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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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獣王との対面

 大通りと言っても城まで真っ直ぐではなく、微妙にあっちへこっちへ折れ曲がっているのは多種多様な建物が立ち並ぶからだろうか。

 決意を固めてからは、城までの道のりの景色を楽しむことにした。人界で別れてからの詳しい話はカイルの用事がすんだ後ということになった。

 祭りを数日後に控えているということもあってか町全体に活気があるのと人通りが多い。八から九割がたは獣人なのだが、人族の姿もちらほらと見られる。日頃獣人達と懇意にしている人々は、この祭りの時期にはこうやって獣界に渡っているのだろう。

 通常は人界と獣界の行き来なども年に一度のこの時期に行うのが一般的なのだとか。祭りの前後五日間、祭りの期間中も合わせれば二十日間の間獣界への出入りが容易になるということだ。


 もちろん、その期間内のゲートの管理に関しては厳重らしく、獣王軍が警備にあたっているのだという。獣人でも人でもゲートをくぐった後には門で受けたのと同じ手続きを踏んで領域入りすることになるのだという。

 むしろハンナ達の方がまれなケースで、そちらのゲートを通ってきた者は相応の実力者ということで、獣界における扱いも丁寧なものになるという。

 ただ、どこに出てくるかということもランダムになるようで、狂暴だったり融通の利かない魔獣のテリトリーに出てしまうとそれはそれで厄介なのだとか。

 その点では、カイルが集落近くに出られたのは幸いだったのかもしれない。それも、ディンガロンにほど近い場所だったことは。

 案外、それも魔王からの餞別だったのだろうか。いつも何を考えているのか読めなかった魔王の顔を思い出す。


 町の喧騒を抜けるとその先に城が見えてくる。あそこに獣王が住んでいるようだ。城とはいったが、魔王城や王国の城ほど大きくはない。城というよりむしろ砦に近いだろうか。

 豪華絢爛さはなく、無骨で実用的な造りになっている。この先が龍の住まう場所に続いているのなら、相応しいと言えるのかもしれないが。

「ここに……」

 あの豹人族達とその一族、そしてカイルと共に来た狐人族もいるのだという。巻き込まれではあるが、事情を聞くためにも出してもらえないのだろう。特にカイルの存在があるから。


 門番達はハンナ達の姿を見ると一瞬表情を弛めたが、カイルを見て引き締める。

「お帰りなさい。そちらは?」

「わたし達が探してた仲間、ようやく見つけた」

「そうですか、それは何よりです。しかし、確認が取れ、手続きが終わるまで城に入れるわけには行きません」

「今は特にピリピリしておりますので……」

 なるほど、確かに今のカイルは部外者にも見える。だが、豹人族達の話を聞いているならカイルのことも聞かなかったのだろうか。ハンナ達がいれば、同一人物であると分かろうものなのだが。


「確認が取れるまで確信がなかった。だから、まだ伝えてない」

 カイルの疑問に気づいたのか、ハンナが小さな声で教えてくれる。なるほど、いくら名前が一致しても当人とは限らない。

 容姿や性格など共通点が多かったとしても。実際に会うまでは確認しようがないのだから。まぁ、トラブルに巻き込まれていることから期待は強かったのだろうが。でないとわざわざ朝から町の入り口で待機していないだろう。

「いんや、なおさらこいつ入れる必要があると思うぜ? 居合わせた龍の血族ってこいつのことだから」


 トーマの言葉に門番達は揃ってカイルを見てくる。

「そ、それは本当に?」

「た、確かに聞いていた容姿とは一致するが……」

「それに、連れている使い魔も……」

 クロだけなら魔獣と誤魔化さないでもなかったが、クリアは流石に無理だ。獣界には存在しない魔物の姿に入る時にも少し問題になった。使い魔契約がきちんと結ばれていることや獣王の客人の保証があってどうにかなったのだ。

 そのことで少しクリアが落ち込んでいた。魔界以外では魔物や妖魔は忌避される傾向にあることを聞いていても、実際に経験すると感じるところがあったのだろう。


 そのこともあって、カイルの肩の上に乗っていたのだが今もフルフル震えている。

 カイルはクリアの滑らかな体を一撫ですると念話で大丈夫だと伝える。クリアも今ではカイルにとってかけがえのない存在だ。誰に何を言われようとクリアは大切な仲間でありもう一人の相棒だと断言できる。

