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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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魔の者の愛のカタチ

 妙なところで親子の共通点を見つけてしまったが、当人達は気付いていないのだろう。むしろ、リプリーは自分自身がナンシーの母親についてどう思っていたのか理解していないように思える。それがリプリーが口にした疑問ということなのだろうか。

 恐怖に泡立つ心を抑えるように別のことを考えていたカイルだったが、落ち着いたところでリプリーを見る。リプリーは自分の手を見つめながら何か考えているようだった。

 だが、カイルの視線に気が付くと再び余裕の笑みを見せる。どれほど使用人や眷属がいようとも並び立つ者がいない孤高の存在ゆえだろうか。分からないことがあってもみだりにそれを他者に尋ねるということはしないらしい。


『貴様はわたしの研究に興味があるのか? それとも、先ほど言っていたように強くなるためにわたしのことを探りに来たか?』

「両方、と言ったところかな。自分が仕えてる主人が何やってるのか知りたいっていうのもあるし、それを知ったら強くなれるかなとも思ってる」

 そしてあわよくば証拠を手に入れたいところだがそこまでは言う必要がない。実際にリプリーは研究者としても一流のようだし、服に使われている技術もできることなら学べたらとも考えている。

『ククク、見た目よりも貪欲なようだ。だが貴様はなぜそこまで性急に力を求める? 我ら魔の者の時は長い。ゆるりとやることもできように』

「……やらなきゃならないこと、やりたいことがあるからかな。それに、俺を鍛えてくれた人達に対抗しようと思ったらどうしても急速に力を付ける必要があったし。今回の使用人の件だって修行の一環みたいなもんだしな」


 カイルの言葉にリプリーは少し目を見開く。まさかそんな理由で使用人に応募したとは思わなかったようだ。紹介されたとは言ったがその詳細までは話していなかった。

 魔都に住む者でも実力者になればリプリーの表向きの実力だけではなく裏の顔も知っている。そこへあえて突っ込ませたと聞いて面喰っているのかもしれない。カイルだって明確な理由がなければこんな危険な仕事など引き受けなかっただろう。

『なるほど……。一度貴様を世話したという者にも会ってみたいものだな』

「近いうちに会うかもな。基本放任主義だけど、連絡は定期的によこせって言われてるから。最初に言われた通りこの屋敷で見聞きしたことに関しては他言しない。でも、近況を知らせるくらいは構わないだろ?」


 リプリーは少し考え込む。カイルが屋敷の外と連絡を取り合うリスクと、興味を持ったらしいカイルの保護者との邂逅というメリット。それらを天秤にかけて選択しているのだろう。

『いいだろう。ただし手紙を出す前に内容をチェックさせる。それは構わないな?』

「ああ。届けるのは空間属性を使うから。なんなら目の前でやっても構わない」

 空間扉ゲートを使えば一瞬で送れる。元々連絡係はクロにやってもらうつもりだった。手紙をみられようとも一向に構わない。むしろそれでこちらに対する警戒を解いてもらえれば御の字だろう。

『よかろう。その者は魔都にいるのか?』

「あー、基本はそうだけど気まぐれだからなぁ。指定された場所に送ると専属の配達人が届けてくれることになってる」


 魔王城には直接送ることが出来ない。魔王城の中でも自由に移動ができるのはリリスくらいのものだ。だからこそあらかじめカイルが書状を送る場所や連絡方法についても打ち合わせを行っていた。

 高確率で手紙は検分されることが予想されていたため、配達の仕事を請け負っている者にひとまず届ける。そこから状況に応じてあちこちに振り分けられることになっている。たとえその手紙を追跡しても魔王城とはつながらないようにしているのだ。

 そして、本当に重要な連絡や証拠などはクロが確保して伝達する。あるいはリリスの能力を利用して相互の連絡を取る予定だった。

 リリスの能力ならたとえリプリーであろうと気付かれることなくこちらに連絡をよこすことが出来る。また時間さえ決めておけばカイルの周囲にあるものであればリリスの元に届けられる。例えクロが動けないような状況であっても連絡を取る方法はあるのだ。


『ふん。よほどの変わり者と見える。わたしのところに預けるとはな。わたしのことを知らなかったわけではあるまい?』

「前情報ならそれなりに。でも、実際に会ってみないことには分からないこともあるだろ? それに無理難題を言ってくるのはいつものことだからな」

 カイルの返事にリプリーは珍しく張り付いたような笑みではなく純粋な驚きを含んだ笑みを見せる。

『なるほど。師弟揃って変わり者ということか。ますます興味が湧いてきた。ここへ来たなら、何かすぐにでも知りたいことがあるのだな?』

「ああ。この服とかもそうだな。どうやって作ってるか興味がある。ナンシーにも聞いてみたけどよく分からないみたいだったし」


 全く興味がないふりをすれば嘘になるしここに来る理由もなくなってしまう。ならば実益と任務を兼ねて学ぶ立場になってしまえばいい。向こうが研究に協力しろと言ってきている手前これくらいの交換条件なら飲んでくれるだろう。

