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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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思いがけない再会

 アースドラゴンを巣に送り届けると、その日は夜も遅くなっていたのでそのまま巣に泊まらせてもらった。アースドラゴンが仕留めた獲物は時間が経っていたこともあってカイルが食べるには向いていなかったので、別に狩りに行く必要はあったのだが。

 翌朝、昨日と同じように薄霧がかかる森の中からカイルは空間扉ゲートを使って森の入口に戻る。カイル達だけならここから半日もかからずに獣都ディンガロンにたどり着ける。

 中に入る時に通行料がいるようだったが、それはあらかじめもらっている。昨日、狐人族と別れる時に報酬を受け取っていた。通行料に関しても聞いていたので十分すぎるくらいの金額はあった。

 本気を出せばあっという間につくが、それだと驚かせてしまうため軽く流す程度に走る。人界にいた時の全速力くらいだ。本当に変わってしまったなと、今更ながら自嘲してしまう。

 緩やかに景色が流れていき、外壁に近付くにつれて人々の生活するざわめきが聞こえてくる。そしてほどなく門にたどり着いた。順番待ちをしている列の最後尾に並び、開け放たれた門から見える街並みを眺める。


 人界にある都市ほど理路整然とした並びではなく、かといって魔都ほどに雑然としているわけでもない。

 各々の種族にとって暮らしやすい建物をそろえた結果、様々な大きさや様式の建物が入り混じる結果になったといったところだろうか。

 門の前で入場待ちしている人々もそうだが、町の中を歩いている人々もほぼ獣人で、人界では見たことがない種族も数多くみられる。

 カイルもここまで多くの獣人達が集まっているのを見るのは初めてだ。話によると、この龍王祭の時期には獣界と人界とをつなぐゲートが各国の首都の近くに現れるのだという。

 獣人であればその場所を本能的に察知できるようで、普段獣界へのゲートまで行く実力がないようなものでも里帰りができるのだという。帰りのゲートもあるというので、すぐに帰ることも出来るだろう。


 だが、このまま帰ってしまうのも少しもったいないような気がする。意図せずしていく羽目になった魔界だったが、そのおかげで向上した実力というものは馬鹿にできない。新たに得た力もある。

 魔王によると、今のところ人界では大きな動きはないらしい。時期尚早にことを始めてしまい、奥の手になり得る手段を前もって潰されたからか、あるいはそれさえも前座でより大きな騒動を企んでいるのか。デリウスは動きを見せていないという。少なくとも表立っては動いていないようだ。


 カイルが剣聖として立つのであればその実力を示すのにふさわしいのは、やはり年末にある剣術大会だろう。予定より一年遅れにはなってしまったが、ならばこそ優勝を狙うつもりだ。そのためには残された半年弱どう過ごすかが重要になってくるだろう。

 もちろん、その間デリウスが動かないという保証はない。だからと言って今すぐ人界に帰って何ができるだろうか。


 各国への根回しであればトレバースやテッドがすでに行っているだろう。王都に襲撃を受けたのだから。味方を作るのは大切だ。だが、おそらく次に戦いが起こればそれは人界だけに収まらないだろう。そのためには違う領域における味方を作っておくほうがいいのではないか。

 一番の懸念は孤児達と残された仲間達の事。半年あれば今のカイルであれば五大国の内一つくらいなら国中を巡ることもできるかもしれない。レイチェル達にも合流できれば多くの子供達を拾い上げることもできるだろう。

 しかし、そうやって子供達の居場所を作れたとしてもひとたび戦いが起こればまた元の木阿弥に戻ってしまう。

 戦いに備えてやるべきことは多い。向こうの動きが読めない以上、出来るだけ迅速にできる限りの備えをしておかなければならない。時間はいくらあっても足りないくらいだろう。かといって彼らのことをないがしろにもできない。


 カイルが待ち時間をそうやって思い悩んでいると、懐かしい、けれど頼もしい声が聞こえてきた。

<カイル、アタシが人界に渡って情報を集めてきてあげる>

<シェイド!? 目が覚めたのか?>

 魔界にいた間、シェイドは闇の玉の中で深い眠りに入っていた。存在はかろうじて感じられても、呼びかけても返事は一度としてなかった。

 獣界に来れば眼が覚めるかと期待していたが、今の今までその兆候はなかったというのに。


<ええ、待たせちゃったわね。ゲートがあればアタシ達もあっちこっち出入りできるから、祭りが終わるまでの間には人界の情報をできるだけ集めてあげる。その上で判断したらいいんじゃないかしら?>

<そうか……。シェイドは、大丈夫なのか?>

<ええ、バッチリよ。霊力の消費を極限にまで抑えたうえで、絶えずカイルの霊力の供給を受けていたおかげで予定よりもずっと早く元の力が取り戻せたの。そのせいで、ちょっと目覚めるのが遅くなっちゃったけど、今のアタシは万全よ! デリウスの本拠地だって見つけて見せるわ!!>


 人界でのことや、魔界にいる間中力になれなかったこともあってシェイドがかなり張り切っている。確かに万全の力を取り戻した闇の大精霊であればもう囚われるということも、穢れた場所であろうとも出入りができるだろう。

