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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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託された願い

 そして、リプリーの正体を知っていてなおも愛し、ナンシーが生まれたのだとすれば相応の覚悟はあったのだと思われる。それなくして共にいる選択など、家族を作る選択などなかっただろうから。 ナンシーがもう少し大きかったら伝えられていたかもしれない。だが、その前にリプリーが凶行に走ってしまった。

「母親っていうのは子供が思っている以上に強いってことだよ。リプリーかナンシー、いつか愛する人の手で殺されるかもしれない。そのことを覚悟しないで、一緒にいられると思うか?」

『っ! ……それは……』

 考えてみたこともなかったのか、ナンシーは言いよどむ。ナンシーの記憶の中の母親はいつだって優しく笑っていた。いつだって温かく抱きしめてくれた。けれど、時折ほんの少し寂しそうな顔をする時があった。

 それは楽しく温かい日常のふとした瞬間に、刹那の間現れるもの。ナンシーが視線を向けるとすぐに消えてしまっていたもの。


「子供を産むのも命がけ、子育てだって全身全霊を傾ける。だから、例え殺されたのだとしても、恨んじゃいないさ。生きろって、生きて幸せになれって願うんじゃないか?」

 それはカイルが母親から託された願いでもある。カイルの母親もまた、自分の命を懸けてカイルを生んでくれた。命を縮めると分かっていて、産んだら死んでしまうだろうことも分かっていて。それでもカイルをこの世界に誕生させてくれたのだ。

 寂しさはある、悔しさもある。何より罪悪感だってある。父に申し訳なくて、ジェーンに恨まれているのではないかとも考えて。

 でも、きっと母親の願いは変わらない。だからこそ、ロイドはカイルの誕生を祝福してくれた。母親の分まで慈しんでくれて大事にしてくれた。だからこそ、ジェーンは生きるすべを教えてくれた。厳しくも温かく、見守り支えてくれた。


 顔も声も魔法具なくして覚えていない母親。けれど、確かに彼女の愛があったからこそ今の自分がある。それを誇りに思う。だからこそ、与えられたこの命を大事にしたいと思えるのだ。

「大切な人を手にかけたナンシーの気持ちを本当に理解することは出来ないと思う。でも、だからこそナンシーは死んじゃいけないと思った。死んで冥界に行って、母親に会うことになったらきっと彼女は悲しむ。自分のせいで、娘に死を選択させてしまったって」

 カイルの言葉が予想外だったのか、ナンシーは驚きの表情を浮かべて顔を上げる。それまでの無表情が嘘のように表情が変化するようになっていた。

「復讐は何も生まないとか、復讐する以外に道はなかったとか、よく聞くよな。でも、俺はそうじゃないと思う。復讐は新たな恨みと悲しみを生む。探せば復讐以外に道だってきっと見つかる。そうだろ? 復讐はやる側の一方的な思いだ。そのきっかけになった人の思いや願い何て考えてない」


 ナンシーの母親は復讐が、ナンシーの悲願がかなっても叶わなくてもきっと悲しんだだろう。悲願が叶えば母親だけではなく父親までをも手にかけてしまったことを。叶わなければ、自分のせいで死を選択させてしまったことを。何より、幸せや生きる喜びを知らないままに死んでしまったことを何よりも悔やむはずだ。

「俺は死んだ両親に恥じない、誇れる生き方をしたい。託された思いや願いを背負って生きていきたい。だから、ナンシーにも生きてほしかった。自分で自分が許せなくても、生きていくことが罰のように思えても、それでも生きていれば楽しいことや嬉しいことだって見つけられるはずだから」

 死んでしまえば苦しみや悲しみからは解放されるのかもしれない。冥界で愛する人と再会できるのかもしれない。しかし、胸を張って会いに行けるだろうか。顔を上げて真っ直ぐ相手を見ることが出来るだろうか。


 精一杯生きていれば、突然死んだとしても納得はできなくても恥じることはない。でもそうじゃないなら、きっと両親に顔向けができない。そう思ったから必死に生きてきた。

 死んでいった人達の思いがあったから、醜くても生き足掻いた。そうすることでしか彼らに報いる方法が思い浮かばなかったから。そうする以外に彼らに対してできることがなかったから。

