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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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退屈と孤独

 おかしなところがないか鏡で確認し終わると、掃除に取り掛かる。片付けるほど物がないのでとりあえず部屋を綺麗にすればいいだろう。

 こういう時光属性が使えないのは不便だ。使えれば一発で綺麗になるというのに。実のところどうにか使えないものかと試してみたことがある。回復はともかく、生活魔法だけでも使えたら便利だと思って。

 その結果、闇と光の魔力は混ぜたら駄目だということが分かった。改めて他の属性でも試してみないことには分からないが、反属性の魔力を混ぜた場合、そのどちらとも違う効果が表れてしまうようだ。


 光と闇を混ぜた結果、浄化クリーンと同じように魔物の素材の汚れを取ろうとして、素材ごと消滅させてしまった。

 正直、自分でも何が起きたのか分からなかった。普段はどの属性の魔法を使っても黒くなるのに、その時は灰色だった。そして触れたそばから跡形もなく消えてしまった。

 何もなくなってしまった場所を見つめたまましばし放心してしまった。ただでさえ闇属性に光を乗せることが難しかったというのに、これはあんまりだろうと。

 検証のため出会った魔物に回復ヒールをかけてみた。回復するはずの光が触れた部分からごっそりと消えた。ならばと快癒キュアをかけてみる。体の内部が消滅したのか血を吐いて倒れた。


 下手な攻撃魔法よりよほど凶悪な魔法が出来上がってしまった。魔力操作と魔法制御の精度がかなり求められるため、誰にでも使えるわけではないのだろうが空恐ろしくなった。

 人族の中で光と闇属性を持ち合わせる者は少ないが、基本属性や基本上位属性でも似たような効果が出るのであれば注意が必要だろう。カイルもなるべく使用を控えることにした。

 もっとも、魔王や四天王相手にはガンガン使っているのだがそれでもまだ勝利はつかめていない。

 カイルは部屋の中央に立つと集中する。繊細な魔法制御はお手の物だがこういう使い方をするのは久しぶりだ。


 カイルを中心にして微風が巻き起こる。それが部屋全体に広がると床や家具の上などに積もっていた埃を巻き上げ引き寄せて集める。

 カイルの前には小さな球体が渦巻き埃を余さず吸い込んでいく。部屋中から埃を集めると圧縮して消滅させる。それから薄い水の膜を広げていって拭き掃除も完了させる。

 ベッドなどは基本的に眠るためというより、体を休めるためだけにあるので掛け布団などはなくマットレスとシーツのみ。少し湿っぽくなったので風で乾燥させて終了だ。


 生活魔法程度とはいえ、これだけの魔法を使っても動きがないということは、ナンシーが言ったように魔法を使うことはさほど問題にならないらしい。

 あまり早く終わりすぎても不信感を持たれる可能性がある。ナンシーに報告しに行くのはもう少し後の方がいいだろう。

 カイルは自らの影に潜ると同時に影人形シャドウゴーレムを作り出して部屋に置いておく。

 この入れ替わりもそうとう練習した。会話もさせられるので、慣れた者でなければ見破ることは出来ないだろう。


 中に入るとクロとクリアが待っていた。少し心配そうな顔をしていた。カイルは大丈夫だというように笑ってこれからのことについて打ち合わせをする。

「とりあえず潜入はできた。側付きのメイドに習うことになるから、必要な情報に近付くチャンスは大きくなったと思う」

『その分危険も増えるであろう。我はクリアと違って表には出られぬしな』

 クロが悔しそうに言う。カイルの影の中にいる分には存在を感知されないだろうが、さすがに外に出てしまえばすぐにばれてしまうだろう。また、そうなればカイルの正体に関しても必然的に露見してしまうことになる。


<ぼくは壁や天井に張り付いていればいいのかなー?>

 クリアがプルプル体を震わせる。それにカイルは少し考えて結論を出す。

「まずは分身体で様子を見ようと思う。クリアも強くなったけど、たぶんあの吸血鬼相手には分が悪い。移動できなくても情報だけでも集められたら動きやすいからな。もしもがあったとしてもクリア本体さえ無事ならまた分身体を生み出せるし」

 クリアが進化してきたことで得たスライム特有の固有能力。それが分裂だ。通常であれば分裂した存在は別個の個体となり操作することも、親となった者の能力を受け継ぐこともできない。

