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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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鮮血の貴公子

 はっきりと言おう。魔王がカイルに命じた魔界樹の魔力の補充、あれは無茶振りもいいところだったと。魔人化して、魔法も気功も濃い瘴気も最大限活用して魔力を回復させながら補充し続け、それでも間に合わずに魔力切れになっては休憩。

 それを何度繰り返しただろうか。どうやら空間の中でどれだけ時間がかかろうと、魔界樹のある空間に入って出てくるまでに補充された分が一回分としてみなされるようで時間を気にする必要はなかった。

 なかったのだが、カイルが魔界樹に十分な魔力を補充するのにかかったのは体感時間にして二十日ほど。普通にやっていたのでは一回の補充で魔界を出る期日になってしまうくらい時間がかかった。

 最後には急激な魔力の消費と回復を繰り返したことでひどい魔力酔いを引き起こして倒れた。目が覚めた時の魔王の楽しそうな顔を見て、本気で腹が立ったのはついこの間のことだ。


 だが、それでもカイルはましな方なのだという。魔王が魔界樹もまた魔物の一種であるといったように、魔界樹にも魔力の選り好みがあるのだという。四天王とは純粋に実力だけではなく、魔王が有事で城を開けても魔界樹に魔力補充ができるよう、魔界樹の好む魔力を持つ者であることも必須条件なのだとか。

 それでも四天王が一人で魔界樹の補充を行おうとすれば、体感で一か月以上かかるのだという。カイルは”至高の糧”と言われるだけあり、効率よく糧を与えることが出来たというわけだ。それでもただひたすらに樹に魔力を注ぎ込み続けるというのはかなり精神的にキツイものがあった。

 いつしか、どうしてこんなことをしているのか自分でも訳が分からなくなっていたのだから。そのせいで魔力切れどころか枯渇寸前までいき、魔力酔いを引き起こしてしまったのだが。


 魔王はそれを見てニヤニヤ笑いながら、俺の苦労を思い知ったか? などと言ってきた。見かけ以上に働いていたのは分かったが、この役目まで肩代わりさせたなら、魔王の仕事は後何が残っているのだろうか。果てしなく疑問だ。

 知らないところで働いているのかもしれないが、表面上はグウタラしているだけのダメ魔王にしか見えない。後が怖いので口にしたりはしないが。


 そうして十日、修行と魔界樹の世話を含めれば体感で数ヶ月の後、魔王からある仕事が舞い込んだ。

 もちろんあれからも魔王との手合わせは続いている。少しずつ戦える時間や対応は増えてきているのだが、未だに一撃も入れられない。魔法でも体術でも剣術でも常に一歩上を行かれる。

 こればかりは生きてきた年数を考えれば仕方ないのだろうが、毎回笑みを浮かべながら軽くあしらわれるのは腹が立つ。せめて一矢報いてやりたいものだ。四天王とそれなりにやり合えるようになっても魔王には及ばないらしい。

 そうした諸々の感情を飲み込んで受け取った書類に目を通す。今では魔界文字も問題なく読み解けるようになっている。


「……これって……」

 それは一見するといつものような討伐依頼に思えた。だが、その対象となっている相手が問題だ。そして、その仕事内容も。

『書いてある通りだ。まあ、潜入捜査というやつだな。なかなか尻尾をつかませないやつでな? 外からでは難しいっていうんで、中から調べることになった』

 理屈は分かるのだが、それがカイルに振られる理由にはならないだろう。そもそも、これは魔界でもかなり重要案件ではないのか。

「それは分かるけど……そもそも中に入れるのか? それに、何を調べればいい?」


 書類に書かれているのは対象者の名前と大まかな概要。そして仕事の本筋だけだ。潜入し、証拠を確定次第捕縛、または討伐。それだけでは一体何を調べればいいのか分からない。そもそもこの魔人は一体何をやらかしたというのだろう。

