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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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魔と人との間で

リプリー→カイルサイド

 リプリーという名の魔人がいる。彼は古くから続く魔人の家系に生まれた。魔人や妖魔と呼ばれるほど高い知性と理性を持ち、中でも相応の実力を持つ者は魔都に住むことが許される。だが、魔都の中で生まれた魔人や妖魔は例外的に中で生きるか外で生きるかを選択することが出来た。

 実力も求められるが中で生きれば親となった者の跡を継ぐか自分で新たな土地を得る。外へ出るのであればあとは自由だ。ただし、もう一度魔都の中に入ろうと思えば通常より厳しい審査を受けることになる。

 リプリーもそんな古くから魔都の中に住む魔人の一人として生まれてきた。


 だが、リプリーは生まれた時からそんな家族の在り方に疑問を覚えていた。唯我独尊、自由奔放が魔の者の本質だ。それなのにどうだ。外の者からの羨望と安定した生活を得られるとはいえ、これでは魔王の箱庭に住むオモチャと何が違う?

 牙を抜かれ、爪をとぐことも許されない。そんな窮屈な場所で生きていくことに満足できるのか。親兄弟はそれで満足なのだろう。魔都の住人であることのステータスと住人の中でも強者としての優越感。それだけでよかった。

 リプリーは違う。どうしても納得できなかった。どうしても満足することができなかった。反旗を翻そうかと考えた時期もあった。だが、魔王の圧倒的なまでの力を見て、そんな気概はくじかれてしまった。


 敵わない。歯向かった瞬間に殺されると、悟った。それまではどうにかできるのではないかと考えていた。リプリーは一族の中でもトップと言えるほどの実力があった。魔の者にしては珍しく勤勉でもあり、様々な知識と技術を身に付けていた。

 そんな自信も魔王の戦いを見て消え去った。自分と同じ最高位の妖魔である赤い豹をまるで赤子のようにあしらう魔王。余裕の笑みを浮かべ、汗一つかくことなく終始圧倒した。あんな存在に真正面から立ち向かって勝てるわけがない、と。

 挑む前に諦めざるを得なかった。それでもどうにかしたかった。リプリーの望む魔界とはもっと混沌として、弱肉強食の世界でなければならなかった。


 何より納得できなかったのは人界との関わり方。今のように数や種類を限定したり、強者であるほど魔界から出られないというシステムを壊したかった。あんな脆弱な生き物を蹂躙して何が悪いのか。気の赴くままに食らえばいい。どうせ放っておけば増えるのだから。

 人界に行くための抜け道はある。だが、それを使えば十全に力を発揮することが出来ない。そんな彼に千載一遇のチャンスが訪れた。配下として送り出していた下位の魔人が上手くやったようで、人界に召喚されたのだ。

 魔界に住まう者が人界に渡る手段は二つ。一つは魔王によって管理されたゲートをくぐること。これには厳しい制限が設けられているのでリプリーのような魔人はくぐれない。できるとすればもう一つの方法。つまり向こうから呼んでもらえばいい。


 もちろんリプリーほどの存在を呼ぶのであれば対価も並ではない。だが、用意さえできれば力を制限することなく人界に渡れるのだ。魔王の実力に屈服して以来、ずっと屋敷にこもってそのための研究に打ち込んでいたのだ。それがようやく実を結んだ。

 リプリーを呼び出したのはデリウスと呼ばれる組織に属する人間達だった。ある意味魔の者達よりもはるかに闇に染まった魂を持つ者達。呼び出してくれた礼にいくつかの技術を与えた。直ぐに形にはできないだろうが、いずれそれは人界を席巻することになるだろう。

 これで思うままに力をふるえる。そう考えていたリプリーだったが、人界という場所は思っていた以上に生きにくい場所だった。


 その存在が大きいほどに日々失われる力は多く、糧を得るのが困難だった。日中に動けば通常より消耗するのは言わずもがなで、一番の補給源となる人が住む場所には常に結界が張り巡らされていて出入りすることが出来ない。

