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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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探索の旅路 前編

レイチェルサイド

「レイチェル、少しは落ち着いたらどうですの?」

 間もなく次の町が見えて来ようとしているのに、パーティのリーダーであるはずのレイチェル=キルディスは荒れに荒れていた。抑えきれない憤慨が端正な顔を歪めている。レイチェルはハーフエルフだ。腰まである金色の髪は後ろで一つにまとめられ、剣を振るのに邪魔にならないようにしている。緑の明るい瞳に、普通の人よりとがった耳をしている。

 細い体にはハーフプレートの鎧を着こみ、腰には立派な長剣を差している。全体的に白を基調とした服を着ている。年が明けてすぐ王からの呼び出しがあり旅に出てから半年が経とうとしていた。未だに目的であった”剣聖の息子”は発見できていない。そう、できていないのだ。

 剣聖の息子のことを思い出し、レイチェルの頬が紅潮する。期待からではない、一発殴るだけではすみそうもない激しい怒りからだ。


「……また沸騰した」

 レイチェルの様子を見て、一人の少女がつぶやく。彼女はハンナ=テレサ=ルディアーノ。ドルイドと呼ばれる種族の魔法使いだ。ドルイドはエルフやドワーフと違い、レスティアの人界に故郷を持つ種族の一つだ。主に森に住み、森や木の守護者とも称される。

 ハンナもドルイドの例にもれず、緑の髪と瞳を持っている。肩まである髪は軽くウェーブがかかっており猫毛だ。いつも森に溶け込めそうな暗めの緑の服を着て、黒いローブと魔女を示す鍔のついた三角帽子をかぶっている。小枝のような杖を腰のベルトに差し、体の大きさよりも大きい箒を背負っている。この箒で空を飛ぶこともできる。だが、今はみんなに合わせて地面を歩いていた。


「けどよぉ、無理ないと思うぜ? 俺も許せないしな」

 レイチェルに同調しているのはトーマ=グレヴィル。狼の獣人で、赤い短髪に焦げ茶色の瞳、小麦色に焼けた肌と筋肉質な体つきをしている。獣人は人と獣の特徴を併せ持つ種族だ。人型と獣型の二つの姿を持ち、自由に変化できる。ただ、人型になっても獣の特徴の一部は残る。トーマの頭には狼の耳があるし、背中には尻尾が揺れている。

 獣人は身体能力に優れており、併せ持つ獣の力を使いこなせる。基本的に魔力はあるが、補助に使うことが多い。トーマもその身体能力を生かした体術が得意で、そのためいつも動きやすくてラフな格好をしている。こうすると獣型になるのも簡単なのだ。


「真実、そのような愚物であれば鎖につないで引きずっていけばいいのですわ」

 丁寧な口調でありながら物騒なことを口にするのはアミル=トレンティン。ハイエルフであり、現エルフ王家の王の姪であり、王家の末の姫だ。白金の髪を膝近くまで伸ばし、明るい青の瞳を持っている。すらりとした肢体に、絶世の美女とうたわれるほどの美貌を誇る。

 暖色系のひらひらした服を着ていても、少しも足並みが乱れることはない。エルフよりも若干長い耳を持ち、見る者を圧倒させる気品を備えている。本来であればこのような場所にいる存在ではない。


「まずは真偽を確かめてからだろう」

 落ち着いた様子でなだめようとしているのはダリル=アドヴァン。一流の剣士といった出で立ちをしており、パッと見では冷たそうに見える。白い髪に赤い瞳をしており、整った容姿をしているが無表情でいることが多い。これで笑顔を見せれば年頃の少女に騒がれそうだが、本人にはその気は全くないらしい。

 この四人は皆レイチェルと同じくらいの年頃であり、『剣聖子息探索依頼』の密命をうけて旅をしていたパーティでもあった。最年長は一番小さく見えるハンナで十九歳、最年少はリーダーであるレイチェルで十七歳。アミルとトーマとダリルはそろって十八歳だ。


 依頼に際し、王が用意してくれた仲間はハンナとダリルの二人。ハンナはドルイド特有の高い魔力と努力によって身に付けた制御力、そして習得魔法の豊富さと巧みな使い方によって同世代の魔法使いの中で頭一つ分抜きんでていた。王都にある王立の魔法学校を卒業し魔法ギルドで研鑽を積んでいた。ランクはSSで二つ名は『緑魔』、容赦ない魔法の雨あられと容姿から緑の悪魔とも呼ばれている。