 そういった打算も含めての言葉だったが、リプリーはますます面白そうな笑みを浮かべるばかりだった。

『本当にお前は、あれに似ている。未知の技術や力を見ても恐れるのではなく知りたがる。あわよくば身に付けようとまでする。なぜだ?』

 首を傾げるリプリーは本気で分からないようだった。案外大きな力を持っているがゆえに、それを持たない者の気持ちが理解できないのだろう。カイルだって今ではできることが大幅に増えたが少し前まではそうではなかった。


 日々を生きるのにも必死で、未知であろうと構わず貪欲にそこから抜け出す道を探していた。そして、それは人ならば誰もが持つであろう本能ともいえる。より良い物を求めることも、そのための技術を貪欲に吸収しようとすることも。

 個で完結し、子孫を残そうともそれぞれの道を歩む魔の者には理解しがたい行動原理なのだろう。

「そんなの、いつもあなたが言っている理由と同じだ。使えるから、使えたら便利だと思うからだ」

『使える? 便利だから?』

「技術ってそういうものだろ? それがあれば便利で、それがあればより良い物が作り出せる。どう使うかはその人次第だけど、自分がいいと思った技術なら学びたい、身に付けたいと思う。間違ってるか?」


 リプリーは虚を突かれたような顔をする。なんだか最初に会った時とはずいぶん印象が変わってきた。表情が豊かになったというか、ずいぶんと魔の者らしくない、喜怒哀楽が見えてきたというのだろうか。

 あるいはこれが本当のリプリーの姿なのだろうか。かつて人との交わりの中で育まれ、けれど魔の者の本能によって崩れ去った幸せだっただろう日々の中で生まれた心。

 忘れたふりをしても、気付かないふりをしても、決して拭い去ることができず未だ残り続ける心の欠片。ナンシーの母親によってリプリーに植え付けられた愛。彼が未だにあの紅い石を手放せないのがその証拠だろう。


『……魔の者の中にそういう考え方をする者はほとんどいない。誰もかれもが己の力によってのみことを為そうとする。そして事実、魔界という世界はそれさえあればたいていのことが叶う場所だ。わたしはこの魔都においてもそれを実現したいと思っている』

 思いがけずリプリーが本音をこぼす。カイルは驚きつつもそれを表には出さないようにする。リプリーがあえて魔都のルールの裏をついて色々やっているのはそのためなのだろう。

 ある意味では間違っていて、ある意味では正しいだろう。今の魔都は魔王という強大な存在によって支配されている。そしてその様はリプリーからすれば牙を抜かれ、爪を折られて生きるに等しく思えるのかもしれない。

 ならば魔都から出て生きればいいと思うのだが、それもまた魔都で生まれ育った高貴な血筋ゆえの矜持が邪魔をするのだろう。魔都の中においても魔界における基本理念弱肉強食が実現されてしかるべきだと。


 それを規制する魔王こそが魔界の理を歪める存在であると思っているのかもしれない。

「ん、それはそうなんだろうけどな。でも強さっていうのは何も力だけじゃないだろう?」

『どういうことだ?』

「スライムって強いと思うか?」

『いや。増殖力と能力は秀逸だが、魔界においても最下級の存在だな』

 リプリーの答えに対してはカイルも同意する。魔都に来るまでの間にも数多くの魔物達と戦ってきた。その中でもスライムとの戦闘は苦戦したという記憶がない。攻撃パターンも単調で逃げるという知能さえもまともに機能していない生き物だ。

 それでもカイルは知っている。異端とはいえそのスライムが短期間でどれほどの進化をして見せたのか。それがどれだけ頼りになる存在になっているのかということを。


「だろうな。俺もそう思う。じゃあ聞くけど、この魔都であなたが腑抜けていると思うやつとスライム、同じ環境に放り込んだらどっちが長く生きると思う?」

 答えは簡単なはずだ。最下級の魔物と惰性的とはいえ魔都に住めるほどの存在。考えるまでもなく答えが出るはずだ。それなのにリプリーは考え込んだまま言葉を発しない。そしてカイルの意図が分かったのか、どこか挑戦的な笑みを浮かべる。

『なるほど。強さは格のみに在らず、単純な存在であるがゆえの強みもあるということか』

「同じ種でも個によってその強さも、生き方も考え方も違う。それを同じ場所に納めようとすれば必ずルールが必要になる。その集団をまとめ上げる強大な力を持つトップとそれを守らせる配下ってやつが。そういう意味でなら、俺は今の魔都も間違ってないと思うけどな」


 リプリーの意見に真っ向から対立する形になったが、実際にリプリーに会いさらにナンシーと知り合った今、当初の計画通りただリプリーを排除するのではなく改心させることができれば。そうすればただ排除するよりもデリウスに大きなダメージを与えることも可能かもしれない。

 そう考えての言葉だったが、突如としてリプリーが笑い出す。密閉された地下空間においてその声はあちこちで反響し、底冷えのする寒気を感じさせた。

『ククク、なるほど。そうした部分はまだまだ子供と見える。それとも貴様を育てた者が甘いのか? 人ならばそれでよかろう。だが、ここは魔界、そして魔都は魔の者が集まる町だ。どこよりも、誰よりも魔界の在り方を凝縮させた場所であらねばならない。貴様の話は興味深い、だが価値はない。少なくともわたしにとってはな』