 昔は違ったようだが、かつて魔の者によって大きな被害が出たとかで神が人に授けた結界の技術。忌々しいそれがリプリーの思惑を阻んだ。

 それは血を吸った配下の者も同じだ。その影に憑りついていたり、使い魔契約をしているならばともかく、魔の者が入り込むことはできなかった。いくら追い詰められようと、人の影に潜むということはリプリーの矜持が許さなかったのだ。

 そうしていつしか限界を迎え、森の中で行き倒れていたリプリーを助けた女がいた。人でありながら人から離れて住む女。深い事情があるのかもしれないがリプリーには関係なかった。


 彼女がそれまでにない糧になると見ただけで分かった。だから食らいついた。首筋に牙を突き立て、抵抗させないように強く抱きしめて血を吸った。女は苦し気な声を上げ、そして、リプリーの頭を撫でた。まるで母が幼子にするように慈しみをもって、優しく。

 理解できなかった、訳が分からず血を吸うことも忘れて女を引きはがした。それまでリプリーが知っていた人間とは明らかに違う反応。誰もが恐れ、逃げようと抵抗する。それなのに女はリプリーを受け入れるかのような行動をとった。初めてだった、だからこそ、どこか恐ろしかった。

 女は貧血で青ざめた表情で、それでも笑いかけてきた。そこから奇妙な共同生活が始まった。


 女は普通の人にはない力をもっていた。いや、普通の人には見えない存在と交わる力をもっていたというべきだろうか。人界においては『紫眼の巫女』と呼ばれる存在。見つかれば否応なしに神殿都市に送られ一生を拘束される。

 それが嫌でこうして隠れ住んでいるのだという。だが、孤独というものは死にも等しいほどの苦痛なのだと、泣きそうな顔で笑う女。リプリーが魔人だと分かっていても、それでも人恋しかったのだと。それで殺されることになろうと、このまま一人で生きていくよりはいいかもしれないと、そう思ったのだと。


 不思議な感覚だった。血を吸いつくし配下としたわけではなかったが、女はリプリーの命令には逆らえない体になっていた。それでも、一人ではないのだと笑う女。

 戯れに抱いてみた。文献で読んで知っていた。リプリーのように人に近い魔人であれば人との間に子をもうけることもできるということを。

 生まれた子供は人と魔の間に属し、どちらにもなれない半端者。高貴な血筋を持つリプリーの一族からすれば許されざる存在。なのに女は喜んだ。誰よりも、何よりも家族ができたことを喜んだ。


 だから、殺した。自分だけを見ていたはずの眼が、成長する子を追うようになった。自分だけに向けられていた言葉が、子が成長するにつれ減っていった。だから殺した、殺させた。

 女が愛した子の首に牙を突き立て、命じた、”殺せ”と。泣きながら母を引き裂く子供。絶望と諦めが同居した眼をした女の悲鳴がひどく心地よく感じた。これこそが己の本質だと感じた。そして、これ以上人界にいることに興味が持てなくなったリプリーは魔界に戻った。

 戻るだけならそう苦労はしない。泣きながら母の亡骸にすがる娘も連れて行った。興味があった。人と魔の間に生まれた者が魔界で生きていくことができるかどうか。結果はすぐに出た。死にはしなかったが、まだ小さかった子供は深い眠りについた。そして眠ったまま体だけが成長した。魔人としても成体と言えるほど成長すると眼を覚ました。


 今では忠実な配下にして、出来の良い道具だ。いいものを残してくれたと笑いが止まらない。今の子供を見ればあの女はどんな反応をするだろうか。

 罵るだろうか、それとも受け入れて寂しそうな顔で笑うだろうか。どちらにせよ、リプリーにとってそれは心地よい。デリウスとは魔界に戻ってからも交流が続いていた。

 子供が大きくなったので、召喚させると魔の者と同じように人界に呼び出せることが分かった。戻るのも同じだ。ただし、リプリーがそうするよりもはるかに低い対価で。こちらからは魔石と情報をくれてやった。