 魔法の技巧を試す大会で優勝したこともあり知名度は高い。年齢的な条件もあっていたため探索隊の一員としてスカウトされた。だが、魔法は攻撃に特化しており回復や補助は不得手だ。独特の空気を持っており、場を和ませたり凍らせたりする少々変わった人物だ。


 ダリルは今最も剣聖に近いのではないかとされている人物の弟子であり、養子でもある。その人物はかつての剣聖の弟子の一人で、剣聖亡きあとも世界中をめぐり人々の力になっている。現在剣聖候補筆頭はレイチェルだが、それは上位の力を持つ者達が辞退しているからであり実力的には彼らの方が上だ。ロイドを知る者は皆、自分では剣聖になれないことを悟っているようだった。

 ダリルもまたレイチェルに比肩しあるいは勝るのではないかというほどの使い手だが、剣聖候補を選定する大会や試合には出たことがない。ただ、剣聖を超えることを目標とし日々ひたすら修行に明け暮れていた。ハンターギルドではSSランクを持ち『氷の刃』の二つ名を持っている。


 トーマはレイチェルの幼馴染だった。六歳の頃からの友人だったが、トーマが十二歳の時魔物に襲われて両親を亡くし、父の友人だった武道の師範に引き取られて以降も付き合いがある。気心も知れており、おしゃべりでお調子者だが約束事は守る。実力も申し分なかったため、レイチェルが誘うと二つ返事で了承してくれた。ハンターギルドでの二つ名は『赤狼』、れっきとしたSSランカーだ。


 そして、アミルだが彼女は王家の方針であり習わしでもある修行の一環で、友好国である王国に預けられていた賓客だ。王族であるため世間知らずで慣れない環境に戸惑っていたが、世話役を任されたレイチェルと仲良くなり、少しずつ馴染んでいたところだ。

 そこでレイチェルが探索に出ると知り、半ば無理矢理同行の権利をもぎ取った。せっかく親しくなった友人と何か月も離れるなど考えられなかったのだ。王といえど、ハイエルフの姫の頼みをむげに断ることはできない。さらには、アミルはハイエルフの持つ高い魔力を用いて、守護・回復・補助に特化して魔法を修めていた。


 近距離を剣と拳のレイチェルとトーマ、中距離を剣と魔法の万能型であるダリル、遠距離を攻撃魔法特化のハンナと固めていたが、守りや補助、回復に関しては今一つ弱かったということもある。そこを埋める形で名乗りを上げたアミルを誰も止めることができなかったのだ。また、魔法ギルドではSSランク『聖女』の二つ名があったことも後押しした。

 かくして五人のパーティが出来上がり、剣聖の息子を保護するため辺境の村へと旅立ったというわけだ。


「あんなものが剣聖の息子であるなどと、わたしは認めない!」

 レイチェルを落ち着かせるため、いったん休憩を入れた面々だが未だ怒りが収まる様子はない。

 レイチェルは軍属の家系であるためか、口調も性格も男勝りなところがある。また、潔癖なところがあり、間違いは実力行使しても改めさせようとするところがある。そんなレイチェルがあのような醜聞を聞けばこうなるのは目に見えて明らかだ。

 何より、レイチェルは剣聖には並々ならぬ関心を寄せていた。常に目標とし、日々の修練を積んできたのだ。ハーフエルフであるレイチェルが剣を握るのには理由がある。通常、魔力を有する種族の血が入ればその子供達はほぼ魔力を持って生まれてくる。


 王国を支える騎士団団長であったレイチェルの父がエルフを妻として迎えた時は誰もがそれを歓迎した。魔力が、魔法が国を支える家に授けられたと喜んだ。当然、二人の子供には期待が集まっていた。しかし、第一子であり長女として生まれたレイチェルには魔力がかけらもなかった。人であった父の血が強く表れたのか、ハーフエルフとしての特徴は備えていても、肝心の魔力を授からなかったのだ。

 期待が高まっていた分、周囲の落胆は激しくそれはそのままレイチェルを苦しめる鎖になった。幼い時にはそのことでよく落ち込んでいたが、父の勧めもあり剣の道を見出してその才をいかんなく発揮していくことになる。