 だが、そこでクリアの能力が役に立った。同調と同化によって分裂した個体を自分の手足のように操ることが出来たのだ。また、その分裂した個体もクリアと同じように同調と同化の能力を有する。

 魔力と水さえあればいくらでも増える兵隊ができたようなものだ。また、その分身体が見聞きしたことはクリアも知ることが出来る。まさに情報収集にうってつけと言える。


『そうだな。クリアの分身体を必要そうな場所にそれぞれ配置しておけば向こうの動きも読みやすいか。あやつは魔の者にしては狡猾そうだが、それだけに自分自身がそれを仕掛けられるとは思わぬだろう』

 そう、総じて魔の者は人のような裏工作をするということがほとんどない。だからこそクロも人界に来て苦労したのだから。

 リプリーは魔の者にしてはかなり油断ならない部類になるがその分隙があるともいえる。自分自身が策略を巡らせ他者を欺く質がであるがゆえに、自分自身がそうされるとは微塵も思っていない。そこに付け込む隙があるだろう。


 それよりも問題なのがあのメイドだ。リプリーとどのような関係で、どのような経緯で魔界に来たのかそれを突き止めれば味方に出来るかもしれない。

 なんとなくの想像は付くのだが、実際に聞いてみないことにはどうにもならない。それに、まず間違いなくリプリーからの支配を受けているだろう。あの男の性格で、自分の眷属にしていない者を身近に置くとは思えない。

 問題はその支配を解く方法だ。ある意味使い魔契約にも似て非なるもの。使い魔契約はあくまで双方の合意の元行われる。主従契約であったとしても、少なくとも片方だけの意志で一方的に結ばれるということはない。


 だが、吸血鬼に血を吸われるということはその意思がなかったとしても一方的に縛られるということだ。逆らうこともできず、主となった者に服従する以外に道がない。

 代わりの救済措置というべきか、この支配は支配する者、つまり血を吸った吸血鬼が死んだ場合解除されるということだ。ただし、そうなる前にたいていは盾にされて死ぬことがほとんど。生きて解放されるのは本当に運がいい者だけだ。

 カイルの場合その確率を上げることが出来る。彼女さえ承諾して協力してくれるならその間空間に入っていてもらえれば支配の影響を受けて暴れたとしても対処が可能だ。クロなら無傷で無力化もできるだろう。


「問題はナンシーの意思だよな。たぶん望んで配下にいるわけじゃないと思う。けど、だからと言って協力者になってもらえるかどうかは分からない。それとなく確認はしてみるけど、それよりは証拠を集める方が早いかもしれないな」

『何やらあの娘と吸血鬼の間には浅からぬ因縁があるようだからな。あまり深入りして巻き込まれぬように気を付けることだ』

 クロもカイルと同じことを考えたのか忠告してくる。基本的にはカイルの感覚は十対零の主従契約を結んでいるクロやクリアは共有できない。ただし、それをカイルが望んだり許可した場合は別だ。今回もカイルが見聞きしたことはクロやクリアもリアルタイムで見聞きすることが出来るようにしている。

 その方が事情説明がなくてこうしてスムーズに話し合いにも移行できるし、対策も立てやすい。


「とりあえずあちこちにクリアの分身体を配置して情報収集。クロは目星をつけた資料や証拠があれば回収と俺の護衛ってとこかな。俺の空間からでも影を使えるだろ?」

 クロ自身が空間属性を有しているためか、カイルの空間の中にいても外に手を伸ばすことができる。そこから影を通じて資料や証拠の回収などを行える。なるべく代替のきかない証拠の回収は後回しにして、資料などであれば複写したもので構わないとのことだ。

 仕事中に目星をつけておいて自由時間にクロが回収した資料を空間内で複写して元に戻しておく。そうすることで気付かれるリスクを低くしたうえで証拠集めができるという段取りだ。


 丸ごと回収してしまうのが一番早いのだが、そうすると確実に気付かれる。魔王や四天王が踏み込めるほど揃ったならいいが、疑わしい範囲であるならば藪蛇になる。面倒で遠回りだが、今まで手を付けることの出来なかった案件だ。