「それに、被害にあった魔獣から獣王への頼みごともされているらしい。その上で入れるかどうか確認してくれ」

 ダリルの言葉が駄目押しだったのか、門番の一人が城の中に駆け込んで行く。そして、さほど待つことなく迎えが来て城の中に案内された。


 準備があるとかで応接室に通される。質実剛健とはいえ、相応に豪華な室内でお茶を飲みながら待つことになった。

「はぁ、なんか落ち着かないな」

「仕方ねぇって。言ったろ、獣人にとって龍は特別で、その血族もそれに含まれるって」

 城に入ってから視線が途切れることがなかった。好奇、期待、感動などもあれば不審、懐疑などの感情も向けられていた。

「……どうやら、龍の血族でも良し悪しがあるようだ。祖が明らかではないはぐれや、祖が邪龍の場合はいい感情が向けられないらしい」


 自身の祖が分かっていれば相応に自制も働きやすいという。ただ、かつて素性が定かでないが龍の血族であるというだけで獣人や魔獣に多大なる迷惑をかけた者達がいるらしい。

 なので、獣界で暮らす龍の血族は必ずどの龍の血を引く者が明らかにしているのだとか。

 それが分からなかったりする者ははぐれと呼ばれ敬遠される傾向にあるという。なまじ強い力を持つからこそ、素性が明らかでないと安心できないということだろうか。


 また、人にも善悪があるように龍にもあるのだという。龍としての役割や矜持を見失い、自己の利益と欲望を追い求めて他者を傷つけ災いを振りまく。

 そういう存在は邪龍と呼ばれ、時に龍王自ら征伐に向かうこともあるのだとか。そうした龍の血族もいい目では見られていないという。当人達がどうあれ、祖先のせいで肩身が狭くなるらしい。

 カイルとしては悪人の子がすべからく悪ではないと思うのだが、間違いを許さない獣界では一族の、祖先の汚点は後々の子孫にまで影響してしまうらしい。

 ならば、あの豹人族の一族も似たような扱いを受けるようになるのだろうか。ある部分では仕方ないとはいえ、思っていたより状況は厳しそうだ。


「俺についてはどれくらい話してる?」

 捜索の都合上、ある程度の情報は開示しているだろうがどの程度まで伝えているのだろう。

「名前、性別、年、背格好、容姿。あとは使い魔と龍の血族ってことと性格について少し」

「まあ、龍王の血筋かもってごく少数には伝えてる。そっちは半信半疑みたいだったけどな」

 それはそうだろう。カイルだって未だに実感はないのだから。龍属性も満足に使いこなせないし、龍魔法もさっぱりだ。


「俺の場合、確認できるか否かってくらいだったそれでも一応龍の血族のくくりには入るらしい。血が薄すぎて血統は明らかにできなかったが……」

「そっか、ダリルも龍属性持ってるんだっけ?」

「ああ、魔法として使うには心許ない適性ではあるがな」

 カイルとダリルに共通する属性。だだし、適正の関係で持っていても他の属性の補完と補強、血統属性特有の常時発動効果しか見込めないらしい。

 ただ、そういう龍の血族も少なくはないらしい。代を重ねるごとに血は薄まり適性は下がる。本当にロイドやカイルの例が稀なのだ。


「俺も今んとこ使えないしなぁ」

 さすがの魔王でも血統属性でもある龍属性は持ち合わせていなかった。それ以外の属性はほとんど有しており、徹底的に鍛えられたのだが。

 魔界の書物にも龍魔法について書いてあるものはなかったので、覚えるならこの領域で学ぶしかないだろう。

「そう。でも、強くなった」

「だよな。最初見間違いかと思ったぜ。なんつーか、底知れねー力を感じたし」

「みんなもな。ギルドランクも上がったんじゃないか?」


 トーマは全身から感じられる力が増大し、気の量も以前の比ではない。ダリルは心が定まったこともあり、以前に増して隙がなくなった。それに焦燥や罪悪感が消え、背負っていた影が無くなっている。