「……今まで恨みの念だけで生きてきて、今更変えられないっていうなら俺を恨んで生きればいい。俺はナンシーの父親を殺したんだから」

 再び考え込み、ただじっと父親を見つめるナンシーに提案する。それにはナンシーだけではなくリプリー、さらには背後にいた魔王やクロも驚いているようだった。

「俺がここに来たのは魔王様からの依頼があったからだ。でも、俺がリプリーを殺したのは俺個人の問題だ。俺の夢のため、これ以上リプリーに人界に手出しされるわけにはいかなかった」

『ゆ、め?』


 もうリプリーはほとんど頭だけになっていた。それでも最後の力を振り絞る様に声を出す。それこそがナンシーに出来る最初で最後の父親としての役割だと感じて。

「ああ、あんたみたいなやつによって、ナンシーのような理不尽にさらされることのない世界。誰もが当たり前の幸せを得ることが出来る世界を作ることだ」

『く、く。ま、るで……夢、物語、だ。……だが、そこなら、アメリアも……わた、しも…………一緒に』

「ああ。人界はありとあらゆる命が生きる可能性の世界だ。そこに魔の者が含まれないなんてわけがない。魔の者は生まれ変わらないっていうけど、魔の者だってその魂を冥界に還すことができる。俺はその力を冥王様から授かった。記憶は残らないだろうし、何に生まれ変わるかも分からない。でも、それでもいいならあんたの魔石を冥界に還す」


 ただ魔人化した者を元に戻すだけではない。亡者を魂の源に還元するだけではない。きっとこんな使い方だってあるはずだ。一世一代だけの、生まれ変わることもない魔の者。けれども確かに魂はある。その証として魔石が残る。

 ならば冥界に還れないはずがない。生まれ変われないはずがない。また愛する人と巡り合えるかどうかは分からない。記憶さえ残らないだろう。それでも、可能性はゼロではない。

『……そう、か。……くく、く。やはり、貴様……は、面白い。ナンシー、……我が子よ、父は…………先に逝く。だが、お前は……まだ、来るな』

『っ!! でも、でもわたしはっ!』

『二人の……時間を、邪魔、する……な。いつも、言って……いたはず、だ』

 リプリーの言葉に、ナンシーは幼い頃の記憶がよみがえる。父と母が話している時、その間に入ればいつも怒られていた。憎々し気ににらまれていた。

 だが、今のリプリーの眼にその憤怒と憎悪の色はない。見たことのない、けれどずっと望んでいた父の、眼だ。


『……わた、しを、殺した……のだ。責任は、持て。娘を……ああ、残念だ。……これから、混沌となる、人界を……この眼で、見れない……とは』

 リプリーの頭にも徐々にひび割れのような亀裂が入っていく。ほどなくして完全に崩壊するだろう。それを見て、ナンシーの眼からとめどなく涙があふれてくる。

『……と、ま……お父様。わたし、わたしは……』

『生きろ……生きて、わたしとアメリアの血を残せ!』

 その有様からは信じられないほどの声で言い残すと、リプリーは完全に崩壊して灰になった。その灰もすぐにさらさらと流れていく。後には漆黒の魔石が残される。

 ナンシーはその魔石を手に取り、抱きしめるとただ泣き続けた。これまでたまっていた分、泣けなかった分を取り戻すように。凍り付いた心を溶かすように。




 カイルは崩壊した瓦礫の一つに腰かけて小さくため息をつく。足元にはクロがいて、肩の上にはクリアがのっかっている。

<主様? どうしたの? 疲れたの?>

 顔の横でプルプルと震えているクリア。最近では知能も高くなってきていて、魔王によるとそろそろ下位の妖魔くらいには進化するだろうということだった。

 人で言えば十歳くらいの精神年齢だろうか。素直だが、元がスライムということもあってか感情を推し量るということは難しいようだ。

 あれから泣きじゃくるナンシーをおいて後処理に移った。と言っても、この屋敷でカイルがすることはほとんどなかったと言っていい。


 それはそうだろう、魔界の顔でもある魔王その人が動いたのだ。結界を破壊した瞬間、四天王とその配下が我先にと飛び込みそれぞれの役割を果たしていく。

 残された使用人の保護及び捕縛は荒事専門のディルクとルアース率いる魔王軍。そんな彼らに資料や機材などを破壊されないように回収するのがリリスとダミアンの部隊だ。

 本来ならリプリーの始末は魔王がするはずだった。カイルは本当に足止めと時間稼ぎに終始すればよかったのだ。だが、実際にはカイルがそれを行ってしまったため、魔王はやることがなくなった。