 デリウスの活動を阻害する意味も込めて確実に成功させたい。魔の者ならそんなまだるっこしいことなど生理的に合わないだろうが、カイルは人だ。こうした地道なやり方というのもそれほど苦にはならない。

『影は吸血鬼も得意とする属性。極力気付かれぬように気を付けねばならぬな。やれやれ、我もだんだんと精密な魔法制御が得意になってきたものだな』


 威力や範囲だけを大きくするのではない。相手を威圧するためにあえて魔力を放出するのでもない。相手に気取られないよう、さらには意表をつけるように魔力を操作し、魔法を制御する。魔界だけで生きていたなら決して身に付けることができなかった技術だ。

 そして、必要としない技術でもあるだろう。魔界では力を隠す必要などないのだから。力を制限することはあっても、あえて誰にも気づかれないように力を振るう必要などない。だからこそこうしてルールの裏側で暗躍するリプリーを排除することが難しくなっているのだから。

 魔力感知が使えないということもあって、繊細な魔力操作や魔法制御を苦手とする魔の者ならではの弱点とも言えるだろう。

 大きな魔法なら当然気付かれるだろうが、先ほど部屋で使ったくらいの魔法なら目の前でやらない限りは感知されないだろう。逆にこちらは魔法的な警備がされていたとしても感じ取ることが出来る。クリアと連携すれば隠密作業もお手の物だ。


「じゃあ、そういうことで頼むな。俺が空間と時を使って作業できるってことは伝えとく。その方が色々と都合がよさそうだからな」

 今回のように空間に潜るたびに一々ダミーを用意する必要もなくなる。それに、魔人として誕生してからの時間が短くとも色々な知識や技術を持っていることの裏付けにもなるだろう。

 時間を拡張した空間内は、外とは流れる時間が違う。ならば、中で過ごした時間が肉体などに作用するかと言えばそれは否だ。空間の中でどれだけの時間を過ごそうとも、実質的に肉体に作用するのは外の現実としての時間。つまり精神的に、技術的に成長はしても、中で過ごした時間年を取るわけではないということだ。

 だからこそ時と空間属性を併せ持ち、時間拡張空間を使える者が重宝されるのだ。現実においては短時間で、実質的には相当年数分の成長が見込めるのだから。


 人と違って魔界の生き物は生まれた時から自分の力の使い方というものを理解している。魔法に関してもそうだ。だから魔法の中でも高度である時間拡張空間を使えたとしても不思議には思われない。

 カイルはいくつかのクリアの分身体を体にまとわせると、外にいた影人形シャドウゴーレムと入れ替わる。中では結構話していたと思ったが現実的にはほんの一瞬だろう。

 とりあえず、自身の部屋にクリアの分身体を一体配置する。カイルの足から床に下りた分身体は床に同化しながら移動し、壁を登り天井に張り付いた。これで部屋を見渡すことが出来る。

 そのまま同化したクリアの視点などを確認したりして適当に時間を潰すと部屋を出た。ナンシーに言われた通り出てから廊下を進み五番目の部屋の扉をノックする。中から返事がありすぐにナンシーが出てきた。

『言われずとも着替えてきましたか。なかなか見どころがありますね。ではついてきてください』

 ナンシーは部屋を出るとまた先に立って案内してくれる。無表情なだけではなく、必要なこと以外は一切しゃべらないナンシー。どう切り出したものかと考えていると仕事場に付いた様だった。


 ナンシーが部屋を開けて中に入れてくれる。そこは書斎、あるいは資料室と言ったところだろうか。部屋の三方には本棚がひしめき、部屋の中央にある机には様々な書類が散乱している。

『ここはリプリー様の資料室の一つです。まずはここの片づけをします。本は本棚に、分類別に入れます。その際、足りない本がないかのチェックも行います。ない場合は報告してください。書類は種類別に分けます。わたしも一緒にやりますのでやり方を覚えてください』

 ナンシーは何枚かの紙を取り出して渡してくる。そこには魔界文字で本の題名らしきものが羅列されていた。これがこの資料室にある書籍らしい。半数くらいは本棚に入っているが、残りはあちこちに積み上げられている。埃をかぶっているところを見るにかなりの間放置されていることがうかがえる。