 剣聖を目指す多くの候補者がいる中、男性陣や年長者を押さえて剣聖筆頭まで上り詰めた。ハンターギルドでのランクはSS、二つ名は『白の舞姫』だ。そんなレイチェルだったが、期待していた選別の儀では聖剣を抜くことは叶わなかった。もしやと思われていただけに、また周囲の落胆は大きかった。

 そんな時に、この探索隊を任された。これには父や国王の配慮もあるのではないかとレイチェルは考えていた。周囲の詮無い目を避け、落ち着くまで王都を離れることができるようにと。最も、危険が迫っているということも事実なのだろうから急ぐに越したことはなかった。たまたま条件と時期が重なり、レイチェルが抜擢されたということだ。

 レイチェルはいらいらした時爪を噛む癖があり、今もそうしながら四か月ほど前のことを思い出していた。




「ここが辺境の村ポルヴィンか……」

 長閑というより辺鄙といった感じの村だった。申し訳程度の柵に囲まれ、家畜や畑が村のあちこちで見られる。このような場所に本当に剣聖の息子がいるのか。

「こういう場所だからこそ気付かれないということもありますわ」

 アミルは尊い立場にあるだけに、敵の目を欺く盲点になると判断した。レイチェルは考えていたことを言い当てられ、苦笑しながらアミルを見る。


「何せ首都から二か月だぜ? 辺境のど田舎だな」

 トーマは悪気もなく言い放つ。ここまで一同は騎獣と呼ばれる生き物に乗って移動してきた。騎獣にはいろいろな種類がいるが、カークという種が一般によく用いられている。カークは鳥の一種だが空は飛べず、地面を走ることに長けた進化をした鳥獣だ。太くて長い二本の脚は丈夫で、悪路であっても苦にせず駆け抜ける。

 飛べないが羽を広げれば滑空することくらいはできるため、少々の障害物や谷間であれば超えられる。また持久力があり、餌もそのあたりに生えている雑草で構わないため重宝されている。性格は従順で、フワフワした羽毛の生える背中に鞍をつけ、羽毛におおわれた長くて太めの首の先にある丈夫な嘴に轡や手綱を結んで騎乗する。

 馬ほどの速さは出ないが持久力があるため、長距離移動にはもってこいの騎獣だ。羽毛の色は個体差があり、その色の美しいものは王家に献上されたりもする。


「ここが剣聖の……」

 どこか感慨深げなのはダリルだ。あまり自身のことについて語ろうとはしないが、剣聖には複雑な感情を抱いているらしい。尊敬すると同時に嫌ってもいるような。

「虫が多そうね。いいとこ……」

 ハンナは何気に目を輝かせている。女の子なのに虫好きという変わった好みをしている。蝶々でも飛んでいれば喜んで追いかけていきそうだ。

「ひとまず村長に話を聞いてみるか。いきなり訪ねるのも失礼だろう」

 レイチェルはここまでの旅路で、剣聖の息子に思いをはせていた。どのような人物なのか、剣の実力は、器量は、などと想像を膨らませている。

「あまり期待しない方がいいですわよ。このような場所で育ったなら、一般市民と変わりありませんわ」

 アミルはレイチェルの出鼻をくじくようなことを言う。だが、確かに彼女が言っていることももっともだ。もしかしたら自分が剣聖の息子だなどと知らずに育っている可能性だってあるのだ。

「そうだな、期待するのと期待を押し付けるのは違う。どのような者であれ、生きていれば王都に連れ帰る。そこに違いはない」


「静かな場所だ。ここでなら喧騒を忘れて生きることができそうだ」

 ダリルは自身の波乱に満ちた過去を思い出し、少し苦々しい気持ちになる。そんな過去を背負うことになったのは誰のせいだと思っているのか。それなのに、その息子は親の願いを受けた王によって庇護され、不自由なく育った。

 国からの補助金を受けているというなら、さして苦労することもなく生活を送れていることだろう。ダリルが歯噛みしている時、ハンナはきょろきょろしながら歩いていた。またいつものように虫でも探しているのかと考えた面々は、ハンナが何か考え込んでいることに気付かなかった。


 ハンナは年長者であるというだけではなく、思慮深い一面も持つ。相手の逃げ道をふさぐように魔法を使いこなすには戦略や戦術にも長けていなければならない。そのハンナは、この村に来て様子を見てから言いようのない違和感のようなものを感じていた。