『そいつは魔界の情報と技術、あとは魔石やら魔物やらを人界に流しているらしい』

 魔王の言葉でカイルは眉を顰める。それはつまり、かの者がデリウスと繋がっているということなのだろうか。

『お前からの条件に、魔界の内通者を探すというものがあっただろ? こっちとしても、俺のものを好き勝手にされるのは気に喰わない。片付ければ俺もお前にも利がある、ってことでやれ』


 いつもの押し付けだが、いつもとは違う。短い付き合いでも魔王の感情の機微にはそれなりに詳しくなった。それからすると、本気で怒っている。それでも魔王が動かないのには何か理由があるのだろうか。

「それは分かった。でも、何で魔王様が動かないんだ?」

『……ああ、それは……魔都のルールだとかあるが、まぁぶっちゃけると面倒くさい。俺、そういうやつ嫌いなんだよな。影でこそこそ動く奴? 正面からかかってくるなら望むところだけど。それに、一度部下からの要請を断ってるからな。簡単に覆すと俺の面子に関わる』


 面子も何もすでにあったものではないと思うのだが、そのあたり魔王なりのこだわりがあるのだろう。一度その解決を断った以上は、意地でもやらないというように。

「……納得できないけど、とりあえずそういうことにしとく。でも……これ、俺一人じゃ無理じゃないか? 相手は最高位の魔人で、しかも異名持ち。魔王様が面倒くさいっていうことは、実力もそれなりにあるんだろ?」

 いくら面倒くさかろうと、片手間に潰せるのであれば魔王が動かない理由がない。それをしないということは出来ないだけの実力があるということ。もしくは、やれても後々面倒なことになる場合のみだ。


 それを思えば、いくら四天王や魔王との手合せで実力が飛躍的に上昇しているとはいえ、カイル一人で対処できる相手ではないだろう。

『ああ、そうだな。なら、お前の使い魔も一緒に連れて行けばいい。まあ、普段はいっしょに行動できないだろうけどな。あいつ、妖魔を毛嫌いしているから。逆に、お前はかなり気に入られるだろう。生粋の魔人の容姿に、隠していてもぬぐいきれない至高の糧の要素。申し込めばすぐに中に入れるさ』

 魔王がカイルに仕事を振ったのは、囮として最適であるということもあるようだ。確かにそれなら内部に入り込むことも可能だろう。特に相手に顔が知られている可能性が低いならば。


「入るのはいいとして、連絡はどう取る? それに、具体的に何をつかめば行動に移せるんだ?」

 それが一番の問題だ。何せ相手は魔都の住人。いくら魔王の命令とはいえ、何の証拠もなしに行動したのでは魔王自らが定めたルールを破ることになる。疑いが濃厚だとはいえ、確たる証拠がつかめないからこそこうして手をこまねいてきたのだろうから。

『そうだな、魔人化の技術の元や、魔物召喚の魔法陣を見つけられたら大々的に動けるだろうな。証人がいればなおいいが、無理にとは言わない。あんな奴に仕えている奴がまともだとは思えないし、おそらく支配されているだろうからな』


 魔王の言葉にカイルは書類に視線を落とす。今回ターゲットとなる魔人は人界においても有名な種族だった。

「『吸血鬼』……か。お伽噺の中だけで済んでいればよかったのにな」

 かつて人界において魔物憑きと呼ばれる者達によって引き起こされたと言われる数々の事件。その中でも吸血鬼に支配された者達のもたらす被害は甚大であり、同時に脅威でもあった。

 なぜなら、通常であれば一人の人間に憑りつき陰に潜んで操るのだが、吸血鬼の場合血を飲まれた者すべてが下僕となってしまう現象が起こる。


 吸血鬼の固有魔法だとも言われているが詳しいことは解明されていなかった。それでも人界を騒がせたのは魔人の中でも下位に当たる存在。支配し操れる人数に限りがあったり、弱点なども多かったために討伐が可能だったに過ぎない。