 代わりに向こうからは新鮮な人の血をもらっていた。特に女子供の血は格別だった。魔界では味わうことのできない最高の飲み物だ。


 だが、それを知っているのは完全に支配下に置いている者と子供だけ。表向きリプリーは魔都に住む高貴な血筋の魔人の一人として生活していた。使用人の半数以上も血を飲んでいない者。人の血の味を覚えれば、いくら高位の魔人達であろうと味が劣る。わざわざ飲もうとまでは思えなかった。

 だが、時に好奇心の過ぎる使用人もいる。主の秘密を暴こうなどと、もしくは魔王城からの間者か、とも思ったが始末してしまえば同じことだ。ただし、リプリー自らが手を下すことはしない。それは魔王という鬼札を引き寄せてしまうから。


 秘密を知った者は皆、魔都の外で命を落とす。そういうことになっている。魔都の外に出てしまえば魔都のルールなど関係ない。誰に襲われようと、死のうとそれは全て自己責任だ。嫌なら出なければいいのだから。

 だが、血を飲んでいなくてもリプリーの魔眼に抵抗できる存在は少ない。自分から魔都の外に調達に行かせることくらい簡単なことだった。噂は立つ、疑惑は登るが証拠はない。すべて不幸な事故で片付くことだ。

 リプリーが魔都の住人である限り、表だって批判し対立してくる者はいないのだから。


 人界で起きていることだって同じだ。ただ、リプリーは技術を教えてやっただけ。それをどう使い、それによって何が起きるのか。

 それは全てあの組織次第。リプリーは強制した覚えも、そそのかした覚えもない。ただ、糧と引き換えに少々の情報と魔石をくれてやっただけ。それでは魔王は動けない。それでは神界も動けない。すべては人がやったことなのだから。

 リプリーはそんなことを考えながらうっすらと笑みを浮かべ、グラスに次いだ赤い液体を飲み干す。


『リプリー様、募集をかけていた使用人希望者が集まりました。どうなさいますか?』

 そこへやってきたのは、忠実なる僕にして半魔の子供。年々失われていく表情と目の光、声も淡々としたものだったが、用件だけはしっかりと伝えてくる。

『そうか。ならば連れてこい、このわたしが直々に見極めてやろう。気になる者はいたか?』

 この子供は、なかなかに鼻が利く。腹に一物抱えていそうなもの、あるいは上等な餌になりそうなものを見逃さない。だからこそ生かしてやっている。

『……一人、少々変わった魔人でしたが、リプリー様のお気に召すかと……』

『そうか。それは楽しみだな』

 人の血には劣るだろうが、珍しい魔人の血はそれはそれで味わい深い。そうでなくても、使用人にするなら退屈しない者がいい。間者であろうと、リプリーの実力からすれば遊びの延長でしかないのだから。


 子供は少しの間リプリーの顔を見つめていたが、すぐに一礼をして去っていった。大きくなったためか、最近あの女に似てきた子供。はたして子供もまた、女と同じように自分を楽しませてくれるだろうか。

 残虐な笑みを浮かべながら、リプリーは首から下げた赤い石を撫でる。女の血を結晶化させて出来た石。肌身離さず持っている石だ。

 魔の者であるがゆえに知らない、理解できなかった感情。愛・執着・嫉妬。何も気づかないままリプリーは笑う。なぜ今も殺した女に、その子供にこだわり続けるのか分からないまま、ただ赤い石を撫で続けた。愛おし気に、壊れ物を扱うように優しく。




 自分の意思があるのかないのか判断がつかない魔人に案内されてたどり着いたのは、豪邸の二階に続く階段があるエントランスホール。魔王城のそれに比べれば随分と狭いが、それでも個人の邸宅にあるようなものではない。

