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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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獣都ディンガロンへ

 巨木に囲まれた森の中ではまだ薄暗い早朝、出発の準備が整えられていた。うっすらと霧がかかっているが、これはいつものことでこの霧によって迷うということはないらしい。

 カイルは村の入口近くに積み上げられた荷物を亜空間倉庫アイテムボックスの中に次々に放り込んでいく。

 食料も備品もそれぞれ樽や箱、袋に入れられたうえで荷台に乗せられている。カイルはその荷台ごと亜空間倉庫アイテムボックスの中に放り込むので出すのも入れるのもそう手間がかかるわけではない。

 ひょいひょいと大きな荷物を放り込んでいく様子に驚いていた面々だったが、首長が大事そうに抱えてきたものを見て、顔を引き締める。


「大方準備ができたようだな。では、これを頼む」

 一升瓶に入ったお酒が十二本、木箱の中に入れられていた。きちんと栓をしているにも関わらず、近くにあるだけで甘い香りが漂ってくる。

 お酒を飲んでも酔うこともなく、その匂いに関しても酔うことの一切ないカイルだったが、そのお酒から漂ってくる香りにはクラリとなる。魔獣や龍に好まれるということは、龍の血族であるカイルにとっても魅惑的な香りに感じるようだ。

 なるべく呼吸を止めたままお酒をアイテムボックスに納める。残り香も消えたあたりで深呼吸をして気分を落ち着ける。そんなカイルの様子を見て、首長は申し訳なさそうな顔をした。

「そういえば、あのお酒は龍の血族の方にとっても、強い影響があるのでしたな。獣人はさほどでもないので忘れておりました。大丈夫ですかな?」

「あ、ああ。なんとか……。匂い嗅いだ瞬間は気が遠くなりそうだったけど」


「ふむ。あれは龍の血が濃いほどに酔いも強くなると言われておりますからな。普通の酒では酔えぬ龍の方々の一部に特に好まれておるようですな。通称『龍殺し』と呼ばれております」

 何ともいいがたい命名に顔が引きつるのが分かる。龍に捧げる貢物が『龍殺し』とは。

 まあ、酔いたいという気持ちは分からないでもない。カイルだってお酒を飲んでも酔えず、一人だけ素面でいるというのが時々苦痛に感じることもある。

 だからと言って、前後不覚になりそうなお酒を好んで飲もうとまでは思わないが……。やはり長く生きるとそうした楽しみを追及する者も出てくるのだろう。

 いつかカイルにもそれが分かるようになる時が来るのだろうか。まあ、もし仮にその時が来るのだとしても先のことになりそうではあるが。


「カイルお兄さん、大丈夫?」

「ああ、問題ない。ただ、王都に入って献上する時にはみんなにやってもらわないとな。俺の場合近くにあるだけで酔うみたいだから」

 ある意味その方が彼らも安心できるだろう。カイルの場合、あのお酒に近付くことさえ容易ではないのだから。

 先頭は武器を持ち、腕の立つ集落の戦士達。間に女子供をはさんで周囲を同じように武装した狐人族達が囲む。このままで移動するようだ。

 カイルは重要な貢物を持っているということや、子供達と仲がいいこともあって中央あたりに配置されている。クロはまだ小さな子供達をその背に乗せて運んでいる。最初は怖がっていた子供達もクロの背から見る景色に夢中になり、今では上機嫌でまたがっている。


「じゃあ、みんな、行くぞっ!」

 先頭にいた一人が声をかけ、いよいよ出発となる。村から離れていくにつれ道がなくなり森が深くなっていく。昨日深い森の中で怖い思いをした子供達は皆どこか不安そうな顔をしていた。

 ランカもきゅっと口を引き結んで耐えてはいるが、カイルの手を握りしめながら歩いている。カイルは痛くないくらいに手を握り返すとランカを見た。

「大丈夫だ。周りに魔獣はいない。それに、テリトリーのルールや掟を破らず、通り過ぎるだけなら何の問題もないんだろ?」

 昨日首長から聞いた話だ。獣界はいたるところに獣人や魔獣のテリトリーが張られているため、移動する際に他のテリトリーを通ることも珍しくはない。

 だから、単に移動だけならテリトリーを他種族や他の魔獣が通ることくらいは黙認しているのだという。ただし、テリトリーを荒したり掟やルールを破るようなことをすればその限りではない。