 だが、今度の相手は違う。クロと同じ最高位の魔人にして異名持ち。『鮮血の貴公子』と呼ばれるほどの相手なのだ。通常であれば手出しすることもはばかられるという相手。

 カイルの知っている吸血鬼の弱点などほぼないだろうし、これだけ証拠をつかませずに動けるというのであればその支配力や策略においても警戒すべき相手だ。敵はその魔人だけではない。その魔人の下僕である周囲の者すべてになるのだから。


『連絡やつかんだ証拠はこれに入れておけ。リリーが回収する。準備ができ次第、接触しろ。場所は書いてあるから分かるだろ?』

 魔王は手の平に乗るくらいの小さな箱を渡してくる。これでは大きなものは入らないのでは、と思ったのだが中を開けてみて納得した。人界でも使われている技術、マジックバッグと同じで箱の中の空間が拡張されているようだ。しかも、人界のものとは違い、到底箱の口から入らない大きさであっても押し込めるという仕様。

 やはりこうした技術に関しては魔界などの方が優れているようだ。

「いきなり行って不審がられないか? 向こうだって警戒はしているだろ?」


 カイルが魔界に来ることになった騒動に関して、人界と繋がりのある彼らなら詳しく知っているだろう。そのことに関して魔王の不興を買っているだろうことも。そんな時にいきなりカイルが押しかけて疑われないわけがない。

『問題ない。向こうが使用人を募集しているんだ、乗らない手はないだろう?』

 魔都の中においても派閥というか、強者の庇護を求めたり、仕えたりといったことは珍しくない。いくら争いが禁じられていても、その待遇に関してまでは実力主義ならではで、弱ければ狭くて不毛な土地に追いやられる。

 それが嫌ならより強い者にかしずき、庇護を得る代わりに労働や別の何かで奉仕する。そんな雇用形態が確立されていた。


 妖魔であれば群れに入るということになるだろうし、魔人であれば配下や使用人として雇い入れてもらうということになる。特に魔王城近くに住む魔人達は皆、人界の貴族達の家と変わらないほどの豪邸を構えている。

 魔都の入口近くにあった掘っ立て小屋もどきなどとは比べ物にならないほど洗練した家を構えているのだ。これから潜入しようとしている魔人もまた、そうして居を構えている魔人の一人。使用人が何らかの理由で足りなくなればそうやって募集をかけて集まったものから選ぶのだ。

「……ちなみに、使用人が足らなくなった理由は?」

『表向き解雇ということになっているな。だが、あの屋敷から出た者はいない、この意味分かるだろう?』


 いよいよもって厄介な仕事だ。魔王としては魔都で騒ぎを起こさなければ、基本的に住人の生活には干渉しないし、自由にさせている。管理は部下達の仕事だ。魔王はルールを作り、絶対の支配者として君臨する。

 その魔王のルールを破らない限り魔王が表だって動くことはない。今回はそれをうまく利用した形だ。いくら状況的に疑わしかろうと、騒ぎが起きているわけでもないのに魔王が動くわけにはいかない。

 配下達を派遣しようにも顔が知られている上、実力的にも及ばないため早々に処分されるだろう。


 その点で、カイルは色々と都合がよかったのだろう。相手の悪行を知れば積極的に協力してくることはもちろんだが、相手に顔を知られている可能性が低いこと。実力的には四天王に匹敵するほどであり、至高の糧となり得るため簡単に殺すには惜しいと相手に思わせることが出来る。

 例え証拠をつかむことに失敗したとしても、カイルの管轄は魔王にある。向こうが何か強硬策に出たとすれば、後見として堂々と魔王が出陣できるというわけだ。証拠をつかむのが後だったとしても問題ない。

 どちらにせよ、カイルが内部に入ることで魔王達が動く大義名分ができるということだ。

『そういうことだから、自分の身は自分で守ることだ。間違っても支配されるなよ、面倒だからな』


 いつも余裕綽々でカイルの相手をしている魔王だが、内心では驚きと楽しさでいっぱいだった。魔界樹の世話をさせたことで、日々桁外れに上昇する総魔力量。普通ならそれを持て余し、制御しきれない。