 思ったよりも簡単に中に入れたのはいいが、問題はこれからだ。カイルと同じように募集によって集まってきた魔人達をそれとなく見回す。みんな高位以上のようだ。

 魔王城で働くようになって分かったのだが、カイルのような例外を除き、魔人達は高位になるほどにその容姿などに関しても優れたものになっていくようだ。


 成長以外での容姿の変化など、人であるカイルにとっては信じられないことだが、進化によっては前後で全く違った姿形になることもある魔界の生き物達にとってはさしたる問題ではないらしい。

 つまり、ここに集まってきている者達も、そしてカイルが魔王城で見かけた魔人達も総じて容姿に恵まれているということだ。

 カイル自身、外見的に彼らに劣っているわけではないだろうが、性別的な面で行けば不利だろうか。いかにも男らしい、あるいは女らしい魅力を持つ魔人達を見て少し不安になってくる。


 魔王からも四天王からもそう心配することはないとお墨付きをもらっているのだが、こればかりは実際にやってみないと分からない。

 待たされている間、カイルは先程ちらりと姿を見せた魔人の女性について思い返していた。何といえばいいのだろうか、彼女からはどことなく違和感というかそれまで相対してきた魔人達とは違う何かを感じた。

 言ってみれば自分に近いような。確かに魔人としての容姿と力は有しているのだろうが、それだけではない。彼女からはそれまで魔界の生き物達に対して感じたことのなかった”気”を感じたのだ。


 気を有するのは地の三界の生き物だけだというのは知っていた。ならば彼女は魔人でありながらその起源を異にする者。カイルと同じように瘴気のみで構成されたのではない肉体を持つ者ということだ。

 この広大な魔界で、それも重要な役割を任された先で彼女のような存在に出会うとは思わなかった。何よりカイルが気になったのは彼女の眼だった。

 絶望に塗りつぶされ、自我すら粉々に破壊されながら、それでもその目の奥には確かにまだ光があった。支配は受けているのだろう。だが、彼女自身の意思はまだ残っている。なら、彼女は有力な証人になる可能性がある。


 頭の中で色々考えつつも、表面上は不安そうな様子を装う。表向き示された使用人としての待遇は驚くほどよかった。だからこそこれだけの数が集まった。

 そして、この中のどれくらいがかの吸血鬼の本当の姿を知っているのだろうか。あるいは知っていながら、その危険を承知しながらも彼の下に付くことを選択したのだろうか。

 魔人の年齢は見ただけではわからない。だが、ここに集まってきた魔人達は皆若いように思えた。何というか年齢を重ねることによって自然と身に付く重厚な気配が感じられない。


 案内されて三十分ほどが経っただろうか。最初に出迎えてくれた彼女と共に一人の魔人が姿を現した。

 見た目は二十代半ばで、寒気がするほど整った容姿。色素が抜けきってしまったかのような白髪に、血のように紅い眼。紹介されなくても分かった。あれが、今回の仕事のターゲットだと。『鮮血の貴公子』と呼ばれる吸血鬼にして、デリウスと通じている魔界の内通者。

 穏やかな笑みを浮かべていても、その眼は驚くほどに冷たい。首から下げた赤い結晶を揺らしながら静かにただ一つ、主のためだけに用意された椅子に座る。

 その間、誰も言葉を発することができなかった。歩いているだけなのに圧倒され、目が離せず見送った。席について初めてみんなため息のような息を漏らす。


 カイルは知らず体が震えていた。武者震いだとごまかせたらどれだけよかっただろうか。確かに間接的であろうとデリウスに技術と力と情報を与え、数多くの惨劇を生み出したであろう仇敵であることに違いはない。

 だが、魔王以外では四天王に対しても感じることのなかった畏怖にも似た恐怖。それが体の底から湧き上がってくる。

 そして、漠然と理解した。この男を打ち倒せない限り、人界に戻ることは出来ないだろうと。この恐怖を乗り越え、この強大な敵を打ち倒した時、初めて魔界からの脱出が果たせる。出会ってしまった以上、これはもはや逃れられない運命であると。

 自分と同じように魔と人との間にある彼女の虚無を映す瞳を感じながら、拳を握りしめていた。

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