「うん……。でも、どうしていないって分かるの?」

「ああ、魔法でな。俺はクロのおかげで五感もそれなりに鋭くはなってるけど、魔法を使えばそれ以上の範囲の探知も可能なんだ」

 五感で言えば彼らと同じくらいの範囲しか探知できないだろう。だが、魔法、さらに気功まで使えばかなりの広範囲をカバーできる。それが子供達の安心にもつながるならと、常に魔法は使い続けている。

「魔法……そんな魔法があるんだ」

「ああ、風の生活魔法の応用だけど。土でも似たような事はできるな」

「……妙な魔法の使い方をするものだ」

 周囲を警戒しながら歩く一人の男性が入ってくる。視線はこちらに向けないが、カイルもまた同じように索敵と探知をしてくれているならと会話には応じてくれるらしい。


「まぁな。ここと違って人界には魔物が出る。魔物にも似たようなことしてこっちの場所を探ってくるようなやつもいるからな。先に見つけた方が有利なのは間違いないだろ?」

「……そうか。なるほどな、聞いたことはある。魔物というのはやはり狂暴なのか?」

 聞いてきたのは男性だが、周囲にいた者達も興味はあるようで耳を傾けている。獣人の場合、人よりも耳や尻尾で感情や意思が伝わりやすい。

「そうだな。基本的に見つかったら襲ってくる。魔の者は人界では魔力の自然回復ができないんだ。だから自分以外の生き物を襲って糧を得て、魔力と生命力を補充し、進化していく。放っとくとどんどん増えるしな。その分、魔物以外の生き物がいなくなる。だから人界では魔物の討伐は義務みたいになってるんだ」


「…………仲良くは、なれないの?」

 クロの背中に乗った小さな子供が首を傾げる。それにカイルは少し困ったような顔をする。どう答えたらいいのだろうか。実際に魔物を見たことのない彼らには理解しがたいのかもしれない。

 時に敵対し、殺し合うこともあれど基本的に獣界の生き物達は皆共存の道を選択している。そんな彼らにとって、生来の敵、相いれない存在という者は理解しがたく受け入れがたいのだろう。

 カイルだって魔物のことを身をもって知るまでは、なぜ彼らを殺さなければならないのか理解できなかった。だが、厳しい自然の中で理解させられた。分かり合えない存在も、敵対するしかない者もいるのだということを。

「それは……難しい問題だな」


「どうして? クリアちゃんもクロちゃんも魔物何でしょう? 使い魔って仲良くならないとできないって聞いてるよ?」

 別の子が尋ねてくる。クロは子供達を乗せて運んでくれるし、クリアも子供達の相手をして楽しそうに震えている。確かにそれだけを見たならどんな魔物とも仲良くできると思えるのかもしれない。

「……みんなは、獣を狩って食べるよな」

「うん。お肉大好き」

「だよな。でも、食べることが出来なかったらどうなる?」

「お腹すいちゃう」

「死んじゃう?」


 口々に答えるが、実感はないのだろう。大切に育てられただろう彼らは飢えを知らない。自分を餌としてしか見ない眼を、喰われる痛みを知らない。

「そうだ、食べなきゃ死ぬ。そんな時に獣が目の前に現れて、食べずにいられるか? 仲よくしようなんて思えるか?」

「それは……」

「それに、獣って聞いてお前達すぐに肉って言ったけど、そいつらも肉になる前は生きてるって分かってるか?」

 カイルの言葉に子供達は誰も答えることができなかった。みんな下を向いて暗い顔をしている。今まで命をもらって生きているという自覚がなかったのかもしれない。


 カイルは空いた手で子供達の頭を撫でてやる。まだ彼らには少し早く、難しい話だったのかもしれない。

「生きるためには食べなきゃならない。食べるっていうことは他の命をもらうってことだ。みんな仲良くってのは難しい。それに、獣や魔獣と違って魔物っていうのはお前達みたいに奪った命に罪悪感を抱いたりしないし、もらった命に感謝したりもしない。魔物っていうのは俺達ほど複雑じゃない。もっと単純で、ある意味純粋な存在なんだ」

