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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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決着

 魔法は使えなくても、魔力を使うことは出来る。カイルは黒い魔力を纏った剣で、リプリーの爪を打ち払っていく。魔力で強化した剣であってもリプリーの闇の刃に傷をつけることが出来ない。高速で動き、立ち位置を入れ替えながら互いに刃を振るっていく。

 それでもやはり剣一本では、両腕と魔法を使うリプリーに手数で打ち負け、徐々に傷が増えていく。致命的なものは最優先で回避するか受け流すか打ち破るかしているので、継続戦闘は可能だ。それでも積み重なっていく小さな傷が痛みを訴えかけてくる。直ぐに傷を癒してもすぐにまた傷ができるため、あまり治った気がしないのも疲労を蓄積させてくれる。

 逆にリプリーはカイルが流す血を見て興奮を覚えたのか、より動きが素早くなり力強くなっていく。匂いだけでも吸血鬼にとっては起爆剤になるのかもしれない。


 外から響く音はだんだんと大きくなり、結界だけではなく屋敷そのものがきしむような音がしている。結界が解ければ中も無事では済まないかもしれない。

 それでも、気にする暇がないほどに集中しなければさばききることが出来ない。これが魔界においても名をとどろかせる異名持ちの最高位の魔人の実力。

 戦慄を覚えると同時に、ふつふつと湧き上がってくる感情がある。負けたくない、負けられないという思い。今の自分の力がどこまで通用するのか、どうすれば倒せるのかという、挑戦的な思い。

 このまま粘り続けて魔王達が来るのを待つのが最も勝率の高い方法なのだろう。けれど、出来ることなら自分自身の手で決着を付けたかった。なまじ関わりがあり、本心の一端に触れ、彼の抱く思いが理解できるからこそ、自分の手で終わらせたかった。


 恋に狂い、愛に惑い、道を間違えてしまった男を。何度目かリプリーの爪を受け止めた後、カイルは影の制御に回していた魔法制御を解いた。

 リプリーは不思議そうな表情をしつつも、これ幸いとばかりに影を操ろうとする。影は一瞬持ち上がったが、すぐさま元のように平坦になりカイルの足元にたたずむように微動だにしない。

 驚いたリプリーの隙をつくように翼を打ち払い、消滅の魔力を乗せた羽を飛ばす。すぐさま飛びのいたリプリーだったがすべてを躱すことはできず、手足に穴が開く。だが、血は流れず、黒い霧が傷口の周囲を漂っている。

『……何をした? 急に影がわたしの制御を受け付けなくなった』

「魔法以外にも使える力があってな」


 カイルは不敵に笑って見せるが、これは実のところ諸刃の剣だ。それまで自身の中に生まれてしまった魔石を守護していた聖剣の力。それを一時的に自身の影を守ることに使ったのだ。その分最大の弱点ともいえる魔石が無防備になる。

 それでも、全ての力を傾けるくらいでなければ対抗できない。魔法を封じられたままでは勝てない。そう判断してのことだ。

 リプリーは最初こそ驚きが強かったようだが、すぐに持ち直す。これくらいのことで驚いているようでは長く魔界に異名を轟かすことなどできなかったのだろう。

『傷を作れば血を操ってやろうとも思っていたが、すぐに傷が治るうえ、貴様、血属性まで持っているのか? 全く、人とは思えぬほどの属性を数多く持ち合わせているようだな』

「クロの、俺の使い魔のおかげだよ」


 そう、相手が血を流せば血属性を使って体内の血を操作することもできる。それができなかったのはひとえにカイルが傷を負ってもその傷口から体内の血を操られることを避けるためこまめに治していたためだ。

 聖剣の癒しの力に加え、魔眼のおかげで継続的、瞬間的な治癒が可能になっている。さらに魔法を使う余裕ができたことで、失った血の分補充をしたのにも気づいたのだろう。苦々しい顔をしている。

 普通ならどれだけ拮抗した戦いをしていようとも体力や気力、魔力、何より出血により戦闘継続不能となり得る。

 魔の者が人に比べて戦闘に特化していると言えるのはそうした点でより優れているからだと言えるだろう。


 人より優れた身体能力もさることながら、眠る必要もなく疲労も貯まらない肉体。人界では自然回復はしなくても糧を得ることで魔力の補充だけではなく進化できるほどの力を得られる。さらには人が持っていないような数多くの属性による攻撃。