 ちぐはぐというか、歪というか。どこか歪んでいる、どこかがおかしい。そう感じざるを得なかった。だが、その考えがまとまらないうちに村長の家にたどり着いた。

 レイチェルが挨拶をし、その訪問に驚きつつも中へ招いてくれる。そしてレイチェル達を一室に待たせて、村長は茶を入れると部屋を出ていった。汗を大量にかいていたのは、いきなり王都からの使者がやってきたためか。


「なんか、落ち着かないよな。こういうの」

 レイチェルが厳かな雰囲気を出そうとしているのに、トーマがそれをぶち壊す。ジト目でトーマを見るが、ハンナも同意してくる。

「そう、合わない」

「確かに田舎に似合わぬ調度品の数々ですわね。ですがこの村は王国からの補助金を受け取っております。きちんと義務を果たしているのであれば、個人の自由ですわ」

 そう、案内された賓客を迎えるためであろう一室は、富豪の邸宅に劣らぬほどの調度品で固められていた。一般的な生活をしてきたトーマやダリル、ハンナには落ち着けない空間だ。生粋の姫であるアミルや王城によく出入りするレイチェルも少しばかり驚く。

 だが、統一され選び抜かれた配置と数により、上品だが快適な空間をもたらしてくれる王城などとは違い、ここはただ高価なものを無作為に並べているだけのように思える。そこがまた居心地の悪さを醸し出していた。


「補助金の給付も、我々が彼を引き取れば終わるだろう」

「そうですわね」

 剣聖の息子を守るという名目で支給されていたお金だ。当人がいなくなればこれ以上支給する必要もなくなる。

 ほどなくして村長が戻ってくる。もう一人村の顔役だという人物を連れてきた。お茶を配り、お互いに紹介をした後に本題に入る。極秘任務ではあるが、この村の人々は真実を知っている。ならば、隠す必要はない。

「先ほども言ったが、我々は剣聖の息子を探しに来た。これより先身柄は我々が預かり、王都にお連れすることになる。ご子息はご健勝か?」

「は、はぁ、あの……剣聖様の子供といやぁ……あの……なんでまた今頃?」

 顔役の男は緊張しているのか頭をかきながら聞いてくる。本来であれば王の使者であるレイチェル達にこのような口調など許されるものではないのだが、田舎の一村人にそこまで要求するのは無理がある。それに、レイチェルもそういったことを気にする質ではなかった。


「それはこちらの事情だ。知らぬがよろしかろう。それでご本人はおられるのか?」

「えっと……それは、そのぅ……」

「すみませんなぁ。この者の方が付き合いがあると連れてきたのですが。少々大きな声では言えない事情がありましてな。無作法は許していただきたい」

 はっきりせずに言いよどむ顔役にレイチェルが詰め寄るが、そこへ村長が割って入る。贅沢を凝らした調度品に見合うほど肥え太っているが、一応の礼儀は心得ているらしい。冷や汗をかきつつも、どうにか取り繕う。


「事情? どういうことだ?」

「それがですな、剣聖の息子様は今村にはおられないのです」

「何っ! どういうことだそれは!」

 もし村を出ていったというのであれば、それは国に報告すべきことではないのか。そもそも、剣聖の息子がいるから補助金が出ているのに、いないのでは不当に利益を得たことにもなる。レイチェルの中の正義が騒ぎ立てる。

「そ、それは……」

「言えないような事情でもあるのか? それとも、不当に国家の財産を搾取せしめたことに申し開きでもあると?」

 毅然としたレイチェルの態度に、冷や汗で顔中を濡らしていた村長だったが、がっくりと項垂れる。観念したかとほくそ笑むレイチェルだったが、村長の言葉にその笑みが凍り付いた。


「言えませんでした、とても。あのような恐ろしいことを……、それにもしかすると戻ってくるかもしれないと思い、そのまま。申し訳ありませんっ!」

 村長はいきなりレイチェル達に頭を下げた。レイチェルは訳が分からず目を白黒させている。顔役も村長に続いて慌てて頭を下げた。

「恐ろしいことだと? 村を離れたことと関係があるのか?」

 何か不穏な気配を感じ、レイチェルの眉間にしわが寄る。どうやら探索は一筋縄ではいかなくなったようだ。仲間達も互いに顔を見合わせて、それから村長に注目した。

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