 だが、魔王と同じ時間を拡張した空間を用いてその魔力に適応し、創意工夫を凝らして立ち向かってくる。何度打ち倒しても、何度瀕死に追い込んでも、その目から強い意志を込めた光が失われることはない。

 そのたびに心が震える。そのたびに魂が歓喜の声を上げる。魔の者であれば一度魔王に負けてもう一度挑戦しようという者はほぼ皆無だ。


 魔王に逆らったあの赤い豹を生かしていたのも、その数少ない例外だったから。四天王達も一度は魔王に挑むも完膚なきまでに叩き伏せられ、それ以降は逆らうそぶりも見せない。

 無理に立ち会わせても、魂に根付く恐怖と格上に対する本能的な屈服が邪魔をして戦いにならない。つまらなかった、どうしようもなくつまらなかった。

 あの吸血鬼がこそこそしていることには気付いていた。それが魔界の理を歪める行いであるとも。ある意味で直接ぶつかってくるよりも明確な反逆行為。だが、それでも動く気がしなかった。

 手遅れになる前に、たくらみごと叩き潰してしまえばいい。そう考えていた、部下がどうにかできるなら丸投げしてもいいくらいのつもりで。どうせ最後に手を下すのは自分なのだからと。


 だが、カイルを見て、実際に立ち会ってその考えが変わった。面白い、楽しい、退屈しない。

 魔人化したことによって芽生えた魔の者としての本能はどうしようもなく魔王に対して恐怖を抱いているというのに、人の心がその恐怖を乗り越える。

 魔の者であれば諦め死を受け入れる場面でも、生き足掻く。生物にある生存本能と、それを凌駕するほどの強い意志が恐怖にすくむ体を動かし、死におびえる心を奮い立たせる。

 魔王に勝つためだけではない、生き延びるために生み出され洗練されていく技術の数々。魔の者であれば決して見ることのできない進化ではない成長。


 それを間近で見て、それを糧として取り込むことがどれほど魔王を喜ばせただろうか。魔王は魔の者が糧とするすべてを糧とできる。だが、魔王特有の糧が存在する。それが『成長』、変化するでもなく、進化するのでもない。

 努力と研鑽の末に自らを高めていく行い、その結果。それこそが魔王にとって何にも代えがたい力を与えてくれるのだ。だから魔王は試練を課す、成長を促すために。それが魔の者の存在理由なのだから。

「面倒って……確かに、そうかもしれないけど。もうちょっと言い方があるだろ……」


 確かにカイルが支配されれば、実質的にカイルの支配下にあるクロやクリアも支配されることになるだろう。それは避けたい事態だ。だが、もし使用人になる条件として血を吸わせることが前提ならどうなるのか。

『……そうか、それはあり得るな。ふむ、まあ、どうにかしろ』

「はぁ!? どうにかって、どうするんだよ。影人形シャドウゴーレムは使えないだろうし、潜入するのに敵対すれば意味ないし……」

 カイルの指摘に、魔王は今更ながら気付いたという様子でうなずいていたが、例のごとく無茶振りをしてくる。本格的に頭を抱えたくなってきた。


 魔王城の書籍によって吸血鬼が使ってくる固有魔法に関して知識がないわけではない。だからといって、一朝一夕でそれに対抗できる魔法を作れというのか。しかも相手に気付かれないように、その上で仕事をこなせと?

『だが、そうだな。お前が操られたら操られたで面白い。その方が奴の動きをつかみやすいかもしれないな。無理に魔法に抵抗しなくていい、好きにしろ。責任はとってやるさ』

 安心できるようでいて、全く解決方法になっていないことを言い出す魔王。頭痛がしてきたカイルは適当な相槌を打ってその場を後にした。

 何をしようと、結局は魔王の掌の上。それを思い知らされる一幕だった。ならばとカイルは前を向く。そこには先ほどパスを通じて呼んでいたクロとクリアの姿がある。

 ならば言われた通り好きにやらせてもらおう。カイルは準備を整えるため自らの影に潜っていった。

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