 血属性もほとんど持っている人はいないと言えるような属性だ。生きるために必要不可欠な血、それを魔力で補うことが出来る。さらには傷さえあれば相手の血さえも操って見せる。それがどれほどのアドバンテージになるか。

 だが、カイルに対してはそのどれもが通用しない。最も得意な土俵である影属性はなぜか封じられ、血を操ろうにも魔界の者は持っていない治癒の力を持っている。その上で失った血でさえも補充できるのだ。


『先ほどの魔法、あれは属性その物を混ぜ合わせたのか?』

 普通の傷であればすぐさま回復する。吸血鬼、それも最高位と呼ばれるほどの古き血を持つ一族が恐れられるのはその戦闘能力よりもむしろその不死身性にある。

 魔界においては光属性を持つ者はおらず、それゆえに回復魔法なども存在していない。そんな中にあって吸血鬼の再生能力は群を抜いて高い。

 下位の吸血鬼であれば背中に翼をはやしたり、変身するにしても蝙蝠一体というところだが、リプリーほどになると違う。

 肉体を瘴気そのものに変換できるため物理攻撃などほぼ無効、魔法攻撃であってもほとんどダメージにならない。さらに体に穴が開こうが切り裂かれようが、その部分が黒い霞となってすぐに再生する。

 それなのに、今攻撃を受けた部分は文字通り消滅してしまっている。それは、魔石と瘴気がある限り不滅とも言えるリプリーにとって、人界に下りて魔力が切れかけた時以来の危機感を抱かせた。


「混成属性魔法ってところだな。何せ魔界じゃ普通に魔法を使うのに闇属性をベースにしなきゃならない。その上光属性の魔法が使えないってんだからな」

 カイルは自身の周囲に灰色のボールを無数に浮かべる。先ほどまでの戦いでリプリーに普通の攻撃が通じないことが分かった。魔力を乗せた剣できれば多少ダメージがあるようだし、再生も若干遅くなるのだが誤差の範囲だ。

 二重存在ドッペルゲンガーの魔人とはまた違った意味で不死性が高い。喰属性が恐らく最も相性がいいだろうが、あれは直接触る必要がある。非常に便利で、魔界に来てから頼ることの多い喰属性だが、強力な分制約も多い。

 喰属性だけは武器に乗せたり、他の攻撃魔法のように飛ばすことが出来ない。ならば再生できないように消してしまえばいい。どれだけ再生能力が高かったとしても限度はある。無から有を生み出せない以上限界はあるのだ。


 混成属性は通常よりも多くの魔力を使うが、その点においては魔王からもお墨付きをもらっている総魔力量で補う。この屋敷に来る前日には、どうにか三日で魔界樹の魔力補充ができるほどになっていたのだから。

 縦横無尽に飛び交う消滅の球をよけながら再びぶつかり合うが、今度はこちらが押す。闇の爪で切り裂こうにも先に爪が消滅し、相殺するためにはより多くの魔力を使わなければならない。その上でカイルの攻めには変わりがないのだ。

 それでも決定打には至らない、もっと早く、もっと鋭く。気功を最大限発動すると、使えない無属性の強化の代わりに雷を身にまとう。

 神経そのものが加速され、筋肉がきしむような音を立てる。ひときわ大きなバチンという音と共に、カイルの姿が掻き消える。踏みぬいた床は大きくへこみ、焦げている。


 一瞬カイルの姿を見失ったリプリーは背筋を駆けあがる悪寒に従って胸の前で闇の爪をクロスさせるようにして構える。その直後、金属同士がぶつかり合う音がして、リプリーの体は後方に大きく吹き飛ばされ、壁に叩き付けられると瓦礫に埋もれる。

 それまでリプリーがいた場所に現れたカイルは、姿勢を低くし、すぐに飛びかかれる態勢をとりながらリプリーが埋まった瓦礫を見つめる。

 完全に見失っていたはずだった。それでも防がれ決められなかった。それが分かった瞬間、消滅球カオスボールを集中砲火した。瓦礫に埋もれる直前、胸に大穴が開いているのは見えたが、魔石に当たったかどうかは分からない。