 そんなカイルの視線に気づいたのかナンシーが口を開く。

『ここは普段あまり人が立ち入らないのです。それ以外の使用人もこうした仕事は苦手としておりますので。わたしだけでは整理に手が回りません。……それに、リプリー様は信用のおける者にしか自身の資料室などに立ち入らせません。正直、なぜあなたをわたしに付けるように言ったのかもわかりません』

 本当ならカイルの担当は別にいたのだろう。だが、リプリーが帰る間際ナンシーに耳打ちしていた。それがカイルの担当をナンシーにするということだったらしい。

 カイルにとって都合がよかったが、都合がよすぎるということもある。誘われているのだろうか。魔王の手先だと疑われ、あえて餌を目の前にぶら下げて尻尾を出すのを待っているのか。


「そう、ですか。埃は取り除いた方がいいですか?」

 カイルは本心を悟らせないようにするためにも敬語を使う。なぜか使っていてダミアンの顔が思い浮かんでくる。魔界で参考に出来そうな人物と言えば彼しかいないのもそうだが、潜入捜査に当たってこういうこともあるだろうと指導をしてくれたのも彼だったからだ。

『出来るのならばしてください。ただし、資料を傷めないように』

 ナンシーの言葉でカイルは部屋を掃除したのよりも弱い風を起こす。それを部屋全体に行きわたらせ、物の上に積もった埃を集めてから消した。

『なるほど、魔法の扱いが得意なようですね』

「はい、これだけは自慢できるところですね」


 使用人として売り込んでおきながら得意な部分がないのもおかしいだろう。魔法が得意ということにしておけば動きやすくもある。

 それからナンシーと手分けしながら本を棚に戻しチェックを入れていく。幸いなことに本自体はあちこちに置かれていたが部屋からは持ち出されていないようですべての本のチェックが終わった。次は資料だ。

 ナンシーはパパッと資料に眼を通しながら大きく分けていく。まずは事務用と研究用。そこから事務用は経理やリプリーの確認がいる書類に分け、そこでさらに細分化して分けていく。

 問題は研究用だ。カイルもナンシーに教えてもらいながら整理をしつつざっと目を通していく。リプリーは思っていた以上に研究熱心なようだ。今カイルが着ている使用者に合わせて伸縮する服などもリプリーが考えて作り出した物らしいことが分かった。


 だが、問題の魔物召喚や魔人化に関する資料は見当たらない。そうした資料があるのはこの部屋ではないのだろう。だが、クリアは配置しておくことにする。ナンシーがいるため自分の部屋の時よりは慎重に移動してもらう。

 ナンシーも資料にかかりきりになっていたためか、床や壁に完全に同化しながら移動するクリアの分身体には気付かなかったようだ。

「すごいですね。これは全てリプリー様が研究されたものですか?」

『ええ。リプリー様は魔界でも屈指の研究家でもあります。常に新たな知識と発見を求めております。長い生を生きる唯一の楽しみでもあると……』


 ナンシーの言葉にカイルは納得できる部分を感じていた。長い、あまりにも長い時を生きる魔人達にとって退屈以上に苦痛なことはないのだろう。現にその最たる存在である魔王が自らそう言っていたのだから。

 だが、だからと言ってその町、その領域におけるルールだけではなく世界の理に触れるようなことまでやっていいわけではないだろう。あるいは退屈とはそんな感覚さえも忘れさせてしまうほどに苦しいものなのだろうか。

 考えてから、それは人それぞれだろうという結論を出した。恐らくカイルはこれから先長く生きることになったとしても退屈に身を焦がし、彼と同じ過ちを犯すことはないだろうと思われる。

 やるべきことが山積みであることもそうだが、それ以上に共に歩む仲間や相棒がいる。彼らがいて退屈だと思えることがあるだろうか。


 魔王も退屈だと口では言っているが、多くの部下達に支えられている。だからこそ彼はあれだけの力があっても正しく魔界を統治できている。退屈が人を狂わせるのではない。孤独こそが何より人に道を踏み外させるのだ。

 それはたとえ人とは行動原理を異にする魔の者であろうと変わりはない。決して逆らえない配下を作れる吸血鬼ゆえの孤独だろうか。それでも、自ら心を開けば共に歩む者はできていたに違いない。

 異端と呼ばれ恐れられていたクロであろうと、今では多くの人に受け入れられているのだから。 

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