<なら、頼めるか? できればみんなのことも……>

<そうねぇ……あら? でも、そう心配はないんじゃないかしら?>

<どういうことだ?>

<だって、ほら、見えない?>

 カイルはシェイドに促されて前を向く。列はいつの間にかかなり進んでいて、もうすぐカイルの順番が来るというところだった。

 そこまで来ると門の中にいる人達の姿もよく見える。そんな中、獣人達に混ざって獣人ではない姿が見えた。他にもいないわけではないのだが、周りが獣人だらけだと逆に普通の人がひどく目立つ。


「あ…………」

 それ以上は声にならなかった。カイルが彼らを発見するのと、彼らがカイルの姿を目にするのはどちらが早かっただろうか。

 門のすぐ前で立ち止まってしまったカイルの元に小さな人影が走り寄って、その勢いのままに飛びついてくる。元々が軽いのでそれで姿勢を崩すということはなかったが、予想以上の力で抱きしめられる。

 続いて横に並んだ人物にグイッと肩を抱かれる。最後の一人は一歩離れた距離で、けれどとても嬉しそうな顔で迎えてくれた。

「……ただいま、ちゃんと、戻ってきたぜ? ハンナ、トーマ、ダリル……」

「……お帰り。ばかっ、あまり心配させないで」

「そーだぜ? 言いたいことだけ言って行っちまいやがって。おかげでこっちもこんなとこまで迎えに来ちまったよ」

「良く戻ってきたな。もう俺は決めた、もう、迷わない。だから、俺のこともちゃんと話そうと思う。聞いてくれるか?」


 朝の時間帯で人通りはまだ少ない方だったが、門前で始まった再会劇に周囲の人々は目を丸くしていた。門番もどう声を駆けたらいいのかと迷っているようだった。

「話はお互い色々あるだろうけど、まずは町に入って、やることやってからでいいか?」

 気が済んだのかハンナがカイルから手を離す。トーマとダリルはこの七か月ほどで少し精悍になったような印象を受けたが、ハンナはほとんど変わったようには見えない。もう成長は止まってしまい、それに合わせて老化も止まっているのだろうかと思ってしまう。

 カイルは門番に入場料を払い、必要事項を記入して滞在許可証を発行してもらう。永住するのではなく観光などの場合は一時滞在を示す身分証になるのだという。


「カイル、ここでもまたトラブルに巻き込まれたみたいね」

「……知ってるのか?」

「おうっ。俺らが獣界に来て、ディンガロンに着いてからも一月半くらいなんだけどな、一応人界からの使者って扱いになってて、獣王の城に世話になってんだよな」

「そこに、昨日の夕方狐人族と豹人族の団体がやってきたんだ。随分まずいことをやったとかで」

 獣王は獣人間、魔獣間、獣人と魔獣との間に起きたトラブルなどを公平に審議したり処分を決めたり、その執行を取り持ったりが仕事なのだという。

 ちょっとした小競り合いや、単数の種族同士のトラブルならともかく、昨日の件はことが大きい。ならばその両種族が獣王の元を訪れるのも道理ということか。


「あー、その、どうなってる? ていうか、どうなった?」

 もし昨日の時点で何らかの処置がとられてしまっているというのなら、カイルがやったことが無駄になってしまうかもしれない。最悪、巻き込まれただけの狐人族と、関与していない豹人族だけでも無事ならいいのだが。

 間に獣王が入らなければカイルが出した条件を飲んでもらえる可能性があったが、魔獣からの申し出もあるのでどちらにせよ獣王には会わなくてはならない。

 すべての顛末を知った上で、なおも実行犯達の処断が必要だというのであればこれ以上カイルに出来ることも口出しもできない。せめて、魔獣達との契約上森の再生の間の延命ができただけということになる。


「とりあえず、当事者の豹人族は牢に入ってる。ただ、処分については保留中」

「そーだな。今回の件を穏便に済ますために龍の血族が動いてくれてるってことで、今のところは首はつながってる」

「話を聞いて、それがカイルらしいと分かったからな。あそこで待っていたんだ」

「なるほどなぁ。……やっぱ、死なせずに罪を償わせるってのは難しいか?」

 いくらカイルが身代わりに彼らの怒りを引き受けたとしても、罪が消えるわけではない。魔獣が許しても、同じ獣人達が彼らを許さないということだろうか。

 知らなかった、悪意があったわけではなかった、偶然が重なって最悪の結果を招いてしまった。いくら言い訳を重ねたところで、彼らがやったことは死に値する罪になるのだろう。魔獣達と共に死んだものを弔ったカイルにもそれは分かっている。


 ただ、血で血を贖い、命を命でもってしか償えない今の獣界の在り方を悲しく、寂しく思っただけだ。それはとても単純で、明快で、シンプルな世界の在り方だろう。過ちを犯せば殺し、罪を犯せば死を持って償う。ただ一度の間違いも許されない世界。それは果たして正しい世界、よい世界だと言えるのだろうか。

 カイルは今まで数多くの失敗をしてきた。間違ったことや過ちだって少なくないだろう。それでもこうして生きている。失敗から学び、間違いから正しさを知り、過ちから進むべき道を見出してきた。