 ハンナは二十歳を過ぎたはずなのにまだ魔力の器が成長しているのか、魔力量も質もかなり上がっている。まあ、基準なので例外もあるのだろう。

「おうっ! 俺もダリルもSSSランクになったぜ!」

 トーマが親指を立ててビシッとポーズを決める。こればっかりは置いていかれるのは仕方ない。仕方ないのだが、やはり少し悔しい。


「そうか、おめでとう! 俺も上げたいとこだけど、人界帰ったら帰ったでやることは山積みだろうしなぁ」

 でも、それ以上に仲間の成長とそれが認められたことの方が嬉しい。カイルの賛辞と笑顔に二人も照れ臭そうにしていた。

「その前にカードの更新しないと使えない」

 そこにハンナの冷静なツッコミが入る。カイルは魔界に落ちて以来見ることのなかったギルドカードを取り出す。

「……確かに。更新期日とっくに過ぎてるな」


 以前キリルがギルドカードの更新を忘れてカミラに長い説教を受けていたのを思い出す。不可抗力ということでどうにかならないものか。説明してもにわかには信じてもらえないだろうけれど。

「……今ゲートが繋がってるから、更新に行くことは出来る」

「ああ、そういえばそうか」

 シェイドはとっくに人界に向かった。帰る帰らないは別にして、この機会にそれぞれの首都を見ておくのも手だろうか。そうすれば、空間扉ゲートで行き来も可能になるだろう。

 そう考えていると謁見の準備が整ったと呼びに来た。いよいよ獣王との対面だ。豹人族の未来を決める正念場でもある。

 カイルは気合を入れ直し、それぞれの顔を見回すと寄り添うクロとクリアの体を撫でた。




 謁見の間は魔王城で経験済みだったが、最初があれだっただけに少し拍子抜けしてしまう。立派なのだが、魔王城と比べてしまうとやはり見劣りする。

 獣王は部屋の中央を進んだ壇上で大きめの椅子に腰掛けていた。両隣を家族だろう妻と子供達が固めていた。一段下がった場所に文官らしき獣人と武官らしき獣人が数人いる。部屋の壁際には兵士が並んでいた。

 そして、カイル達と玉座の間に左右に分かれて狐人族と豹人族が集まっていた。その中央にはあの時出会った豹人族達が後ろ手に枷で拘束され跪いていた。

 カイルの姿を見て嬉しいような申し訳ないような、複雑な表情を浮かべている。さすがに子供達は同席していないようだ。


 ある程度進むと四人は揃って片膝をついて礼を取る。クロもお座りをしていた。いくら他領域の王と言えど王は王。相応の礼儀は持って接しなければならない。このあたりはエリザベートに習った礼儀作法が役に立つ。

「ふむ、楽にしてよい。して、そこにいるのが……そなた達の?」

「はい。探してた、大切な仲間」

 獣王の声はズシリと腹に響いてくる。姿形はエドガーと同じ獅子の獣人。けれど、エドガーよりも年を重ね、同時に感じる威圧感や威厳というものはずっと強い。

 そんな獣王の問いにハンナが顔を上げて答える。そのまま直答と起立を許される。カイルは顔を上げ真っ直ぐに獣王を見る。その眼は確かに厳しい色を宿してはいるが、同時に優しさや温かさが奥に感じられた。


「……なるほど、いい目をしている。儂は獣王ブレア・ディ・ガロリアだ」

「俺はカイル=ランバート。口調は改めた方がいいか?」

「……いや、そのままで構わぬ。我らが知りたいのは真実とそなたの本意、なればそのままの方がより本音が出やすかろう」

 獣王の周りにいた部下達はあまりいい顔をしなかったが、獣王本人はまったく気にした様子がない。ことがことだけに早く経緯を知りたいということもあるだろう。

 カイルとしても、肩がこらずに率直に話ができるのはありがたい。特に、この部屋に入ってから妙に心がざわつくというか、血が逆流するというか、不思議な感覚に襲われている。冷静でいられる間に話を済ませてしまいたい。


「では、アースドラゴンと森、そして森の魔獣達はどうなったか聞かせてもらえるか?」

「ああ。アースドラゴンは巣に送り届けた。その際に、傷つけた森の土壌を改善してもらってる。だから、植樹すれば成長と再生は早くなる。道すがら今回の件で傷を負った獣や魔獣達は治しておいた。で、被害にあった森の魔獣達の総意が、これだ」