 子供達は顔を上げてカイルを見る。中には少し涙を浮かべている者もいたが、話はしっかりと聞いているようだ。強い子達だと思う。あるいはそれが獣人という種族の特徴なのだろうか。しっかりと命というものを受け止めようとしている。


「純粋……なの?」

 ランカもカイルを見上げてくる。物語にしか登場してこない魔物。それはいつだって悪役として描かれていた。クロやクリアを知ったことで、必ずしもそうではないのだと分かった。それでも、カイルの言葉が理解できない。

「そうだな。出会ったなら死ぬまで襲ってくるし、相手が自分より強かろうとお構いなしだ。ある程度高位の存在にならないと知性も理性も存在しない。本能だけで生きてる。クロはそんな魔の者の中でも最高位に位置するくらい強くて、その分理性も知性も高い。クリアは特殊個体で、ずいぶん進化したからかなり賢くなったし分別も付いたんだ」

 まあ、どちらも最初は襲われるに近い形で使い魔契約を結ぶことになったのだが。今では唯一無二の相棒と言えるだろう。クロの強さと温かさに、クリアの純粋さとひたむきさに、いつも救われている。


「我らとは根本から違う生き物、ということか」

「ま、ありていに言えばそうだ。死んでも死体も残らない。魔石と素材を残して消える」

 血の跡さえ残さず消えてしまう存在。瘴気から生み出され、瘴気へと還る命なのだ。だが、そのあたりは子供達には理解が難しかったのだろう。なぜ消えるのか疑問が尽きないようだ。

 カイルはその様子に苦笑すると、火属性の魔法を使って、今度は動物ではなく魔物を造形する。子供達は見たことのない生き物に、先ほどまでの暗さなど吹き飛んで喜んでいた。

「……人界とは、なかなかに厳しい場所のようだな。恐らくは獣界よりも」

 最初に話しかけてきた男性がそう締めくくる。確かにそうかもしれない。だが、だからこそあらゆる可能性が存在する世界でもあるのだ。




 森の中の移動は順調に進んだ。大きな荷物が一つもなかったことや、体力のない子供達をクロが運んだことによって時間も大幅に短縮できた。食事はカイルが必要なものだけを亜空間倉庫アイテムボックスから取り出して調理するし、夜間の不寝番も眠る必要のないクロやクリア、さらには異空間で睡眠をとったカイルが受け持ったりして、負担も軽減されていた。

 何より徒歩だけで移動したことで周囲の魔獣や獣を刺激することなくテリトリーを抜けられたことが大きいだろう。狐人族の集落を出発して五日目の朝には森を抜け、遠目にだが獣都ディンガロンの姿が見えた。

 あと半日も歩けば外壁にたどり着くだろう。そのため森を出たあたりの草原でいったん休憩となった。

 この頃になれば誰もカイルを疑ったりする者はいなくなっていた。請われるままに水と果物が入った袋を取り出して配る。


 子供達もそれぞれの家族の元に行って休憩をとっていた。カイルもクロやクリアの分の果物ももらって一緒に座って食べる。

 和やかな休憩時間を過ごしていたのだが、カイルは探知に引っかかった反応に体を起こして警戒態勢を取る。そんなカイルを見て護衛を務めていた男性達もそれぞれに武器を取って陣形を組む。カイルは彼らと戦えない者達の中間に位置どる。