 それは、獣界の掟やルールに照らし合わせればきっと死に値するほどの罪、ということになるのではないか。


 一つの間違いさえも許さなければ、確かに間違いを犯さなかった者達からすれば生きやすい世界なのかもしれない。そのために少なからぬ犠牲があったとしても、それ以外の、関わりを持たない種族にとっては平和が保たれるだろう。

 隣の集落の子供達がテリトリー侵犯で殺されることになろうと、自分達に被害が及ばなければ関係ない。一つの一族が、一族の一部の若者達の過ちによって滅んだとしても所詮は対岸の火事。

 やろうとすれぼ、こうして一つの町の中に住むことも、それこそ種族が違う者達が集う人界でさえも共存できるというのに、そんな関係はあまりにも冷たいのではないだろうか。

 かつて周辺の村に見捨てられ、見殺しにされた経験があるから。幼いとはいえ我が身惜しさに村人達を見捨てた過去があるから、黙って見過ごすということができなかった。


「……難しいとは思う。でも、交渉によってはあるいは……」

「だな。獣王様といえど、龍の血族の言葉をないがしろにはできないだろうしな」

「やるのか?」

「そう、だな。やれるだけはやってみる。……もしかしたら、死んだ方がましだったって、言われるようになるかもしれないけどな」

 死ぬより生きて償う方が過酷な場合だってある。死んで終わりにすれば結果的に放置されるだろう傷ついた森の再生には時間がかかる。けれど、生きている者が修復に力を尽くせばそう時間をかけることなく元通りになる。

 そして、仮に森が元通りになったところで彼らを見る目は厳しいままだろう。本当に死ぬよりもきつい償いの日々を送ることになる。もしかしたら、そのことでいつか恨まれることもあるかもしれない。

 でも、生きていれば変わるものもある。変えていけるものもある。死ねばそこで終わりで、示しはついても気が晴れることも、悲しみが消えることもない。そして、表面化することはなくても恨みも残るだろう。


 そうやって少しずつ降り積もっていった恨みが、悲しみが、怒りが、いつかお互いを滅ぼし合うまで大きく強くならないと言い切れるだろうか。

 それが掟だと、ルールだと言われても、それで大切な者の死を納得できるだろうか。カイルだって、そこに悪意があり、自覚しながら罪を犯したのであれば相応の罰を与えることに否やはない。自ら他者を傷つける選択をしたのなら、その責任は取らなければならないと思うから。

 でも、大人達の役に立ちたくて、普段行かない場所に立ち入ってしまった子供達を殺したならそこに怒りは生まれないだろうか。恨まないでいられるだろうか。

 見返したいという思いであっても、一族のために稀なる貢物を求めた若者達。そこで、たまたまテリトリーを築いたばかりのアースドラゴンの巣である洞窟に立ち入ってしまい、ゴロゴロと転がる岩の中に紛れておいてあった宝玉をそうとは知らず持ち出してしまった彼らが死にたくないと望むのはそんなに悪いことなのか。殺せば悲しみは消えるのか。


 そもそも、同じ森の中に住みながら互いのテリトリーさえ満足に把握できていない。人界よりテリトリーの範囲の変化や個体の入れ替わりが頻繁なことはあるだろうが、もしそれが正確に把握できていればカイルが獣界にきて遭遇したトラブルなど起こらなかっただろう。

 それなのに、隣人が誰かも知らず、テリトリーの範囲も互いに把握しきれておらず、互いに侵入したとみなせば殺し合うのが当然になっている。その現状こそが、今まで冷たい関係と一族主義を続けてきたことによる弊害ではないのか。

 不干渉を貫くのであっても、ならばこそ互いのテリトリーとそこに住まう種族くらいは把握しておくべきではないだろうか。交流しなかったとしても、交渉は持つべきではないのか。

 それこそが、カイルが獣界に来てからこの短期間と言えども感じたことだった。いくら龍という絶対の統治者がいたとしても、日々の生活に直接的に関わってくることはない。このままではきっと獣界はバラバラになる。


 仮にデリウスの宗主のように獣界の頂点に立とうという存在が現れたとすれば、それが一種族の存在以外を認めないとすれば、今のままでは抵抗することさえできず各個撃破されていくだろう。

 隣の集落が滅ぼうと、明日は我が身だなどと考えない。助け合おう、力を合わせて戦おうという意識が生まれないに違いない。そして、どこまで血を流せば、命を失えばその必要性に気付くだろうか。

 人界で起きた大戦でドラゴンが利用されたことに、龍の血族が犠牲になったことに憤りを感じたとして、本当に自分達にとっても身近な戦いだったのだと感じている者がどれだけいるだろうか。

 獣人達が一族に向ける思いはとても強い。きっとあの豹人族達も切り捨てられてはいないだろう。一族全員が命を懸けるつもりで沙汰を待っている。

 そんな一族に向ける思いをほんの少しでもいい、周りに向けることができれば。そうすれば未来の争いを、戦いを防ぐ一手になるかもしれない。その思いを、考えを、願いを伝えるしかないだろう。

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