 その八つ当たりなのか何なのか、あっちへこっちへと散らばっていたリプリーの側近や協力者の確保に駆り出された。終わってみれば魔王はさっさと城に戻っているし、四天王の戦闘の余波で半壊だった屋敷は全壊している。

 かろうじて原型が残るエントランスにはぽつりとナンシーが残されていたという始末。どうやら彼女のことは責任をもってカイルが処理するようにということらしい。


 いまだ身動きしない彼女に、どう声をかけたものかと思案していたのだ。だが、その心配はいらなったようだ。カイルの気配を感じたのか、ナンシーが立ち上がる。うつむいたまま胸に魔石を抱いて近づいてくる。

「……ナンシー」

『……あなたは、あなたを恨めと言いました』

「ああ、そうだな。その覚悟は持って戦ったよ」

 死んだ方がましだという者であっても、死んで当然だとは思わない。どんな悪人だろうと、殺したならばそれに伴う咎は生じる。

 家族がいるかもしれないし、その人を大切に思う者や愛する者がいるかもしれない。そうした人から恨まれることは覚悟している。命を狙われるかもしれないことも。

 簡単に殺されるつもりはないし、抵抗もする。だが、周りを巻き込まない限り撃退はしても殺すつもりはない。


 その方が残酷な仕打ちなのかもしれない。一思いに殺したほうが相手のためなのかもしれない。それでも、それがカイルの信念だから。例えその時は復讐しか考えられなかったのだとしても、生きていれば心身共に変化していく。

 いつか別の道を見つけて、いつか共に歩む人を見つけられるかもしれない。そうあってほしいと願うし、そう思えるようになってほしいから。

 それでも立ち直れず、自他の死以外でしか決着がつけられないというなら、その時には相応の対処をするという覚悟を持って。

『……わたしは、あなたを恨んだりはしません。代わりに、忘れもしません。あなたはわたしを救ってくれました、あなたは母親の敵を討ってくれました。そして、あなたは父を殺しました。そのことを、生きている限り忘れることはありません』


 ナンシーの言葉は嬉しくも痛いものだった。人は忘れることが出来るからこそ救いがある。忘れてしまうからこそ罪を重ねる。

 だが、ナンシーは忘れないのだという。恩も感謝も罪も。恨んで復讐したりはしない、けれど忘れずに生きていく。そう決断した。それは、彼女にとっても辛い生き方だろう。罪を背負って、それさえ忘れることなく生きるのだから。

 恩があるから命を粗末にしたりしない。感謝があるから前を向いて生きていける。そして罪を知っているから、同じ罪を重ねたりしない。重ねさせない。

「そうか……。それで、その魔石はどうするか決めたのか?」

 ナンシーが今も胸に抱くリプリーの遺した魔石。吸血鬼は生前の生命力の高さゆえか、あるいは不定形ともいえるあり方ゆえか、死んでも残るのは魔石位のものだ。


 いうなれば魔石そのものが遺品ともいえる。だが、それがあったのではリプリーは冥界に還ることは出来ない。約束したわけではない。だが、託されたのだからできることなら叶えたいと思う。

『父は傲慢な人でした。母の愛を独占して、娘のわたしにさえ嫉妬するような。けれど、それでも母に対する愛は本物でした。だから、お願いします。父を母の元へ送ってあげてください』

 ナンシーの表情は相変わらずの無表情だったが、その目だけは強い光を宿していた。もう感情を凍らせたりはしない。思いを閉じ込めたりはしない。そんな決意が込められていた。

「分かった。責任もって送らせてもらう。……代わり、っていうにはふさわしくないかもしれないけど、これ……」

 カイルが取り出したのはリプリーから奪った紅い石の首飾りだ。ナンシーの母親、アメリアの血でできた石。


『……これは、そう、ですか。戦いで失われたものとばかり思っていましたが……』

 ナンシーは魔石を渡した手でそっと紅い石を手に取る。そこにはもう温もりなどなく、魂だって宿ってはいない。だが、母と父の思いは残されているような気がした。冷たいはずなのに、握りこむと温かさを感じる。