 その言葉に落胆が浮かぶと同時に、どこかで納得してしまう。この程度の言葉で変わるならば彼は今ここにはいないだろう。ナンシーはあれほどに悲痛な顔を浮かべることはなかったはずだ。そして、数多くの人の命が失われることも。

 これはリプリーのためではない、カイル自身のために必要な通過儀礼でもあったのだ。最後の覚悟を決めるための。例えそれによってナンシーがどれほど心を痛めることがあったとしても。あるいは自身の手でそれがなせずに絶望することがあったとしても。

 カイル自身のため、そしてカイルが成し遂げたいと願う夢のために、リプリーは倒さねばならない敵であると。明確に自身の中に刻むために。戦いになった時、その手が鈍ることがないように。その剣が最後の最後で止まってしまうことがないように。


『興味があるのであれば、技術は学ばせてやろう。時間が開いたなら好きにしろ、分からないならば質問をしにこい。もちろんわたしの研究にも付き合ってもらうが、それ以外なら自由にして構わない。ただし……これから先、わたしの言葉に対して意見することは許さない。分かるな?』

「……分かりました」

 これが最後通牒だろう。カイルの言葉は聞いても、決してカイルの意見を受け入れる気はない。すでにリプリーの中で意思は決まってしまっているのだ。恐らくはナンシーの母親を手にかけ、魔界に戻ってきたその時から。

 リプリーは決して振り返ることはない。できない道を歩んできている。自らが自分の愛する者を手放したからこそ、リプリーはナンシーを娘として扱うことはないのだろう。恐らく自分自身でも意識しない喪失感が、ナンシーを拒絶させている。


 リプリーは一度カイルを凝視した後影の中に溶けるようにして姿を消した。何もしていなくてもそこにいるだけで発せられていたプレッシャーがなくなり、カイルは小さくため息をつく。

 緊張でこわばっていた体をほぐすようにして何度か深呼吸を繰り返す。そう長くはない問答だったが寿命が縮むような思いだった。ともすれば戦闘になっていたもおかしくはなかったかもしれない。

 でも、その価値はあったと言えるだろう。カイルの中で未だに定まっていなかった意思が固まった。最初にリプリーを見た時には倒さなければならない敵だと認識した。

 その後ナンシーと話をして迷いが生まれた。憎みながらも父を慕う娘の姿を見たから。でも、こうして面と向かって会話してその迷いは晴れた。リプリーは倒すべき敵であると。どれほど言葉を尽そうと相いれることはないだろう。

 彼が魔の者の本能に従った時点で、すでに道は分かれていた。らしいと言えばらしい、魔の者の愛のカタチ。彼の胸の前に揺れる紅い石の材料となっただろうナンシーの母親。彼女を殺した、娘に殺させた時点でこの対立は避けられない道だった。


<カイル、無理はするな。急がずとも言い、今だけでも十分な成果であろう>

<主様、大丈夫?>

 リプリーと話して冷えていた心が使い魔達の声で熱を取り戻していく。一人ではないことの何と心強いことだろうか。そして、リプリーはそれを知らない。

 一人ではないことの心地よさと、一人であることの寂しさを知って、それを認めることが出来ずにすべてを破壊してうやむやにしてしまった彼には一生分からない。愛する者に対して示す愛のカタチを間違えてしまったリプリーには理解できない。

<大丈夫だ。俺がやるべきこと、やらなければならないことが再確認できた。そのために動けるときに動く。そして、俺がこの手でリプリーを殺す。ナンシーには、悪いけどな>


 少なくとも今の彼女ではリプリーに触れることさえできない。カイルだってできるかどうか分からないのだ。それでもやらなければならない、それでも乗り越えなければならない。それこそがカイルが魔界でやれる最後の大仕事なのだろうから。

 その結果彼女に恨まれることになろうとも、それが彼女が生きる理由になればいい。恨みだろうと怒りだろうと、強い思いがあれば生きていける。今のように死んだような眼で生きることはなくなる。やることをやったら生きる理由を見失って死を選ぶことはなくなるだろう。

 その後魔界で生きるか、あるいは人界で生きるか。それを決めるのは彼女自身だ、そのための手助けができればいい。少なくとも、リプリーを倒すまでは。


 カイルは少し乱れた襟元を整えると、薄暗い地下道を奥に向けて歩を進めていく。未だ先の見えない闇の奥。そこにリプリーを破滅させ、同時にデリウスにも大打撃を与えられるだろう証を探すために。

 同時に彼の持つ技術を知り、学び、身に付けて己の力にするために。どんな技術も使い方、使う人次第でその在り方を大きく変える。彼の持つ技術さえも自らの血肉にしてみせる。それがいつか自分自身を、そして自分が守りたいと思った者達を守るための力になると信じて。

 まっすぐ前を見るカイルには、闇の中に足を踏み入れることへの恐怖もためらいもなかった。そこにはただ強い意志のみがあった。

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