。


「ともかく、時間の心配しなくてもいいってことだな。じゃあ、俺達が別れた後の話をするか?」

『そう、だな。お互い色々あったみたいだしな』

 トーマは納得したのか、考えることを放棄したのか、便利でいいやくらいで済ませてしまう。こういったトーマの気楽さというか明るさにいつも助けてもらっていた。懐かしい感覚に、つい笑みが浮かぶ。もっとも、ステイシア以外には分からないだろうが。

「まず、王都だが、あれ以降魔物の襲撃はなかった。仕掛けられた爆発の魔法具も回収され、陛下指揮の元復興が進められた」

「……死者四百二十三人、怪我人は数十万人を超えた」

『そう、か』

「ああ。それで、アレクシス王子だが……死んだ。家族と最後の一日を過ごして、死神が迎えに来たんだ。で、魂を刈り取られて……んで、陛下はアレクシスが何をしたのか、発表した。全部、包み隠さず」


 トーマの言葉に、カイルは思わず顔ごと向ける。確かに隠しておけることでもなければ、隠していいようなことでもない。だが、それはトレバースにとっても打撃となるだろう。

 国民のそしりを受け、退陣を迫られてもおかしくない出来事だ。大丈夫なのだろうか。カイルが最後に見たトレバースは自分が死んでしまいそうなほど青い顔をしていた。

「それが、王族としての務めだって。本人は死んだけど、その責任は家族もとらなくちゃならないって」

 結局、アレクシスを更生させることができなかった。親友の息子と同い年の息子、出来れば自分達のような絆を結ぶことができれば。そう望んでいたはずだ。

 けれど、小さい時からの積み重ねが、諦めきれなかった夢と思い込みが、アレクシスを暴走させた。その責任を取るつもりなのだ。王としてというよりは父として。


「センスティ王国の動乱を受けて、各国も動き始めた。今はどの町や都市も警戒態勢が敷かれてる。今のところ動きはないようだが、いつ仕掛けてくるか分からないからな」

 そう、それがダリルの知るデリウスという組織の恐ろしいところだ。人々の心の意表を突き、欲望の隙間を縫うようにして闇を侵食させてくる。そして、ひとたび飲まれてしまえば駒として使われる。裏社会と似た、けれど、それよりももっと深い闇だ。

「そう、大変だったようですわね。そういえば、お父様はカイルのことを知っていたのかしら? 魔王様達と会談をした後、ずいぶんご機嫌でしたけれど……」

 ステイシアは人界で起きた騒動に悲し気な顔を浮かべる。かつての大戦でも多くの犠牲が出た。龍の血族も数を減らし、眷属であるドラゴンも無為に命を奪われていった。その現状に立ち上がったのだが、もう少し早くそれができていたら被害は減っていただろうか。


 強大な力を持っていても、それだけに行動を制限されてしまう。かつて人界で暮らしていた頃、悲しいことも苦しいこともあったが、今よりは充実していただろう日々を思い出してしまう。

 夫が死に、子供達が死に、孫たちが老いていく。その現状と変わらぬ己の姿に、これ以上一緒に生きることは出来ないのだと悟った。

 だから、獣界に、父の元に帰ってきた。それからも長い年月を生きた。けれど、人界で過ごした記憶は消えることなく、キラキラとした思い出としてはっきり残っている。

 そんな思い出の地が、争いによって今ひとたび汚されようとしている。今度は手遅れになる前に力を貸せるだろうか。自分の血を色濃く引きながら、それでも人界で生きていこうとする末裔の姿を見ながら思う。


「カイルは? 生きてるって希望はあったけど、魔界の瘴気には耐えられたの?」

『そう、だな。喰属性で対応した、ってとこか。魔界での俺の流れを簡単にいえば、クリアと使い魔契約して、クロの因縁の敵と戦って魔人化して、冥王様に出会って力を授かって、で、魔都で魔王様と会って修行して、デリウスの協力者を倒して、今ここってところか』

 カイルの話をうなずきながら聞いていた面々だったが、途中から首を傾げ、最後には胡乱気な顔になっていた。

「……どこから突っ込めばいいか分からない。使い魔契約は分かる、でも魔人化? クロの因縁の敵とか冥王様とか、魔界でも色々あったの?」

 ハンナは珍しく興味よりも呆れの方が前面に出ていた。言いたいことも分からないこともたくさんあるが、やっぱりどこへ行ってもカイルはカイルなのだと妙な実感を持ったというところだろうか。


「あらあら、大変ですわねぇ。あなたの中に感じる二種類の魔力はそういうことかしら?」

 そんな中、ステイシアは相変わらずのペースで聞き返してくる。その言葉に、ハンナも急いで魔力感知を発動させたようだ。そして、カイルから感じられる、元々あった魔力とは根源が違うもう一つの魔力の流れに気付く。

「カイル、これは……」

「デリウスのやってる魔人化とはちょっと違うけど、な。だから、それと同じ要領で戻れないかと試したけど、どうも仕組みが違うみたいでなぁ……」

 あるいは龍人化であれば同じような方法で元に戻れたのかもしれない。だが、この龍化というのは肉体の構造そのものを変化させてしまうようで、どうにもうまく感覚がつかめない。本当に困った所なのだ。

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