 カイルは亜空間倉庫アイテムボックスからアースドラゴンの鱗を取り出す。縦横五十cmほどある、一見岩のようにも見える鱗。

 だが、その場にいた者は皆それがなんであるのか分かったようだった。さらに、獣王はそれに込められた魔獣達の意思も感じ取ったのか眉根を寄せている。

「それは……契約の証、か?」

「ああ。話し合いの結果、この契約に従って償うなら命は助けるってことになった」


 カイルの言葉に、謁見の間全体がざわめきに包まれる。複数の魔獣達が理不尽に被害を受け、さらにはドラゴンまで関わっているような事件でこれほど寛容な処断が下されたことはない。

「…………見せてもらえるか?」

 カイルはアースドラゴンの鱗を一人の兵士に手渡す。その兵士は獣王の元に行き、それを恭しく手渡した。手や足が震えていたのは獣王の前だからというより、アースドラゴンの鱗だからだろうか。

「確かに……複数体の魔獣達の魔力と印。これに豹人族達の同意を持って儂に契約履行を保証させよ、と?」

「ああ。それが最低条件だ」

 そう。それだけは絶対に守ってもらわなければならないこと。カイルが彼らから託された思いでもある。


「最低条件? 他にも何か?」

「…………今回の件で、三つの命とまだ見ぬ四つの命が失われた」

 カイルの言葉に豹人族達は揃って息を飲んでいた。一族の若者達がやってしまったこと、自分達の指導不足が招いた事態。けれど、それによって失われた命があるということにひどく動揺しているようだ。

「森に入って三つ目のテリトリーにいる猿の魔獣の仲間が木の下敷きになった。七つめのテリトリーの鹿の魔獣の友が物音に驚いて崖から落ちて首の骨を折った。十二番目のテリトリーの白狼の魔獣は身重の妻とその腹にいた四匹の子供達を失った。俺は、彼らに報いる言葉を持たなかった。聞かせてくれ……あんた達はそれをどう償っていくのか」


 自分達が何をしたかを知っていても、それがどれほどの罪か分かっていても、それで誰が、何が犠牲になったのか知らなければ償いようがないだろう。

 彼らはそれを知った。ならば、それにどう償っていくつもりなのか、すぐに答えが出せなかったとしても、考え続けなければならない。だから、そのための一石を打つ。

「それは……そんなっ…………」

「……死ぬことは許さない。契約を破って、死んで逃げるのも許されない。涙を呑んで、身を焼き尽くすような怒りを抑えて俺の提案に乗ってくれた魔獣達との約束だ。生きて、許されるまで償え。そのために、何をしなければならないのか、考え続けろ」

 カイルは契約について聞いた時、二重の意味で契約不履行の際に追うリスクについて危惧を覚えた。一つは不履行だった際に死んでしまえば命は助けるという約束を破ることになること。そしてもう一つ、約束を果たさず辛さから逃げるための手段にされてしまう可能性を考えて。


「契約不履行は通常本人の死をもって贖うらしいけど、これは違う。この契約で不履行の際に失われるのは……本人が愛する者の人生だ」

「っ! ……それは、どういう……」

 さすがの獣王でも予想外だったのか、眼を見開き身を乗り出すようにして聞いてくる。それにカイルは少し目を伏せながら答える。この条件を提示した時、さすがの魔獣達も顔をしかめていた。それが単純に死ぬよりはるかに辛くて厳しい罰だったから。でも、だからこそ納得してももらえたのだ。

「契約不履行でも、誰かが死ぬことはない。ただ、不履行を引き起こした者が一番大切に思う者が一生目覚めることのない眠りにつく。残りの寿命の間すべて、死ぬまで目覚めることはない」


「それは……なんとも…………」

 獣王はその罰の意味が分かったのか、どこか呆れたような悲しそうな顔をする。豹人族も年長者達は同様で、半ばカイルをにらむように見てくる者もいる。

「魔獣達は身勝手な理由で理不尽に愛する者との時間を奪われた。なら、死ぬだけなんて生ぬるいだろう? それに、俺は言ったはずだ。命だけは助けてくれるように頼むって。それが嫌だというなら魔獣達との約束を守ればいいだけの話だろ?」

 契約を守り続ける限りそんな出来事は起こらない。命を持って償う覚悟さえあるというなら、そんな顔をする必要などないだろう。彼らはまだ誰も死んでなどいない、失われてなどいないのだから。

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