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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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剣聖子息探索依頼

レイチェルサイド

 レスティアを構成する一領域であり、基盤ともなっている人界。一つの大きな大陸と小さな島々があり、大小さまざまな国が存在している。中でも広大な領土を持つ国が五つあり、五大国と称されていた。

 周囲の小さな国々はそれぞれの大国と同盟を結び、その意に添うことを確約しており、実質的に世界を動かしているのは五大国と言える。


 かつては戦争を繰り返していた国々だったが、数百年前に人界の未来を危ぶんだ五大国の代表が、五大国同盟を結んで今の形に落ち着き、それ以降は戦いもなくなった。それぞれの国の特色を生かした交易も盛んになり、各々国力を強めている。


 十二年前に起こった大戦においては、五大国同盟の有用性を今一度実感することになった。戦いだけではなく、その後の復興においても各国の協力があったからこそ急速に進めることができた。今ではその爪痕はほとんど残っていない。


 五大国の一つ、南のセンスティ王国。その王都にある城の一室から、眼下に広がる街並みを見ながらレイチェルは目を閉じる。

 思い起こすのは十二年前。戦火は王都にまで及び、一時城下が火の海に包まれた。まだ幼かったレイチェルも母や弟妹と共に逃げまどっていた。恐怖ももちろんあった。慣れ親しんだ場所が壊され、顔見知りの人々が物言わぬ死体となって転がる。体の震えが止まらなかった。恐怖と、そして怒りからくる激しい感情の高ぶりによって。

 絶対に許せないと、許さないと幼心に誓った。もっと強くなって自分自身の手で捕まえて罰を与えようと、その罪を償わせてやろうと。


 だが、そんなレイチェルの決意は意外な形で終わりを迎える。大戦の終結とともに知らされた、敵対勢力の実質的な壊滅。英雄となった一人の命と引き換えにして。

 悔しがるレイチェルに父が言った一言が、レイチェルをここまで導いてくれた。壊れた街も前より立派になって復活した。幸いと言っていいのか、レイチェルの周囲では大戦による犠牲者がいなかった。家族や友人達、その家族も皆無事に済んでいた。


 あれから十二年たち、レイチェルももう幼い子供ではなくなった。成人にはまだ三年ほど早いが、立場的にも役職的にも精神的にも大人と変わらないと胸を張って言える。

 レイチェルは閉じていた目を開く。常人よりは鋭い聴覚が、近づいてくる足音を聞きつけたためだ。体の向きを変えると同時にノックの音がした。


「はい」

「レイチェル様、執務室にて王がお待ちです。ご案内いたします」

 レイチェルの返事で入ってきたメイドが、頭を下げながら要件を告げてくる。事務的な口調だが、これはいつものことなので気にしない。

「分かりました。お願いします」


 レイチェルも応じる。執務室の場所は知っているが、勝手に行けるほど気安くも親しいわけでもない。呼び出しておいて長く待たされたことに関しても、相手が王であれば文句は言えない。多忙な中、あえて時間を割いてもらったのだから。

 さらに謁見の間ではなく、実務を行う執務室に呼ばれたのも緊張感を高めている。王にとってのプライベートルームでもある部屋に招かれるということは、信頼の表れであるとともに、公にはできない内密の話をするということでもあるからだ。


 確かにレイチェルは若くして王の信頼を得るに足る実力者であるとはいえ、顔を合わせたことも話をしたことも数えるほどしかない。そんなレイチェルに王が一体何の用があるというのか。

 父から呼び出しの話を聞いた時から浮かんでいる疑問だが、答えが出ないままメイドに続いて執務室に入る。


 初めて入った部屋のため、失礼にならない程度に室内を見渡す。父による特訓で半ば癖になってしまった動作だ。要人を、そして自身を守るため周囲の状況と場所、間取りを把握しておくのだ。

 中は広すぎず、また窮屈さも感じさせない広さで、目を引くのは正面にあるひときわ大きな執務机だ。整頓されてはいるが、多くの書類が広げられている。あの一枚一枚に国にとっての重要案件が載っているのだろう。


 しかし、その机の主は席にはおらず、休憩や来客用のテーブルソファに座っていた。一番奥の一人掛けのソファに王が、その両隣の五人掛けのソファには宰相や主だった大臣が席についている。誰もが見たことのある顔だが、知っているのは名前と役職程度。個人的には話したこともない。また、レイチェルのことを異例の若手ということであまりいい顔をしなかった者もいる。


 レイチェルは知らずに体に力が入る。これ程の重鎮を集めて、レイチェルに何をさせようというのか。少し前ならその理由にも見当がつくのだが、今となってはそれ関連とも思えない。

 レイチェルが無言で一団に近づくと、王の正面に座っていた人物が立ちあがり振り返った。気心の知れた相手に、レイチェルの心に少し余裕が生まれる。固まっていた表情を動かして騎士の礼を取る。


「お呼び出しに応じ参りました。レイチェル=キルディスです。陛下におかれましては……」

「ああ、いいよ。ここではそういった堅苦しいのはね。君にはぜひお願いしたいことがあってね、座ってくれるかな」

「はっ、はい! 失礼します」

 レイチェルはかしこまった挨拶をしようとしたが、王本人によって止められてしまう。そして、向かい合う形でソファに腰かけた。隣にいるのは軍属についている父だ。


「まずは先の大会で剣聖筆頭になったお祝いを言わせてもらうよ。ただ、残念だったね。聖剣は沈黙したままだったとか……」

「は、まだまだ未熟だということかと思います。ですがいずれ認められるよう精進してまいります」

「うん、そうだね。それで、君を呼んだ理由だが……君は当然先の剣聖について知っているね?」

「はい、もちろんです。剣聖ロイド=アンデルセン。聖剣デュランダルに選ばれ、人界大戦を勝利に導いた方です。残念ながら大戦で命を落とされましたが、その生き方には尊敬と感謝の念を抱かずにはいられません」