 何より、リプリーの魔力が消えていない。瓦礫の山がピクリと動くと同時に、カイルに向かって何かが飛びかかってくる。


 剣で闇の爪を受け止めたが、先ほどまでの力強さがない。かなり消耗しているらしい、息も荒く、胸に空いた穴も完全に塞がってはいない。

『驚いたな、雷にはそんな使い方もあるか……』

 苦し気な声音でリプリーが呻く。自分が持つ属性に関しては何百年となく研鑽をつんできた。だが、それ以外の属性の特性について熟知しているわけではなかった。特に光属性のない魔界において、雷属性は最速にして強力な攻撃力を持つ属性であっても、それを肉体の強化に使うなどという発想はなかった。

 元々の肉体が強靭であるがゆえに魔法とはあくまで飛び道具、相対する相手を攻撃するためだけの方向で研鑽されてきた。

 リプリーの使い方であっても魔の者達の間では異例と言えるだろう。一度でも人界に渡り、魔力補給もままならないような環境で過ごした経験があるからこそ魔法を補助や妨害的な使い方ができるようになったのだ。


 カイルだってなぜ雷を纏うことで神経や肉体の動きが加速されるのかはっきり理屈として分かっているわけではない。だが、試行錯誤を繰り返した末に発見したことだ。人界にいた時にも使ったことはあったが、あちらは無属性で強化されたうえで補助的に使っていたにすぎない。

 雷だけでどれだけの強化ができるのか、そしてどこまでその強化を体が受け入れることが出来るのか。何度も自分自身の魔力で自分自身を傷つけながら練習してきたのだ。

 魔法は基本的に使用した者には効果が及ばない。だが、魔力暴走や魔法制御の失敗の例があるように自分自身の魔力や魔法が自分を傷つけないわけではない。

 無属性魔法であれば属性の後付けがない分、失敗したとしても自分に返ってくる影響は小さい。だが、そこに属性を乗せると違ってくる。属性の特性が魔力に追加され、制御を誤ればそれが術者にダイレクトに返ってくるのだ。


 そして、制御されない魔力や魔法は術者だけではない、周囲さえも巻き込んでしまう。カイルがギルドに入った後魔法を習得しても不用意に使わなかったのはそのあたりに要因がある。

 生活魔法だけでも実感できていたように、魔法はそれまでの生活を一変させかねないほどの利便性を秘めている。だが、負うリスクもまた大きくなる。

 通常、生活魔法には攻撃性が一切ないと言われていた。それは生活魔法を発動させるために使用する魔力が小さいことや実際の効果が微弱だったから。

 しかし、その生活魔法を応用することができたカイルはやり方次第では生活魔法であっても命を奪うことが出来ると知った。そのため、第二階級以上の魔法の使用には余計に慎重になったのだ。

 魔力操作と魔法制御を徹底して鍛えたのもそのためだ。それがあれば魔法を制御・応用できるだけではない、意に沿わない魔法行使を、魔力の暴走を防ぐためにも。


 呼吸をするように、手足を動かすように魔法を使えてようやく納得できる。いつしか、そんな強迫観念にも似た決意を持って魔法を修練するようになっていた。

 それは、無慈悲に自分達に向けられる魔法を見知っていたからか、あるいは魔力暴走で自他共に傷ついた仲間を見たからか。どちらであっても、脳裏にこびりついた悲痛な叫びは消えることはない。

 例えクロやクリア、四天王や魔王がその余波に巻き込まれても怪我を負わないとしても、自分で制御できない力を使うことは許せなかった。

 アミルやハンナと言った魔法での指導者を得たおかげで、当時のカイルの魔力操作や魔法制御能力でも早々問題を起こすことはないと保証してもらったおかげで少しは安心して魔法を使うことが出来るようになったのだ。


 だが、突然異郷の地に放り込まれ、それまで使えていた魔法も思うように使えない。おまけに周囲は敵だらけ。

 そうした環境で必死になって今日まで磨きぬいてきた。肉体と魔法が拮抗し最高の状態を保ち続けることのできる加減を身に付けたのだ。

 そして、それは確実に実を結んだ。出会った当初確実にあっただろう実力の差は、今では勝敗が分からない程度にまで詰めることが出来た。後はきっかけだ。何か一つでもいい、リプリーの意表を突くことができれば、そうすれば渾身の一撃を叩き込むことが出来るだろう。