 カイルは空間魔法を使って全員を囲うように結界を張る。戦えない人達はみんな不安そうな顔をして身を寄せ合っていた。

「なんだ?」

「……分からない。今まで感じたことのない反応だ。大きな気配とその前を走る複数の……、たぶんそっちは獣人だ。十……十八人、か?」

 カイルは探知で読み取った情報を伝える。大きな気配の方は人界でも獣界での移動中にも感じたことがない。かなりの巨体だと思われるがそれが森から出てくる。


 カイルが感じてから数分、みんなにもそれが分かったようだ。木がへし折れる音が響き、重苦しい足音が響いてくる。驚いて逃げ惑う動物達の狂乱の声と共に森から複数の影が飛び出してくる。耳や尻尾から判断するにネコ科の獣人だろうか。感じた通り十八人が全速力で逃げている。そして、こちらに気付いたのか進路を変更して向かってきた。

「た、頼むっ! 余力があるんなら手を貸してくれないか?」

 カイルはちらりと狐人族達の様子をうかがうが、彼らは弓をつがえたり剣を構えたまま応じる気はないようだった。

「何があろうと責任は自分達で取る。それがここに生きる獣人達の基本だろうっ! 俺達にまでお前達の面倒事に巻き込むなっ!!」

 たしかに平時ならともかく、明らかに脅威に追い立てられている彼らを助けるということは自分達もその脅威に敵対する行動となる。


 人界における魔物のような共通する敵の存在しない獣界において、こうした助け合いもまた一定の基準があるようだ。

 それを彼らも分かっているのか口をつぐみ、けれど青ざめた顔で後ろを振り返る。そして、それは森からその姿を現した。

 岩のようにごつごつした鱗。空を飛ぶための翼が退化した代わり、地を駆けるための前足が太く強靭になっている。頭からしっぽの先まで十五mはあるだろうか。見上げるほど大きな巨躯はそれだけで威圧感がある。

 鋭い牙の生えそろった口からは怒りの気炎を吐き、その眼は明らかに憤怒を宿している。あれが龍・あるいは竜種の怒りの眼。トーマ曰くブチ切れモードの眼だろう。


「アースドラゴン? ……地竜が、なぜこんな場所に?」

 構えていた弓を下ろし、震える声でカイルの前方にいた男性がつぶやく。そう、まさしくそれは地を駆る竜、アースドラゴンだった。

 まだ若い個体なのだろう。ドラゴンの中でもアースドラゴンは特に大きくなりやすく百m級も珍しくないというのだから。

 狐人族の精鋭達は呆然とした顔のまま、追われてきて隔たれた空間の外でしりもちをつく同朋達を見ていた。一体何をしてドラゴンを怒らせ追いかけられるようなことになったのかと。それでよく縁もゆかりもない他種族に助けを求められたものだと。


 カイルの横ではクロがいつでもとびかかれるように構えていたが、カイルの方は全くと言っていいほど戦いの備えをしていなかった。ただ、初めて見る竜に、ドラゴンに魅せられていた。

 ドラゴンの方も追いかけてきたのとは違う獣人達が固まっているのを見て止まっていた。誰もが緊迫感に包まれ動けないでいた。

 だからこそ、ふらりと動いたカイルが狐人族達の背後から消え、結界を通り抜けて座り込んでいる者達をも素通りしてドラゴンの前に行くことを誰も止めることができなかった。クロでさえ反応できなかったのは、カイルが空間扉ゲートの応用として編み出した『転移テレポート』を使ったから。

 転移テレポートは刹那の間に、瞬間的な移動ができる。ただし空間扉ゲートより移動範囲は短く、そして当人限定の瞬間移動法だった。


『なっ、カイルっ!』

 思わずクロが叫ぶのと、足元に現れたカイルにアースドラゴンが足を踏み下ろすのは同時だった。重苦しい地響きが響き、誰もが言葉を失う中、クロが飛び出そうとする。

 しかし、それより早く踏みしめていたアースドラゴンの足が持ち上がる。その光景に、カイルの強さを肌で感じていた狐人族達も声を失っていた。

 カイルはあの太いアースドラゴンの足を片手で持ち上げ、もう片方の手で服の埃を払っていたのだ。

「あー、痛ってー。馬鹿か、俺は。ドラゴン見て嬉しさのあまり突撃するとか……」

 ずっと憧れ、会いたいと思っていたドラゴン。それが目の前に現れ、つい突っ走ってしまった。そのせいで痛いやら重いやら。後でクロの説教も待っていそうだ。

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