 王を前にして固まっていたレイチェルだが、剣聖について語る時には目がキラキラと輝いていた。剣を志す者にとって、剣聖とは憧れであり目指すべき頂点だ。先の大会でレイチェルはその座に一番近い場所まで上り詰めたが、残念なことに選別の儀に置いて聖剣に主として選ばれることはなかった。


「そう。彼の死を最後に聖剣は沈黙を保っている。何度も選別の儀が行われ、数多の強者が聖剣を握ったが応えることはなく、鞘からも抜けない」

 聖剣とは意思を持つ剣といわれている。自らふさわしい主を見極め、その者以外には抜くことも使うこともできないと。そして、聖剣に主と認められた者が正式に剣聖を名乗ることが許される。たった一人にしか与えられない名誉ある称号なのだ。


「十二年間、剣聖は不在だ。それでも平和になった世界ではあえて急いで後継者を見つけることはしてこなかった。けれど、最近の情勢不安は知っているだろう?」

「はい、あちこちでならず者が跳梁跋扈したり、魔物が増えたり、治安が悪化していると聞き及んでおります」

「そう。王都ではまだそういったことは少ないけれど、それでも不安は広がっている。民の安寧のためにも、剣聖という希望が必要になってきている」


 平和な世界では、ある意味戦いの象徴でもある剣聖の存在は必要とされない。だが、世が乱れ人心に不安が広がっている中では希望ともなる。だからこそ最近は頻繁に剣聖候補選出や、選別の儀が盛んにおこなわれていた。しかし、いまだに結果は出ていない。


「しかし、こればかりは……」

「そうだね。聖剣に文句をつけるわけにもいかない。ところで、だけど。その剣聖に息子がいたという話は聞いたことがあるかい?」

「息子……ですか? いいえ、全く」

「だろうね。剣聖自身の希望で家族については伏せられていたから。だけどね、彼にはたった一人だけ子供がいるんだ。息子、だと聞き及んでいる。今は十六歳になっているかな」

 王は少しだけ懐かしむような顔をした。王相手であっても気安く、それでいて友と呼べる間柄だった人物。彼が死んだと実感した時でさえ、誰よりも信じられなかったのは王だった。だが、彼の遺品を確認してその死を認めざるを得なくなった。


 だが、彼と生前に交わした約束だけは今も守り続けていた。剣聖として有名になることで、その家族までもが巻き込まれることを嫌ったロイドは、家族の居場所や存在について極力伏せるように依頼していた。それが守られるならば、剣聖として王国の力になると。


「一つ年下ですね……。それで、まさか、その息子を?」

 たとえその子供が何の力も持っていなかったとしても、剣聖の息子というだけで何かしら利用価値はあるのかもしれない。だが、今までそっとしてきたのに、いきなり権謀術数渦巻く政治の場に連れ出すのはどうなのだろうか。


「ああ、いや。彼の存在を使ってどうこうしようという気は……わたし自身にはないよ。ロイドとの約束でもある。家族は静かに暮らさせてほしいというね。だから、生活費の援助はしてきたけれど、直接会ったことはないんだ」

 王自身には、ということは周りの重鎮達、もしくはこの国以外のものや組織にはそういった動きがあるのかもしれない。不安定になる情勢の中、かつての剣聖の息子を祀り上げようとする動きが。


「それでね、どうやら十二年前に大戦を起こした勢力がその彼を……剣聖の息子を狙っているらしいという話を耳にしたんだ。わたしとしても平和に暮らしているだろう彼の生活を脅かしたいとは思わない。だが、放っておけばその組織に捕まり、ひどい目に合うかもしれない。友人の息子の危機を知っていて、みすみす見過ごすことなんてできない。だから、保護をしようかという話になってね。あちら側の狙いが何か分かるまで、目の届く場所にいてくれた方が守りやすいから」


 レイチェルは十二年前に壊滅したはずの組織が、いまだに活動を続けていたことに歯噛みする。そして、英雄の息子を使って何がしかを起こそうとしているというのか。それは、許されることではない。


「わたしに、その息子の保護を?」

「ああ、大々的に軍を動かしてしまうと敵方にも気づかれてしまう恐れがある。それに、彼にとっても年の近い君のような人が迎えに来た方がいいだろうと思ってね。実力的にも君なら問題ないだろうし。ああ、でも君一人というわけではないよ。君の仲間として何人かリストアップしている。その他にも君が信頼できると思った人を連れていって構わない」


 さすがにレイチェルも一人でできることは限られている。仲間がいるなら心強い。そう長い旅にはならないだろうが、移動手段が騎馬か騎獣である以上ある程度まとまった期間拘束されることになる。

「はい、承ります。仲間集めと準備と含めまして、三日後には出立できるかと思います」

「旅費は全てこちらで持つよ。とはいえ、あまり贅沢はしないようにね。保護したら連絡が欲しい。それから王都へ連れて帰ってくるまでが依頼になるけれど、いいかな?」


 王からされたお願いは、全て勅命と変わりない。レイチェルはかしこまって承諾の意を伝えた。

「彼がいるだろう場所は、王国の辺境の村ポルヴィンだ。そこにロイドの家があったはずだ。月々の仕送りもそこへ送っている。成人はしていないから、まだきっとそこにいるはずだよ」

「かしこまりました。キルディス家の名において、必ず保護し無事に連れ帰って見せます」

 レイチェルは今一度騎士の礼を持って答え、いまだに見ぬ剣聖の息子に思いをはせていた。

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