 いくら不死性に優れた吸血鬼であろうと、再生ができない状況で肉体の大部分を失ってしまえばどうなるだろうか。核となる魔石を破壊できなかったとしても行動不能にはできるはずだ。

 その後、あの魔人にやったように直接触れて喰属性を使えば勝てるだろう。偶然発見した混成属性魔法がここまで強力な武器となるなんて、何が功を奏するか分からない。あるいは闇と相反する光属性ゆえに、今まで一度として受けたことのない攻撃だったのかもしれない。誰だって相反する属性同士を混ぜ合わせようなどと考えないだろうから。


 至近距離でにらみ合うカイルとリプリーだったが、何度目か分からない振動が屋敷中に響き渡ると同時に、何か薄い氷かガラスが割れるような音が響き渡った。

 リプリーの苦虫をかみつぶしたような顔を見なくても分かる。それが、この屋敷を覆っていた結界が破壊された音であると。同時に、これ以上ないチャンスでもあった。

 結界が破壊される余波だったのか、あるいは予想以上に強固な結界ゆえに力加減を間違えたのか。結界が破壊されると同時に正面の玄関を始め壁ごとごっそりとはじけ飛ぶ。

 降りかかる瓦礫は二人にとって致命傷には至らない、だがこの緊迫した戦いにおいては致命的な妨害に他ならなかった。

 瓦礫に気を取られれば相手の攻撃を許し、相手ばかりに集中すれば瓦礫が当たって僅かであろうと隙が生まれる。故に選択しなければならなかった。


 そんな突発的な事態における対処が、二人の命運を分けた。カイルから目を離さず、それでいて翼と影を使って瓦礫を打ち払うリプリー。反して、カイルは何もしなかった。少なくともはた目には何をしているのか分からなかっただろう。

 だが、カイルにぶつかるはずだった瓦礫は、全てが不自然に向きを変えてリプリーへと殺到した。かつてレナード相手にも使った技。あの時は無数の武器を利用したが、今度は飛び交う瓦礫の全てを相手に向ける。

 そしてリプリーからの視線が途切れた一瞬で間合いに踏み込む。遅れて届いた建物が破砕された轟音が踏み込みの際に発生した雷のほとばしりをかき消す。

 そして、カイルはこの一刀に今持てるすべての力を乗せて振り切った。自分が差し向けた瓦礫もその奥にいるリプリーをも切り裂く必殺の斬撃。消滅の力を持つ魔法よりもさらに強く、そして強力な破壊の力を叩き込む。


 その斬撃はリプリーの右肩から左腰へと抜け、驚いた様な表情を浮かべたまま、ドシャリと分断された上半身が落ちる。そして残された下半身は灰のように白くなって崩れ落ちるとさらさらと消えていく。

 残された上半身も再生する様子は見えない。どうやらうまくいったようだ。今回使ったのは聖剣の破壊の力。これはある意味消滅よりも質が悪いものだ。

 消滅であればその部位だけに影響する。たとえ回復魔法を応用して全身にかけたとしても、リプリーほどの再生能力があれば大ダメージを与えることはできても再生できただろう。だが、破壊の力は違う。

 文字通り、再生能力そのものを破壊した。この力が前の魔人との戦いでも使えていればよかった。そうすればもっと簡単に決着が付けられていたかもしれない。だが、この力を思うように扱えるようになったのはつい最近の事。だんだんとハードになる魔王達との訓練に耐え抜くために必要だった。


 例え本来の力を発揮できずとも、こうして直接叩き込めば効果はある。いや、魔王相手には雀の涙ほどの効果も見受けられなかったのだが、あれは特殊な例だろう。不老不死というくらいだし。

 奪ったのは再生能力だけではない。魔石から全身を廻る魔力回路も破壊した。人であればショック死してもおかしくないほどの衝撃があったはずだ。だが、強靭な肉体を持つリプリーはそれでもまだ意識を保っている。

 さすがにもう魔法は使えないし、起き上がることさえできないだろう。それを確認して、初めてカイルは深く息をついた。

 長いようで、けれどおそらくは十五分にも満たないような戦いに決着がついた。

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