 リプリーもよくこれを触っていた。それは愛する人の温もりを求めていたからなのかもしれない。

『ありがとう、ございます』

「あー、こっちこそ、色々世話になったから。……これから、どうするんだ?」

 ナンシーには色々な選択肢がある。人と魔の間に生まれた半魔。それだけに、どちらの世界にも完全になじめない。逆に言えば、どちらの世界においても居場所が作れる。その気になれば魔界でも人界でも生きていけるのだ。


「行く場所がないんだったら……」

『いいえ。わたしは、あなたと一緒にはいきません。いえ、行けません』

 提案する前から断られ、目線で理由を尋ねる。ナンシーが決めたのであれば反対はしないし、無理に誘ったりもしない。だが、理由位は聞いておきたい。それによってはその後の対応も変わってくるのだから。

『わたしは、今まで父に囚われていました。けれど、同時に父に守られ依存していたのです』

 寄る辺をなくしてしまったナンシーだったが、リプリーは支配者であると同時に絶対的な庇護者でもあった。リプリーがいる限り、ナンシーは居場所に迷うことも、そこにいるために努力することもなかった。


『そこにいるのが当たり前で、だからこそそれを失った今、どれだけ自分が不安定な場所に立っていたのか理解できました』

 それまで罪悪感と復讐心に囚われて見えていなかった、自分が立っている場所。それが、リプリーを失うことで、罪と妄執から解き放たれることで霧が晴れるように見えてきたのだ。

 そして、愕然とした。自分がいかに危ういところに立っていたのかということに。また、カイルを見て考えた。自分の居場所をつかむために何が必要なのかということを。

『このまま、あなたについて行けば楽なのでしょう。あなたはわたしを差別しません。あなたはわたしが生きていける場所を作ってくれるでしょう。あなたはわたしにたくさんのものを見せてくれるのでしょう。ですが、それでは今までと何も変わりません』

 今までと同じ、ただ与えられるだけのものを享受するだけの生き方。本当の意味で自由になった今、それはきっと間違いではなくても正解ではない。


「そうかも、しれないな」

 カイルはナンシーにいろんなものを見てほしいと思った。色んな事を知ってほしいと願った。だが、それは自分自身で見つけなければならないのだろう。自分のペースで、自分のやり方で。ナンシーにはそのための自由と時間とがある。カイルのように周囲の状況が許さないわけではない。ならば焦る必要はないのかもしれない。

『わたしは、まだ自分の足で立っているのがやっとです。進むべき方向も分かりません。何をしたいのかも……。そんなわたしは、まだあなたの隣に立って一緒に歩いていく資格はありません』

「資格、ねぇ」

『はい。このままあなたの側にいれば、わたしはあなたに依存し、甘え、成長できないでしょう。あなたの夢の邪魔をしてしまうかもしれません。だから、せめてわたしが一人前になって、自分というものをしっかり持てた時、その時にはこちらから会いに行きます』


 それがナンシーなりの感謝の示し方。それが今のナンシーに出来る精一杯。共に歩めないのであれば、邪魔することだけはしてはならない。それが辛く悲しいことであったとしても、自分のせいで苦しめたり悲しませたり、死なせたりしたくない。

「……そう、か。ナンシーの考えは分かった。俺も、その方がナンシーのためになると思うから。でも、心配するくらいのことは許してくれよ? 友達、なんだからな。友達になるのには資格なんて必要ないだろ?」

『友達……ですか。友、こんなわたしを、友だと思ってくれるんですね』

「あー、俺も家族に注意されたんだけどな、自分を『こんな』とか『なんか』っていうのはよせって。それは自分だけじゃない、家族や友人になった奴らもけなすことになるってな。ってことで、それ禁句な。次に会う時にはお互い胸張って自分を誇れるように、約束だ」

『フフッ、ええ、約束しましょう。会えてよかったと思えるようになってみせます』

 崩壊した屋敷の中で、似つかわしくないほどの穏やかな笑い声が響いていた。

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